1-16 新しい仲間
依頼主であるララファの家は、高級住宅街のなかでもやたらと自己主張の激しいもので、セレブには欠かせないであろう庭、噴水、銅像と実にいやらしい設計がされている。
内装も洋風の作りとなっていて、金をかけることには躊躇がないのか、壺やシャンデリアと高価そうな装飾が鬱陶しいほどに敷き詰められている。
さらにはメイドさんまでもが「おかえりなさいませ」と出迎えてくれるので、貧乏人には程遠い世界なのだと実感させられてしまう。
そんな異空間を歩いて案内された場所は、ララファの部屋だ。相変わらずこの部屋だけでも俺達の家よりもでかい。
「んで、変態パンツ娘はなんで俺達をこんな場所に?」
「私は変態パンツ娘ではない。そもそもクエパンは勇者を見つけるための手段であって、断じて趣味などではない。勇者の加護を授かった君たちなら、私のチャームは効かないだろうからな。あぶり出すための手段だ」
とララファは意味不明な犯行動機を供述する。
「なるほど、私たちをここに連れてきたのは、何かさせようとしているからですね?」
何がなるほどなのかさっぱりだが、俺はとりあえず頷きながら、「ああ、なるほどね。何となくわかるよ。でも、急な展開過ぎてちょっとついていけないなあ」と言う風な雰囲気を装って話に乗っかってみる。
「えっと、俺達に何をさせたいんだ?」
「黒い勇者の討伐」
「黒い勇者? 誰だそれ?」
俺はレインに聞いてみる。
「勇者として選ばれる人の中には、力に溺れて狂ってしまう人がいます。黒い勇者とは力を制御できない勇者に対する蔑称のことです」
珍しく難しい顔をしたレインが静かに答えた。
「ちょっと待て。それ初耳なんだけど?」
「逆に力を制御できる、理性のある勇者が白い勇者と言われてます。知らないんですか?」
「知らんわ! シャンは大丈夫なんだろうな!?」
「もちろん。私達がついてるじゃないですか」
何を根拠に言っているのか、そう自信満々にレインは言う。
「安心しろ。その子は私が責任をもって白い勇者として育てる。君たち二人は帰ってかまわないぞ」
ララファがシャンに目を向ける。当の本人はキョトンと首をかしげている。
「あは、面白い冗談ですね」
「冗談ではない。お前たちに用はないからな」
「申し訳ないですけど、貴方に子育てが出来るようには見えませんけど」
「ああ、出来ないだろうな。そんなものは使用人がするから、必要がない」
「そんなの愛がないじゃないですか」
「愛などいらぬ」
「そんな乾いた教育をして、もしシャンの性格が捻じ曲がって黒い勇者になったらどうするんですか?」
「ふむ、私は実直な性格に育ったのだから、勇者様が捻じ曲がることはないだろう」
いや、第三者から見て、あきらかにあなたの性格はねじ曲がっていると思います。
「とにかく、白い勇者に育てるためには愛が必要なんです」
「いいや、道を踏み外さないために然るべき教育が必要だ。これは歴代の黒い勇者の生い立ちから統計し考えられた結論だ」
「へえ、誰の結論なんですか?」
「私だ」
「ええ……」
珍しく手玉に取られているレインを見ていて新鮮で楽しいのだけれど、どうも楽しんでいるのは俺だけのようで、シャンは喧嘩する二人を見てオロオロしてしまっている。
まるで昔の自分を見ているようで俺は嫌な気分になった。
父と母が喧嘩をするときは決まって俺をのけ者にした。大人同士の会話だとか、子供には関係ないと言い分はわかるのだけれど、幼い自分では感情のコントロールをすることが出来ず、結果何もできずに終わってしまう。そんな何もできない自分が酷くちっぽけな人間に思えて仕方が無かった。
きっと、シャンはあの頃の俺と同じ気持ちを感じているに違いない。
「シャンはどうしたい?」
たまらず聞いてしまう。
一拍おいて、
「……シャンは、パパとママといっしょがいい」
そう答えた。
「ほらあ! やっぱりママが一番だよねえ!」
「いや、パパが一番だろ」
「ママですう」
「パパだ」
「ママ!」
「パパ!」
あーだこーだあーだこーだと俺達の主張が止まらない。
「本当にこの二人が親でいいのか?」
「うーん。うん」
シャンは一瞬悩んで、仕方がなさそうに答える。ちょっと傷付いた。
「あとね、シャン、ゆーしゃとしてもがんばいたい!」
拙い口調だが、真剣な瞳で彼女は言う。
俺は反対したかったけれど、この子は意外に頑固なところがあって、俺が何を抗弁したところで通用しないだろう。
だから、
「シャンがそういうなら、俺は構わない。だけどね、困ったこととか、辛いことがあったら何でも相談してね。一応、こんなんでも親だからさ」
そう言ってしまう。
俺の言葉を聞いたシャンは嬉しそうに両手を上げて喜んだ。
「まったく、面倒くさい連中だな。いいだろう、勇者様の面倒は君たちに任せよう」
ララファは融通の利かないお嬢様かと思ったが、案外いい奴なのかもしれない。
「ただし、私も君たちのチームに入ることにする。構わんだろう?」
「嫌です。断固として拒否します」
ためらいなくレインは拒絶する。こいつは相変わらず融通が利かない。
そんなレインを無視してララファは話を続ける。
「今日から君たちは私の家に住んでもらう。そのほうが何かと都合がいいだろう。どうせお金に困っているのだろう? そのことを気にすることなくレベルアップに勤しむことができるぞ」
「わかった。でも、なんでそこまでしてくれるの?」
「気まぐれだ」
ララファは俺の目を見ないでそう答えた。
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