第33話「自分が信じる正義」


政綺らの潜入に気付いた一馬は、すぐさまカリアと共に他の構成員を退かして3人の前に立ち塞がる。

まだまだやり足りないと言わんばかりの不満げなカリアを横目に、険悪な顔を浮かべる政綺に微笑する。


「ハァ……またお前か」

「ハッ、クソ兄貴が。ここで殺してやる」


それに鼻で笑い返し、僅かに面を上げた政綺に、戒、レインは当然。一部の構成員すらも顔を見合わせる。

皆、政綺が、一馬の兄ということを今この場で初めて知ったのだから。


「は、はぁ!?あ、あんた、神夢囲一馬の……兄貴……?」


そう言う戒を振り向くことなく、政綺は呆れたように両手を腰に添えてみせた。


「まったく、黙ってればいいものを……相変わらず口だけは達者だね。その無駄な養分を頭に持っていきなさいよ」

「黙れよ。ヘッ、どうせテメェはここで死ぬ。ハァ……血が滾るぜ」


地面を強く蹴りこちらに迫る一馬に、政綺は素早く構え、戒とレインに言い放った。


「2人共今は戦いに集中してっ!!ぐっ!!」


一馬の蹴りを右腕で受け止め、そのまま自らの右足で蹴り払うも、一馬から再び放たれた蹴りにより弾かれる。


「おいおいどうしたゴラァッ!!」


政綺の能力無効化能力により、防御壁は封じられた一馬だが、単純な戦闘能力に置いてはレインをも上回る。

一瞬にして政綺は攻撃をただ受け流すだけ、劣勢へと陥ってしまった。


一馬に喝采を上げ、政綺に迫る構成員たち。その中には復讐に燃えるカリアと、それに付き添うミサクも含まれる。

すかさず彼らに腕を振り払い、炎を起こすレイン。

「奴らは俺が抑える。筋肉バカは政綺さんを!」

「きっ、筋肉バカ言うな!っ、ああっ!」


吹き飛ばされた政綺に、更に追い撃ちをかけようと迫った一馬の前に立ち塞がり、能力により強化した拳を振るう戒だったが、一馬の反応速度は異常で、一瞬にして防御壁を出現させ、それを防いだ。


「くっ!!」


膝を付いていた政綺は戒を背に立ち上がり、回り込んで一馬の防御壁に触れる。

能力を無効化するには、その能力者本人に触れるか、能力により具現化した物に触れなければならないからだ。

防御壁が消え、再び政綺より前に足を踏み込み拳を放つ戒。

だが、一馬の足により弾かれた。


能力無効化能力を配慮して一旦距離を取る一馬に合わせ、戒と政綺も隣合わさり体勢を整える。

絶望的な程戦闘能力の高い一馬だが、政綺の能力と、戒の能力を駆使すれば勝機はあるのでは?と、僅かな希望を抱き、2人は顔を見合わせ頷いた。


「政綺さん、あとで説明してもらいますよ。色々」

「んーまあ考えとくよ」


それに鼻で笑って首を回す一馬。刹那、間合いを詰めまいと地面を強く蹴った政綺だったが、そこで、男の声が建物内全体に響く。

その声に政綺、戒、一馬はおろか、レインと、他の構成員まで、声のした2階を見上げる。


「ゲームスタート、エリア移動」


最上の声だった。最上がそう言い放ったその直後、政綺は戒の隣から消え、2階にいた最上の目睫の間にいた。

「!?」


最上は政綺へと指していた指を立たせ、慊焉たる表情を浮かべる。


「久しぶりだねぇ政綺君。申し訳ないけど、裏切り者は処分するルールなんだ」

「なるほど、空間ごと僕を転移させれば、能力無効化も効かないってことかぁ……」

「そゆこと〜」


苦い顔を浮かべた政綺だったが、やがて細めた左目を最上に向け、右手に能力を宿した。

そしてそのまま前へ走る。

触れなければ能力は無効化できない。つまり、距離を詰めなければ勝機はないということ。


「レベル設定、レベル1。レベル50、エリア移動」


政綺へ指差して第一声、その後は自らへと指を向けながら最上がそう言うと、政綺と最上の身体を光が包んだ。

同時に最上の姿は消え、一瞬にして政綺の前へと転移する。即座に足を止めて目を見開き、防御姿勢を取る政綺だが、最上が放ったのはデコピンだった。

しかし刹那、政綺の身体は10メートル程離れた壁を抉っていた。額からは僅かに血が流れている程。


「ぐっ!!」

「エリア移動」


壁に身を預ける政綺に追い打ちをかけまいと更に政綺に蹴りを入れる最上。人並み以上の蹴りだったが、一馬の蹴りを受け流せる政綺には大したことはない威力だった。


しかし……


「ぐはぁっ!!!」


政綺はその場から壁を伝って吹き飛んだ。


「うーん、49はレベル差あるかなぁ?」


そう首を傾げる最上。

最上の能力はゲームマスター。

その名の通りゲームの運営のように、ゲームの設定を思いのままに操ることができる能力。

例えば相手のレベルを1とし、自分のレベルを最大の999と設定すれば、実際は相手の方が力が上回っていたとしても、能力が切れぬ限り永遠に圧倒的な力を振るうことができる。

つまり、なんでもありな最強能力というわけである。



政綺は、その絶望的な力に片膝をついたまま微笑するしかなかった。


「さあ、政綺君、ゲームはまだ始まったばかりさ?」



その頃、優を乗せたクリスは、静まり返った深夜のセーフティータウンを抜け、何の舗装もされていない砂利道を走っていた。

先程から優の悲鳴は絶えず、今は車から落ちまいと、仰向けになって必死にルーフの両端を掴んでいた。


「ククククククリスさん!!あっ、あとどれくらい!?」

「うーん!あと10分くらい!さあっ!まだまだ行くよぉぉぉ〜!!」

「じゅ、10分!?10分このまま!?無理無理むりゃぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!!!」


優の絶叫が止まることはなく、クリスはむやみやたらにハンドルを捻り続けるのであった……




「はぁぁぁあああ!!!」

「はっ、んなもんで俺を倒せるかよ」


次々と拳を撃ち込む戒。だが、全てを余裕顔の一馬により生み出された防御壁で防ぐ。


「よくも舞友実を!!お前らは許さない!!」


歯ぎしりをした戒の背後、真っ赤に燃え上がった炎の中から出現したレインが叫ぶ。


「どけ筋肉バカ!」

「なっ!うるせぇよ!」


レインは大きく腕を前へ突き出す。

刹那、防御壁を飛び越えて一馬の顔面に炎が飛ぶ。

「なっ!?」

「ふふん、俺の能力は火を操る能力。例えどんな矛でも通さない壁を作ろうがその先で炎を起こせちゃえば意味ないよね〜」


初めて表情を歪ませた一馬を一目見て、戒は背中合わせになったレインへ笑みを向ける。


「お前、やるな」

「はいっ交代!!君は雑魚を片付けといてっ!!」


足で落ちた剣を拾い上げ、一馬へと走る。


戒は、カリア率いる構成員の軍団と火花を散らす。

次々と迫る男達を退け、カリアに拳を振るう。それを剣で防ぐカリアは、戒に向かって笑顔で叫ぶ。


「ハハハハハ!!お前の妹を殺したのは俺だ?ホントはたっぷりヤってからが良かったんだがなぁっ!!」


「っ!!……テメェッ!!」

「いけミサク!!」


カリアの言葉に一層顔を強張らせた戒の背後にミサクが迫る。両手に握られた剣がもうあと一歩で戒の身体を貫く時、建物の正面入り口から爆音と共に狂気の笑みを浮かべながら突っ込んできた女が現れた。

……クリスだった。


「遅くなってごめんよ3人共!!まだ生きてるぅ?」


扉を砕け散った車と、その車からライフル片手に顔を覗かせる巨乳に驚愕する構成員達。

ミサクやカリアの腕も止まり、レインや戒、一馬ですら口を開けてクリスを見つめていた。


2階で追い込まれていた政綺も、クリスの到着に僅かに笑みを浮かべる。


「よっし始めるよぉっ!!」


クリスは3人の無事を確認すると、窓からライフルを構えて豪快に撃ち始める。

ルーフの上には、もう優の姿はなかった。



数分前。



「見えてきたよ優君!!」

「よ、ようやく!?」


真っ暗な夜を僅かに照らす車の先頭に取り付けられたライトを伝って、優は目の前に広がる高い円形の建物を発見する。

あれがアブソルートキルの本拠地だ。

その建物までの道はある程度舗装されており、両端に欝蒼と生え渡る木々を挟んで、まっすぐ建物へ伸びていた。建物の根元には見張りと思われる構成員たち。その中には幹部である龍の姿も確認できた。


徐々に近づいて来る車に、驚きを隠せない見張りの構成員たち。偽界に転移した時期によって、車というものを知らない人間も中にはいるからだ。

建物の前に固まっていたが、クリスと優を確認すると、一斉に広がって武器を構えた。

その中心には黒龍を生やした龍。銃を構えていた構成員たちに、車を撃つよう大きく腕を振り下ろした。


次々と迫る銃弾に、流石のクリスも冷や汗をかく。


カキィン!!


「ひぇぇええ弾けたァァァ!!!」


だが、夜那を構えた優がそれを弾いた。あの荒れ狂う運転を乗り越えた優は、今の舗装済の道は足のみで立ててしまう程慣れてしまっていた。

余波に備えて夜那を中段に構え、龍を睨む。


「クリスさん!!ここは任せて!」

「はいよ!!行きますかぁっ!」


そうクリスに叫ぶと、優は龍を含む構成員たち向けてルーフから飛び降りた。

そのままクリスが乗る車は減速することなく直進し、扉ごと壁を破壊して中に侵入していた。

それを心配そうに身体を捻って見つめる優。


しばらく愕然としていたが、やがて冷静になると、龍は構成員たちに中の援護に回るよう命令を下し、優の前に立つ。もう一度マフラーを握り直した優も、龍に合わせるように詰め寄る。

互いに一歩踏み込めば首をはねられる位置まで来た時、龍が話し出す。


「色季彩乃を助けに来たのか」

「……ああ。あと、君に言いたいことがある」


龍が目を鋭くして首を傾げる。優は俯いた顔を上げて、口を開いた。


「君の言った通り、この世界は強者が勝って、弱者が死ぬ。そうできてる。俺も、そういう考えを持つ人をたくさん見てきた」


「そうだな。この世界で生き残る為には、私情を捨てて強くあるしかない」


そこまで言って、優は口ごもる。

だが、下がっていった視線を再び龍へと向け、再び話し出す。


「でも、それだけじゃない。死にそうだった俺を助けてくれた父さん、クリスさん。俺に生き方を教えてくれた政綺さん。ずっと俺を探し続けてくれたレイン。俺を信じてくれた戒。俺を仲間と言ってくれた相原さん。俺を待っていてくれた子供たち。見も知らない子供たちに夢を与える友花さん。そして……今の俺をくれた舞友実」


呼吸を置いた優。

手に握られた夜那を強く握り、身を強張らせながら言い放った。


「俺の側にずっといてくれた彩乃!!この世界には……大きな悪意の影に、小さな優しさがたくさんあるんだ!!だから俺は君を否定する。そうしないと……みんなの正義も消えて無くなる!俺は、みんなが俺に教えてくれた正義を守る為に……その為に戦う!!」


夜那を龍へと向け、空海を引き抜く優。表情が濁る龍を警戒して、戦闘態勢を整える。

龍は能力を発動させ、優を睨む。


「いいだろう……ならば俺は貴様を否定する。この世界に……正義など必要ない!!!」

「……いくぞっ!!」


互いの信念を胸に抱き、今彼らは、再び激突する。

勝者は……果たして……


ーENDー

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