最終話 エピローグ

—とある墓地—


 ともこは父の墓前の前に立っていた。

「父さん。私、野球を辞めるよ」

「………………」

 父さんは墓石の下で黙ったままだった。

「今までホームランを打ってお金を貰ってきて、ある意味プロとして野球をやってきたけど……やっぱり野球は9人でやるもので、相手チームがいてって感じで…」

「………………」

「この間、草野球チームに助っ人で試合に出たんだけど…」

「………………」

「その試合の中で、私が今までやってきたことは野球って言えないのかなって思った」

「………………」

「私がホームランを打つことで喜ぶ人もいれば悲しむ人もいた。それに人助けみたいなこともしたけど…」

「………………」

「でも、それとこれとは別にするべきで、やっぱり私は純粋な野球がしたいって思った」

「………………」

「だけど、女子の野球チームなんてないから、大学に行って女子ソフトボール部に入る」

「………………」

「好きな野球を辞めることになるけど、ソフトボールでもホームランは打てるから」

「………………」

「ソフトボールでも父さんより凄いホームランを打つから。それで、全国大会に出て優勝するから。見てて」

 ともこは立ち去ろうと振り返った。

 不意に強い風が吹いて、落ち葉が舞い上がった。

 ともこは不意に父がそば立っているような気がした。

「がんばれよ」なんて父さんが言っているかもしれないと、ともこは思った。


—通学路—


「野球を辞める」

 ともこは学校の帰り道に千尋に打ち明けた。

「へえ。またどうして?」

 千尋は特に興味もなさげに相槌を打った。

「やっぱりあんたと2人で野球やるより、9人で野球をしないと、野球とは言えないと思った。だから、大学に行ってソフトボールを始める。ソフトボールなら女子もできる。あんたがピッチャーで私がキャッチャー」

「ともこらしいね。私がソフトボールやりなくないって言ったらどうする?」

 千尋の言葉にともこは微笑んだ。

「じゃあ千尋に依頼する。大学でソフトボールをやること」

「私に依頼するなんて、高くつくよ」

 そう言って千尋は笑った。


—3年後、とある球場—


 ともこはキャッチャーマスク越しに千尋が大きく振りかぶるのが見えた。そして、素早いウインドミル投法から繰り出されたチェンジアップに、打席に立っていたバッターはタイミングを合わせることができず、豪快に空振った。ゲームセット。

 ともこは嬉しさのあまり、マスクを外して、キャッチしたボールを大きく宙に放り投げてから、千尋の元へ駆け寄って抱き上げる。全国大学選抜女子ソフトボール選手権の頂点に立った瞬間だった。


 勝利の余韻に浸りながらベンチの荷物をかたつけて、通路を通ると、スポーツ新聞の記者に呼び止められた。

「お疲れ様です。岡崎キャプテン。優勝おめでとうございます」

「どうも、ありがとうございます」

 ともこは少しはにかみながら笑顔で答える。

「今日の決勝戦では7回表に決勝打となったツーランホームランを打っていましたね。あれはどの球種を打ったんですか?」

「あれは多分、スライダーだと思います……」

 それから他の新聞記者や、大学広報の職員とやりとりをしたあと、球場の通用口を出た。

 仲間達が輪になって嬉しそうに会話しているのを尻目に、ともこは隅の方に移動してしゃがみ込み、バットケースを開いた。中におさめていた父のバットを眺めた。

「父さん、優勝したよ。ホームランも打った」

 ともこは小さくつぶやく。

 不意に後ろからニュッと人の影が現れた。

 ともこは振り返ると、見知らぬ男が立っていた。

「君がともこ13かい? 依頼があるんだけど」



完。

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ともこ13 乱狂 麩羅怒(ランクル プラド) @Saitoh_nagisa

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