第3話

車で誰もいない高速道路を走る。

ほとんどのやつらは予定では土曜日と日曜日のはざま、土曜日二十四時であり、日曜日零時ごろやってくる終末のために準備とかしてんだろう。

ゆっくり海辺で過ごす妹カップルを思い出す。

そうか、あいつはレズだったのか。

気がつかなかったなぁ、なんてぼんやり思いながら、パーキングに車を停める。

コンビニや小さな土産物屋が併設されたサービスエリアだった。

開けっ放しの、今にもお化けの出てきそうな元自動ドアの隙間に体を滑り込ませる。

幽霊も、地球が滅亡したらいなくなるのかな、なんて考えながら、スマホのライトで店内を照らす。

さすがにパンは怖いが、保存料のきいたスナック菓子や炭酸飲料なんかは大丈夫だろう。

「どーも」とお礼を述べて、商品であったものを拝借する。

車に戻って炭酸飲料をあけると、プッ、という屁のような情けない音がして、俺は寂しくなった。

補給食のもようなものもあったので、持ってきたが、こいつは味が変わらない。

口の水分を全部もってくとことか。

食べ終わると、スマホは午後十一時を表示していた。

開けたままだった車の窓を少し閉めて、車をリクライニングして寝る。

今は木曜日。ちょうどこのあたりの時間に、地球は滅亡するんだろうな。

だというのに、風がいつも通り、窓から入って抜けていった。


「……ってぇ」

目が覚めると、体が軋むように痛かった。

変な姿勢で寝たせいかもしれない。

時間は午前八時。結構寝たな、と少し後悔する。

俺はあくびをして、車のエンジンをかける。

ガソリンが持つか怖いので、ガソリンスタンドで給油することにした。

ガソリンスタンドはゾンビゲームの補給ポイントみたいに、なかなかホラーな空気をまとっていた。

昨日は暗くて見えなかったが、看板が虚しく剥がれ落ち、無残とはこのことだ。

俺は車をとめて、降りる。

「あ」

給油しようとして気がついた。

考えれば電気がもう機能してないのだから、ガソリンスタンドも機能しない。

給油してくれる機械は電力で動くので、電気がこなければ動かない。

給油できず、不安になりながら高速を走る。

リッター何キロかを丁寧にチェックしながら、一定ペースで走った。


高速のインターチェンジを抜け、下道におりてゆく。

ここからだと、俺のボロアパートより、実家の方が近い。

最後くらい顔を出すべきかもしれない。

俺はひょっとしたら寂しがっている両親の顔を思い浮かべ、車を走らせた。


実家のインターホンを押すと、「はーい」と母親の声がする。

「あらっ、お兄ちゃん」

「よ、よぉ」

玄関ドアを開けた母親に、不審な笑みを俺は返す。

「どうしたんだい?一人で過ごすって言ってただろ?」

「んん、そうなんだけどさ。一応顔くらい見とこうかと」

怪訝そうな顔をみせた母親に、俺はしどろもどろに言った。

「まぁ、いいよ。お父さんが勝手にせんべい食べちゃってね。まったくありえないよ。菓子もないけど、ゆっくりしてきな」

地球が終わるというのに勝手にせんべいを食べただけで叱られるというのは、うちの両親は小さいのか大きいのかよくわからない。

「よぉ、親父。元気だったか?」

なぜか昔の新聞を読む父親に挨拶する。

「なんだぁ、お前か」

悪かったな、俺で。

のどまででかかったが、この人に言えば倍になって返ってくる。

「なんで昔の新聞読んでんだよ」

「将棋の欄見てんだ。難しいな、こりゃ」

地球の終わりに将棋かよ。

棋士でもこの期に及んでやってる奴は少ないんじゃないのか?

「おとーさん!ようかんも食べたのー!?」

「食ってねぇよ!何でも人のせいにするな」

「やだやだ!ボケ老人の相手は疲れるわァ!」

「ボケてようかん食ったやつが言うんでねぇ!」

「なんだって!?」

俺は二人のやり取りを右から左へ受け流す。

なるほど、ののかは海で恋人と過ごす方が正解だ。

終末なのに、こんなケンカして騒ぐのんきな家族なんてうちくらいだ。

俺は笑ってしまった。


「今日の晩ごはんは、すき焼きにしようか」

「は?肉って、いつの?」

俺は恐ろしくなって母親に聞く。

母親はその恰幅のいい腹に手を当て、しばし考えた。

「二週間くらい前かな?」

「怖っ!!いらないいらない!」

俺はそんな命知らずではない。

頭を全力で動かして意思表示をする。

「なによ、あとちょっとで死ぬんだから、今後の体調なんて気にしなくていいじゃない」

「それでも明日はまだあるんだぞ!」

俺はおっかなくなって、必死に説得する。


グツグツと、俺の目の前で鍋で具材が煮えている。

豆腐、うどん、ねぎ、糸こんにゃく、春菊、ふ、そして肉などの具材。

すき焼きである。

俺はやけくそになって、卵に肉を絡めた。

母親の「火を通せば大丈夫」というむちゃくちゃな理論に根負けし、俺は甘んじて晩ごはんをご馳走になっている。

「おいしいでしょ」

「うまいけど、不安でちょっとおいしさマイナス五」

俺は熱々で湯気の立ち上る鍋から、春菊を救出する。

「ののかが、うちに来たよ」

「知ってるよ。ちゃんと海に連れてってやったかい?」

知ってたのか。俺はさすがだな、と感心した。

「お前はどうするんだい?」

俺はうどんをすする。

「どうふるっへ?」

うどんを食いながら、ききかえした。

「恋人とか、いないの?」

「いたら実家で、怪しげなすき焼きなんか食ってねぇよ」

俺は投げやりに言った。

「ふぅん、さみしい男だね」

ねぎを食べながら、母親はしゃべる。

「あぁ、あと上石雪子ちゃん。覚えてる?」

「……上石か」

俺は突然その名を母親が出すことに、既視感をおぼえた。

「うん。結婚したらしいけど、離婚したらしいよ。あんたの同級生の代沢くんがいってた」

「へぇ、結婚してたんだ。そこがまず知らなかったな」

俺は春菊を口に突っ込む。

「前言ったじゃない。物覚えの悪い人」

「で、だからなんだよ」

俺は肉を食べる母親をにらむ。

にんまり、と性格の悪い悪役魔女みたいに俺に笑いかけていた。

「最後くらい、初恋の女の子に会ってこればァ?」

「けっ。そんなことだろーと思った」

俺はお茶を飲む。

「どうも女は夢見がちだ。やってらんねぇ」

「あら?男女差別反対〜」

「お袋とののかは!夢見がちだ」

「どこが?」

「あのなぁ、再会してなんだよ。恋でも始まるのか?」

母親は「うーん」と唸ってから言った。

「わからんわ、そんなもん」

俺はこういう適当なところが、人間生きてくうえで必要だと結論付けた。

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