最終話 再び、踏切の前で

 ぼんやりと歩いていると、踏切があった。


 ああ、と誠司はつぶやく。ここはつまり、そういう場所だったのか、と。


「そうですよ、誠司さん」


 懐かしい声だ。


 振り返ると、かつてとなんら変わらない笑みをたたえた彼女の姿がある。


「……マキ」


 そう、マキだ。彼女の名前を呼んで、誠司もまた笑った。


「君は少しも変わらないな」


「そんなことはありません。私はもう、正式に父の仕事を継ぎましたから」


 そう言って、マキは誠司の手を取った。


「あなたは、もうおじいさんですね」


 それはそうだ、享年何歳だと思っている。


 だが、こうして寿命をまっとうできたのもマキのおかげだ。マキがこの場所で、俺に話しかけてくれなかったら。きっと俺は妻や娘に話をすることもなく、そのまま踏切を渡ってしまっていただろう。それなのに、この瞬間まで思い出すこともできなかったとは。


 自分の薄情さを嘆いてから、誠司はふいにつぶやいた。


「その格好、似合っているよ」


「そうですか? そう言われたのは初めてです」


 はにかむように笑って、彼女は続けた。


「この踏切を渡ったら、もう戻れません。覚悟はいいですか?」


 わかっているよ、と誠司はうなずく。


 そして彼はあらためて、彼女に告げた。彼女の名前ではなく、父から受け継いだであろうその偉大な王の呼び名で。


「よろしく頼むよ、閻魔さま」


 そして、誠司は踏切を渡って歩く。


 背後で鳴り響く踏切の音は、もう遥か遠くに聞こえていた。

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踏切~とある会社員と女子大生の会話~ ほがら @takuan_02

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