第8話

「そうだ、きいてくれ!」

彼女は、気を取り直して言う。

「あのな、私の誕生日は明日なんだ」

「そりゃ残念。明日には地球はないよ」

俺は、当たり前のことを言った。

そういえば、二十五歳といっても、厳密には彼女は誕生日を迎えていないのだから、二十四歳だ。

「ふっふっふ!そう思うだろ!?」

嬉しそうに、俺の前に仁王立ちする。

「私の計算が正しければな、明日の午前零時零分一秒にぶつかる!つまり、日本に衝撃波がとどいて壊滅するのが二秒後だ!さて、算数だぞ。私たちが死ぬのは?」

「午前零時零分三秒」

「大正解っ!」

彼女は素数を解明したかのように、大げさなほど喜ぶ。

「よかったな」

俺は頭をかきながら、適当に返事する。

「っはー!なんて男だよ」

彼女はイライラしたように言った。

「いいかい?私にとっては、数秒しか二十五歳になれないんだよ?」

「そりゃ、残念だったな」


午後七時を時計がしめす。

「うまっ!」

俺は軽く感動した。

「だろう?」

俺はなぜか、上石家の食卓でハンバーグを食べていた。

「お前、ハンバーグ職人になれるぞ!」

「お前じゃなくて、雪子な。まぁ、いいか。ハンバーグは得意料理なんだ」

ドヤ顔で、ハンバーグを食べた。

「それに、君はハンバーグが大好物だろう?」

彼女は、少し照れたように笑った。

「まぁ、な。大好物だが」

「だから、練習してたんだよ。残念なことに、一回で終わったけど」

「ふぅ……ん」

俺は違和感を感じた。

「え?」

顔がみるみる赤くなる。

「キモイなぁ!照れないでくれよ!」

彼女は俺の口にハンバーグを突っ込む。

「うぐむっ、もごう」

「……よし、黙ってるがよい」

俺はハンバーグを消化しながら、もぐもぐとそのうまい味をちゃんと味わった。


「両親はいいのか?」

俺はデザートのみかんの缶詰を食べながらきく。

「いいんだって。世界の終わりだろうと、普通の日常として過ごしたいって」

彼女は笑いながら、みかんをフォークでさす。

「……ほんとに、来てくてたんだね」

「ん?」

俺は聞き返す。

「内心、期待してたんだ。きっと来てくれるんじゃないかなって。終末くらい、石みたく頑固な私たちでも、素直になれるんじゃないかなって」

「……そうだな」

俺はみかんを食べた。


世界の終わりまで、残り一分。

俺たちは映画を観たり、なぜか人生ゲームをしたりして過ごしてきた。

「ノストラダムスが、こんなにくっきり見えるんだね」

病院の近くのムダにだだっ広い原っぱで、俺らの人生を終える。

悪くなかった。

「ぶつかったら、ハッピーニューイヤーとでも言おうか?」

「イヤーではないけどな」

俺はそう言って手を繋いだ。

彼女の手が、一瞬強ばって、しだいに柔らかく、握り返してくれた。

俺は腕時計で時間をチェックする。

そして心の中で、ブラジルから日本に来た人に謝った。

たった二秒でなにができる、とバカにしたことを。

あったんだ、できることが。

「雪子」

俺は、彼女にキスをした。

午前零時零分ちょうど。

光が、にじむ。

俺は、そのまま目をつむった。

世界が、終わったのだろう

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