第23話

 レポートをまとめ終わったので、少し休憩する。

 この時間に、少し砂糖の研究を始めようか……


「ミリィ」

「はいっ、レオン様」

「厨房を使いたいんだ、手伝ってくれるか? エリーナもおいで」

「ええ、もちろんです~」「もちろん行きますわ!」


 良い返事である。

 さて、一番簡単なテンサイ糖の作り方は何だったか……

 確か、小さめに切ったテンサイを煮て、甘みを抽出したらそれを煮詰めるんだったかな。


 僕はストレージから一つテンサイ……もといスクレ・プトゥジェを取り出し、皮を剥く。

 うーん、やはり五歳児なのか、何だか不器用な感じがする。

 というか、包丁じゃなくてナイフなんだよな……切りづらいよ。


「ミリィ、もう少し大きいナイフはないかい?」

「え!? そのナイフよりですか……あるにはありますけどぉ……」

 どういうことだ?

「大きいのは、肉用の大振りな分なんです……」


 ああ、そうなのか……

 肉用のナイフ。

 それは反りがあり、大きな塊を切るための物だ。しかも、重みで切るため、刃がたっていない。

 剣などの失敗作を打ち直して造られているため、重いのだ。

 だから肉屋とか、料理長などはものすごく筋肉隆々である。


 仕方ないので風系の魔術を使って皮を剥く。

 ……今度は包丁作りかな。


 さて、皮を剥くついでにさいの目に切り、お湯の入った鍋に入れてから煮込む。

 あまり強くは煮込まず、時間をかけて煮ていく。


 一時間後。

 ザルを使ってスクレ……もういいやビートで……を取り除く。

 まあ、甘いな。

 さて、後は煮詰めていこう。

 アクを取りながら、煮ていく。


 こういうものは焦げると困るからな。適度にかき混ぜながら作業する。

 時々ミリィやエリーナにも手伝ってもらう。


 そんなことをしていたら、厨房にひょっこり現れたのは……

「あら~、お母さんに何も言わずに始めたのかしらん? どういうことかしら♪」


 母上が笑顔でこちらを見ている。だが、目が笑っていない!

「すみません母上、休憩ついでにはじめふぇて――いふぁいれふ、ははふへ」

「もーっ。あんまり勝手にされたら、何も手伝えないじゃないの」


 少し拗ねたように言いながら僕の頬を引っ張ってくる。

「わ、わたくしもしますわっ!」

 なぜかエリーナまで頬を引っ張ってくる。何をする。

「いいわよ~。私たちに隠れてする悪い子にはお仕置きよね~」

「そうですわ、わたくし何も聞いていませんもの!」

 えいえい、と言いながらエリーナがさらに引っ張ってくる。


 引っ張られる理由がひどいのでは?

 というか、単に遊んでいるようにしか見えない。

「そろそろ離していただけますか……悪かったですから。せっかくなので手伝っていただけないでしょうか母上。アクを取りながら煮詰めているのですが、時間がかかるので……」


 そう母上にお願いする。

「もちろんいいわよ~。さ、交代するわよミリィ。あなたは休んでなさいな♪」

「は、はい、ヒルデ様!」


 今度は母上がかき混ぜている。

 なんか、鼻歌交じりだ。

「今回、少し荒んだ感じだったからね~。この研究が少しは癒やしかしら……」

「本当ですね……」


 どうも今回の旅や買い出しは、トラブルが多かった。そのことを母上は言っているのだろう。

 母上の言葉に同調する。


 さて、お喋りしながら一時間程経つと、何というか粘性のある、白いドロッとしたものに変化してきた。

 そろそろだな。


 火から下ろして、かき混ぜる。

 そうすると固まり始めたので、柔らかい内に水などを弾きやすい植物の葉を皿の上に敷き、その上に流す。

 まだ、クッキングシートとかラップがないからな。


 しばらくして、完全に固まった様子なので、葉を外し、塊を割る。

 さあ、味見だ。念のため毒がないか解析(アナライズ)した後に、小さめの欠片を口に入れる。


「甘い……」

 どうも上手くできたようだ。

 僕の呟きが聞こえていたのか、女性陣が目を輝かせる。

 これを今後は「ビートシュガー」と呼ぼう。テンサイ糖でもいいが。


「できたの? できたのね!? さあ、味見させてもらうわね~♪」

「レオン、わたくしもいただきますわ!」

「あ、レオン様ぁ~、ワタシの分も~」


 はいはい。

 それぞれの分を分けて渡すと、同時に口に入れた。


「「「美味しい……」」」


 美味しいと言って顔を綻ばせる姿は何とも良いな。

 こちらの心も洗われるようだ。


「さて、後はフィリアと、クレア様と、陛下達の分かな……」

 「「「なんてことを!!」」」


 いや、そこでハモらんでくれ。

「彼らは何らか今回の件で手伝ってくれているから、当然お礼は必要でしょう?」

「「「そんなぁ……」」」


 仕方ないな。

「まだ材料はあるから……」

「「「それならよし」」」


 こういう時、男の弱さを感じるよ。

 さて、今ここには他にどんな材料があるだろう……

 料理長に聞いてみると、少なくとも小麦粉、卵、牛乳はあるそうだ。

 そうだな……これならパウンドケーキが出来るか?

 あとは、バターか油だな。


 準備してもらっていると、フィリアが降りてきた。

「フィリア、大丈夫か?」

 そう聞くとフィリアは笑顔で、

「ああ、問題ない。心配かけたな……それにしてもこれは何だ?」


 興味が既に砂糖に移っていた。

「ああ、これが例の『スクレ・プトゥジェ』からできた糖だ」

「これがか!? 少し味見してもいいか?」

「もちろん。ほら」

 そう言って一欠片渡す。


「「「むぅ……」」」

 君たち、何が不満なんだ。

 そう思いながら見ていると、エリーナが口を開いた。

「なんか、レオンはフィリアさんには優しいんですの……」


 何を言っているんだ、全く。

「エリーナ、そんなことはないよ。僕は君のことが大好きだよ?」

「そ、そうですの……って、そうではなく! もっとわたくしにも優しくして欲しいんですの!」

 ちょっと動揺しながら頬を染め、胸の前で両手で拳を握り主張する。

 

 うーん、可愛らしい。

 思わず抱きしめてお互いの頬をスリスリと合わせる。

 いやー、幼女とはいえ美幼女だ。こんな娘にこんな仕草されたらたまらんな。


「ちょ、ちょっとレオン!? 大胆すぎますわ、大胆すぎますわよ!?」

 エリーナがワタワタと両手をバタつかせている。

 

 たまらん。

 かつてエラい人が言っていた、「可愛いは正義」というのはまさにこのこと。

 世界だって敵に回せるな。


 ……ふぅ。

 一体何をしていたんだろうか。冷静になると恥ずかしいな。

 エリーナは赤面状態で硬直してしまっている。


 すると、後ろから手が四本ほど伸びて、僕の身体を抱きしめてきた。

「えっ?」

「エリーナちゃんばかりかまっちゃダメよ? お母さんにも甘えなさいな♪」

「たまにはワタシにも甘えてくださいよぅ」


 母上とミリィだった。

 しばらく成されるがままになる。

「お、おい、流石に可哀想だろう? そろそろ止めてあげたらどうだ?」

 お、フィリアが僕の味方を!


「あら、フィリアさんはレオンを構わなくて良いのかしらん♪」

 ちょっと母上、余計なことを言わないで!

「そ、それは……もちろん、私も参加できるなら構わんが……」


 あーれー。

 そんなわけで、しばらく女性三人にもみくちゃにされました。



 十五分後。

「「「調子に乗りました。ごめんなさい」」」


 僕の目の前で三人が正座をしている。

「あのですね、流石に苦しいですよ? 最後の方なんて呼吸が危なかったんですから。そんな人たちには準備しようと思っていた甘い物はお渡ししませんよ」

「「「そんな殺生な!?」」」


 甘い物を人質(?)にとって交渉する。

 流石にこれから調理する時には自重して頂こう。

「別に構って欲しくないと言っているわけではありません。節度が大切です。特に調理の時は控えてください。準備が遅くなればその分口に入るのも遅くなりますよ?」

「「「心します」」」


 そんなわけでパウンドケーキ作りを再開だ。

 この世界にはケーキ型もなかったので、やむを得ず魔力を使って金属を作り上げ、それを加工する。

 一旦それは洗ってから乾かして、型に油を塗っておく。


 さて、準備してもらっている材料を混ぜるだけだ。

 これはミリィや母上、エリーナにもさせて、覚えてもらおう。

 小麦粉を100g、卵も同じ量、ビートシュガーも同じく。

 後は牛乳と油をトータルで50gほど入れる。


 本当は、バニラやオレンジピール、チョコとか入れたいんだが、あいにく材料がない。アーモンドすらなかった。

 このあたりもいずれ安定して手に入れられるようにしたいものだ。

 あ、ベーキングパウダーがないな。確か、卵白で良かったかな……


 さて、オーブンは魔導具タイプがあるので、問題なし。

 百八十度ほどの温度で、およそ十五分から二十分ほど焼いて取り出す。


 さあ、できた。

 取り出してみる。


 うーん、焼き加減は悪くない。

 香りは……うん、問題ない。

 ただ、少し膨張が足りない気がするな。仕方ないか。


 細めの串を刺したが、生地は付かないので問題なしと。

 後は少し冷ましてから取り出そう。


 少しして、型からとりだす。

 中々良い香りだ。手元のナイフでは切れ味が心配なので、魔法でカットする。

 さあ、あとは紅茶を準備して……


「おや、レオンハルト様。珍しいですな、それは何です?」

「うわぁ!?」

 マシューが静かに現れた。全く心臓に悪い。

「マシュー、どうしてここに?」

「いや何、今日は旦那様がこちらに泊まられますからな、付き添いでございます。しかし……この妙な焼き物は一体……」


 ちょうど良い。マシューに紅茶を入れてもらおう。

「これは『パウンドケーキ』というもので、甘味だよ。今から母上たちと食べようかと思ってね。紅茶を入れようとしてたんだ」

「左様で御座いますか、ならば私が致しましょうぞ。……少しは頂けますかな?」

「もちろん」


 マシューが紅茶を準備している間、僕は切り分けたケーキを小皿に取り分ける。

 そうだ、今の間にマーファン商会やコールマン商会について聞いてみよう。

「マシュー、商会については詳しい?」

「そうですなあ、年相応には知っておりますぞ」

「マーファン商会とか、コールマン商会ってどんな商会?」


 マシューの顔が一瞬強ばった。

 どうしたのだろう。


 だが、すぐに表情は戻り、微笑みを向けてくる。

「一応知っておりますが、如何されましたかな?」

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