13話 評議室にて

 初日の法廷を終え、評議室に戻った私たちに、新島裁判長さんが労いの言葉を掛けて下さいました。



「皆さん、お疲れさまでした。初めての法廷は、如何でしたか?」


「いや~、緊張しましたよ。長年生きて来ましたが、これほど緊張したのも、久し振りでしたな~」



 豪快に笑う裁判員3番(元大学教授)さんに、頷きながら共感する私たちに、



「疲れた時は、甘いものが一番ですからね。どうぞ、召し上がってください。甘いものが苦手な方は塩系もありますので、お好みのチョイスを」



 そう言ってテーブルに置かれているお菓子を勧めながら、自ら率先して口に放り込む裁判長さん。私たちも遠慮なく自分の好みのものを取り、それを食べながら、今日の法廷での感想などを話し合いました。



「納刀被告について、率直にどう思いましたか? 1番さんから、お一人ずつご感想をお願いします」


「う~ん、正直なところ、ホントにあの人がやったのかなって思いました。大人しそうな感じに見えましたし」



 と、裁判員1番(女子大生)さん。



「私は、何だか掴みどころがない感じがしました。大人しそうという印象は、1番さんと同じです」



 と、裁判員2番(女将)さん。



「法廷で、あれだけきっぱりと否定したわけですからな。被告人としては、本当に合意の上だと思っていたのかな、と」



 と、裁判員3番(元大学教授)さん。



「僕も、2番さんと同じで、掴みどころがない感じがしました。自分の意思で否定してるのか、弁護士さんの書いたシナリオを読んでるのか、その辺りがはっきりしない気がして」



 と、裁判員4番(銀行員)さん。



「私も、最初は大人しそうな印象を受けたんですが、否認したときの様子を見て、どこか二面性がある人なのかなと思いました」



 と、裁判員5番、私。



「自分は、3番さんの意見に近いんですけど、もし本当に女性を暴行した自覚があって言ってるんだとしたら、逆に怖いなと思いました」



 と、裁判員6番(中央市場仲卸)さん。



「自分も5番さんと同じ意見で、裁判長さんに訊かれて否定したときの変わり様は、ちょっと怖かったというか」



 と、補充裁判員1番(車ディーラー)さん。



「私も4番さんと同じで、弁護士さんに言わされてる部分があるのかなって思いました」



 と、補充裁判員2番(育休中ママ)さん。



「熊野くんと稲美さんもお願いします。ふたりは、すでに色んな情報が入っているから、第一印象とはちょっと違いますけどね」


「はい。正直言って、起訴内容と本人から受ける印象が一致しないといいますか。5番さんの『二面性』という表現で、何かしっくり来た気がします」



 と、熊野さん。



「私も6番さんと同じで、もしも犯行を自覚している上で、あれだけきっぱり否認出来るとしたら、ちょっと凄いなと」



 と、稲美さん。



「私もね、何だかよく分からない人間性というのが、納刀被告の印象なんですよ」



 と、新島裁判長さん。



「じつは、納刀被告の勾留質問を担当したのが私だったんですけど、その時から何か引っかかったんですよね。

 あ、勾留質問というのは、検察が被疑者を起訴するか不起訴にするか判断するための拘束期間を延長する『勾留請求』に対して、被疑者の言い分を聞くものなんですけれどね」



 被疑者は、担当した裁判官から、その事実について言いたいことはあるのかを訊かれ、それに対し、全面的に認めるのか、一部は認めるけれど違う点があるのか、全面的に認めないのかなど、自分の言い分を答えます。


 すでに被害者との間で示談が成立しているような場合を除き、被疑者が容疑を否認していたり、一部でも認めていなかったりする場合には、ほとんどのケースで勾留が認められるのですが、新島裁判長さんが引っかかったとおっしゃるのは、その際の納刀被告の様子でした。


 当初から『合意の上』を主張していたものの、必死で無罪を主張するでもなく、嘘をついているときの後ろめたさや、開き直りのようなものも感じられず、どこか他人事のような、それでいて、妙に説得力があるような物言いなのだとか。確かにそれは、今日の法廷での納刀被告の言動から、私たちも感じていました。



「長年、裁判官をやっていて、多くの被告と対峙していますから、嘘をついてるのかどうか、だいたいの見当は付くんですけどね、納刀被告に関しては、皆さんおっしゃるように『掴みどころがない』といいますか。

 本当に合意の上だったと思っているのか、それとも、平気で嘘がつけるタイプの人間なのか、どっちなんだろうと思うんですよ」



 その言葉に、初公判前に評議室で私たちに『皆さんで確かめてください』とおっしゃった意味が分かった気がしました。


 ですが、百戦錬磨の新島裁判長さんでさえ分からないという納刀被告の人間性が、刑事裁判の経験など皆無の一市民である私たちに見抜けるはずもなく、現時点では判断できないことには変わりありません。



「まあ、そういうわけで、少しでも判断材料が多い方が良いかなと思って、証拠を多く採用してあります。

 何しろ件数が多いですし、色んなものを見て頂くので疲れると思いますが、なるべくこまめに休憩を入れますので、明日の公判もよろしくお願いしますね」


「はい」



 というわけで、本日のお仕事はここまで。明日は午前10時から公判があり、朝9時までに評議室に集合。そして、午後も公判が続くため、お昼の用意が必要になります。



「仕出し弁当を予約する方は、こちらに記入してください。明日の朝9時までに、事務官の方が予約表を回収に来ますので、お金はそのときに徴収します」


「は~い、お弁当希望しま~す」「私も~!」



 稲美さんに言われ、予約表に集まる私たち。


 お弁当は日替わりで、一週間分のメニューと写真が載っており、料金は基本が400円、ご飯大盛り450円、ご飯少なめ380円と超お値打ち価格です。すでに新島裁判長さんと熊野さんが記入してあり、私も皆さんと一緒に名前を書き、基本サイズにチェックしました。





 こうして、裁判員初日の任務が終わり、朝来た時と同様に、専用のエレベーターで1階に降り、裁判官お三方に見送られて解散。


 先週、ご一緒だった裁判員4番(銀行員)さんは、今日は別の路線とのことで、裁判員2番(女将)さんと、補充裁判員1番(車ディーラー)さんと3人で駅に向かいました。



「補充1番さんは、今日はこちらなのね?」


「あ、はい。今日は営業所が定休日なんで、このまま帰ります」


「お家はご実家? それとも一人暮らしなの?」


「寮っす」


「そうなの~。ご飯とかはどうしてるの?」



 根掘り葉掘り尋ねる裁判員2番(女将)さんに、生真面目に答える補充1番(車ディーラー)くん。彼女の息子さんも、かつて修業時代に寮生活をしていたため、今の彼と重なるらしく、可愛くて仕方ない様子です。


 他愛ない会話をしながら、駅までの道のりを行く私たち。まさかこの3人が裁判員であることなど、一見しただけでは誰も気付かないでしょう。


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