第32話「もう誰も失わない為に」


「!!」


優が目覚めるとそこは、クリス武器店の奥に複数ある部屋の一室、再びセーフティータウンに身を置くことになってから住まわしてもらっていた部屋の中だった。


ベッドの上に寝そべっていた身体を起こそうとしても、胸部の傷の痛みにより叶わなかった。

隣にいたクリスは、優が瞼を開いたことを確認し、ベッドの端に両手を預け、食い入るように優を見る。


「起きた優君!?大丈夫!?」


「優!?目覚めたか!!」

「優!ちょ、どきなさいよ筋肉バカ!俺が先に入るってば!」

「うるせぇ!!」

「桐原君!!」

クリスの大声に反応した戒、レイン、友花も、続々と部屋に押し掛けた。

皆、優の無事に安堵する中、友花は一層安心そうに息を下ろした。

優はその中に彩乃がいないことを確認すると、近くにいたクリスに問う。


「クリス……さん、俺、は……?」

「私たちもあの後東の森に行ったんだ。そしたら……崖下の湖の岸に優君が倒れてた。あやのんは……?」

「……連れ去られた」


優が今にも泣きそうな顔でそう言うと、1番に戒が憎しみの表情を浮かべた。


「あいつら……今度は彩乃ちゃんを……許せねぇ……助けに行かないと」

「お?初めて意見があったな筋肉バカ。俺もそう思う」


そうレインが呟くと、クリスが歯切れ悪そうに2人の間に入る。

「でも……あいつらの向かう先なんて……」

「知ってるよ?」


クリスがそう言うと、新たな声が部屋に響いた。政綺だった。入り口付近に立って、優に笑顔を向けた後、再び話し出す。

その政綺に、クリスは何かを思い出したようにハッとした。


「僕、元アブソルートキルの幹部だからね。アジトくらい分かるよ。多分、彼らもそれを見越して彩乃ちゃんを連れてったんだと思うよ」


クリスを除いた他のメンバーは、政綺が当然のように語った先の内容に、唖然とするしかなかった。

しばらく無言の時間が続いた後、ようやく話を理解した戒が声を上げる。


「は、はぁ!?あんた、アブソルートキルだったのかよ!?」

「あれ、話してなかったっけ……」

「ク、クリスさん、聴いてないよ……」


目を瞑って頬を掻くクリスに、優は呆れたように言った。


「まあ、彼らの方針が嫌で抜けたんだけどね。そんなわけで、アジト知ってるから、いつでもいけるよ」


そうサムズアップを決めた政綺に、戒、レインが動いた。

「ま、そういうことなら、今すぐ行こう。な!筋肉バカ?」

「ああ、今度は……俺が優を助ける番だ。って筋肉バカ言うなゴラ!!」


「ハハッ、決まりだね」


2人に笑みを送る政綺に、クリスの助けを得てなんとか上半身を起こした優は言う。

「俺も行かせてくれ」


クリスが、申し訳なさそうな瞳で、優の肩に手を乗せる。

「優君、その傷じゃ無理だってば……」


「クリスさんの言う通りだよ、僕たちに任せて」


政綺もクリスに賛成する。それでも渋った優を見て政綺は少しだけ目を細めて優に近づく。

「絶対にここにいな。いいね?」


その政綺の左目を見た優は、頷くしかなかった。悔しそうに唇を噛み、俯く。


「さ、行こうか」

「私も準備をしてからすぐに向かうよ、秘密兵器もあるしね!!」


そうクリスが参戦の宣言をすると、戒とレインが驚いてクリスを見つめる。

「ク、クリスさんって……戦えたんだ……」

「ま、また意見があったね筋肉バカ」

「だからお前はうるせぇんだよ!!」


「さ!早く行くよ!!じゃ、優君!」


「みんな、気を付けてね」


政綺はそう言う友花に頷き、部屋の扉を開けて出口へと急ぐ。

戒とレインとクリスも優と友花に微笑み、政綺に続いて走っていった。






1時間程経ち、現在政綺たちは、15階程の高さのある広い円形の建物の脇、草むらに身を潜めていた。

ここが、アブソルートキルの本拠点だ。


その最上階の一室に彩乃は幽閉されていた。辺りは血がこべりついていて、使い古された拷問道具などがたくさん置かれている。


その部屋の端で彩乃は、両手を頭上で鎖によって塞がれ、そのまま吊り上げられていた。

服の一部ははだけ、顔のあちこちに付いた傷が、何度も殴られたことを彷彿とさせている。僅かに吐血していて、今にも閉じてしまいそうな瞼を必死に開いている。


「……っ!」


そんな彩乃の顎を掴むカリア。苦しそうな顔をする彩乃を見て狂気の笑みを浮かべた。


「お前の王子様は……助けに来るかなぁ?」

「殺して……ください……優さんに、危険な目を」


彩乃の言葉は途切れた。更に放たれたカリアの拳が、彩乃の頬を殴打したからだ。彩乃の口から、赤い血液が飛ぶ。

カリアはそのまま彩乃の髪を強く掴んで牽引する。

「お前がぶっ壊れるまで犯して犯して犯して、そのあと殺してやる」


優への憎しみを露わにし、更に彩乃を殴り続ける。

その横で呆れきって頭を抱える一馬を構うことなく……




草むらに隠れ中の状況を伺っていた政綺、戒、レインは、互いに顔を見合わせて頷き、一気にその場から跳び出すと、見張りのいない裏側へと回り込む。


「うぉぉぉらぁぁぁあああ!!!」


能力を一点集中させた戒は、その建物の壁を思い切り抉った。

戒の鋼鉄化能力には、偽界の技術で作られた建物の壁など軽く突き破る程の力があるのだ。

ひびの入った場所から徐々に崩れ、見事に大穴が空いた。


「来たぞ!」

「赤のレインだっ!!」

「う、裏切り者の神夢囲政綺もいるぞ!」


中は空洞で、構成員が待ち構えていた。やはり、ここに来ることは事前に分かっていたようだ。

2階以降は床の中心に丸い穴が空いていて、15階までがくっきりと見える。

どこかに彩乃がいるのだ。そう確信した3人は笑みを浮かべ、並び立つ。


政綺は能力無効化能力を発動させた左手を掲げ、戒は部位鋼鉄化能力を左手にも移植させ、拳を合わせる。レインは紅蓮炎能力を発動させ、手のひらの上で小さい、それでも豪壮な炎を灯してみせた。


「さあ、始めようか」

「彩乃ちゃんを返してもらうぞ」

「よっしゃぁ〜!いっくぞ〜!」



クリス武器店奥の部屋にて、未だ自分も行けないことの無力さを嘆く優に、部屋にただ1人残った友花が話し出した。

「ね、桐原君の義理のお父さん。キリパパ……じゃなくて、切夜だったのね」


友花の言葉に、優はずっと俯いていた顔を上げた。


「なんで……父さんのことを……?」

「だって、偽界第1特別学校を作ったのも、小さい頃そこで私に授業をしてくれてたのも、切夜だもん」

「……え?」


友花から語られた衝撃的な話に唖然とする優だったが、友花は続ける。


「小さい頃ね、私は親もいなくてずっと1人で彷徨ってた。そんな時、切夜が私を助けてくれたの。そして、偽界第1特別学校を作って、そこで私に、生きることの楽しさを教えてくれた。そんな切夜に憧れて、私は先生をやることになったの。君、桐原っていうからまさかとは思ってたけど、クリスから聴いた時はびっくりしたわよ」


「……そう、だったんだ……」

「だから私たち、おんなじだね。死にそうなところを切夜に助けられて、今を精一杯生きてる……私。あなたのこと何にも知らなかった」


「誰かを殺す為だけの戦争だけど……その戦争で誰かを守ってみせるのも、悪くないかもね!」


友花はそう言って、優に笑ってみせた。


「じゃあ、私、子供たちのところ行ってくる。桐原君、助けてくれてありがとう。あっでも、ああは言ったけど、偽界戦争のこと許したわけじゃないからね!」



友花が部屋から出て行き、優は1人になる。包帯の巻かれた手のひらを見つめて、ギュッと握り締めた。

優を助けてくれた時、切夜は既に左手を失っていた。それでも優を、助けてくれた。生きる道を与えてくれた。


自分も、そうなりたい。

そう強く決意した優は、激痛の走る身体を引きずって、ベッドから転げ落ちる。

ベッドに肘をついて、全力で立ち上がる。


俺が、俺が、彩乃を助けたい。


その気持ちが今の優を動かしていた。

部屋を抜け、クリス武器店の反対側に位置する倉庫へ辿り着いた。そこら中にいろんな機械が並んでいる。


その中で、以前クリスが作っていた車、というものを発見する。ルーフのある大きめのバギーだった。これがクリスの言う秘密兵器だ。


クリスは、1人で車を作ってしまう程、機械に強かった。現実世界では最先端技術の中活躍できる程の技量を持っているのだ。

だが偽界には車は存在せず、0歳の頃偽界に転移した優には車の概念などなかった。


「ファッ!?ヒャッホホーウ!フルッフー!!エンジンかかった!やっぱ私てんっっさいだな!!さあ、実験を始めようか……キリッ、なんてね〜!」


そう車の座席ではしゃぎきったクリスは、倉庫の入り口の壁に身体を預ける優を見つける。だが、クリスは優の思いを既に理解しているようだった。


「どうした、優君」

「俺も……行かせてくれ……もう誰も失いたくない。彩乃を……助けたい!!」


「さっすが優君!!自分の彼女は自分で守らないとだね!!」


優の決意に応えて笑みを浮かべるクリス。クリスの言葉に優は頬を染めた。

「でもこの車座席1個しかないんだ、上、乗れる?」

「う、上?」


車に近づいて、クリスの指示どおりルーフの上に手探りに乗ってみせる優。

座席にすら乗ったことのない優には、これが本来の乗り方だときっと思い込んでいることだろう。小さな柵が付いてるとはいえ、バランスが悪すぎて今にも転げ落ちそうだった。


「乗った?よし、あやのんを助けるぞ優君!!」

「……ああ!!」


数秒後。クリスの有り得ない程無茶苦茶な運転に、絶叫を上げる優であった。



「それでいい。これでまた1つ。僕の野望に近づいた」

影から不気味に姿を現した陰無は、不敵な笑みで、そう呟いた。


ーENDー

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