第2話『妻』と情事と妊娠の話

第2話 『妻』と情事と妊娠の話(前編)


 今日も疲れた。残業を終えて帰ってきた俺はビール片手にテレビを付ける。今日は金曜日、ロードショーの日。映画を見に行かず、DVDもレンタルしない俺にとってはタダで見れる貴重な機会だ。予約録画などはしない。しても忘れて結局見ないことが多く、後から気付いても決まって見るのが面倒臭くなる。


 今日やっていたのは洋画で、恋愛要素の多い戦争の話だった。白人の男女がイチャイチャしているシーンが流れている。


──お願い、きっと帰ってきて。

──約束だ、必ず帰ってくる。戻ったら小さな教会で式を挙げよう。


──嬉しい……愛してるわ……。

──あぁ、あぁ、僕もだ……。



(あ、こいつ絶対死んだな)


 無粋ぶすいな予想をしながらビールを飲み干し、ちらりと横を向く。正確にはちゃぶ台の上でを巻いている蛇──俺の『妻』(仮)を横目で見た。

 すると、なんとこいつは真剣に洋画へと没頭ぼっとうしているではないか。首をもたげ微動だにせず、ラブシーンを食い入るように見つめている。


(なんだこいつ!? 蛇のくせに人間の情事に興味あるってのか!?)


 ポカーンとしながら様子を伺っていると、『妻』はこっちに気付いたようだった。一瞬ビクリとすると明後日の方を向き、ちゃぶ台の下へ潜ってしまう。


(なんだ今の……。もしかして恥ずかしくなったのか? 人間かよこいつ)


 不覚にも、ちょっと可愛いと思ってしまった。


 それから洋画は佳境かきょうを迎え、やっぱりというか主人公の男は戦場ではかなく散った。残された女は田舎へ帰り、男の忘れ形見を授かるというベタなラストで幕を閉じる。それでも話は全体的によくまとまっていて楽しめた。


「さぁて寝るぞ。どけどけ」


 急かすようにちゃぶ台をたたみ始めると、『妻』は部屋の隅へと避難する。いつものように俺が布団を敷くと、いつものように枕元で丸くなる。そしていつものように明かりを消すと、横になり目を閉じた。


「……」


 真っ暗闇。聞こえるのはクーラーの運転音と、天井裏でネズミが駆け巡っている音だけ。ビールを飲んだせいか、頭の中が少しぐるぐるしている。俺はすぐに寝付けず考え事にふけっていた。


 それはさっきの洋画の内容と、それに見入っていた枕元に居るこいつの事だ。蛇も人間と同じように恋愛感情があるのだろうか。昔読んだ本で「愛」という感情は人間以外持ち合わせていないと書かれてあったのを思い出す。その時は「そうなのかー」と納得してしまったが、大人になった今ではそれが間違いだったと考えている。

 俺はドキュメンタリー番組が結構好きでたまに見ることがある。他の肉食獣に襲われているトラの赤ちゃんをめすのチーターが助けようとするのを見て衝撃を受けた事があった。母性本能による衝動的な行動、どこか冷めた考えの持ち主ならそう結論付けるだろう。じゃあ人間が言う「愛」ってなんなんだよ? どっかの宇宙刑事が躊躇ためらわないことだと言ってたけど。


(でもチーターって人間と同じ哺乳類ほにゅうるいだよな。蛇とかの爬虫類はちゅうるいはどうなんだ? あと両生類とか魚……)


 そうやって色々と連想しているうち、俺は嫌~な事を思い出してしまっていた。


 またまたメディアの話……しかも大変下品な話で申し訳ないが、海外で腹痛を訴え病院に来た男の腹から『うなぎ』が出てきたのだという。……つまりどういうことかというと、この男には性癖せいへきがあり、自ら己の尻の穴に生きた鰻を突っ込んで楽しんでいたら取れなくなってしまったのだ。


(……)


 いやいやいやいや!待ていっ!

  いくら一人で寂しいからといって、俺はそんなことはしないぞ!?


 大体尻の穴に突っ込まれる身にもなってみろ! 人間で例えるならば、肥溜めに頭から突っ込まれるようなものだ! 死んでしまうじゃないか! 仮に100歩譲って俺とこいつが本当に夫婦で、雄と雌だったとしても人間と蛇……。……あれ?


(あれ? ……こいつ雄だっけ? 雌だっけ?)


 ……ずっと雌だと思い込んでいたがその確証がない。実は雄でした、とかだったらすごく間抜けな話だ。そのうち考えるのが面倒臭くなった俺は「どっちでもいいや、だって蛇だし」と思い、深い眠りに落ちていった。



 だが次の日の朝、俺はとんでもない状況をの当りにする事となる。

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