第21話

 僕らは、ライプニッツ公爵領都「エクレシア・エトワール」に戻ってきていた。

 本音、転移術を使えば王都に行けるのだが、馬車も領都に戻さなければいけない。


 それと、もう一つ。

「いや、かれこれ三十年はヴィンテルから出ていなかったからな! やはり活気があるのはいいことだ!」

 旅のメンバーが増えた。


 フィリアだ。

 何故こんなことに……


 * * *


 魔物襲撃の次の日。

 僕たちはヴィンテルの公爵別荘で報告を聞いていた。


「そのようなわけで……今回の襲撃により、負傷者は二十名、死者はなし、物的損害も石塀の一部の破損のみ……素晴らしいですな! 流石はヒルデ様、本当に助かりましたぞ。運が良かった……」


 なんか、町長は涙ぐみながら何度もお礼を言っていた。

「ええ、でも十分お礼は受け取ったわ。さ、あなたも早く自分の仕事に戻りなさいな、ね?」

「は、はいぃ!!」


 こう、少し小太りで、歳の割に威厳が欠けていて小者感が抜けない町長である。

 大丈夫か? この町。


 しかし、これで僕らの仕事は終わった…………

 って、違う!

 これから砂糖を作って、食生活をさらによくしていかなければ!

 そしてこれを元に、元手を増やしておかなければ。

 いつ、何があっても良いように。


「さあ、ここでお別れだな、レオン。中々楽しかったぞ。できるだけ早く遊びに来てくれ、そうしないと拗ねてやるからな。そして今度は私もそちらに行こう。是非遊びに行かせてくれ」

「ああ、待っているよフィリア。そして必ず遊びに行くから心配するな……」

 そんな感じでフィリアと挨拶して別れた。


 それから僕は、一日かけてトニーさんに紹介してもらった酪農家たちからスクレ・プトゥジェを少しずつ買い取りながら「ストレージ」に砂糖の材料を満たしていった。


 さあ、今度は魔導具を作らなければ。

 今回の魔物討伐で、少し魔石を手に入れることができたので、これを元に砂糖作り用の魔導具を作ろうと思う。

 魔導具としての役割は「濾過」と「精練」、そしてできれば「結晶化」である。

 固形部分は別として、色々な水分や、他の不純物を取り除いて、白砂糖を作りたいと思っているのだ。

 もちろんまずは簡単なものを作った上でだが。


 確か、固形部分は飼料になるらしいので、これはヴィンテルに渡すなり、格安で売るなりしよう。

 お互い嬉しいWin-Winの関係だ。

 次のプランを考えながら、別荘への道を歩く。


 そんなわけで、僕たちは約一週間ほど滞在したヴィンテルを後にする。

 今度来るときは、しっかり砂糖ができると分かってからだな。


 そう考えながら馬車に乗り込む……

「やあレオン、よろしく頼むぞ」


 ちょっと!! 何でアンタが乗ってるの!?

 座席にはフィリアがさも当然かのごとく足を組んで座っていた。

 多分、一番くつろいでいると思う。


「いや、昨日別れただろ!? 何故ここにいるんだ!」

「酷いではないか、せっかく一緒にいてあげようと思ったのに。それともなんだ? 隣の小さな彼女とゆっくりねっとりできないから拗ねてるのか?」

「なんてことを言うんだ! 自重しろ!」


 この人、真面目かと思っていたんだが……

 意外とお茶目というか、何というか……

 母上も何を考えているか分からないことがあるが、この人はその上をいくな……

 そして、下ネタは勘弁していただきたい。エリーナに聞かせられん。


「わたくし、ちっちゃくないですの!」

 そこか!? そこを気にするなエリーナ! 君は必ず美人になるから!


 さて、少し出発にドタバタがあったが、僕らの馬車は領都に向けて移動を始めた。


 

 * * *


 そんなことで、冒頭に戻る。

 三十年ぶりだと。本当にヴィンテルから出てなかったんだな。

 というか、町の人からも「あ、あの人、まだいたんだ……」的な視線だったな。

 本当は有名な人だろうに。頓着しないのかね。


「しかし、楽しみだな。レオンはここで生活しているのだろう? 何が面白い?」


 ……

 あー、そう言うことを聞かれるとは……


「どうした?」

 予想外の質問に頭を巡らせていると、フィリアが不思議そうな顔をしてこちらを見てきた。


「僕の実家は確かにここだが、今は王都に住んでいるんだ」

「珍しいな。まあ、確かに魔導師団長付ならそうか……? まあ、いい。ならば今度は王都に連れて行ってもらおう」


 何で王都に連れて行くのが決定なんだ。

 しかしまあ、色々魔道具を構成するパーツも探さなければいけないので、フィリアに手伝って貰うことにしようか。




 ライプニッツ公爵領都である「エクレシア・エトワール」は、名前とは異なり、割と野郎率の高い都市である。


 何故か。

 簡単に言うと、ここは国防軍の最大基地であり、新兵訓練施設なども行う兵学校が含まれているからだ。


 無論、街並みは綺麗であり、アーケードや商店では女性たちが売買を行っている。


 だが、他の住人たちというと、鎧を着た兵士や士官、鋭い目つきの女性士官と付き従う女性兵という顔ぶれで、つまりは物々しい。

 しかし、武器、魔道具、その他の材料などは素晴らしい物が売られており、ここに来るのは実は楽しみであった。




 一旦休憩のため領都の屋敷で過ごした後、僕とフィリアは街に繰り出した。

 今回エリーナは母上とお留守番である。いくら強いとはいえ、子供である以上疲れは溜まりやすい。

 無論、回復も早いが。


 さて、僕はフィリアを連れ、街中を回る。

 特に探しているのは、一般的な道具を売っている店だ。

 何故かというと、この砂糖作りは一般的にできるものを目指すからだ。


 しかし、濾過はまあ何か網とか濾し器を作ればいいとして、精練と結晶化が問題である。

 うーん、濾過をしたところで精練はできたとみるべきだろうか。

 濾過で不純物を取り除き、さらに精練でショ糖のみに仕上げ、それを結晶化させた方がパーツが別れるので良いと思うのだが。


 悩みはつきないな……

 まあ、今はとにかく頑張って試行錯誤するより他にない。

 

 * * *

 

 最初に見つけた店は、まあ、悪かった。

 看板には「マーファン商会」と書かれていた。


 外装はとても綺麗で新しく、立地もいいのだが、価格が馬鹿高い。

 もちろん取りそろえは良かったのだが。


 そして、極めつけは店主である。

 お金を持っていそうな人にだけ愛想を振りまき、他の人には見向きもしない。

 最初僕らが入ったときも、子供だからという理由で従業員が追い出そうとしてきた。

 宮廷魔導師のローブを着ていたんだが……


 態度があまりにも目に余るので、公爵家のバッジを見せたら手のひらを返したように近づいてきた。

 念のため探しているものを話したが、明らかに高いわぼったくるわで最悪であった。

 こいつらは後で父上……いや、陛下に報告しておこう。

 このイシュタリアの理念に真っ向から反対している。


 しばらく歩いていると、フィリアが声をかけてきた。

「レオン、あの店はどうだ?」

 そうフィリアから言われた店は、年季が入っていながらも綺麗で、何より品揃えが多いようにみえる。

 多くの人が出入りしている事から見ても、中々良い店なのだろう。

 立地は少々中央から外れているのだが。

 看板を見てみると「コールマン商会」と書かれている。


 あれ? 以前どこかで聞いた気がする……

 思い出せないな。


 店内に入ってみる。

 すぐさま従業員が笑顔で迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。本日は何をお探しですか?」

 そう声をかけられる。非常に好印象だ。


「探しているものは、濾過するための網や布なんですが、扱っていますか?」

「ええ、もちろんです。どのようなものをご希望ですか? 穀物用、それとも液体用ですか?」


 すごいな。ここまで聞いてくれるのか。

「液体用ですね。ただ、重量もそれなりにあるので、強度も必要ですね」

「そうですか……ならば、魔物の素材を利用した布ですかね……魔法付与(エンチャント)もできますから。ご希望でしたら特注でお作りすることもできますがいかがですか?」


 特注か……魔法付与(エンチャント)は自分でできるからな。

 ただ、もしこちらが希望する式を魔法付与(エンチャント)できるなら、それも込みで注文した方が良いだろうな……

 その方が道具が一般化しやすいだろう。


 従業員に案内されて、濾過用の網や布を見に行く。

 中々の種類が置いてあるようだ。


「素晴らしい品揃えですね……」

「ええ。このようなものは錬金術師や料理人、薬師などよく使われますから。それに魔導具を作られる方々や冒険者の皆さんも購入される事がありますよ」


 そうなのか。

 流石に錬金術や薬学については触れたことがなかったので驚いた。


 錬金術師というのは、放出系魔法を使う事は話したと思う。

 だが、もっぱら戦闘ではなく、魔法薬に分類されるマジックポーション類の作成や、特殊な魔導具の元になる魔法金属を作る事を主としている。

 いわゆる学者、研究者肌であり、魔導師とは別の意味で変人が多い。


 まあ、前世の科学者とかも一癖二癖あったらしいし。

 イメージ的に、魔導師は数学者、錬金術師は科学者って感じかな。


 さて、ひとしきり見せてもらった後に従業員に尋ねる。

「これらの布を利用して、液体から水と一つの成分だけを分離させる事はできますか?」

「成分……ですか? それは一体どういう意味でしょう?」


 あれ? 成分という概念はなかったか?

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