第26話


「……」

 その美声が聞こえてきた途端、何故か一同の視線が炉那に集まった。本当になんでかわからないが、スピーカー越しにナクシャまでもが注目してきているような気すらする。まぁカメラ機能が無い以上そんなことはありえないのだが。

 莫琉珂はどんぐり型の目を真っすぐに、蛮風は下世話な笑み混じりに。

「……なんか言いたいことでもあるのか」

「別にィ?なんか嬉しそうだなって思っただけさ」

「嬉しいのは否定しないのだなっ!」

「…………」

「ほんと、ご主人様の帰りを待つ忠犬みたいなやつだよなー」

 一発蛮風へ裏拳をお見舞いした後、炉那は腹立たしげにそっぽを向いた。背後で性根の腐った中年が床に這いつくばってるのをよそに、彼はつぶやく。

「時間と違うし、西搬入口から帰ってくるはずだっただろ……予定が狂うじゃないか」

 だが――それを承知で来たということは、彼女なりに必要と判断したのだろう。



 一声。ただそれだけで報道陣はしんと鎮まり、意識を惹きつけられる。独特でありながら耳に心地よい揺らぎの旋律。

 会見室に所せましと犇めきあう報道陣の只中を敢えて進み、真っすぐに壇上まで横切る。艶の光るパンプスを壇上に鳴らす。演壇に立つ百道の脇からマイクに口を近づけ、白金の髪を手櫛でかき上げ、少女は言った。

「報道関係者の皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます――太陽官、北辰アルナ。本来であれば予定に御座いませんが、これより開発統括代理として応答致します」

 壇上に立つ玲瓏なる少女は、確か今日の昼頃にならねば外遊より帰ってこないはずだった。大陸の西の果て、油都まで飛んでいたはずだった。突然の登場に、記者たちが硬直した後――狂ったように騒ぎ出す。衆目が、一心に彼女へ惹きつけられ、動揺していた百道すらも隠してしまう。

 人を惹きつける才能――つまりは、注意を誘導する才能。相変わらず恐ろしいものだな、と炉那は思う。

 北辰アルナ第五十三代太陽官。大羿計画の総責任者であり、この日都を創り上げた――“太陽を墜とす女”。

 先ほどの倍はあるのではないかと思うほどに、関を切って質問が押し寄せる。一身に浴びながらも尚も春風のように柔和な笑みを崩さず、彼女は視線だけを向けた。

 輝く白金の目が、正面に座する記者を捉える。先ほど、百道に質問したあの壮年の記者。

「そうですね。まずは先に議題に上がった、大羿の稼働電力についてお答えしましょう。事実として、大羿開発区の生産エネルギーではそれらを賄い切れません。」

 動揺。壮年の記者だけが、穏やかに彼女を見据え、手元で電子端末に記録する。

「直近の壊都電力所より電力供給を受ける手段もあります。しかしその場合、要電力量を全て賄うと、壊都は長時間の大規模停電が発生します。そうである以上、どこからエネルギーを獲得すべきか、これらは長らく大きな課題でした」

「では、今は違うと?」

 壮年の記者の問に、アルナは笑顔と共に応じた。そして小脇に抱えていたブリーフケースより、一枚の書類を取り出す。貴重な紙媒体に、六つの朱印。

「はいっ!壊都の負担が多すぎるならば、必要な電力を、複数の地表都市発電施設で賄えばいいのです。故に私は――全6都市14発電施設からのエネルギー共有合意を得て参りました」

 騒々しかった記者団が一瞬静かになり、その意味を知った一人一人が、口々に驚嘆の念を零した。

 つまりは地表に存在する大都市から、日都を中心とした電力インフラ網を通しエネルギー供給をすることで、莫大な電力供給を一都市の負担なく達成する。単純で簡単な解決策だが、日都が有する大規模なパイプラインと、六大都市の全てに親密なコネがなければ達成できないものだ。一つの事業がために電力インフラを共有しあうなど、独占好きの都市の有力者たちが中々首を縦に振ることではない。例えタイヨウを撃ち落とすためと言えど。

 それを、目の前の少女は成し遂げたということだ。油都への外遊も、そのためだったのだろう。

「よって、必要電力は六都市からの同時供給で確保します」

「……つまり、これで大羿計画は六大地表都市の共同計画になったわけですね」

「ええ。史上類の無い大規模作戦です」

 百道がそろりと横へそれる、そしてアルナが壇上へと立ち、記者団をゆっくりと見まわした。

「……大羿計画の話をすると、その余りに大きなスケールから、現実感を得られないと思います。ですが、今日ここで電力エネルギーの確保を達成。発射に必要な超電磁砲と粒子加速器の開発を完了。そして大羿自体の解析――必須事項は皆達成されました」

 二年。

 壮年の記者は――二年前からこの計画を追い続けている彼は目前の少女を見て妙な感慨を覚える。かつて太陽官就任式の演壇に立った彼女は、今とはまだ少しだけ背が低くかったように思う。だが実際のところ、彼女の身長や外見はそう変わっていないのだ――あの頃の彼女は神経質に張りつめた結果、巨大な社会を前に威嚇する、小さな愛玩動物にしか見えてなかったのだ。

 だが今は違う。その白金の光彩は日輪を泳がす大空のように悠然と壇上より睥睨し、その言葉は二年前よりも重みを増した。一言一言が、弾丸のように人々を撃ち抜き風穴を開けていく。

 今の彼女が、大きくそして発達したように見えるのは――今や彼女は人を畏怖させる、威風のようなものがあるのだろう。

 脚光が増すたびに、道理に沿わぬ猜疑の念もまた増すならば、それを越す信頼感を何度でも得ていけばいい。流言がしがらみとなり纏わりつくなら、その流言ごと大衆を振り回してやる。堂々と言ってのけるような態度。

 凛と、超然と、精悍に。

 不動にして不惑の面持ちを以て若き太陽官は宣言する。

「二年。二年です。夢物語は今確かな骨格を持ち、大羿は起動しようとしている。二年、二年です。数百年人類を炙り続けていた人工恒星“タイヨウ”は、二年の歳月を以て今停止しようというのです……皆様、声を上げるなら今です」

 乳白の繊手がゆっくりと上がり、その五指を以て天を指す。屋内故に見えないが、確かに存在するであろうタイヨウへと向かって。目を逸らさずに。

「世界が変わるんです。今までタイヨウの存在により諦めてた、押し殺した望みも今ならば叫べます。タイヨウが墜ちたらばどうしたい、地球に涼風が戻ったらばどこへ行きたい。地に潤いが戻ったら何を植えたい。それらを考えてください。決してそれは嘲笑われる夢とはなりません」

 外ならぬ自分自身が――その夢を心の内に形作るように、じっと目を閉じる。少女が見せる未来への不惑の期待と、希望の実証。だから人々はこう思うのかもしれないと、壮年の記者は記録する。

 彼女ならば、きっと成し遂げてくれると。


「なぜなら――タイヨウは間もなく墜ちるのですから」



 それからもテレビは壇上を映し続け、アルナはフラッシュを浴び続けているようだった。タイヨウ撃墜後の地表開発計画や、急激な気候の変化への対策。鋭く迫ってくる質問に対しアルナは淡々と想定していた答えを返していく。整備した電力インフラ網を継続して利用し電力供給状況を維持――灌漑・排水設備の整備――。

 炉那は席を立つ。

「ぬあっ?最後まで見ていかないのかっ?」

「俺にも仕事があるからな」

 まして彼は太陽官補佐なのだから、上司たる太陽官が帰って来てからが仕事の始まりだ。油都での会談内容を各部署へ共有、六大都市の電力施設管理者との連絡……前までは遺跡荒らししか能が無かったはずなのに、今は文官として仕事をこなせている。不思議な感覚だ、まぁ好きにはなれないが。

「……なるほどな」

「にゅわっ?どうした蛮風っ!」

「これは……あれなんじゃねえか。二年もあったのにこいつとアルナちゃんの中が進展しねえのは、互いに多忙になってく中でゆったり愛し合う時間も無くなり、会話も仕事のことだけ、冷めきっていく関係、熱かったあの頃のことはもう思い出せずあっ、あだだっ!あだだギブギブギブ!」

 手首をひねってやれば、打ち上げられた魚のように蛮風はテーブルの上でのたうち回った。

「お前は、昔から今まで不真面目だな……!」

「俺は常に真面目におふざけしてんのさ。堅物ばかりの日都に花を添えてやらにゃあ……だがまぁ実際、最近アルナちゃんは外遊だ会談でろくに会えてねえだろ?」

 それは事実だ。補佐である炉那が随身していく時もあれば、稼働所に留まりアルナの代理で指示を回すこともある。最近は後者が多く、アルナと会う時間は少ない。

 確かに出会ったころは、スタッフも外にいないことがあってか、何処へ行くにも付いていってたが、今は違うのだ。

 蛮風は机に頬を押し付けたまま、炉那を弄ぶように笑う。

「お前もアルナちゃんも頑張りすぎさ。ダラけろ、ダラけ」

 炉那は自ずと笑っていた。

「それこそ、余計なお世話だ」

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