第22話 熱帯夜

布団に体を横たえ、身悶えする一人の男がいた。


雄三の体は疲弊していたが、アンネの言葉が強く頭に残っている。


やはり財団は得体のしれない化物だ。だが、自分が対抗できるとも思えない。唯一勝負になりそうな将棋ですら勝てなかったのだ。


このまま基地が建てられ、有事の際は日本人もかり出される。アメリカと戦っていた時と何が違うのだろう。


雄三は明かりを消して布団でごろごろしていたが、別の体温がもぐりこんできて、度肝を抜かれた。


「……!?」


「しーっ。みんなに聞こえちゃう」


蜂蜜のような甘ったるい声。


アンネの華奢な体が雄三の背後にある。暗闇だからこそ余計にその存在を意識してしまう。


冷静を装いアンネに対応する。


「何の用ですか」


「明日ここを発つわ。最後に一緒に寝ようと思って」


明日発つ事と、寝る事が結びつかない。アンネの行動は常に予想を裏切る。


「メリッサは連れていくんですか」


雄三の懸念はそれに尽きる。もし、メリッサが嫌がるなら、アンネと矛を交えることも厭わない。たとえ返り討ちにあうとしても、そう決めていた。


「あの子は残るそうよ」


アンネは歯がゆい思いを紛らわせるように、雄三の背中に張り付いている。


「残りたいって言ったらそれで許されるんですか」


いくら飾りの大将とはいえ、アンネはメリッサより階級が上のはずだ。メリッサのわがままを黙って見過ごす程、財団が甘い組織とも思えない。


「あの子がそうしたいって言ったらそうするしかないのよ。忌々しい。ようやくあの子が雄三にこだわるわけがわかったわ」


メリッサは財団に嫌気がさして、逃走していると認識している。雄三とどんな関係があるのだろう。考えているとアンネの腕に力が込められた。


「というわけで雄三。憂さ晴らしさせろ」


アンネが雄三の体を仰向けにひっくり返した。細腕にも関わらず易々とやってのけ、雄三の体にまたがる。


「おい、やめ、ろ……」


アンネの髪から漂う女の香りに、血がたぎる。


雄三は手で顔を隠すのが精一杯だ。今、アンネと顔を会わせたら暴走しかねないと焦る。


アンネは雄三の腕を軽く払いのけると、唇と唇を触れあわせた。


全く未知の体験を前に、雄三の体は雷に打たれたような衝撃が走った。


アンネはついばむように唇を触れあわせているだけだったが、雄三は彼女の後頭部を掴み、強引に接触をはかった。幼さ残る唇を貪るように味わった。


アンネの舌が雄三の口に滑り込み、その舌を吸うたびに無花果に似た甘さが広がる。アンネは雄三の腕に爪を立て、声を押し殺していた。


力の抜けたアンネを逆に組み敷き、両腕を押さえつけた。雄三は低い声ですごむ。


「俺は、男だぞ」


アンネの胸は激しく上下し、唇からは唾液の糸が引いている。


「そうね、見くびってたわ。私、どうなっちゃうんだろう」


雄三は完全に罠にはまっていた。腕力の差を見せつければ、アンネは諦めると思ったが、逆に雄三は蜘蛛の巣に絡め取られた獲物同然であった。


「……、思い出が欲しいの」


アンネが縋るように言うのを、雄三は他人事のように聞いた。もはや考えるよりも先に体が動きそうである。


「もう雄三とは会えないから」


「それってどういう……」


アンネの目に光るものを雄三は見て取り、慄然とする。これは演技だ。そうに決まっている。そう自分に言い聞かせてもアンネを押さえる手を離せない。


「今夜だけは……、やさしくして」


この状況は、俗にいう据え膳ではないのか。雄三の体は押さえがたい飢えに苛まれた。魅力的な雌を前にして何をためらうのか。 


「今夜……、だけだからな」


雄三は言い訳をしながらアンネの着物をはぎとり、その体に夢中になった。頭の片隅ではメリッサへの申し訳なさを感じながら。


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