第2話

カップ麺を食べ終わって俺は一息つく。

『終末は一人でゆっくりするよ。週末みたくね』

俺は家族にそう言った。

このボロアパートで一人のんびり過ごそうと思った。

俺はもう一眠りしようか悩む。

考えればこれから嫌でも寝なきゃならないのに、と思ったが、まぁ、いいか。

俺はあくびをして布団にもぐる。


「にぃちゃーーーーーーーーーんっ!!!」

凄まじいドアをノックする音。

ノックというか、破壊活動だ。

こんなことして、俺を兄ちゃんと呼ぶのは世界で一人しかいない。

「るっせぇよ!ののかっ!!」

俺は布団から飛び起きてドアを開ける。

偉そうに仁王立ちした我が愚妹がいた。

おさげのメガネでこんなに謙虚さを感じないのは、もはや天才だな、といつも思う。

「兄ちゃん、車出して」

「は?」

耳を疑うとはこの事だ。

「連れてって欲しいとこがあんの」

「いや、待て待て妹よ」

俺はアメリカ人みたいに大げさなポーズで、手をひらひら振る。

「俺はさ、暇じゃないの。人生最後の週末をエンジョイしたいの」

「うっさい。連れてけ」

「っはー!意味わかんねぇ!俺は一切の労働を拒否する!」

妹はグイグイ俺の腕を引っ張る。

「ほら!車のキーもって!」

「自力で行け!」

「交通機関はもう動いてないよっ!」

「なら歩くか自転車で行けよ!自力でがんばれよ!人生最後になんか成し遂げろ!」


車は無法地帯となった高速を走っていた。

「ほんと、すいません」

「いいのいいの。クソ暇人だから、仕事した方がいいのよ」

俺のセリフを言う妹に殺意を覚えつつ、もう一人の女の子を見る。

ショートカットで活発そうな服装だが、意外と大人しそうな顔だ。

ちょっと俺の好みのタイプだった。

まぁ、妹と同級生ということは、俺より六つ下だから範疇外だけど。

「ゆずこはエンリョしすぎー。いいのよ、このクソ兄貴は私にこき使われるために生まれたきたんだもん」

そんなために生まれてきてたまるか。

俺は地図を見ながらハンドルを握る。

「昔行った海でいいんだよな」

俺は再度妹に確認する。

「そーそー。星砂買ったとこ。都会から距離そんなにないのに、星空がすごいの」

ののかはゆずこちゃんに見せたかったのだろう。


一時間ほど車を走らせれば、道がすいているのであっさり着く。

海独特の匂いが鼻を抜ける。

波の音が耳に滲むように染み込んでくる。

そして何より、星空がやっぱりすごい。

「兄ちゃん」

ののかが俺の腹に何か固いものを押し付ける。

「ぐぇ、なにこれ」

「チェキ。写真撮ってよ」

俺は受け取ってから、ののかに言う。

「写真撮って、どうすんだよ。思い出なんて振り返る時間ねぇだろ」

ののかはため息をついた。

「ヤボだなぁ」

ボトルを俺の目の前に出てきた。

「んだよこれ」

「写真撮って現像して、ここに入れて海に沈めるの」

明らかにお手製のボトルだった。

「沈めてどうすんだよ」

「地球はさ、終わるじゃん?でも海の底ならひょっとしたら衝撃を免れて、宇宙空間に放り出されるかもしれない」

ののかは俺からチェキを奪い返して、用意をする。

「そしたら、宇宙人が拾ってくれるかも。私達が生きて、一緒にいた証を、見つけてくれるかもしれない」

再びチェキを俺に押し付けると、「ゆずこー!」と叫ぶ。

二人で靴が濡れるのも気にせず、波に向かう。

手を繋いで、世界の終わりとは思えないくらいの、まぶしい笑顔で。

どれだけ俺が写真を撮るのが下手でも、そのへんの写真家に負けないくらいの笑顔だった。

「とるぞー!はい、チーズ!」

絵にかいたような星空のした、雷みたいにシャッターが光った。


「ヘッタクソぉ」

写真をボトルに詰めながら、ののかはブツブツ文句を言っていた。

「お兄さん、ありがとうございます」

ゆずこちゃんは品の良さそうな笑顔で微笑む。

うむ、あと十年後に彼女に会ったら惚れたな。もう未来はないが。

「じゃ、兄ちゃんは帰っていいよ」

「ほぉあ?」

俺は変な声を出してしまった。

「え、お前らどーすんの?」

「ここにいるよ。食べるものもある。ここの海の家を乗っ取らしていただくさ」

ののかはヘラヘラ笑ってサイダーを飲んだ。

「親父とお袋は?」

「いいよ、って」

「ゆ、ゆずこちゃんの家は?」

「大丈夫です」

「あ、あ、そうですか」

俺は頭をポリポリかきながら、ゆずこちゃんがお礼を述べ終えると、車に戻ることにした。

「ありがとね、兄ちゃん」

ののかが言った。

「んだよ、きもちわりぃ」

俺は笑ってエンジンをかけた。

「兄ちゃんさ、ゆずこの顔好きでしょ」

俺は目を丸くした。

「あたしもね、好きなんだ」

「そ、そうか。血は争えないなんだな」

水飲み鳥みたいに、俺はコクコク頷いた。

「でもさ、ダメだよ」

挑戦的な目で、俺を見た。

「ゆずこと付き合ってんの、あたしだから」

俺はキョトンとしてしまった。

「兄ちゃんもさ、自分に素直になって、大切な人といなよ」

「は?」

ますますどうしていいかわからない。

「ぼっちなんてやめな。孤独死だよ」

ののかは、俺より大人っぽかった。

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