第22話

 成分が分からない?

 一体どういうことだろう。


「えーっと、例えばですね、水に塩を入れたら塩辛くなりますね」

「なりますね」

「その塩とか、水が成分ということなんですが、その塩水から今度は塩だけ濾し取りたいんです」

「いや、それは無理でしょう。既に塩は水に溶けて無くなっているわけですから」


 これは盲点だった。

 成分という感覚がないのか。

 塩は水に溶けたらなくなる。不可逆的なものだと思われているらしい。

 では、このようなアプローチはどうだろう。


「塩はどうやって作られているか、ご存じですか?」

「確か、海の水を日にさらしてできるんでしたか?」

「そうですね、海の水から塩がとれる訳です。では、その塩を溶かした水からも同じ事ができると思われませんか?」

「??」


 あ、ダメだこれ。

 完全に理解されていない。

「……えー、さっきの話は聞き流してもらって良いです、すみません」

「……あ、いえ。考えたことのない話だったので……」


 まあ、いいか。

 とにかく材料を買いにいたわけだし……


「では、ここにある魔物素材の布を買います。まとめていただけますか?」

「あ、かしこまりました。誰か持って行かせましょうか?」


 店員から商品を受け取るときに誰か運搬に寄越そうかと言われたが断った。

 体力に問題はないし、収納術も使えるからだ。


 少し驚いたことがあったが、まあ、概ね問題なく購入できた。

 さて、後は設計してどういう仕組みにするかだけ考えるんだが、その前に砂糖ができるか試してみなければ。


 そう考えながらフィリアと二人で公爵邸に戻る。

「いや、色々買ったな。それでどの程度の物ができるか楽しみだ。魔法式のことで分からないことがあればお互い検証しようじゃないか!」

「ああ、よろしく頼む。フィリアがいるなら問題ないだろうな……」


 そう思ったことを口にしていた。

「ふふっ、そう君が言ってくれるだけで嬉しいな。さて…………む? なんだお前たち、何の用だ?」


 気付いたら周りに冒険者らしき人物が数人立っていた。

 だが、あまり柄は良くないようで下卑なな笑みを浮かべながら近寄ってくる。


「よう、エルフのお嬢さんと小賢しいガキよ。お前さんら、さっきからあちこち行って何か買ってるみてぇじゃねぇか。俺らにも手伝わせろよ」

「そうだぜ、そんなガキのおもりじゃなくて、俺たちの夜のおもりをしてくれよ! へっへっへっ……」


 またこういう奴らが……

 フィリアの前に出ると同時に杖を抜く。

「どこの連中だ? 誰を相手にしているか理解できているか?」

 そう言って、この柄の悪い連中に相対する。


「おいおい、お坊ちゃんよお。粋がるのは良いが、実力を知らないやつは馬鹿だぜぇ?」

「お前なんざ、片手で一捻りだ! おらぁ! どうすんだ!? びびってんのか!」

「うるさいぞお前ら、まずは仕事だ。――――あのな、どうも聞いたところ、コールマンの野郎のところで相当買ったらしいじゃねえか」


 僕は首肯した。

「だよな。そのくせ、マーファンの旦那の店ではこれっぽっちも買わないときたもんだ。それでこっちにも利益が欲しいんだよ。どうだ? 少しはマーファンの旦那にも恵んでやってくれねえかい?」

 この男がリーダーなのだろう。理由は知らないが、わざわざ下手に出て来ている。


「あいにく、綺麗な商売をしない連中は好みじゃなくてね。それこそ、マーファン商会がこんなことを依頼していると知られれば、そして……その相手が僕となれば、悲惨な結果しか見えないけどね」

 はっきり言って、あの店主は馬鹿だ。

 商人として色々間違っているだろう。それをもうけさせる訳にはいかないし、逆に追放対象でしかない。


「そうか……頭の良いガキだと思っていたんだが……」

 そう言いながら男は何かの瓶を開け、口に含んだ。


 所詮雑魚は雑魚。

 我ら二人の相手ではないのだが、こいつらは本気で潰そう。

 そう思いながら魔圧を高めようと思うと……


「くっ……貴様ら、この香りはっ……!」

 突然フィリアが膝を付き、苦しみだした。

 熱っぽい顔をしながら、身体を小刻みに震わせている。


 先ほどのリーダーの男がニヤニヤ笑っている。

「へっへっへっ、エルフには効くだろう? まさかこんなところでお目にかかれるとは思わなかったが……こいつを吸っちまったからキツいだろ? さっき口に含みながら、霧状に吹き出しておいたのさ」

 中々器用な真似を。しかし、フィリアの様子が気になる。


「貴様ら……何を使った?」

 僕がそう尋ねると、リーダーの男は愉快そうに話してくれた。

「こいつはエルフのメス共にしか効かない専用の媚薬さ。解毒する暇なんてない、本能むき出しにさせて、身体の自由も奪うっている代物だ、どうだ? 最高だろ!」

「そうか……では、これまでこの薬をどれほど使っている?」

「おいおい、そんなに焦んなよ。まあ良い、殺しはしねえが冥土の土産ってやつだ、聞かせてやるぜぇ……まだこれからだが、今度エルフ領に入ってばらまくつもりさ。これを使えば奴隷なり、自分のものにするなり簡単だからな……」


 やれやれ。

 お決まり文句ではあるが、それは――――失敗フラグだ。

「もうお喋りはいいか? じゃあ、ガキはここでお別れって事でいいな。俺らのために金を残していけよ? じゃねえと殺すぜ? さあ、エルフの女はこっちに……」

 そう言いながら近づいてくるリーダーの男。僕はそいつに向けて杖を向けたが――――


 ズガンッッ!!

「「え……?」」

 僕と男の驚いた声が重なる。 

 男がこちらに近づいた瞬間、男の両足の膝から下が吹き飛んだのだ。

 火属性の魔法のようだったがかなりの威力があった。


 一体誰が?

 振り返ると、辛そうにしながらも杖を向け、魔法を放ったフィリアの姿が見えた。

「ふん……あいにく私の身体は安くない……それに既に売約済みだからな……」

 そう言いながらも彼女の魔圧が高まるのが分かった。


 ――――ズアアアアァァァアアアッッッ!!!

 流石は元魔導師団長、魔圧の上昇と共に、黒いローブがはためき、魔力がオーラのように立ち上る。

「元とはいえ魔導師団長の私が、貴様ら如き雑魚に狂わされる訳がなかろう!」

 そう強く宣言した姿は、非常に美しく、格好が良かった。


 彼女も、黒のローブを着ることのできる「黒装」である。

 普通の魔法使いではなく、やはり「導師(マスター)」なのだ。

 そのあまりの魔圧に、足を吹き飛ばされ呆然としていたリーダーの男は気絶した。


 いかんいかん、僕も仕事をせねば。

 フィリアの魔圧に気を失ってはいないものの、足がすくんでいる残りの連中にまとめて魔法を打ち込む。


「『縛り、麻痺せよカデナ・パラリシス!』」

「ぐぎゃっ!!」「ぐあっ!」「ぎえっ!」

 魔術を唱え、麻痺させて拘束する。


 これは完全に相手を麻痺させ、自由を奪う魔術である。

 それに拘束術の「カデナ」を組み合わせてそのまま縛る。


 しかし、本当にこいつらの目的は利益の問題だけだったのだろうか。

 なんか、嫌な予感がする。


「くっ……」

 考え事をしていたら後ろからうめく声がする。

「フィリア! 無事か!?」

「あ、ああ……だが、そろそろ限界だ……理性が飛びそうで……」


 流石に彼女自身では対処ができない。

 あとは、解毒をする必要があるが……掛けてみるか。

「『解毒せよデトキシフィア』」


 どうだ?

 基本的に猛毒だとしても解毒できる術のはずだが……時間によっては難しい場合もあるからな。

 そう思いながらフィリアの顔色を窺う。


「――ふう……すまない。助かったよ」

 どうにかなったようだ。

「――はあ、良かったよ……」

 少しばかり今回は焦ったな。


「じゃあ、これらはどうする? 警備隊行きか?」

 そうフィリアが尋ねてくる。

 今回捕らえた襲撃犯をどうするか、ということのようだ。


「いや、警備隊ではなく、直接我が家の騎士に渡すさ。色々聞かなければいけないこともあるしな……徹底的に吐かせてやるさ」

 そう言いながら、転がっている連中に目を向ける。

 既に意識は戻っている――というか奪っていないので、こちらの話は聞こえているようだ。



「どこの誰か知らんが、ライプニッツ公爵家に楯突く馬鹿には――――然るべき裁きを買い取って頂こう」


 * * *


「なにっ! 失敗しただと!?」


 恰幅の良い――いや、良過ぎる中年の男が目の前の青年に向けて声を上げる。


「は、はい……どうも彼らは返り討ちに遭った模様です。それも魔法で……それと、『例の薬』のサンプルも……」

 青年は、正面の男に怯えながらもそう報告する。


「馬鹿な……あれを作るためにどれだけ苦労したと……しかも、あれはウチでしか扱っていない物も含まれるんだ! 簡単ではないとはいえ調べられたら……!」

 中年の男にとって、例の薬――そう、エルフ専用の媚薬はこれからの目玉商品であった。


 これを使ってまずエルフの女を奴隷にし、貴族に売りつけ、その貴族にさらにこの薬を買ってもらうことで莫大な利益を得るつもりだったのだ。

 その試作品が奪われ、子飼いの冒険者たちも捕らえられたとなれば大きな損失だ。

 いや、それどころか、破滅である。


 イシュタリア王国では、エルフたち亜人も人間と同じように扱われ、理由もなく奴隷にしたり、無理矢理連れ去れば捕まり、最悪死刑である。

 この男――マーファン商会会頭、ダドリー・マーファンにとってそれは一番避けたいことだった。

 元々、かなり後ろ暗い商売をしていた頃もあったため、捕まると本当に問題なのだ。


「捕まったのであれば、多分警備隊だな……厄介なのはここがエクレシア・エトワールという事だが……」

 とにかくこの男は小狡い。どんな手を使ってでも自分にとっての最悪を回避しようとするのである。

「そうだ! 警備隊の連中であれば平民だから、とにかく金だ! 金を握らせてやろう! そうすればどうにかできる……!」


 金、金、金。

 マーファンの頭の中はそれだけだ。

 それで何でも手に入れて、どんなことでも乗り越えてきた。


 今回も大丈夫。

 しかも、自分には後ろ盾がある。

 これまで何人かの貴族とつながりを作った。

 だから――――


「ゴリオン子爵にも、頼んでおくか……」



 彼は知らない。誰に敵対したかを。

 彼は知らない。子飼いの冒険者は、直接騎士に渡されたことを。

 彼は知らない。ゴリオン子爵が既に使い物にならないことを。


 彼の道は、閉ざされていく――――


 * * *


 フィリアと共に屋敷に戻ってきた。

 

「レオン! お帰りなさいですの!」

 エリーナが飛び出してきた。

「ただいま、エリーナ。ゆっくり休んだかい?」

「ええ! もちろんですの! ……レオンは大丈夫ですか?」


 エリーナが心配そうに見てくる。母上も迎えに出てくれたようだ。

 襲撃後すぐに騎士たちに襲撃犯を引き渡し、徹底的に背後関係を洗うようにお願いしたので、母上にも話は伝わっているだろう。

 エリーナも聞いたのかな?


「なんかよく巻き込まれているわね〜レオン? でも無事で何よりだわ?」

「ありがとうございます母上。僕は無事ですが、念のためフィリアを休ませてあげてください。あと、お話ししたいこともあります」


 僕は先ほどの連中が持っていた、「エルフ用の媚薬」について解析(アナライズ)をしようと思っている。

 それで、先にその危険性や、今回の事の顛末を報告しておく必要があるのだ。

 本当は砂糖を早く作りたいのだが、この薬の成分に対抗する物は今後必要になるし、陛下への報告でも必要だ。

 

 母上に報告をすると、深刻な顔をされた。

「流石にこの話は問題ね……早めに王都に戻ってレオンハルト卿は陛下に報告なさいな。襲撃犯については騎士が取り調べているけれど、どうするかしらん?」

「はい、魔導師団長。襲撃犯については私も取り調べを行います。ですが、状況が状況です。王都への移送も必要かと……」


 そう。今回の内容は単なる襲撃ではないのだ。

 いくら羽振りが良くても商人は平民。

 貴族に対する襲撃を命じたということは問題であり、かつ薬の問題でエルフとの関係にも影響が出る可能性がある大きな案件だ。

「まずは、手に入れた薬を解析し、報告の証拠とします。その上で陛下に報告に上がります」

「そうね、そうすると良いわ〜。しかし、マーファンね〜……良い噂は聞かないからちょうど良かったのかしらん?」


 母上への報告の後、エリーナを伴って部屋に戻る。

「レオン、これから何をするんですの?」

「実は買い物中に危険な薬を持った連中に襲撃された。僕は大丈夫だったが、フィリアに少し影響が出てな……その薬を調べて叔父上に報告をしなければいけないんだ」

 

 そう話しながら、解析のために魔力を使ってガラスの試験管のような物を作った。

 併せて、ピペットも作り、先ほどの液体を少量試験管に取ってから「解析(アナライズ)」を掛ける。


「面白い物を作りましたわね……」

「前世で使っていた、薬などを研究するための器具だよ」

 エリーナは僕の作る物に興味津々である。


 さて分かったこととして、いわゆる精力剤のようなもの以外に、かなり高級な材料である「ユグドラ」という名前の付く樹皮や葉が入っていた。

 これはエルフ領に存在する神聖樹、「世界樹(ユグドラシル)」とは異なり、形状が似ているから付けられた名前である。

 これは特に人間には影響しない。だが、エルフがユグドラの香りを嗅いだり、摂取してしまうと麻痺、思考低下、中毒などを引き起こす物なのだ。

 いわゆるエルフ専用の麻薬である。


 それをわざわざ使うと言うことは、あの襲撃犯の言っていることは本当だろう。

 エルフの女性を誘拐し、いわば薬漬けにして性奴隷にでもしようとしているわけだ。

 

 レポートを準備し、陛下への報告の支度をする。


「今回の旅行の成果は、フィリアさんとこの薬ですわね……」


 うん、なんかごめん。

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