第18話

 ライプニッツ公爵領「エクレシア・エトワール」


 転移魔術によって跳んできた僕たちは、公爵邸の中庭にいた。

「いや、おかしいわよ」

「これ、夢ですのね」

「本当に行けるんですねぇ……」


 どうした? そんな豆鉄砲食らった顔して。

「さあ、公爵邸についたし、ここからは普通に移動だよ? 流石にヴィンテルには行ったことないから……」


 中々面倒だよな、この術。

 マップみたいなのがあれば正確に場所を特定して、移動しやすいのに……


「それでもこの距離を簡単に移動できるのは羨ましいわね〜」

「後で方法はお伝えしますから、母上。そして、エリーナもできる筈だよ?」

「分かりましたわ! 後で教えて下さいまし!」


 さて、直ぐに移動かと思ったら、少し着替えるとのこと。

 ついでにエリーナと僕は、魔導師団のローブを貰った。

 曰く「正式に魔導師団に所属になった以上、階級に応じたローブを着る必要がある」そうだ。

 

「ローブは青、赤、紫、黒の順で階位が上がるわ。エリーナちゃんは『熟達魔法士アデプト』だから紫ね〜。レオンは、『大導師グランド・マスター』だから黒ね。お母さんとお揃いよん♪」

「母上と同じ階位なのですか!?」


 これは驚きである。

 まさか母上と並ぶ階位だとは。

「ううん、違うわ〜。私の階位は『魔導師マジック・マスター』。レオンの方が一個上ね。しかも最高位よん」


 ええー……

 なんか、それって変な感じだな。

 別に何の功績を出したわけでもないのに。


「この階位はね、その人の魔法使いとしての能力、制御力、才能が純粋に関係するの。だから心配しなくていいのよ?」

「……ありがとうございます」


 心を読まれた気がするんだが。

 まあ、いい。とにかくこれからヴィンテルに移動だ。



 ちなみにこの屋敷の警備兵からはものすごく驚かれた。


 * * *


 着替えが終わってから、馬車に乗って移動する。

 もちろんエリーナと僕は飛行術を使うことができるが、流石にな……

 周りに見られたら、騒ぎになってしまう。


 

 徐々に周りの風景が変化していき、平地というより森の中に入っていく。

 暗いわけではないが、平地より見晴らしが悪いため、御者台に座って探査術を使いながら移動している。

 母上も馬車内で魔法で行っており、何か動く気配や魔力などが存在しないか警戒している。

 ちなみにミリィとエリーナは馬車の中でお喋りしている。


 しばらく行くと、熊型の魔物に出くわした。


 こいつはブラックベアー。

 黒い体毛と、赤い目をしている。

 当然魔物なので、体長は二メートル程あり、牙がある。

 色以外はモンスターを狩る某ゲームのアシラさんっぽい。


 今回護衛はつかず、御者をする兵士のみである。

 結構凶暴そうであり、独りでは倒せない魔物らしく、兵士が焦ったようにこちらと魔物を交互に見ている。


 まあ、結果は分かるだろう。

「『雷よフリュグール』」

 雷撃一発で終了である。


 ちょうどいい獲物を手に入れたので、ストレージに片付けておく。


「いや……なんでブラックベアーが一撃なんですか………」


 * * *


 そんな訳で、平和的な旅を進めていき、次の日の昼にはヴィンテルに到着した。

 途中の村で一泊することになったが、まあ特筆すべき点は無い。




 ヴィンテル町。

 一応ライプニッツ公爵領と言われているが、実際は半独立の自治体のような静かな町である。


 ご存知の通り、酪農が有名であり、多くの人々が携わっている。

 しかし、森が近い関係で魔物も出てくるため、冒険者ギルドの出張所もあり、町にしては規模が大きくなっている。


 さて、ヴィンテルに入り、僕らは少し休憩のため近くの店に入った。

 中々良い雰囲気の店で、個室がある。その個室を使わせてもらうことにした。


 そしてミリィには先に動いてもらって、ご両親に手紙を持って行ってもらおう。

 これは、今回の突然の来訪目的を伝えるためのものだ。


 十分程経って、ミリィが戻ってきたので、一緒にミリィの実家に向かう。

 そして、そこそこ大きめの一軒家の前で馬車を停めた。

 

 すると、玄関から四十代くらいの男性が慌てたように出てきて、母上を見てすぐに平伏をした。

「これはライプニッツ公爵夫人。本当にいつもミリアリアがお世話になっております。うちの中でもあまり出来は自慢できませんが、心根の優しい子ですから……従者にしていただいて本当に感謝しております……さて、この度は如何されましたでしょうか……?」


 もの凄くこちらに気を遣っているような言葉遣いだ。

 だが、母上は気にした様子も無く、颯爽と近づいてゆく。

「うーん、私は単なる付き添いよ? 今回はうちの息子が用事があるらしいから、聞いてあげて?」


 そう言って母上は下がったので、僕が前に出る。

 今回の代表は僕なので、直ぐに御者台から降り、胸に手を当て挨拶をする。


「突然の来訪申し訳ない。ライプニッツ公爵家次男、レオンハルトと申します。いつもミリィには助けてもらっています」

「い、いえ。こちらこそで、ご、ござります。ミリアリアの父で、トニーと申します、はい」


 ミリィのお父さんであるトニーさんは、緊張しているのか、平伏のような状態でこちらを見ようとしない。

 そりゃそうか。貴族ってだけでも緊張するだろうに、公爵家だからな。しかも相手が子供では大変だろう。


「頭を上げてください、トニー殿。今回はミリィの里帰りを兼ね、お願いに来ました。少しお話出来ますか?」

「は、はい。どうぞ、このような小さなところで申し訳ございませんが、良かったら家の中ででも……」

「ええ、ありがとうございます」


 そうして、トニーさんの案内で家の中にお邪魔する。

 トニーさんは小さいと言ったが、恐らく町のなかでも大きな家になるのでは無いだろうか。

 調度品も整えられており、大変な暮らしをしているようには見えない。


 応接室ではないが、簡単なソファーとテーブルが置いてある部屋に通される。

 しばらくすると、トニーさんより少し若い女性が入ってきた。


「レオンハルト様は初めましてでございますね。妻のソフィアでございます。——あ、お茶も良かったら……」

「ええ、いただきます——初めましてソフィア殿。レオンハルト・フォン・ライプニッツです。突然お邪魔して申し訳ない」


 少しミリィに似ているだろうか。

 髪の色は違うが、柔らかい雰囲気が似ているように感じる。


 少し雑談をしていたが、そろそろ本題に入ろう。


「トニー殿、ミリィから偶々聞いた件で、少し伺いたいことがあります」

「は、はい、何でしょうか……」


 トニーさん、落ち着いてくれ。

 手の震えのせいでお茶が零れそうだぞ。


 見なかったことにして、話を進める。

「この町……そして近辺で、甘い根菜が穫れるという話を伺ったのですが、今もありますか?」

「は?」


 明らかに心外の顔をされた。

 予想していなかったのだろう。どうもあの根菜は地元で消費されるか、酪農のための餌になるらしいからな。


「え、えーっと……甘い根菜といいますと……『スクレ・プトゥジェ』の事でしょうか」

「ああ、名前は知らないんです。なんか、生では食べられないけど、煮ると甘いとか」


 名前は聞いたことが無かったな。

 ミリィから聞いたとおりの物を伝える。

「ああ、でしたら間違いありません。実はうちは酪農をしておりますので、餌にも使いますから……」

「それは良かった。それを……そうだな、まず10kgほどいただきたい」


 ここでまた唖然とした顔。

 そろそろ驚くのも疲れないのだろうか。

「いや、恐れながら、貴族である方々がお召し上がりになるようなものではございません。それこそ、家畜の餌になっているのです。人でさえそこまでよく食べるわけではないのですから……」


 ああ、そういうことか。

 そんな物好き好んで食べるのかと思われた訳だ。


「ああ、そういうわけではなく。少し興味があって、色々調べてみたいんです。もちろん、代金は支払いますからご安心ください」

「は、はあ…………では、倉庫にございますので、持ってこさせましょう」


 いや、それは大変だろうから直接いくのが良いだろう。

 「ストレージ」もある事だし。


「大丈夫です。そちらに向かいますので、持ってきていただく必要はありません。それよりも、そのスクレ・プトゥジェは誰が栽培しているのですか?」


 そう、これが肝心である。

 これが砂糖になるなら、この根菜を定期的に仕入れる事が必要になるのだ。


「これは酪農をしている家ならどこでも作っていますが……」

「あ、そうですか」


 どこでもなのか……

 じゃあ、しばらくはトニーさんから買うか?

 少し顎を撫でながら思案する。


「やっぱり、利益は公平でありたいわよね~」

 母上が何気なく口を開く。

 いや、分かってて言っているのだろうな。


「トニーさん、良かったら他の酪農家の方も紹介していただけますか? 調査が終わり、これが必要になった場合、少しでも余っていれば購入させていただきますので」

「しょ、承知いたしました。これでも私は酪農家のまとめ役でございますから、その点も伝えておきます」


 それは助かる。他からも購入させて貰うとするか。

 そう思いながら、契約書を取り出して渡す。


「それは助かります。調査して上手くいけば、少しずつ皆さんから購入させていただきたいので。では、今回の購入については種も合わせて金貨……三枚ほどでいかがですか?」

「そ、そんなに……は、はい、承知いたしました………」


 慣れてないのか、ペンを持つ手が震えている。

 僕は金貨をテーブルに出し、トニーさんの前に出す。

 サインが終わったので、書類を「ストレージ」に片付ける。

 さあ、取りに行くとするか。


「では戴いていきますので案内を。あと、金額は誰にも伝えないようにお願いします。誰にもですよ?」

「は、はい! では、こちらでございますので……」


 トニーさんに案内されて倉庫へ向かう。

 結構広いな。


「こちらです」

 そう言ってトニーさんが見せてくれたのは、大量の大根……ではなく「スクレ・プトゥジェ」だな。

 見た目はテンサイより大きく、大きなな蕪のようだ。

 これ、一個で10kgとかなんじゃ……


「どうも今回は大きくなりすぎたようで……理由が分からんのですがね、それで消費も追いつきませんでこんな様子です」


 まあ、いいか。まず、検証してみないと買っても無駄ならどうしようもない。


 そして種も貰うが、これも何というか……一個が大きい。

 とにかく購入した訳なので、その分を収納魔法(ストレージ)に入れる。


 さあ、次は抽出の魔道具作成だな。


 * * *


 とは言っても、せっかくの機会だ。ミリィには休暇を兼ねて二日ほど実家で過ごして貰おう。


 残る僕らは、ヴィンテルにある公爵家の家に入り、休む。

 中々このサイズの家はいいな……最近大きな家ばかりだから落ち着く……


「なんか、落ち着きますわね……そう思いません、レオン?」

 エリーナがそんなことを言い出した。

「確かに、いい感じだね。ものが近いのは楽だな」


 うん、はっきり言って、この程度で充分だ。

 未だに前世の一般人の感覚が抜けていないからな。


 しばらく皆で休憩をする。

 ミリィは申し訳なさそうではあったが、せっかくの里帰りである。ゆっくりしてもらいたい。

 その間に少しでも町の様子を見てみよう。


「エリーナ、見回りがてら散歩に行かない?」

「良いですわね! 一緒に行きますわ!」


 そんなわけで、母上から許可をもらい、町を散歩することにした。



 ヴィンテルの中心部は色々な商店や露店、さらには道具屋など色々な店が出ている。

 武器や防具を扱う店もあり、中々面白い。


 最初は二人でアクセサリーを見て回った。

 少し寒い地方だからか、金属よりも木や魔物の爪などを加工して作られた物が多い。

 どことなくカントリー風である。


 お互いお喋りしながら歩いて行くと、途中でとても気になる店を見つけた。

 それは、古本屋だ。


 この世界で本は非常に高価である。未だ印刷技術が開発されていないので、手書きの本である以上、単価が高い。

 大体、一冊で銀貨や金貨が飛んでいき、物によっては白金貨が必要である。

 それをここは無造作に売っているのだ。


 古本屋に入ってみる。

 独特の古い本の匂いがしている。


 見回すと、公爵家の図書室でも見なかった本や、難しそうな学術書が置いてあるのが見える。

 しばらく見回っていると、店主と思わしき人物が声をかけてきた。


「何か探し物か? ここに置いてある本は掘り出し物ばかりだ。何か欲しいものがあれば探してあげよう」


 ぶっきらぼうと思いきや、中々親しげである。

 顔を上げると、二十代後半と思わしき長身の女性が目の前に立っていた。

 かつて前世でハマっていたゲームに出てくる、ラスボスの這い寄る混沌を思わせるな。

 

 目の前に立つ人物は金髪褐色のエルフだが……

 ちょっと古本屋の店主にしては派手である。眼鏡ではあるが。


「いや、探しているわけではないんだ、面白くてね。中々いい取り揃えだ、王立図書館でも見ないんじゃないかな」

「おや、王都からか? 確かにいい見た目の……いや、そのローブは……」


 おや、このローブに気付くとは。

 母上から着ていくようには言われていたが、この意味に気付く人はここではいなかったが……


「まあ、その通りだ……おっと、その通りですよ。すみません……言葉遣いが……」


 しまった……言葉遣いが余所行きから崩れていた。エリーナからジト目を向けられてやっと気付いたから遅かった。変に思われただろうか?


「いや、その方が君の自然なんだろう。構わないぞ。私はフィリアという。呼び捨てでいい。君は?」

「僕はレオンハルト。通称レオンだ、よろしくフィリア。こっちの彼女は……そうだな、アイリーンだ」


 挨拶を交わす。

「しかし、その歳で『導師マスター』と『熟達魔法士アデプト』階位ということは凄いな。才能に溢れているんだろうな……」

「そうでも無いさ」


 フィリアは魔導師団の階位についても知っているのか……

「もしかして、魔導師団にいたのか?」


 そう、僕が聞くと、彼女は少し遠い目をしながら、

「ああ、かつてな……見ての通り私はエルフだから長命なんだ。それこそ今団長であるクレアが、入団した頃にはもう長年経っていたから……」

「そうか……あ、今は既にクレア様も、団長は引退されているが」


 あまり最近の状況は伝わらないのだろう。


「そうか……クレアも引退したのか……では今は? 誰がしているんだ?」

「ヒルデ・フォン・ライプニッツ公爵夫人ですわね」


 そうエリーナが話す。まあ、母上なんだが。

 それは言わない。


「ああ、『黒の魔女』か。彼女も面白い経歴だ。王族なのに冒険者をして……まあ、ウィル坊もしていたか。ふふっ、愉快愉快。どうだ、少しお茶でもしないか? 特に何も無いが、座って話そう」

「ああ、ありがとう。お邪魔するよ」


 フィリアは少し懐かしそうな顔をしながら、古本屋の奥の部屋で話す。

「しかしそうか、名ばかりとはいえ、この町を治める領主の妻となったか。確かにジーク君と仲が良かったからな、賢明な判断だろう」


 なんとなく、身内の話というのは変な感じがするな。

 こう、むず痒くなるというか…………

 そう思っていたら、こちらに質問が来た。


「ところで、すまないが本当の君の名前は? そして、何故ここにいる? 失礼だが、君は貴族だろう? 幼い君が外出出来るとは思えない………まあ、魔導師団所属だからなのかもしれないが…………」


 鋭いな。よく見ている。流石は元・宮廷魔導師。歴戦の魔女ということだ。


「確かに伝えていなかったか。——我が名はレオンハルト・フォン・ライプニッツ。公爵家次男で、先日魔導師団長直下に入った。まあ、確かに立場故僕もアイリーンも外出できているというのは事実だよ」


 本名を告げる。フィリアが何故聞きたかったのかは分からないが、特にこちらを害する様子は無いので正確に答える。


「やはりか……それだけできるのだろうな。——すまない、私も自分を明かそう。私は、フィリア・ティアラ・イストリウス。ハイエルフだ」

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