第7話

「母ちゃん……」

「……大きく……なったねぇ」

親子の感動の再会に、感動しない。

俺は他人の再会より、自分の再会なのだ。

隣にいる、上石雪子を見つめた。

お互いに二十五歳になって、かれこれ十年ぶりの再会である。


「お父さんがね、医者として最期まで面倒を見るべきだって……」

病院の中庭のベンチで俺たちは話す。

空は、彼女が顔面紅葉をつくった、あの日の夕焼けに似ていた。

「私も母さんも、ほかの看護師さんも賛成して、今に至るんだよ」

あの頃より、少し短くなった長髪が、風になびく。

「なんで突然来たんだい?」

彼女はおかしそうに笑った。

「……別に。上石のこと、なんとなく思い出したからだよ」

俺はベンチに思い切りもたれる。

「上石、じゃないだろ?」

彼女はいたずらっぽい、変わらない笑顔を俺に向ける。

「雪子、だ。ここは私以外に上石が二人いる」

彼女は指でブイサインをつくって、俺の顔の前に突き出す。

「……ゆ、雪子」

「うーん。顔を赤らめるなよ、気色悪い」

彼女の容赦ない一言に、俺は軽く傷つく。

「まぁ、よいだろう。んで、なんで会いに来たんだ?」

「だからぁ、なんとなくだよ」

俺は繰り返し言った。

「嘘つけ」

彼女は自信ありげに、口を歪める。

「私と、最期を過ごしたいと思ったんだろ?」

「うぇっ!?」

俺は想定外の言葉に、翻弄される。

「ふふーん。やっぱりな。来ると思ってたよ。なんてったって私のこと、好きだったんだろ?」

彼女はのぞき込むように、俺の顔を見つめた。

「なっ!?」

「バレバレだったよ〜。私が彼氏できたって言ったら、いつも悔しそうな、悲しそうな、怖い顔してた」

彼女は面白がって言う。

こういうときの彼女には、敵いやしない。

それは俺もよくわかっている。

「余裕なかったんでね。当時は」

正直に、白状した。

夕日が山に、にじみながら沈んでゆく。

「遅いよ。もう時間がないよ?」

「なんだよ。ぶつかる時間わかるのか?」

彼女はむっ、とした顔でみた。

「私を誰だと思ってんの?」

「え?」

「ぶつかる時間、予測くらいできるさ」

俺は、彼女をなめていた。


「趣味で天文学もかじってたんだ」

パチ、と電気スイッチの音がした。

電気がつくと、俺の背丈くらいのでかい本棚に、難しそうな本がたくさんあった。

ハードカバーの、いわゆる頭のいい人の家にあるやつ。

「一応は、父のあとを継いで医者になるつもりだったけどね」

「すげぇな」

病院の一部に設けられたこの部屋は、家族共有の書斎のようなものらしい。

「姉が天文学が好きでね。おかげでこれだけたくさんの天文学に関する本があるんだ」

本の背表紙をなでながら、彼女は言った。

「そういや」

俺はふと思い出したことを聞く。

「お前、結婚して離婚したんだって?」

彼女はしばらく、話が理解出来なかったらしい。

口を中途半端な大きさにひろげて、まばたきをしなかった。

「は?」

「え?」

二人の間に、みょうな空気が流れる。

「お前、結婚したんだろ?そいで、離婚したんだろ?」

「してないけど」

首を横に振り、俺を見る。

「してないのか?別にバツイチでも俺は」

「いや、してないって」

「……まじで?」

「まじで」

俺はあごに手を添え、考える。

顔を上げて、もう一度、彼女にきく。

「してねぇの?」

「してないって。どこ情報よ」

不満げに、彼女は言った。

「代沢」

「だれそれ」

「ほら、中二のときのクラスメイト」

「覚えてないなぁ」

またしても、みょうな空気が流れた。

「デマだね。いや、まったく違うというわけではない。結婚したのは、私の姉だよ」

「え」

「おそらく、噂が伝わるうちに、変わってしまったのだろうな。『私の姉』が『私』になったのだろう」

俺はその推測に、納得した。

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