14話 第二回公判(二日目)

 裁判員二日目。昨日と同じように通用口で裁判員カードを提示し、第6評議室に到着すると、すでに裁判員1番(女子大生)さん、2番(女将)さん、4番(銀行員)さん、6番(中央市場仲卸)さんの姿。



「おはようございます」


「おはようございます」



 にこやかにご挨拶をし、ロッカーにバッグを入れると、ソファーにいた女性2人が私を手招き。



「皆さん、お早いですね」


「もし遅刻したらと思うと、心配になっちゃって」


「私もです。大学の講義なら平気なんですけどね~」



 そんな話をする傍らで、4番(銀行員)さんは自分の席でタブレットを操作し、6番(中央市場仲卸)さんは窓際で電話中。おふたりともお仕事のようで、先に作業を終えた4番(銀行員)さんが、大きく伸びをしながら、こちらへいらっしゃいました。



「お仕事ですか?」


「ええ。仕事がら、どうしても自分じゃないと出来ないこともあって。今朝も、近くの支店に寄ってから来たんですよね」



 セキュリティー上、行内でしか処理できない業務は、公判が始まる前と終わった後に近くの支店のPCを使い、それ以外は休憩時間にタブレット端末で処理するのだそうです。


 本来なら、裁判員の任期中は特別休暇扱いになるのですが、現実はそうでもしないと業務が回らないため、会社側もそうした配慮をしてくれてはいるものの、他支店で間借りしての作業は勝手も悪く、何かと気を遣うのだとか。



「大変ですね」


「いえいえ、僕よりも、6番さんのほうが」



 6番(中央市場仲卸)さんに至っては、定時(夜中)に市場に出勤し、一通り仕事の段取りをしてから裁判所に来たとのこと。今も部下の方と電話で遣り取りをしており、ようやく切り終えると、疲れた顔でこちらにやって来ました。



「もう、いい加減にして欲しいですよ!」


「何かトラブルでも?」


「いえね、もう十分一人で出来るんですから、もっと自信持ってやって欲しいというか。几帳面なのか心配性なのか、いちいち聞かないと駄目なんですよ」


「それ、滅茶苦茶分かります!」



 思わず、身を乗り出すように同意する4番(銀行員)さん。



「いい加減、独り立ちして貰わないと困るからと思って、ちょっと強く言ったり突き放したりすると、途端に『パワハラ』だ『モラハラ』だ言うし、上からは自分の指導が悪いみたいに言われるし!」


「ホント、それですよ! こっちは自分の仕事を後回しにして世話してるってのに、逆に訴えてやりたいくらいですよね!」



 互いに共感しあうふたりの姿に、中間管理職の悲哀を感じます。



「まあまあ、おふたりとも、朝からあまり興奮しないで、ね?」


「そうですよ。お菓子でもどうぞ」


「すみません、つい」


「あ、頂きます」



 女性陣に宥められ、苦笑いするふたり。好みのお菓子を食べながら、和気藹々と雑談していると、ここが裁判所であることを忘れそうになります。


 しばらくすると、他のメンバーも全員到着し、ふと、事務官の方がお弁当の集金に来ることを思い出し、先にお金を集めることに。ぴったりの金額の人、お釣りのある人、その辺りの計算は、銀行員の4番さんが率先してくださいました。


 間もなく裁判官お三方もいらっしゃり、裁判長さんと熊野さんからも徴収して、集金にみえた事務官の荒川さんの手を煩わせることなく、お渡しすることが出来ました。



「さて、それじゃ、ミーティングを始めましょうか」


「はい」



 新島裁判長さんの言葉に、熊野さんと稲美さんおふたりで、手分けして資料を配布。手渡された資料は、検察側、弁護側の二種類でしたが、昨日とは比較にならないほどの量がありました。



「昨日も説明しましたが、今日は『証拠調べ』という工程を行います」



 刑事裁判で、犯罪の成否や刑罰を決める際、裁判官と裁判員は証拠に基づいてこれらを判断するのですが、公判前整理手続きによって、すでに証拠として採用されたもの以外を判断材料とすることは不可となります。


 裁判員裁判の場合、公判の期日が決まっているため、余程の事情がない限り、追加されることはあり得ないのだとおっしゃいました。



「あの、余程のことって、例えばどんなですか?」



 手を上げて質問した裁判員4番(銀行員)さんに、笑顔で答える新島裁判長さん。



「良い質問ですね! よくドラマなんかで、証人や傍聴人から、『じつは、私がやりました!』とか、検察官や弁護人や裁判官から、『真犯人はあの人です!』みたいなシーンをご覧になったことありませんか?」


「あります、あります!」


「あれ、スカッとしますよね~!」


「まあ、これは極端な例ですが、判決に重大な影響を及ぼすほどの新しい事実が出たような場合に限られます」


「ああ!」「なるほど!」


「でもね、そんな状況、法廷では先ずあり得ません。日本の刑事事件では、起訴された際に裁判で有罪になる確率は、99%以上というデータがありまして、検察側としても、それなりの確証と自信があるからこそなんですよね。

 同様に、弁護人も無茶苦茶なやり方で無罪を勝ち取ろうというようなことも、ほとんどありません」


「そうなんですね」


「ドラマに出てくるような頭脳明晰で、イケメンや美人の検察官や弁護士はたくさんいますが、ドラマみたいな展開になることは、現実ではほぼないということです」



 確かに。



「今日の公判では、先ず検察側から、Aさん、Bさん、Cさんの順に行います。途中、随時休憩を挟みますが、おそらく検察側だけで午前中いっぱいか、下手すると午後まで掛かるかもしれません。その後、弁護側も同様に、証拠調べに移ります」



 手元の資料では、本日の証拠資料として、


検察側:計71点。その内訳として、

・被害届・・・各3通

・診断書・・・各3通

・被害写真・・・計20点

・意見書・・・2通

・目撃者供述調書・・・計10件

・犯行現場及び犯行時の実況見分調書・・・計13点

・防犯カメラ映像・・・計20点


弁護人側:計10点。その内訳として、

・防犯カメラ映像・・・計5点

・地図など・・・計3点

・車に関して・・・2点



「一番大事なことは、先入観を持たずに、一つ一つの証拠に対して、冷静なジャッジをするということですので、よろしくお願いします」


「はい」


「それから、本日見て頂く写真や防犯カメラ映像の中には、一部、傷口や衝撃的なものも含まれています。そういったシーンが苦手な人は、後で評議室でも見られますから、頑張ってその場で直視しなくても大丈夫です。

 くれぐれも無理だけはしないでください。もし、気分が悪くなったら、すぐにメモを回してくださいね。本人が無理そうでしたら、周囲の方がフォローをお願いします」


「はい」「分かりました」


「それでは、本日もよろしくお願いします」


「よろしくお願いします」



 そう言うと、お隣同士で持ち物をチェックしあい、全員で806号法廷に移動したのです。


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