第24話

「一応知っておりますが、如何されましたかな?」


 一瞬だけ、マシューの顔が強ばったのを僕は見た。

 普段温厚な……まあ、教育の時は怖いが、表情を乱さないマシューの変化は珍しかった。

 だが、それをすぐに切り替えられるというのはすごいな。


「いや、実は今日――――」

 僕は今日の出来事を話した。もちろん襲撃の事は話さなかったが、従業員たちの態度、品揃え、価格などを伝える。

 

「――――という状況だったからね、後で父上には報告するつもりだし、陛下にも報告する予定だ」

「左様ですか……少なくともコールマン商会がレオンハルト様のお眼鏡にかなって良かったというところでしょうな……」


 ん? わざわざそんなことを言うのも珍しい。

 しかも明らかにほっとしたような表情である。


「コールマン商会はやっぱりおすすめかい、マシュー?」

「ええ。このライプニッツ公爵領の商売を支えてくれている老舗ですからな……それこそ苦楽を共にした仲間といっても過言ではございませんから……」


 そんなにすごいのか。

 しかしそれにしては立地もメインストリートではないし、改築とかしている様子もなかった。

「しかし……ですな、最近出て来たマーファン商会が邪魔をしてきておりましてな……かつては政商でもあったコールマン商会ですが、マーファン商会が多くの貴族を味方に付けているようで……」


 なるほどな。

 マーファン商会は「やることはやる」タイプの商会だろうから、賄賂なり圧力なり上手くしたんだろう。

 貴族証を見せない限りは丁寧に応対もしないしな。


「ありがとうマシュー。参考になったよ」

「いえいえ。この程度でよろしければいつでもお聞きください」


 さて、紅茶もできあがったので準備を整えてからリビングへ持って行く。

「待っていたわよ~! さ、早く早く♪」

 母上から急かされる。この人は育ちが良いはずなんだが……エリーナを見習って欲しい。


 エリーナは興味津々であるが、流石に王女、はしゃぎはしない。

 マシューが紅茶を入れ、僕はエリーナの隣に腰掛ける。

「さて、今回の紅茶は特別ですぞ。コールマン商会から是非にと頂いた物です」

「ありがとうマシュー。それじゃあ、頂こうか――――「待った待った待ったぁ!!」なんですか父上?」


 父上が待ったコールをしながら飛び込んでくる。

 やれやれ。

 折角マシューが入れてくれた紅茶が冷めてしまうではないか。


「レオン! また俺に黙って美味しそうな物準備しているな! なんかズルいぞ、俺にも食べさせろ! というか美女に囲まれてて羨ましいぞ息子よ!」

「あれ? 父上はお仕事だとお聞きしましたが?」


 そうなのだ。

 マシューは公爵邸にいておかしくないが、父上はそれこそ軍の教練のために軍施設に居られるはずなのに。


「なんか秘密の匂いがしたからな!」

 一体この人の嗅覚はどうなっているのだろう。


 仕方ないな。

「はぁ、そうですか……マシュー?」

「もちろん、こちらに準備しておりますぞ。さ、旦那様もどうぞ」


 流石は敏腕執事。念のため準備しておいてくれたらしい。

「おおっ! 流石はマシューだ! ……珍しいなこりゃ。どうやって食べるんだ?」


 父上もすぐに興味を持たれたようだ。

 では、みんなで食べるとしよう。

「あまり甘くないかもしれませんが、どうぞ。フォークでこのように切り分けると食べやすいですよ」


 食べ方を見せてみる。

 それをみて、それぞれが食べ始めた。

「ん~っ♪ 流石レオン、美味しいわぁ~」

「本当ですわね……少ししっとりしていて、そして甘くて! 食べ過ぎてしまいそうですわ!」

「すごいな……よくこんな物を思いついたなレオン。流石だ!」


 女性陣には大好評である。

 ちなみにミリィやマシューは従者なので横に控えている。

「貴方たちも食べなさいな♪ 折角の甘い物よん?」

 母上がそう言って二人も食べるように勧める。

 こういう母上の立場を気にしない雰囲気がとても素敵だ。


「では、恐れながら……我らも失礼いたします」

「失礼いたします、ありがとうございます!」


 ミリィとマシューも席に着いて食べる。

「む……これはなんとも……」

「すごい……すごいですぅ! 流石レオン様です!」

 皆に好評のようだ。


 皆が無言になって紅茶とパウンドケーキを楽しむ。

 美味しい物を食べるときは無言になるが、そのような状態なのだろう。


 本音僕としては、上白糖を作りたいのでこれではまだまだなのだが。

 しかし、この時点で売り物にして、それから上白糖とかに変えるのが良いかもしれない。

 それにビートシュガーの方が、家庭でも作りやすく、ヴィンテルの冬場の内職というのもいいだろう。

 このあたりは今日の夜にでも父上に相談しておこう。


 

「美味かったぞ我が息子! これで残りの仕事も頑張れるな! でゅわっ!」

 パウンドケーキを食べ、ご機嫌となった父上は、シュタッと片手を上げてから、颯爽とマントを翻して出て行った。

 こういうところは貴族というよりは軍人……というか冒険者だな。




 父上が仕事に戻ってから、しばらく経ってから。

 先ほどの襲撃犯の事もあるため、騎士団の団員室にお邪魔する。


「お疲れ様です皆さん。少しですが、甘い物の差し入れですよ」

 そう言って、パウンドケーキを隊長に渡す。

「甘い物ですか! それは珍しい、頂いて良いのですか?」

「ええ、既に僕たちは食べていますから」


 甘い物はやはり特別である。

 元々、ライプニッツ公爵領の騎士たちは特殊である。

 平民出身で、かつ本来は軍人なのだ。

 中々甘い物はお目にかかれないというのが事実だ。


 さて、襲撃犯達の様子はどうかな?

「隊長、連中の様子は?」

「一通り尋問はしております。しかし……『自分は悪くない』という態度ですからな……少し究明には時間がかかるかもしれません」

 確かに耳を澄ませると、「た、頼む! 命だけは助けてくれ! 俺たちは依頼されただけなんだ!」とか「悪いのはマーファンの野郎だけだ! 雇われただけなんだあっ!」という声がする。


 とはいえ、実行犯であることは間違い無いので、全て搾り取らせてもらおう。

 こういう時に思考を読み取ることができればいいなと思うんだが。

「仕方ないな……じゃあ、僕が尋問しよう。父上より先になるけど、報告があるからね」


 それこそ、脳の波形とかを元に【解析アナライズ】できたら良いんだがな……

 現在の【解析アナライズ】は成分とか術式など既に完成した物には使えても、発動中の魔法とか思念波とか魔圧とかは解析できない。

 たしか【解析アナライズ】にはレベルがあったはずだから、レベルが上がったらこういうこともできるようになるんだろうか。


 まあいい。

 現状、魔術の方で『催眠術ヒュプノティシア』という術を作っておいたので、面倒ではあるがどうにかなる。

 

 連中の牢屋に向かう。

 番をしている騎士たちがこちらを見て、敬礼してきた。


「レオンハルト様、わざわざこちらに?」

「見張りお疲れ様。今回の件は色々報告しなければいけないからね。尋問をするよ」

 牢屋の中には数人の男が入れられている。

「あ、あんた、頼むよ……俺たちは本当に依頼されただけなんだ……な? まさか貴族だなんて思ってなかったんだよ……」

 リーダー格の男はこちらに向かって話しかけてくるが、はっきり言ってこいつの目は嘘をついている奴の目だ。

 こいつらの裏に何があるか喋ってもらわなければ。


「その場で殺さなかっただけ感謝して欲しいんだけどね……まあいいよ、君たちにはすべて話してもらうから……」

「ひっ……!? な、何をするつもり――――」

 男の目の前で魔圧を放ちながら、術を唱える。

「『催眠術ヒュプノティシア』」


 途端に男の目が虚ろな物になる。

「さあ、君にはまず依頼人について喋ってもらおう」

「――――依頼人、依頼人は……ダドリー・マーファン……だ……」

「そいつの商売は?」

「――商人、だ……色々と……」

「何を扱っている?」

「――何でも。食べ物、武器……人……亜人でもだ……危ないブツも……」

「危ない物とは?」

「――薬だ。思考を奪うやつとか……特定の連中にしか効かないやつ……」


 聞き出す限り本当の屑だな。

 例のエルフ専用の薬の件を聞こう。


「エルフ向けの媚薬を作ったと聞いたが?」

「――あれは……理性を飛ばすための薬……エルフは高く売れるから……特に帝国が高く買いたがる……」

 

 帝国だと!?

「どうやってエルフ領を襲うつもりだった? それこそ簡単にはいかんだろう。王国貴族に見つかれば即逮捕のはずだ」

「――……エルフ領に入る手段がある……らしい。マーファンの旦那が自慢していた……確か貴族の――――ぐおおっ……!」

「なっ……!?」


 突然尋問していた男が苦しみだした。毒か?

「『救命せよサルヴァヴィーダ!』『完全に癒やせクラール・コンプレト!』」


 急いで回復術、救命術を唱える。

 辛うじて男の息は戻ったようだが、意識を失ったようだ。

 杖を振って「催眠術ヒュプノティシア」を解除し、騎士隊長に頭を下げる。


「すみません……どうも無茶な尋問をしてしまったみたいで……念のため彼の意識が戻るか、注意して頂いても良いですか?」

「ええ、もちろん……しかし、あそこまで情報を聞き出せたとは、助かりました」


 さて、ここで聞いた内容も含め報告だな。


 * * *


 その日の夜。

 僕は父上への報告のため、父上の書斎に行く。

 

 ――トントン

「入れ」

 父上の声がする。ドアを開き、入室する。


「失礼いたします、父上」

「どうしたレオン、何か深刻な顔だな」

 父上は困ったように口の端を上げて笑っている。


 こちらも苦笑しながら、

「ええ……それはもう。巻き込まれ体質なんて誰が得するんでしょうね……」

 と言うしかない。


 そう言うと父上も苦笑する。

「既に俺やウィルはお前に巻き込まれてるんだが……まあ、そういうもんだ。さて、本題に入ろう。どうした?」

 父上の言葉に促され、今日の出来事を説明する。

「父上。実は今日の午後、フィリアと買い物に出ていたのですが――――」


 父上に状況を伝える。

 マーファン商会の問題、コールマン商会の置かれている状況、襲撃に遭ったこと、その依頼者がマーファン商会であること……

 すべてを伝えると父上は深刻な顔をしていた。


「それがもし事実なら、由々しい事態だ。しかも他の貴族や、帝国が絡む可能性があるだと……どうしたものか……」

「今回の件については陛下に早急に報告する予定ですが……」

「ふーむ……あとは陛下次第かな? 流石に独断では動けんよ」


 そりゃそうか。領主とはいえ、王国の貴族だ。

 最終決定は陛下次第。それは僕も同じだ。


「まあ、それよりもな……レオン、お前はヴィンテルに何をしに行ったんだ?」


 え? 今それ聞きます?

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