第二十話 決勝戦



 果てなき挑戦に臆し、挫折し、夢に破れた少年。

 誰からも評価されず、無関心の山に埋もれていた少女。


 インターステラという世界の片隅で出会った二人の少年少女は、ついにここまで辿り着いた。


 決勝、最終試合。


 彼らの再起の物語、その序章を締めくくる戦いが始まった。


 フィールドは古代文明遺跡都市。

 古代文明が遺した、未知の技術が詰まる石の箱庭である。


 数多ある建築物は石造りに見えるが、構成材質は古代文明由来の謎の物質。

 遺跡都市は地下に位置するも、天井の人工太陽が照らすためここは真昼のように明るい。


 そして、随所には石像を模した古代兵器が佇んでいる。

 この石像こそフィールドギミックであり、プレイヤーが特定のアクションを起こすと古代兵器が起動し、周囲の者を無差別に攻撃するという仕組みになっているのだ。


 もっとも大会決勝ではフィールドギミックがオフに設定されるため、今回石像たちが動き出すことはない。

 迅速な進行が求められる準決勝までと異なり、決勝は純粋な実力勝負となる。


 明暗分かつ決勝戦、その火蓋は遭遇戦によって切って落とされた。

 開幕、位置取りのため西郷達は「神殿」と呼称されるエリアへ向かった。

 フィールド北にある神殿の二階からはフィールドを一望できるため、序盤の様子見には適しているからだ。


 だが神殿を目前に、グレッグのレーダーが敵機を捉えた。

 反応は西郷らから見て十時方向。

 西郷が東方向から神殿を目指す一方で、敵もまた神殿正面、南方向から向かってきていたのだ。


 索敵圏内にいる以上、無視はできない。

 両者は同時に行動を起こす。


 西郷はグレッグの高い運動能力をもって遺跡を飛び越えながら接近する。

 対して敵は弧を描く形で西郷らに接近した。


 急速に狭まる両者の距離。

 会敵間近、一触即発。

 そして、最後の戦闘が始まった。


 遺跡の屋根に乗ったグレッグが、地上を走る敵機へ引き金を引く。

 暴れる銃口、ばら撒かれる弾丸。

 だが敵は機動力に優れているらしく、地面を滑るようにして回避し、そのまま建物の陰へ身を隠す。


「速いな、それに今の」

「うん、ホバー機動だね」


 敵機を視界に収めたのはほんの一瞬だ。

 機体の武装や意匠などは観察できなかったが、その独特の機動から敵機はホバータイプのトラバースだと二人は推測した。


 ホバーを搭載したトラバースは平面地形なら地上・水上問わず高い機動力を発揮する。

 また機体を浮かすというその特性上、一部の地雷や地形効果の影響を受けない。


「相手は強襲機か、強襲よりの万能機ってとこか」

「ホバーは立体的な動きが苦手だから、このフィールドなら」

「ああ」


 西郷はグレッグを跳躍させ、隣接する建物に飛び移る。


「グレッグでも追いつける!」


 古代文明遺跡都市は遺跡が所狭しと並び、道が網の目のように張り巡らされたフィールドだ。

 それゆえ、地上を走行するより建物の上を跳んで移動した方が最短コースをとれる。


 敵側面上方を位置取った西郷は、敵機の姿を垣間見る。


 黒と深緑の迷彩カラー。

 巌のような重装甲。

 ホバー機構を備える、肥大化した二足型脚部。

 両手にそれぞれライフル大の銃器を握り、腰部には用途不明のホルスターらしき装備が確認できる。


 これが対戦相手のクロダが駆るトラバース、機体名ダールの外観だ。


 そして、射撃戦が行われる。

 建物の上から身を乗り出したグレッグはサブマシンガンを。

 対する敵は両手に構えた二丁のライフルらしき銃から砲火を上げる。

 交差する射線。

 グレッグの攻撃は、敵のホバーらしからぬ不規則な機動によりほぼかわされる。

 敵の攻撃もまた直撃はしなかったが、放たれた炸薬弾によりグレッグが乗る建物の壁面が吹き飛ばされる。


 射撃戦での劣勢を確信した西郷は後退し、射線から身を隠す。

 リロード中、敵機の特徴を遥音が分析する。


「敵はバデル式! 右手に推定ライフル、左に確定グレネードランチャー……!」

「バデル式か、厄介だな」


 バデル式。


 ホバー機体の脚部側面に小型ブースターを取り付けることによって旋回能力を向上させたタイプの総称だ。


 インターステラのホバー機動は本来慣性の影響を受けやすいため、進路軌道を読まれやすい。

しかしこのバデル式は脚部小型ブースターで慣性を殺す、または逸らすことでその弱点を克服している。


 かつてバデルというプレイヤーが考案したこの構築は、その優秀さから多くのプレイヤーに模倣された。

 結果現在ではバデル式という通称がつけられ、インターステラのテンプレ構築として定着している。


「バデル式は動きが速いし読みにくい、射撃戦は不利――なら!」


 格闘戦に持ち込むべく、グレッグが遺跡の上を駆けていく。

 先刻の撃ち合いの後移動したクロダを西郷は追跡する。


 辿り着いた場所は、図書館と呼ばれるエリアだった。

 そこはドーム型の大きな遺跡で、内部には本らしき遺物が散在している。

 クロダはその館内を通過し、フィールド南方を目指しているらしかった。


「この先には地底湖があるよ……!」

「水上に出られたら手出しできなくなる、ここで止める!」


 西郷はドームに登り、設えられた天窓を破り突入する。

 ダールの頭上からグレッグが躍りかかる。

 繰り出すのは急降下蹴り。槍のように突き出された爪先がダールを襲う。


 クロダはそれを予期していたのか、脚部ブースターを吹かして回転、独楽のように回避する。


 そして着地硬直で動きが鈍っているグレッグへ向けて、右手の銃を発砲する。

 それはショットガンだった。

 右手のオートマチックショットガンはストッピングパワーを底上げしているのか、その衝撃は凄まじい。


 散弾を浴びせられたグレッグは一瞬のけぞり、硬直時間が延長される。

 立て続けにクロダは左手のグレネードランチャーを発射、炸薬弾の直撃でグレッグの装甲がへこむ。

 これを交互にクロダは繰り返す。


 ショットガンで動きを止め、グレネードランチャーで打撃を与える。

 そのための二丁持ちだった。


「ハメられてたまるか!」


 このままだと動きを縫いとめられ、一方的に倒される。

 そう危惧した西郷はスラスターを吹かして吹き飛ぶように回避、コンボから脱出する。


 ここで西郷は反撃に移る。

 模倣するのは、強敵巳影の動き。

 まずダールの左右へ向けて腰部アンカーを発射し、その稼働領域を限定する。

 次に西郷はダール左脚部を狙ってグレネードランチャーを発射。クロダにこれを右側へ回避させる。


 すると敵の機体はワイヤーに阻まれ、動きが止まる。

 そして向かいの壁面に刺さったアンカーをワイヤーで引き寄せ――。


「せいッ!」


 機体がアンカーに向かって引っ張られ急接近、勢いそのままに膝蹴りを食らわせる。

 クロダはこれを両腕部で防御するが、後方へ機体をのけぞらせる。


 距離は詰めた。

 西郷は格闘戦に持ち込もうとする、だが。


「あ、逃げんな!」


 格闘戦を嫌ったクロダはショットガンを連射しながら後退、迅速に離脱してしまう。

 西郷たちもすかさずそれを追撃する。


「敵は北部へ移動、転進には成功したよ!」

「遺跡群で得意の機動戦に持ち込む気か、そうなったら厳しいぞ」

「相手はバデル式のうえ、武装はショットガンとグレラン……天敵だね」

「ああ――まずい、ファダルだ!」


 クロダの後方を駆けるグレッグの視界に、上空へ撃ち上げられるものが映る。

 それは相手のファダル式爆雷投射機だった。

 西郷らの進路上、このまま前進すれば爆破圏内に入ってしまう。


 西郷はサブマシンガンをファダル弾頭部に向けて掃射、これを未然に破壊する。

 しかし、敵の一手はそれで終わらない。


「アットくん跳んで!」


 遥音の警告を受け、反射的に西郷はブーストを吹かしグレッグを跳躍させる。

 直後起こる足元での爆発。

 敵はファダル式爆雷投射機を撃ち上げると同時、手榴弾を投げていたのだ。

 上空の弾頭部へ西郷の注意を集め、足元がおろそかになった隙を爆破する算段だったのだろう。


「どうあっても近づけないつもりか」


 高機動でもって奇襲・離脱を繰り返し、ジワジワと敵の耐久値を削ってリードしていく。

 それがクロダの戦法だ。


 純粋な技量・脅威度でいえば、二回戦の巳影に軍配が上がる。

 しかし、格闘機のグレッグで相手取るには難儀な相手である。


 機動力では敵わない。

 建物を伝って接近できたとしても、ショットガンを有する相手の迎撃が厳しい。

 一度動きを止められると、再び例のコンボでハメられる。


 最悪、この先指一本触れられない可能性さえある。


「まともに戦ってもジリ貧、最後には負ける」


 ならば、彼らに残された道は一つだけ。


「――ハル、OLSだ」


 灼熱の狂戦士が、ここに解き放たれる。

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