第16回 野球の女神様が微笑む時

 夏の太陽が、あたかも雄馬たちの頑張りをあざ笑うかのようにジリジリ照りつけていた。

 まずは初回。

 先発として出張った織田の奮闘もあり1回表の高塚側の攻撃を無失点で抑え込むことに成功した。

 しかし2回目の高塚側の攻撃の時点で、早くも定陵は初得点を向こうに譲る羽目になってしまう。2回表3人目の左バッターが右中間に好打し、一気に三塁まで進められてしまう。当然高塚側の次のバッターはセーフティスクイズによって三塁ランナーを本塁にまで出塁させ一点をもぎ取った。

 重ねて3回目も高塚側のセーフティスクイズを見舞われ、定陵は織田の力投も空しく終了時点で0-2と初っ端から押され始める。

 4回目。監督の畑の采配で投手は織田から雄馬に取って代わられる。

 高塚側が3回の攻撃時点で2点目を先取したのはけして偶然ではない。綿密な計算と分析それに基づいた戦略こそ高塚の最大の強みであった。

 去年の試合から先発として登板していた織田のフォームもパターンも、全てお見通しであったのだ。なおかつ、これまでの定陵との間にて繰り広げられた強化試合は全て記録済みであった。その結果、監督・畑の指導は教科書通りの昔ながらのやり方で、時代遅れなものだと導き出したのだ。

 完璧な対策を施された定陵は手も足も出ないと思われていた。

 有頂天のまま、すでに勝ち誇っていた高塚のバッターはマウンドにて佇む雄馬を前にバットを構えた。

 そして、瞬く間に雄馬の豪速球によりきれいに三振を取られた。

 高塚は、仰天した。

 向こうの投手はどれだけ速くてもせいぜい100km/h前後が関の山だと、過去のデータが証明していてかつそれをまんま信用したからだ。しかし、スコアボードの球速表示は何度見ても113km/hというイレギュラーもいい所な数値が躍っているのだった。完全に、己のデータになんの疑いもなく胡座をかいていたこちら側のミスだと悟った。去年までは確かにあんな人材はいなかったはずなのに。それも、今までの定陵のデータには記録されていない、完全に独自のフォームとタイミングによってほぼ完璧とも言える未だ嘗て見たことないような豪速球を見舞ってきたのだ。

 旧来のデータにもなかった雄馬の圧倒的な豪速球を前に、高塚側は手も足も出なかった。

 三振。三振。そして、三振し続ける。

 定陵は、雄馬の奮闘の甲斐もあり5回目の表・高塚側の攻撃終了時点で0-2のまま失点を食い止めることに成功した。

 その後攻守交代に入った。

 マウンドから降り白線から出ようとした際、ふと観客席側に雄馬が視線を傾けた。

 菅野家の面々がこぞって彼の勇姿を見に馳せ参じていた。

「がんばれがんばれ、雄馬っ」

「かっこいいぞ雄馬っ。安心しろ、お父さんがついてるぞ」

「がんばれー!」

 有難い反面こそばゆさを覚えた雄馬は、無意識に頬をかいて苦笑を浮かべていた。

「お前の家族か?」

 同じく白線から引き上げベンチに戻ろうとしている織田に話しかけられた。

「え、ええ。あの人たちが、僕の家族です。なんか、すみません」

 意味もなく申し訳ない気持ちでいっぱいになる雄馬を、織田は遠慮するなと制した。

「いいんだいいんだ。せっかく家族総出で応援してくれてるんだ。お前も本当は嬉しいはずだろ? だったら、家族の見てる前でせいぜい恥じぬようしっかりと完投してみせろよ」

 励ましついでに、雄馬の肩をポンと叩いてから織田は走って先にベンチへと駆けて行く。

 感触の残った右肩をゆっくりとさすりながら、雄馬は改めて観客席にて観戦している家族を仰いだ。

 皆一丸になり、自分のために応援しているのを見、やはり胸の真ん中が暖かくなるのをひしひしと感じ取っていた。

 しかし、それとは裏腹に猛烈な違和感とともにまるで隙間風を浴びたような薄ら寒さを実感した。

 なぜだろう、何故だかあの家族のいる観客席にもう1人分のスペースがある気がしてならない。そんなはずはないのに、もう1人誰かが隣にいればきっちり埋まる気がする。

 突如訪れた胸の違和感の正体を掴めぬまま、雄馬は歩いてベンチまで戻った。


☆☆☆☆☆☆


 5回裏では、そろそろ点が欲しくなってきた定陵は7番・アレク8番・阿部がそろって出塁を決めた。

 その後雄馬が送りバントを決めたが、やはり高塚側も負けてはいられないので根性で投手がバント球を補給し直ちに塁めがけて送球した。

 結果三重殺トリプルプレーとなり、得点も叶わず5回が終了した。

 しょげていた雄馬にアレクが、あれはしょうがないと励ましの言葉をかけた。

「ドンマイドンマイ。今のは悪くないチョイスだったし、実際あーゆー場面にボクが立ったら同じことしてたさ」

「う、うん」

「汚名挽回だよ? 次も豪速球でヨロシク」

 正しくは、汚名は濯ぐか返上するものであり断じてそんなものは挽回すべきではないのだが、せっかくの励ましを無碍にしてしまわぬようそっと押し黙るのだった。

 こんな時、おっさんならどうしたのだろう。

 そんな仮定じみた自問自答に、雄馬はひとり薄ら寒さを覚えた。

 大事な試合にもかかわらず、今自分が最も必要としている何かを求めてやまないでいた。

 

 まるで心にぽっかりと大きな穴が穿たれているようであった。

 そして、そんな自分本位な状況に陥った雄馬のプレーが、次の回で定陵を崖っぷちにまで追い込むことになるとは知る由もなかった……。

 佳境はとうに通り越した6回表。

 ここまで無心で投げ続け、ノーヒットノーランのままマウンドに立つ。

 にもかかわらず、雄馬の心は浮足立っていた。

 気付けば、不安ばかりがまとわりつくようになりそれに苛まれていた。

 とにかく、今は投げて自分の仕事を全うしよう。

 身体を遮二無二動かして、どうにかこのもやもやした感じをなくそうとボールに手に力を込めた。

 込めるには込めたが、力と一緒に要らぬ雑念もいっしょくたに球に込められてしまった。

 結果、球速が大きく落ち込み、ここへ来て初めて向こうからヒットを浴びせられてしまった。

 センター前に大きく打ち込まれ、一気に二塁まで攻め込まれる。

 見かねた織田が、タイムを申告しマウンドに駆け寄る。

「どうしたんだ、いったい。さっきまでずっと良い調子で投げ込んでたじゃないかよ」

「すみません。もしかしたら、今さら緊張でもしてしまったのかも」

「緊張、か。考えて見りゃ初めての登板だし訳ないと言いたいところだが、そんな事情向こうからしたら知ったこっちゃないぞ。もっと、パーっと行こう。パーッとな!」

「は、はいっ」

 キャッチャーマスク越しに織田から直々に喝を入れてもらい、どうにか持ち直した様子の雄馬はその後の打者による出塁を許さず、豪速球でねじ伏せた。

「ストラ――イク! スリーアウト、チェンジッ!」

 本塁の主審が攻守交替の合図を出す。

 先ほどの攻撃の際、雄馬で終わったため何度目かの打席一巡を迎えた定陵ゴールデンフェネクス。

 定陵とは違い高塚は投手を交換するつもりはないのだったが、終盤に差し掛かるにつれそんな投手の顔からは疲労がにじみ出てきていた。

 そのせいか、またしても得点こそはならなかったがフォアボールとスリーアウトを交互にやってくれたお陰で、次の攻守交替が行われるころには満塁に差し掛かっていたのだった。

 おかげで、勝利も夢じゃないと定陵一同は希望を見出した。ベンチにてひとり考え事に耽っていた雄馬を除いて。

 そして、運命の最終イニングである7回目……。

 雄馬はひとり、マウンドに立ち尽くしていた。

 見間違いではないのか、と。

 執拗に周囲を見据える。

 一塁から三塁に至るまで漏れなく相手側の打者がリードを広げている。

 つまり、平たくいうところの満塁であった。

 スコアボードには、未だ0-2と表示されていた。

 雄馬は、今このダイヤモンドにおいてもっとも孤独なのだと自覚するに至った。

 一チームに身を置いてるにもかかわらず、孤軍奮闘していた。

 孤独……孤立……ひとりぼっち……。

 所詮、ひとりきりの投げる自分の球なんて梨のつぶて。

 ひとりで思いつめる雄馬を、定陵のチーム全員が固唾を呑み、どうかと希望に追いすがっていた。

 しかし、そんな声は閉じこもってしまった雄馬には届かない。

 フォームを構えようともせず、ただマウンドの上にて打ちのめされ立ち尽くす。

「菅野……」

 キャッチャーマスク越しに、思わず名前を呼ぶ織田。

 ベンチでは、畑が腕を組んで堅苦しい表情を浮かべていた。

 もはやこれまでか。

 誰もがそう信じて疑わなかった。


「雄馬ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 観客席にて轟く、中年男性と思しき雄叫びを聞くまでは。

「お、おっさん……!」

 待望を顔に浮かべて、雄馬が項垂れていた頭を持ち上げ観客席を仰いだ。

 そこには、いつかの闖入者騒動の際着こんでいた紺色の制服で固めた装いのおっさんがいた。

 あわてて駆け付けたのであろう、息は切れて肩を何度も上げ下げし脂汗まで額に滲ませていた。

 ちょうどそんなおっさんのすぐ真後ろの席を陣取っていた菅野一家が、呆気に取られた様子でおっさんの後ろ姿を眺めていた。

「な、中嶋さん……」

「雄馬を探し出してくれたあの時の、お巡りさんじゃないのか……?」

「あ、禿げのおじちゃんだー!」

 おっさんの全神経は、紛れもなく雄馬ひとりに注がれていた。

 精一杯腹の底から空気を絞り出して、怒号に近いエールを不器用ながらもマウンド上にて立ち尽くしている雄馬目掛け浴びせかけた。

「まだまだ試合は終わってねえ、勝負は最後までやってみなくちゃわからん、『試合に教科書ブックなんてありゃしない」って俺が教えたじゃないか! まだまだたかがノーアウト満塁、形の上でも勝って見せろよ! ミスを恐れるな! 投手としての仕事を最後まで投げださずに、一徹しろ! お前は……ひとりじゃない!」

 そう言い切った直後、酷い立ちくらみが襲い観客席の床に膝をついた。

 あわてて菅野家が総出で介抱にと向かう。

「……ひとり、じゃない」

 おっさんが行ってくれたその言葉を思わず口ずさむと、途端に雄馬の中で熱い何かが大きく迸って来た。

 滞っていた身体中の血流が、瞬く間に循環し激しく心の臓を脈打つ。

 欠けていたジグソーパズルがはめ込まれたような爽快感が駆け巡った。

 雄馬は、今一度投手として再起しだしたのだ。

「もう、僕は迷わない!」

 吹っ切れた雄馬が放ったその一投は、今までで一番重く大きくそして速かった。

 空振りした打者が、はるか先のスコアボードの球速表示を見てひとりおののいていた。

「ひゃ……115㎞/h! ば、化け物……ッ!」

 覚醒者ばけものと化した雄馬を、もはや止められる術は誰も持ち合わせていなかった。

 ただ空しく、バットを空回りさせるだけの音が打席からこだました。

 そして、2死満塁にまで逆に追い込まれたチームは何としても走らせようと破れかぶれでバントを最後の打者に指示した。

 だが、115㎞/hという球威を前にして万が一失敗して身体に当たれば最悪選手生命にも関わる怪我までしてしまうと踏んだ打者はバットを構えたまま、ボールを全て見逃したのだった。

「む、無理。無理だって、こんなの……!」

「スリーアウト、チェンジ!」

 戦いはクライマックスの7回裏。

 定陵側の最後の攻撃回、つまり事実上の最終回が幕を開けた。

 打順は5回表と同様、7番・アレクからだった。

「ユーマも頑張ってくれた! ボクだって!」

 そして、打席に躍り出るなりセンター前ヒットを飛ばし一塁へ。

 続いて、8番・阿部。

「何としても、繋げる!」

 飛んだバントを投手がトンネルさせた隙に、手堅く阿部も出塁した。

 気が付けば、ノーアウト一・二塁。

 無論、その次の打席に立つは、雄馬であった。

 右側の打席を陣取り、これ見よがしに素振りの姿を向こうチームに見せつける。

 5回裏で致命的なミスをやらかしたはずの選手とは、まるで別人のように向こうは感じ取っていた。

 打席には、得体の知れぬ化け物がバットを構え投球を待ち構えていた。

 投手は腹を括り、全力でボールをミット目掛け放り投げた。

 とっくに雄馬は、上半身を強く捻り重心移動のスタンバイに入っていた。

 そして、己の曇りなき眼でそのピッチを捉える。

「――――見えたッ!」

 タイミングに合わせ、軸足を強く踏み込ませバットを振りかぶり、大きく打ち放った。

 しかし、思いのほか高く打ち上げすぎてしまった。

 打球は大きく切り立った山なりに軌道を描きそのまま落球していく。

 フライ球を中堅手が仰いだまま追いかける。

「オーライ、オーライ!」

 しかし、その内上半身を仰け反らせてしまったあまり、脚が縺れ始めた。

「も、もうちょっとだってのに……あ、ああっ!」

 やがて、中堅手は大の字になって地面に倒れ込んだ。そしてボールは、そのすぐそばに着弾した。

「今だ、走れ走れッ! チャンスがやってきたぞッ!」

 畑はベンチから立ち上がり、『回れ』というサインを全力で送る。

 すでに出塁していたアレク・阿部はそれぞれ次の塁へと駆け込んでいた。

 雄馬もバットを放り捨て、生まれて初めての出塁にむけ脚を大きく上げた。

 まずアレクが三塁阿部が二塁へと到達した。続けて、雄馬も一塁を大きく踏み込んだ。

 外野手たちがボールを追っかけている間に、ひとまずアレクが本塁へと大手を振って帰って来た。それに続けて、後から阿部が三塁を経てホームイン。

 残るは、雄馬のみとなった。

 しかし、外野手はすでに立ちあがりボールを手にしていた。

 投げる寸前、三塁へと差し掛かりわき目も振らず本塁へとまっしぐらな人影が見えた。

 チームの勝利だけを願い、雄馬はただひた走る。

 応援の歓声も、非難の罵声も、何も聞こえない。

 昼間なのに、まるで暗がりを駆け抜けているようだった。

 しかし、なぜか白線だけはしっかりと目で追うことができた。

 走る。走る。走る。一生懸命に、ただひたすらに、大袈裟に、ダイナミックに、走る。

 塁間の丁度半分辺りに差し掛かった頃、ようやくボールが三塁手の手に渡った。

 受け取った後、急いで投手へと送球した。

「急げ菅野――――ッ!」

「間に合え、間に合え、間に合え……!」

「ユーマ、あと一息だ!」

 チームメイツは、必死に鼓舞した。

 念願だった勝利に、初めての栄光を目の前にして。

「雄馬……雄馬……」

「お父さんが付いてるからな……」

「おにいちゃん……」

 家族は、一心に願った。

 かつてない息子の雄姿を、家族のしがらみも何もかもを取り払いただひたすらに。

「ゆ、ゆうま……」

 あるいは、ただその名を口にする者もいたり。

 かくして全ての声が、全ての思いが雄馬の原動力となり、脚に注がれていた。

 帰塁まで残すところ2mを切っていた。

 そしてそこから、本能的に両脚で飛び上がり、白線と水平になるよう身体を真っ直ぐ縦に伸ばしていた。

 俗にいう、スライディングタッチという奴であった。

 雄馬が両手を鋭く先に伸ばし本塁に飛び込んだとほぼ同時に、三塁からボールが帰って来た。

 渾身の全体重を叩きつけた雄馬の強烈なスライディングにより、一気に砂塵が舞い上がり、打席は一瞬見えなくなった。

 勝敗は決したのか。どちらが勝ったのか。いずれもうかがい知れない。

 勝負は最後の最後まで分からない。

 それは、まさに神の領域に等しかった。

 ルールや時間なんて、所詮は人間が勝手に定義づけてもっともらしく則らせているに過ぎない代物だ。

 全てが白日の下にさらされるころ、そこには結果しか残らない。

 それすらも人間が決めている?

 そうでなかったとしたら、もはや理屈では片付けられない。

 ましてや運という身勝手なものでもない。

 全ては、神のみぞ知る……その時、初めて人は神の御業の片鱗すなわち「奇蹟」を目の当たりにできる。

 やがて、もうもうと立ち込めていた砂塵の雲が晴れてその全貌が明らかとなる。

 観客席では皆固唾を呑んで見守っていた。

 球場中の視線が一斉に打席へと向けられる。

 

 女神は――――「セエエエエエエエエエエエエエフッ!」――――不死鳥に微笑んだ。


 わああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

 たちまち、球場内にて歓声が轟いた。

 彼らはその奇蹟にまつわるまでの軌跡を見届けていた証人たちだ。

 誰もが、その神懸かったプレーに唸り声を禁じ得なかった。

 なぜなら、文字通りの、本当の意味での、奇蹟の大逆転サヨナラヒットであったからだ。

「勝った、俺達………………とうとう勝ったんだああああああああああああああああああああ!」

 織田の宣言を皮切りにチームメイツが一斉に、ベンチから飛び出した。

 すると、そのタイミングでいままで地面に突っ伏していた雄馬が徐に、起き上がった。

 顔を大きく地面に抉れさせるほど激しく飛び込んだため、彼は顔中泥にまみれていた。

「ぺっ、ぺっ! ……し、試合は? なんで、こんなうるさいの?」

 自ら巻き起こした状況にひとり皆目見当もつかず困惑しきっていた。

 すると、自軍のベンチ側から凄まじい程の足音と自身の名前を呼ぶ大声が聞こえてきたため思わず身構えた。

「菅野! すがのおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「えっ、ちょ……ちょっと待って。何っ、何これ、どんな状況?」

 慌てふためいている間に、走り込んできたチームメイツに身体を担ぎ上げられた。

 そして、皆が一斉に一丸となって雄馬の身体を高く高く胴上げするに至る。

 ワッショイ! ワッショイ! ワッショイ!

 呆気に取られた雄馬は、何度も跳ね上がりながらふとスコアボードを見た。

 そこには、自分達の繰り広げた死闘がたしかに刻み込まれていた。

 3-2xで、定陵ゴールデンフェネクスの勝利と……。

「そうか、勝ったんだ」

 よく見てみると、チームメイツは全員自分の事を高く持ち上げながら喜び泣いていた。

 明らかにそれは感涙の光景だった。

 それらを目の当たりにした雄馬は、ようやく現状を理解できた。

「僕たち、勝てたんだ……!」

 次の瞬間皆に胴上げされながら雄馬は赤ん坊のように泣きじゃくった。

 歓喜、感涙、嗚咽、垂涎、全てが一遍に雄馬の感情のツボから滝のようにあふれ出た。

「菅野、俺の言ったとおりだろ? お前は持ってる、って……」

「お前が抑えだったから、勝てたんだ! 悔しいが、俺じゃあこうはならなかったぜ!」

「ユーマ……Obrigado por tudoオブリガード ポール テュード(色々ありがとう)!」

「監督、主将、アレク……皆!」


 チーム全員から感謝の言葉を聞いてまわると、続いて観客席をはたとみた。


「雄馬っ! おめでとうっ、あなた最高にカッコよかった!」

「それでこそ、我が息子だ。雄馬っ!」

「おめでとう、おにいちゃん!」


「お母さん、お父さん、亜季も……!」


 そんな観客席の家族からは労をねぎらう言葉を測り知れないほどもらった。

 そんな彼らから少し離れた位置に、おっさんが仁王立ちで立ち尽くしているのが見えた。

 本当の意味で感謝をささげたい対象を見つけた雄馬は、遠くの観客席からでもわかるようできる限り口を大きく動かして富山弁で感謝の意を表した。


「き、の、ど、く、な………………! き、の、ど、く、な………………!」


 見ていたおっさんには、すぐにその意図が伝わった。

 そして、万感の思いを込め、顔をくしゃくしゃにしながら富山弁で大きく応えた。


「なーん! こんぐらい、ほんにつかえんがや!」

 

 もう、雄馬は、ひとりぼっちじゃなかった。


                                   <了>

 


 


 

 

 


 

 


 

 

 






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キャッチボールをしよう はなぶさ利洋 @hanabusa0202

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