15話 証拠調べ

 第二回公判が開廷。法壇から傍聴席を見ると、心なしか昨日より傍聴人の人数が増えている気がします。



「それでは、検察官、証拠調べを始めて下さい」


「はい、裁判長」



 証拠調べは検察側から始まり、はじめに提示される証拠資料として、被害届3通、診断書3通、防犯カメラ映像20点、被害写真20点、意見書2通、目撃者供述調書10通、犯行現場及び犯行時の実況見分調書12通、通信記録等1通、計71点のリストを読み上げ、資料ごとにAさん、Bさん、Cさんの順に、一つ一つの証拠の取り調べが始まりました。


 今回は事件の性質上、被害者女性が匿名での裁判であるため、写真や防犯カメラ映像、住所、氏名等が記載されている書類など、本人が特定出来るような証拠が含まれる物は壁面の大型ディスプレイは表示されず、関係者の席に設置された小型モニターのみに映し出されるようになっています。


 検察官の証拠説明に対し、その都度、弁護人に反対意見を尋ねるという、なかなか手間のかかる作業なのですが、自分の裁判だというのに、まるで他人事のように覇気のない顔で被告人席に座って虚空を見つめている納刀なとう被告。いったい何を考えているのか、まったく掴みどころがありません。


 それにしても驚くのは、防犯カメラ映像の多さ。公共のものから、企業や個人宅、ドライブレコーダーに至るまで、偶然に犯行時刻の現場を捉えた映像の数たるや、私たちの日常はこんなに監視されているのかと、あらためて感心されられます。


 が、それ以上に驚いたのはその内容でした。Aさん(女子高生)のケースでは、彼女がコンビニで解放された際の映像には、まるで荷物のように車の中から放り出して走り去る様子が映っていて、とても人として扱っているとは思えません。


 また、Cさん(女子大生)に至っては、拉致する際に、明らかに故意に車をぶつけているように見え、倒れた彼女を背後から抱えるようにして後部座席に押し込む様子が、駐車場の車のドライブレコーダーに捉えられており、被告本人の言い分とはかなりかけ離れた印象を受けたのですが、



「弁護人、反対意見はありますか?」


「はい、裁判長。これは、当時被告人がよそ見をしていたため、急に目の前にCさんが現れたことでパニックを起こしてしまい、本来ブレーキを踏むところを運転操作を誤り、本人に向かって走行してしまったのです。

 とにかく、急いで病院へ連れて行かなければという責任感と焦りから、このような行動になったものであります」



 と弁明。さらにAさん(女子高生)のケースに至っては、



「証拠とされる画像が遠く不鮮明であるため、運転している人物が被告人本人であるかや、被告人の車であると断定するには、いささか懐疑的であると言わざるを得ません」



 といった調子で、ああ言えばこう言うの繰り返し。


 正直、誰が見てもこれは納刀被告だと考えるのが妥当と思うのですが、裁判長さんから先入観を持たないように言われていたため、一生懸命双方のお話に耳を傾ける私たち。


 ですが、私たちが最も衝撃を受けたのは、被害者女性たちの診断書に添えられた傷の写真が映し出された時でした。卓上の小型モニターは2人で一つを共有しているのですが、



「ちょ…、無理…!」



 と小さく声を発し、モニターから目を逸らせている裁判員6番(中央市場仲卸)さん。同じように、息を呑み目を伏せる人も何人かいて、画像が見られない傍聴人の方々は、私たち裁判員の表情から読み取ろうと伺っています。


 Aさん(女子高生)は、結束バンドで縛られていた部分なのでしょう、あちこち出血や内出血していて、全身にもたくさんの痣がありました。Cさん(女子大生)も同様に結束バンド痕の他、車をぶつけられた足にも酷い裂傷があり、診断書には一部骨折を伴っていたとのこと。


 そして、一番酷い怪我を負っていたのがBさん(OL)です。車から逃げる際、足を滑らせて斜面から転落して傷を負ったというのですが、顔を含めた全身に酷い打撲や裂傷が広がっていました。


 ただ、弁護側はこれらの怪我に関しても、Cさん(女子大生)の足の骨折を除き、それ以外はすべてお互いの合意の上でのプレイ中に負ったものであり、Bさん(OL)の怪我に至っては、そもそも帰宅途中での怪我なので、被告人にはまったく責任はないという主張です。





 途中、一度休憩を挟み、評議室に戻った私たち。水分と糖分の補給をしながら、新島裁判長さんが尋ねました。



「ここまでで、如何ですか?」


「いや、あれはちょっと酷くないですか?」



 そう言ったのは、裁判員1番(女子大生)さん。かなりご立腹の様子で、



「被害者の年齢が自分と近いから、どうしても感情移入してしまうんですよね。駄目なのは分かってるんですけど…」


「いや、じつは僕もなんですよ。うち、娘がいまして、今15歳なんですけど、一番年齢が下のAさん、当時17歳じゃないですか? とても他人事じゃないっていうか」



 と、裁判員4番(銀行員)さん。すると、裁判長さんも眉間にしわを寄せて答えました。



「分かりますよ。うちにも大学生と高校生の娘がいますから、父親の立場からしたら、たまったもんじゃありませんよね。…って、裁判長の私が言うのも何ですけど」


「仮に、お互いの合意があったとしても、あれだけの怪我を負わせるっていうのも、ちょっと常軌を逸してますよね」



 熊野さんの言葉に、全員が頷きました。





 休憩を終えて法廷が再開し、その後、目撃者の供述調書が読み上げられたのですが、そこからも見えて来るのは、被害者女性たちに対する被告人の呆れるような暴挙ばかり。


 それに対し、弁護側は『合意の上』の一点張りで、のらりくらりと交わす感じが腹立たしく感じられ、その言葉が出るたびに、傍聴席からも声にならない溜め息が起こり、誰もがうんざりし始めていたときでした。


 ふと、傍聴人の中に、スーツ姿の中年の男女が目に留まりました。ご夫婦なのでしょうか、昨日も同じ席に座っていた気がしますが、記憶が確かではなく、男性は鋭い眼光で納刀被告を睨み付け、女性はしばしばハンカチで目頭を押さえながら、法廷での遣り取りを聞いていらっしゃいました。


 もしかすると、被害者のどなたかのご両親かもと思い、先ほど裁判長さんや裁判員4番(銀行員)さんがおっしゃったように、どんなお気持ちで裁判を傍聴しているのかと考えると、胸が痛みます。


 犯行現場及び反抗時の実況見分調書が読み上げられる中、堪えられなくなったのか、女性の方が法廷を退席され、残った男性も後を追うかどうか迷っているご様子でしたが、



「それでは、お昼になりますので、検察側の残りの証拠調べは午後から再開することにして、これにて午前中の公判は閉廷いたします」



 というわけで、一先ず裁判は閉廷となり、お約束の全員が起立、一礼した直後、真っ先に男性が法廷を後にしたのは言うまでもありません。


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