第5話 人食い廃墟-1 ユリの提案
廃墟には不思議な魅力がある。
廃墟、廃屋、空き家、退家。
ようするに様々な事情で“人が住まなくなった・住んでいない家屋”のことである。
がらんどうな寂寥(せきりょう)感。
なにもいないのに“いる”ような空気がただよう恐怖。
住む人間がいなくなった空き家に対し、不気味なイメージをもつのが普通だろう。
だがしかし私は廃墟を目の前に、なにか惹かれるものがあるのだ。
“胸が高鳴る”などと言えばじつに幼稚で、不謹慎であるかもしれない。
しかしそれ以外の言葉が見つからないように、私は廃墟に惹き込まれるのである。
例えるなら、目の前に異界の扉があるようなものだ。
未知の世界への扉が目の前にあったとして、それを見過ごせるかどうかという、そういう話である。
その先には何があるかわからない。
危険なものがある可能性は大いにある。
一歩踏み込めばもう二度と引き返せないかもしれない。
それがわかっていても前進してしまうのだ。
未知への期待。
完璧な不完全の美しさ。
それに対する興味が心を占める。
ぽっかりと開けた化物の口へ。
それと知っても私は踏み込む――
◆
「肝試ししようぜっ!」
顧問たる宇田川教子が部室を離れた直後。
ユリは叩かれた尻をさすりながら、開口一番、課外活動の提案を始めた。
「ユリ先輩……いや、トリ頭先輩」
樹はあっけにとられ、はぁと息をついた。
「私のポニテがトサカっぽいから?」
ユリは小首をかしげ、ふりふりとポニーテールをゆらす。
「さっきの今でしょ宇田川先生からあれだけ絞られたのは。どうして“霊能力ない人間は怪異に首突っ込むな”と怒られてすぐに“肝試ししようぜっ”なんですか」
「知ってるか樹」
「なにをですか」
「約束は破るためにあるっ!」
「クズぅ! いや、そこまで振り切れるとむしろ清々しいのか……」
ある意味自分を貫くユリ。
樹はそんな彼女に対し、呆れを通り越して尊敬すらしてしまう。
「尊敬まではしやせんよ」
「ん、なんか言ったか?」
「自分にツッコんでただけですよ。……で、肝試しってどういう計画なんですか?」
「おっ、よくぞ聞いてくれました!」
ユリは机越しに身を乗り出す。
ずいっと樹に顔を近づけて、嬉々として自分の計画を話し始めた。
「廃墟探検だ!」
「廃墟……?」
「そう! 廃病院だったり一般的な民家の空き家だったり、そういうところを夜中に探索してみようぜって計画(ハナシ)よ」
「んー、まぁ俺らはオカルト研究会ですし、ぴったりな課外活動といえばそんな気はしますが」
「だろ! 本格的に夏になりゃ、暑かったり虫が多かったりで出歩きづらいからさ。今の時期が一番ちょうどいいんじゃないか」
「うーん……」
「よし決まりだな! さあ行くぞ今晩に準備して町外れの緑地公園に集合なああ楽しみだわくわくす――」
「ちょ待、待、待って!」
「どうした?」
「どうしたもこうしたもないです! どうしてユリ先輩はいつも人の話を聞かないんですか!」
「聞いてるよ。“今の時期ちょうどいいだろ”って私が言ったら“うん”って言っただろ樹」
「“うーん”です! “うん”と“うーん”は違うです!」
樹はユリの無計画さに抗議する。
当のユリはといえば頬をぷっくりと膨らませて、まるで幼い子供のように不服を表した。
「なんだよー。なにが不満だってんだー?」
「あのですねぇ……!」
「“廃墟探検”には障害がありすぎるのですわ」
樹は先走るユリのために事細かに問題点を説明しようとする。
しかしそれを遮るように――いや、補助補足をするようにして時田未來が言葉を挟んできた。
窓辺に座り、静かに読書をしていた未來。
読んでいた文庫本をパタンと閉じ立ち上がると、樹とユリが言い合っている机のほうにゆっくりと近づいた。
座り、立ち上がり、歩く。
さすがはお嬢様といったところだろうか。
たったそれだけの所作から上品さを醸し出している。
「未來まで反対するの〜?」
「まず第一に、その町外れの廃墟には許可とってるのかしら?」
「許可? 誰も住んでないんだから許可なんていらないでしょ?」
「ユリ、あなたは頭が弱いのだから“調べる”ということを覚えましょうね」
「ひどい!」
未來はぐさりと痛烈なツッコミを入れた。
樹もツッコミ役ではあるが、未來のソレはまた毛色が違う。
三年の大先輩であることからして、二年生のユリに対しても容赦がない。
普段は基本マイペースでゆったりとしているが、言うときは遠慮なく言い放つお嬢様だ。
かつ、宇田川教子直伝の霊術カラテ修得者。
妖霊怪異の知識も深く、オカルト調査において最も頼もしい人員でもある。
「私が師匠(センセイ)と“悪霊退治”したときに廃墟に入ったことがあるのだけれどね。周囲にひとけのない一見誰のものでもない空き家だったけれど、ちゃんと土地所有者がいて、その方から許可をもらって初めて足を踏み入れられましたの」
「つまりどんなボロ小屋でも持ち主がいるってことか……」
「そういうこと。勝手に入るのは不法侵入で普通にアウトよ。余裕でお縄ですわね」
「ひぇっ」
ユリは小さく悲鳴を上げた。
「そして次の理由だけど……ユリ、あなた本当に霊がいたときどうするの?」
「そりゃ宇田川先生特製の呪符と神字バットよ! バッタバッタとちぎっては投げちぎっては投げ――」
「“視えない”でしょう?」
「ちぎ……」
「もう師匠(センセイ)がこんこんと説教してたことだけれどね。“霊が視えない”のは致命的よ」
「ぜ、ぜんぜん視えないわけじゃないぜ! ボヤッとは視えるし、強い霊なら普通に…」
「強い霊こそアウトでしょうに。道具頼りの一般人が、霊能者でも手を焼く相手にどう勝つっていうのよ?」
「一般人って言うなやい! それでもフシギオカルト大好きなんだよぅ! うわーん!」
泣くジェスチャーをしながら部室を飛びだすユリ。
樹と未來はその後ろ姿を見送った。
「……行っちゃいましたね」
「そうね。ほっときましょう」
「どこに向かったんでしょう?」
「おおかた売店でパンを買いに行ったんじゃないかしら。あの子、お腹減るとぐずるし」
「子供じゃないですか……」
「ユリは子供よ。自分勝手で手がかかるけれど、どこか憎めない無垢な子供」
「悪い人じゃないのはわかります」
樹と未來はユリについて語り合う。
「……肝試し」
「え?」
「肝試し……あの子がやりたいなら手助けしてあげましょうか」
未來は先ほどの毒舌とは一転、優しい母性に溢れるような物言いをする。
「土地の所有者に対しては私が許可を取っておきますわ。霊が本当に出たなら、私が守ればいい」
「……そうですね。俺も未來先輩ほど強くはないですが、出来る限りお力添えします」
「ありがとう、樹くん」
樹も協力を申し出た。
そしてその後樹は、一旦なにか言葉を飲み込むような様子を見せる。
しかし意を決し“やはり言おう”と口を開いた。
「あとできれば……“霊も救いたい”」
「霊も?」
「“追い女(め)”のときに思ったんです。救うべき、救われるべき“囚われの悪霊”もいるんだってことを」
樹と未來は、追い女――地縛霊として現世に繋ぎ止められていた及川真奈のことを思い返す。
「その廃墟にももしもこの世に縛られた地縛霊がいるのなら、俺の“潜心(ダイブ)”で解放してあげたい」
樹の決意に、未來はうーんと唸る。
「ユリから重ね重ねになるけれど、あなたも“潜心(ダイブ)は多用するな”と言われてたでしょう?」
「はい、わかってます。だけど、俺がやらなきゃいけないことだから」
樹は自分の手のひらを見つめる。
「俺の潜心(チカラ)は特別だって言われました。特別だってことは俺にしかできないってことです」
「たしかにね」
「“救われるべき霊”が俺の目の前に現れたのなら、俺しか意思疎通して成仏させられないなら……それはもう俺にとって“潜心(ダイブ)を使うべきとき”だと思うんです」
「樹くん、あなたの思いはわかったわ。でも自分のことも大事にしてね。ユリだけじゃない。私にとって、あなたも大事な“お友達”なのだからね」
「ありがとうございます」
「それじゃあ今から二人で予定を――」
「たっだいまー!」
樹と未來が互いに気持ちを共有しあい肝試しへの予定を立てようと提案しかけたところで、部室の外からドタドタと騒がしい足音が響いてきた。
「お腹満タンなユリちゃんが帰ってきましたよーっと! 未來! 樹ぃ! 焼きそばパンとサンドイッチどっちがいい!?」
ユリが思いきり戸を開き、部室へと入ってくる。
樹と未來は彼女のハチャメチャさに頭を抱えながらも、悪い気はしない様子で苦笑した
「……三人で予定立てようかしらね」
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