第4話

「じゃあ、気をつけてな。事故っても誰も助けてくれんから」

俺はガソリン満タンの両親の車を借りて、自宅に戻ることにした。

俺の車はもう二キロと走れないだろうから。

「……親父、お袋、二人で大丈夫か?」

両親は顔を見合わせると、揃って俺を見た。

「お前こそ、一人で大丈夫か?」

「親父に言われたかねぇな」

俺はそう言って笑うと、車に乗り込む。

これがこの家と両親との別れだと思うと、なんだかあまりにあっけない。

が、うちの家族はこんな感じでいいのだろう。

しっくりくる。

俺は一人で納得すると、「ありがとな」と呟いた。

車のエンジンをかけて、ふとサイドミラーをみると、二人が手を振ってくれた。

俺も振り返して、小学生みたいに、お互いぶんぶんと手を振りあった。


帰ってきた我が家はあいも変わらずボロアパートだった。

ドアをあけると、ぎぃ、とホラーゲームの扉を開けた時の音がする。

敷きっぱなしの布団を見つけて、カビが生えないか心配したが、まぁもうじき地球は終わるのだから、問題ない。

カビようが、燃えてしまおうが、どうだっていいのだ。

俺はクーラーボックスから生ぬるいお茶を取り出す。

冷蔵庫が機能してないから、クーラーボックスで代用するしかない。

まったく、ソーラーのある家がこの時ばかりは羨ましい。

俺は横になる。

目を閉じ、上石雪子を思い浮かべた。

俺が中学生のころまで、隣の隣の家に住んでいた幼なじみだ。

真っ黒で艶のある長髪に、陶器のように白い肌が、名前の通り雪女のようなやつだった。

子どものくせに、妙に大人びたやつで、そこが変な魅力だった。

ののかはなぜか雪子を慕っていて、「私のことは姐さんと呼びな」ということを鵜呑みにして、彼女のことを「姐さん」と呼んではくっついていた。

見た目は悪くない、というかいい方で、医者の娘だけあって賢かったからモテた。

が、彼女の性格を知ると、大抵の男は逃げた。

彼女はいつも「告ってきたから彼氏にした」と言ったかと思うと、「振られたから別れた」と言っては「そもそも性格を知らないのに告白してくるお前の方が性格が悪いのだよ」とすねていた。

彼女が高校にあがるのをきっかけに、父親が務めていた病院を辞めて、実家の病院を手伝うということで去っていった。

ののかはショックで、わんわん泣いていた。

「なぜそんなに泣いて脱水症状にならないの?」というムードぶち壊しの彼女の名言は、このとき生まれた。

それ以来、まったく会ってない。

手紙も電話も、何も連絡をとっていない。


『君は、不思議な人だね。私に対して彼氏でもなくいてくれる男の友だちはいないよ。まぁ、私には女友達もひと握りしかいないけれどもね』

彼女の言葉が脳裏をよぎる。

彼女は誰と、この終末を過ごすのだろうか。

俺は起き上がると、クーラーボックスやら保存食やら、カセットコンロやら布団やらを両親の車に詰め込む。

残りが数パーセントのスマホを、ソーラーのスマホ充電可能なランタンにつないで充電する。

それごと助手席において、俺はエンジンをかけた。

だいたいどの辺にあるのかは知ってるし、地図で病院の名前を調べれば、だいたいの場所はわかるだろう。

『上石病院、とかみたく、こんなふうに個人情報があらわになってる病院名って多いよね』

記憶から、ゆっくり芋ずる式に色んなことを取り出していく。

「上石病院……」

指でなぞって、目を通していく。

高速道路を使っても、このあたりまでは六時間以上はかかるだろう。

しかも、これはけっこう昔の地図だから、道が変わっている可能性が高い。

このあたりは確か開発が進んでたはずだ。

今日は金曜日。今はもう夜だ。

このままなら土曜日に着いても、ほんの数時間しかしゃべれない。

別にしゃべりたいわけではないが、なんとなく気になってきてしまった。

しかも俺の人生の最期は彼女と一緒になってしまう。

しばらく俺は考えてしまった。

「……まぁ、考えてもしゃーないな」

俺はハンドルを握った。


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