第9話 勇者、語る。

 魔王のことが知りたい。

 その言葉を聞いた勇者様は、あからさまに嫌そうな顔をしました。当然の反応でしょう。勇者様にとって魔王は敵なのです。宿敵です。エネミーです。

 そんな方を知りたがられるだなんて、勇者様からしてみれば、微妙な気持ちのはずです。

「急にどうしたんだ。本当に変だぞ? 今すぐ帰ろうか?」

「大丈夫、何にもないったら」

 そうやって否定しながらも、アーロン様は話を聞こうとするのをやめませんでした。数分の攻防の後、勇者様は大きくため息をつきました。

「魔王なんてお前には関係ない存在だろう」

「あるよ」

 アーロン様はまっすぐに画面の向こう側の勇者様を見据えて言いました。

「関係あるよ」

 そのまなざしを受け止めた勇者様は顔を歪め、考え込みました。勇者の娘なのだから関係があるという論理なのでしょう。勇者様はうんと考えた後、口を開きました。

「分かった」

 頷いた勇者様に、アーロン様はパッと表情を明るくしました。本当に知りたかったのでしょう。前髪に隠されている目も輝いているように見えます。

「……13年前、人国アースターは魔国グランディに宣戦布告した。つまり人間は魔族に喧嘩を吹っ掛けたんだ」

 攻撃的な言い回しで勇者様は切り出しました。少し離れた場所には宴会をしている人々がいるっていうのに不用心な方です。

「わずか2年で魔国グランディは人国アースターの領土のほとんどを征服した。そこで選ばれたのが勇者という存在だ」

 勇者様は指を三本立てました。

「国中から若者が集められ、魔術の心得があった黒魔術師カサンドラ。剣の腕が確かだった剣士ジョナエル。勇者には、魔術への耐性があったパパが選ばれたということだ」

 当時を思い出しているのでしょう。懐かしそうな表情で勇者様は遠くを見ました。

「旅をしているうちに何人か仲間は増えたけどな。そしてパパたち勇者一行は、一年かけて無事に魔王を倒したんだよ」

「そこまでは知ってる。私は魔王について知りたいの」

 食い気味にアーロン様は尋ねました。私には彼女が考えていることは分かりませんでしたが、彼女が発している圧が相当のものであるということは分かりました。

「パパは、魔王のことをどう思っていたの?」

 ほとんど睨むような目つきでアーロン様は勇者様を見つめます。勇者様は背後の宴会をちらりと振り返った後、モニターに顔を近づけて小声で言いました。

「これから言うことは内緒にできるか?」

 アーロン様はこくりと一度頷きました。そのあまりに真剣な表情にいっそ笑ってしまいそうになりましたが我慢我慢。ここで笑ってしまったら二人から怒られてしまいます。

「魔王は……良い為政者だったとは思うよ。彼女は魔族の王であったけれど、暴君ではなかった。魔族を倒し、旅を続けるうちにその思いは強くなっていった」

「彼女? 魔王は女性だったの?」

 おっとこれは失言だったようです。勇者様はしまったとでも言うかのように口を押えました。

「ねえ、魔王ってどんな見た目だった? 髪とか目の色とか」

「どうだったかな、十年も前のことだから思い出せないなあ……」

 しらじらしい。あまりにもしらじらしいとぼけ方です。アーロン様はハッと何かに気づいた顔をしました。

「パパ、もしかして魔王のこと……」

「それはない」

 即答です。勇者様は大きく首を横に振ってから、ため息をつきました。

「こんなことになってしまってから言っても遅いんだが――彼女がいれば、魔族と人間はもっと共存できていたのかも、と思うときはあるな」

 勇者様の言葉には途方もなく大きな感情がこめられているようでした。大小入り混じったその感情を、無理やりに言葉にするのであれば「後悔」でしょうか。

「パパ」

 そんな勇者様に、アーロン様は問いかけます。

「もし私がいなくなって魔王が復活するんだったら、パパはどうする?」

 彼女は怯えた目をしていました。いえ、目は前髪に隠されてほとんど見えていませんでしたが、それでも彼女が怯えているということは私にはとても伝わってきていました。

 勇者様はその問いを受けて、即答しました。

「もちろんお前のことを守るよ。私にとって一番はお前なんだ」

 当然のようにそう言う勇者様に、アーロン様は拍子抜けした顔で固まった後、心底安心した顔をしました。

「そっか」

 うつむいて、突然普段はしないような顔をしたアーロンを見て、勇者様は重ねて尋ねようとしました。しかしそれを彼女は腕で顔を隠しながら遮りました。

「なんでもない。ちょっと確認したかっただけ」

 照れているのでしょうか。アーロン様の耳は少し赤くなっているようです。

「じ、じゃあね、パパ、愛してるよ」

「ああ、パパも愛してるよ」

 アーロン様はモニターを消すと、大きく息を吐き、通話中ずっと手にしていたあの冊子をゴミ箱にぽいっと放り投げました。そしてそのまま鼻歌を歌いながらソファへと向かう彼女は、どこか吹っ切れた顔をしているようでした。

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勇者、不在中。 黄鱗きいろ @cradleofdragon

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