第6話 人食い廃墟-2 洋館入口

 弱めにサビた車輪がカラカラと音を鳴らす。

 樹は心地よい速さで夜風をかきわけていた。


 春と夏のあいだ。

 暑すぎず寒すぎず、春夏秋冬どの季節と比べても一番過ごしやすい季節である。


 とくに夜間はまた格別だ。

 涼しさという点においてももちろんであるが、なにより違うのは“趣(おもむき)”だ。

 日中とはまた違った世界が、夜の空間には広がっている。


 立夏から極夏までのその期間。

 それは樹らが研究会にとって絶好の“オカルト調査日和”である。


「よっ……と」


 樹はブレーキをかけ、ゆるやかに停止した。

 きゅるるざざりと音が鳴る。


 決して騒音ではないが、ただいま午後10時。

 ひとけのない夜の静けさにはよく通る音だ。


 そのままスタンドを立て、自転車から降りる。

 “目的地”に着いたのだ。


「ここ……だよな?」


 樹は自転車の前カゴから懐中電灯を取り出し、周囲を照らしてみる。


 ここに来るまではひとけはなかったものの、そこそこに舗装されたコンクリ道であった。

 しかしこの“目的地”前は、草木が茂り雑草は生えるがままに放置されており、少々雰囲気が異なっている。


 そして樹は見上げた。

 門を“見上げた”。


「なんだよこの大きさ……」


 樹の目の前にはそびえ立つ門。

 それは樹の知る“民家の門”とはあまりにも様相が違っていた。

 それは彼の身長の倍はあろうかという高さをもった、異様に巨大な門。

 学校やその他公共施設で見られる門でさえも、ここまで仰々しいものは樹は見たことがなかった。

 照らし出す光が懐中電灯だけというのも、より一層不気味さを増している。


「……おーい」


「……樹ィー」


 遠くから人の声が響いてくる。


 巨大な門に圧倒されていた樹は不意を突かれる。

 一瞬どきりとするも、聞き慣れた声であることに気づくと緊張は安心へと形を変えた。


 女性の声。

 聞き慣れた先輩の声である。


「ごきげんよう……とは言え、こんな時間だしこの挨拶は違和感ありますわね」


「未來先輩。ユリ先輩も一緒だったんですね」


「個人で現地集合ってことにしてたけどさ、大通りに来たところで未來とちょうど出くわしてねー。ここまで一緒に来たの……って、なんだこの門!? デッケェー!!」


 ユリは挨拶もそこそこに、すぐさま門という“不思議物体”へと意識を移した。


「ユリ先輩って、ホントに子供みたいですね」


 樹は、はしゃぐユリの様子を見てつぶやく。

 未來はため息つきつつも微笑した。


「ユリは昔からこうよ。興味があるものにはすぐ飛びついちゃう」


「……それはそうと」


 樹は未來もとい彼女の乗ってきた“自転車”を見やる。


「未來先輩も自転車乗るんですね」


「そりゃ私だって自転車くらい乗れますわ」


「いや乗れないと思ってたわけじゃなく、自転車と未來先輩ってなんかイメージできないなーと。だってお嬢様じゃないですか先輩って。執事の運転でリムジン乗ってくるのかなーとか思ってました」


「リムジンに執事って……そんな大したものじゃないわよ。親の家業がちょっと軌道に乗っただけの一般市民。自転車だって乗るわ」


 “そもそも”と続ける未來。


「大通りまでは車でいいとしてね。入り組んだ小道に、狭いアゼ道。草木生い茂るこんな場所に、車で入るのは不可能よ」


「まあたしかにそうですね。……けど、こんな車も入れないような場所に家が建ってるなんて不思議だし、不気味ですね」


「すごいだろー! 私の手柄だぜ!」


 ユリはドヤ顔で無い胸を叩く。


「こんな場所どうやって知ったんですか?」


「ネットで調べたんだ。私らみたいなオカルト好きが集まる掲示板があったんだけど、そこで“ローカルな心霊スポットないかな〜”って聞いてみたら……ドンピシャ! ここを教えてもらったってわけ!」


「ネット掲示板ですかぁ。そういう情報は玉石混交ですし、変なところじゃなけりゃいいんですけど」


「もうここまで来てそういうこと言わないの!」


「この町にもいろいろな心霊スポットや都市伝説があるけれど、ここにこんな場所があるなんて初耳ね」


「俺も初めて知りました」


「さてさーて、雑談もそこらにしてさ! 立ち入り許可は未來さまが取ってくださったことだし! いざ肝試しレッツゴー!」


「肝試しのノリじゃねぇ……」



 門から廃墟までの道のり。

 門――先の巨大な門扉ではなく脇に設置された通用口ををくぐった三人は、廃墟までの道のりを歩いていた。


「遠すぎい!」


 ユリが不平を漏らす。


「同感です。門をくぐったらすぐ家だと思いましたが、“庭”がまさかこんな広いとは」


「“庭”じゃないよ! こんなの“森”だ!」


 門をくぐった先、そこは“森”になっていた。


 家主によって植えられたものが成長したのか、はたまた長い年月をかけ自然に成長したのか。

 何本もの針葉樹がつらなっている。


 石造りの細く古い通路によって、かろうじて行くべき道はわかる。

 しかし一歩そこから外れれば簡単に遭難してしまいそうなほど、その“庭”は間違いなく“森”であった。


 石路さえもその隙間から雑草を生やしており、周囲の地面と同化しかかっている。

 三人は懐中電灯で足元を照らし、注意深く歩を進めた。


「あっ……あれは」


 あのユリでさえも“迷うまい”と口数少なくなるなか、先頭を歩いていた樹が声を上げた。


 足元を照らしていた懐中電灯の光が、地面を沿うようにして前方へと向けられる。


「……ここか」


 照らし出されたのは“洋館”。

 先の門扉とは比べ物にならないほどまた巨大な洋館であった。


 ここが“目的地”。


「うっわ……」


「想像していたよりもずっと……」


 三人はその光景に圧倒された。

 ユリに至ってはハシャぐこともなく絶句している。


 そんなユリの様子を見て、樹が声をかける。


「……引き返しますか?」


「えっ……あっ……いや……」


 しどろもどろになるユリ。

 しかし意を決したのか、ずんずんと前に出て率先して廃墟へと向かい始める。


「こ、ここで引き返しちゃあ女がすたるっての! お、おらぁ! 二人ともおいてくぞ!」


 かくして三人は、廃墟へと足を踏み入れる。


 鬼が出るか蛇が出るか。

 樹と未來は気を引き締めて、ユリの後を追うのだった。

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