第二十一話 灼熱の狂戦士
西郷は覚悟を決める。
遥音もそれに頷き応える。
「コアドライブ稼働率は、現在六十五パーセントだよ」
「あと十五……一気に上げる――!」
グレッグが追撃を開始する。
腰部、およびふくらはぎのスラスターを全開にして疾走する。
機体の駆動が高まるのに比例して、コアドライブの稼働率が上昇していく。
遥音が稼働率の読み上げを開始する。
「稼働率、七十到達!」
トラバースには、コスト毎にパーツスロットの安全稼働上限が定められている。
「七十一、七十二――」
その範囲内にパーツを収めれば、トラバースは安全な状態で稼働するというものだ。
「七十三、七十四――」
逆にその上限を超過すると、機体に
「七十五、七十六――!」
たとえば
「七十七、七十八――!」
それは稼働率が八十パーセントに到達するとコアドライブが暴走し、エネルギーの過剰供給により自爆する、という代物だ。
「七十九、八十――
ではもしも、その過剰なエネルギーを受け止め、利用できるとしたら――どうなるのか。
その答えが、ここにあった。
臨界点を迎えたグレッグが、変貌を遂げる。
暴走するコアドライブ。
溢れ出す過剰なエネルギーを受け止める増設コンデンサー。
機体を冷却するため、最大稼働するラジエーター。
解放される各所の排熱機構。
それでもなお抑止できない暴力的なエネルギーにより、機体が赤熱をまとう。
装甲やクローが灼熱を放ち、紅に変色する。
装甲の下の人工筋肉が溶岩のように脈打つ。
排熱機構を備える顎部が開かれ、修験者から一転、鬼の形相へと豹変を遂げる。
グレッグが、灼炎まとう紅蓮の狂戦士と化す。
これこそが、遥音の見出したオーバーロードシステム。
発見のきっかけは、ささいな疑問にあった。
オーバーフローを起こした機体が自爆する際、ゲームのシステムによって強制的に破壊されているのではないと、遥音は気づいた。
サーモグラフィーで観察すると、自爆の直前コアドライブ周辺の温度が急激に上昇していたのだ。
そこから遥音は、
――自爆の原因は設定通り、コアドライブの暴走とエネルギーの過剰供給にある。
――ならば、その膨大なエネルギーを利用できないか?
という発想に至った。
それから遥音は研究を重ね、それがついに実を結んだのだ。
余剰エネルギーを受け止める器としてコンデンサーを増設し、それを冷却するラジエーター、排熱機構を組み込む。
そうすることでエネルギーは分散・抑制され、結果自爆まで十秒間の延命を実現させた。
スロット上限超過により発生する不具合を利用するという逆転の発想で生み出された、世界初のトラバース。
誰もが忌避する不具合に向き合い、世界でただ一人白紙の少女が開花させた一凛の仇花。
それがブルーズ・グレッグ。
「自壊まで十秒――!」
遥音がカウントを始める。
それは稼働限界。
十秒後、グレッグは灼熱にのまれ自壊する。
だがその崩壊までの間、グレッグの性能は極限まで高められる。
そのポテンシャルはローコストの枠を超え、ミドルコストの機体に匹敵するほどだ。
グレッグが疾走、いや爆走する。
その膂力は尋常ではなく、自らの装甲を歪ませ、砕きながら進撃する。
「九――」
驚異の速力をもってグレッグは瞬く間に距離を詰め、ダールに肉薄する。
威容を現すグレッグの姿に動揺しつつも、クロダは迎撃を図る。
「八――」
だがグレッグは止められない。
敵の照準を置き去りにするほどの敏捷性、いや爆発力を発揮するグレッグは被弾することなく、ダールの背後をとる。
「七――」
グレッグがダールの右腕を捕らえる。
そして、その馬鹿力をもって右腕部を引き千切る。
「六――」
クロダは諦めない。
左に握るグレネードランチャー、その下部から銃剣を露わにして西郷に刺突を繰り出す。
「五――!」
だがそれは届かない。
銃剣を最小の動作でかわしたのち、そのグレネードランチャーをマニュピレーターで掴み、その握力だけで握りつぶす。
「四――!」
そしてグレッグの猛攻が始まる。
左右のクローで交互に殴りつける。
そう、それこそまさにグレッグ・ベイスのデンプシーロール。
「三――!」
それは暴力の嵐、闘争本能の化身たる人型の獣。
瞬く間にダールの装甲はズタズタに切り裂かれ、焼け爛れる。
「二――!」
たまらないとばかりにクロダは後退しようとする。
だがそれを西郷は出足払いにかけ、転倒させる。
「一――っ」
遥音の祈るような声が、西郷の耳に届く。
あと一秒で決着がつく、勝利と敗北の境界。
西郷は自身の胸に、熱い鼓動を感じていた。
一度は自ら舞台を降り、傍観者に転じた。
世界という舞台、そこに自分がいないのが当たり前になっていた。
けれど、自分の手を取ってくれる人が現れ、今まさに激戦を演じている。
たかがゲームかもしれない。
これより価値のある挑戦は、いくらでもあるのかもしれない。
けれど少年にとって、今感じる熱い鼓動だけは本物だ。
この胸の高鳴りが証明してくれる。
脇役なんかじゃない。
傍観者でもない。
いつだって舞台の中心に立っている主役は、ただ一人――自分自身なのだ。
紅蓮に燃え身を焦がすグレッグは、真下のダールに対して正拳を放つ。
隕石のごとく打ち出される拳。
狙い過たず敵機の胸部を打ち破る、灼熱のクロー。
そして、訪れる限界。
稼働限界に達したグレッグが赤光を放ち、爆散する。
巻き起こる爆炎と煙。
グレッグが立っていた場所には、残骸だけが残る。
西郷と遥音は機体の自爆寸前で上空へ射出され、パラシュートに揺れる。
「西郷くん、西郷くん……っ」
現実だったら泣き出さんばかりに、感極まった様子を見せる遥音。
対する西郷は、極度の緊張と興奮から解放された反動で呆然としていた。
二人の視界には、簡潔な一言が表示される。
VICTORY――それは今大会の優勝を意味した。
自爆寸前の一撃は確かに届き、ダールの耐久値を削り切ったのだ。
「ヴィクトリー……ああ、間に合ったのか」
西郷の胸にあったのは、安堵ばかりだった。
勝利の実感がわかない西郷へ向けて、遥音が手を伸ばす。
「やったんだよ、やった……私たち、やっと勝てた……っ」
わずかに声を詰まらせながら、えづきながら遥音が言葉をこぼす。
西郷も手を伸ばし、遥音と手の平を合わせる。
少年少女は仮想世界の大気に揺れながら、互いの手を取り勝利を分かち合う。
「そっか、勝てたのか……俺たち」
「うん、うん……っ」
壁に屈した少年は、時を経て一つの挑戦を成し遂げた。
白い孤独に苛まれた少女は、自分の理念を貫き通した。
少年少女の、ささいな出会いから始まったささやかな戦いは、彼らの勝利をもって幕を閉じる。
そして、新たに始まるのは少年少女の――――。
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