第19話

「――私は、フィリア・ティアラ・イストリウス。元・魔導師団長で、ハイエルフだ」


 ハイエルフだって?

「ハイエルフですって!?」

 エリーナ、声が大きいよ。


 ハイエルフ。

 それは「森の民」といわれるエルフの上位存在であり、エルフ領の長の一族を意味するものだ。


 そして、彼らは老化せず、非常に永い時を生きているのだ。

 つまり目の前の彼女も――――


「ああ、すまない。それでもそこまで歳ではないんだよ。それに、私は外の世界が好きでな、反発して飛び出してきたような異端だ」

 

 二人とも相当なマヌケ面を晒していたのだろうか、そう言われてしまった。

 しかし結構アクティブだな。好奇心が強いんだろうか。


「いや、驚いた。まさかハイエルフに会えるなんて。でも、何故ここに?」

「ふふふ、それは先に私が聞いた質問だ。君から答えるのが筋だろう?」


 おっと、そうだった。


「まあ、ここに来たのは『スクレ・プトゥジェ』を手に入れるためだ。面白い物を作れるか試そうと思ってな」

「何ができるか、まだ教えてくださらないんですのよ?」


 エリーナが拗ねたような声を出す。

 まあ、母上とクレア様くらいにしかまだ話していないしな。


「ふむ、あの根菜か……ふふっ、なるほどな。それはクレアも喜んだろう。違うか?」

「協力をお願いしたのは事実だな。おかげで外出できる」

「むぅ……わたくしだけ分からないんですの……」


 この人は凄いな。

 根菜の名前だけで何をしようとしているのか、予想が付いたんだろう。

 もしくは、試した人がいるのかな。


「さて、私が何故ここにいるか。簡単に言うと、静かに暮らすためさ。そして、後進を育てるためでもある。長く魔導師団長なんてしてたからな」


 なるほど。

 ハイエルフである以上、歳を取らないのだ。ポテンシャルも変わらなければ、引退の必要もない。

 でもあえて引退して、後の人たちを育てるのだ。


「だが、そろそろ静かに暮らすのも終わりかな?」

「なぜだ?」

「昔話より君の方が面白そうだからだ。どうだ、私を囲う気はないか? 子供に言うことではないが、私の美貌は変わらんぞ」


 はい?

 囲うというのはおかしいのでは?


「何で囲うんだよ……」

「ふふっ、それは冗談だ。だが、これからも君とは仲良くしておきたい。また、来てくれるか?」


 何というか、煙に巻くのがお好きというか……

 あまり僕の周りには、普通の女性が少ない気がする。


「ああ、当然だろう?」

「もちろん、時間を見て、遊びに来ますわ!」


 さて、それからもしばらく話をしたが、そろそろ遅いので帰ることにした。


 すると、フィリアから、「本棚で気になった本があれば持っていっていいぞ」と言われたので、もう一度見て回る。


 うーん。

 特にこれという物はないが……

「フィリア、『旧世界』絡みの本はないか?」

「面白い物に興味を持つな、レオン。それはこっちだ」


 そう言ってまた部屋に呼ばれる。

「私も調べていたからな、個人の蔵書にしているんだ。好きに見るといい」

「ありがとう」


 ふむふむ。

 結構綺麗な状態の本だ。

 歴史物が多いのか。


 その中にふと、気になる物を見つける。

 それは本というより、ノートに近く、ただ表装がしっかりしていた。


 表紙に「式術と魔術の考察」と書かれている。

「ほう、それを見つけたのか。中々いい物だぞ。それこそ、『才能ある存在』でないと理解できないらしいからな」


 才能ある存在か。

 ふと、エリーナの「魔を統べる者」という称号を思い出した。

 おもむろに取った本だったが、面白い物を見つけることができたようだ。


 中を見てみる。

 そこにはこのように書かれていた。


『式、これ使鬼であり、仇なす者への死鬼なり。己の思器にして、己の仕鬼なり。これ理解為ざれば使うに能わず』


 なんとも厳めしい言葉である。

 これを理解できなければ使うことはできないと。

 そういうことらしい。


 うーん……なんとなく式神みたいな物と認識したら良いだろうか。

 そして自ら操り、戦い、意思を持たせることができるとそういう言葉ではないだろうか。


 なんとなく理解できたので、そのまま次のページを読んでみる。

 初歩的な内容のようだ。式の書き方、組み方、種類など書かれている。

 これは帰ってからしっかり読もう。


「じゃあ、これを借りていくよフィリア。そういえばアイリーンはどうする?」

「そうですわね……あら、これって」


 エリーナが見つけたのは、「サクリフィア伝記」という物だ。

 彼女の称号の一つにサクリフィア家に関する物が存在するので、気になったのだろう。

「おや、アイリーンはそれか。二人ともお目が高いな。アイリーンも中々良い物を知っているじゃないか」

「ありがとうございますわ!」


 恐らくフィリアはエリーナに気付いてはいるが、それを言わないようにしているんだろう。

 どことなく彼女を見る目が、興味深そうなものを見る目になっている。


 さて、そろそろ帰らねば。

「アイリーン、そろそろ戻ろう。フィリア、今日は楽しかった。また来るよ。今度は母上も紹介させてくれ」

「ああ、そうだな。当代魔導師団長を知る良い機会だからな。是非に」


 そう言って本を数冊「ストレージ」に片付け、出口に向かう。


「では、フィリアさん。また遊びに来ますの。今度は何かお土産を持ってきますわ!」

「ああ、楽しみにしているよ……アイリーン」


 フィリアはやはりエリーナが気になるようだ。

「では、また会おうフィリア。——行くぞ、

「はい」


 最後に本当の彼女の名を明かした上で、そのまま立ち去る。

 フィリアは少し驚いた顔をしたが、手を振って送ってくれた。


 〜〜〜〜〜


 家に戻る。

 母上に今日の出来事を話してゆく。


「あら、フィリアさんに会ったのね〜。私は直接の接点は無かったけれど、クレア様からよく聞いていたわ。とても強くて、研究熱心な方だったって。ここに居られるとは思わなかったわ♪」

「確かに、偶々出会ったわけですしね。今度母上にも紹介しますよ」


 そうやって話し合いながら、夜は更けて行く。

 夕食は、珍しく母上の手料理である。

 流石は元冒険者、手際も良く、上手である。


 なお、本日の夕食はローストビーフらしきものだった。

 豪快である。


 * * *


 ヴィンテルには二日ほど滞在した。

 ミリィにも良い休暇になったようだ。以前に増して世話焼きになったと思う。


 さて、わざわざ道を戻るのではなく、転移術で戻ろうか。

 早く戻って、砂糖が採れるか試してみたいし、例の式術の本も読みたい。

 そう思っていたのだが………


「た、大変だ! 森から魔物が! このままじゃ食われちまうっ!」


 はぁ…………

 テンプレだから、こうなるのか?

 テンプレじゃ無いから、こうなるのか?

 

 流石に公爵領である以上、放置は良くないからな……

 母上も同じ考えらしく、微妙な表情を浮かべていたもののすぐに町長の家に行き、現状を把握する。


「で、どのくらいの規模でやってきているのかしら?」

 唐突に母上から聞かれた町長は汗を拭き、口を開く。

「それが、少なくとも百……しかも大型のものを含むとのことで……挟まれてはおりませんが、このままでは追いつかれるのが目に見えていますから……」


 百か。それがたかだかゴブリン程度であれば良いのだが、今回は大物がいるそうだ。

 大型の魔物は、一匹でもかなりの損害をもたらす。

 特にここは城壁があるわけではないのだ。


「冒険者ギルドはどうなっています?」

 そう聞くと、町長は驚いたような顔をしながら答えてくれた。

「現在、招集をかけてくれているそうですが、精々Cランク……大体はDとかEランクでしょうな」


 うーん、大型を楽に倒すにはBランクが望ましいんだが……

 Cランクだとギリギリで、数人掛かりで対応しなければ最悪死ぬ。


 どうしたものか。

「これでは、どこかの牧場を餌にして、おびき寄せて対応するしかありますまい……」

 悔しそうな声で、だが決意した表情で町長が呟く。


 

 いや、待て。

 ここにいる戦力を考えてみよう。

 母上、フィリアはもちろん、エリーナや僕も戦える。

 それこそ、本気を出して対応すれば良いのではないだろうか。


「母上、エリーナと僕も出撃します。合わせてフィリアも呼び、迎撃を手伝ってもらいましょう。魔物はどちらから来ているか分かっていますか、町長?」

「は、はっ。魔物は南と西から来ていますが………」


 なるほど。これならば問題ないだろう。

 母上たちと僕らで別れ、それぞれで迎撃するのがいい。

 そう思っていたが、母上からは「待った」がかかる。


「確かにレオンは強いわ? それでも魔物との戦闘は初めてでしょう? 今回は出ずに待機すること。お母さんの言う通りになさいな♪」

「母上!?」


 それはないだろう!

 力があるのに使うなということか?

 エリーナも納得いかないのか、驚いた表情をしている。

 解せない……


「レオン……どうしますの?」

「しかしな……」


 エリーナの心配そうな声が聞こえる。

 幾ら母上が強いとはいえ、魔物は脅威である。

 せめて誰かと動いて欲しいんだが…………そうだ。

 

「では、少なくともフィリアには応援を依頼しましょう。母上だけには任せられません」


 流石に魔導師団長と言えども、単独での戦いは控えるべきである。

 というよりも、魔導師団長「だからこそ」控えるべきだ。


「それじゃあ、お願いするわね。でも、私会ったことないから、依頼はレオンがしてくれるかしら?」

「無論です。そして我らも後方にて待機しますので、ご安心ください」


 そう、恐らく母上が待機させた理由はこれだろう。

 落ち着いて考えれば判ることだ。後方から奇襲を受けた場合を考え、予備戦力として待機するようにということだな。


「ふふっ、よくできました♪ じゃあ、お母さん頑張っちゃうからね〜」

 ひらひらと手を振りながら、母上が独りで歩いて行く。


「やれやれ、母上には学ばされる……」

「そうですわね……」

 

 そう、二人で呟く。

「あ」

「どうしましたの?」

「………母上はどちら側に行かれた?」


 どの方角に出撃に行ったのか分からない。

 これは抜かった……


 ~~~~~

 

 とにかく、フィリアを探そう。

 今日も古本屋にいるだろうか。

 そう思いながら、古本屋に向けて移動する。


 さあ、古本屋に着いた……のだが、鍵がかかっている。

 フィリアはどこに行った?


 町中を走りながら探す。

 冒険者ギルド、商店街、武具店など探すが見つからない。


 どうしたものか…………

 最終的に滞在している別邸に戻ってくる。


「やあ、お二人さん。どこに行っていた?」

 玄関のそばのベンチにフィリアがいた。


「フィリア! 何故ここに!?」

「ん? 恐らく私を探しているだろうと思ってな。しかし不思議なことを言う。それこそ魔力探知をすれば分かっただろうに」


 ……そうだった。

 完全に失念していた。魔力探知も確かにできるし、探査術を使っても良かったのだ。

 焦りすぎだ、馬鹿。


「確かに。忘れていたよ……焦り過ぎかな、冷静になれていないみたいだ」

「おやおや。君は結構そそっかしいのかな、その辺り完璧かと思ったが。私の店ではずっと探査していたろうに」


 耳が痛いことである。

 今後は気をつけねば。


「いや、忠告感謝するよ、フィリア。その通りだな、全く」

「うむ、素直でよろしい。さて、私は何をしようか?」


 本当にこの人は…………

 やはり見た目と違い、立派な経験ある大人なんだと理解させられる。


「宮廷魔導師……いや、王家直属、上級騎士として依頼いたします。どうかこの危機に、力を貸していただきたい」


 そう言って僕は、彼女に依頼した。

 報酬については、砂糖を寄越すようにとのことだった。


 * * *


 フィリアと母上のいる方角に向かう。

 今回は探査術を使用しているので、母上の位置が確認できている。

 

「しかし、大型含めて百か。中々多いな。スタンピードか?」

「詳細は判っていない。だが、その可能性もあるだろうな……そうなると面倒だが………」


 スタンピード。

 魔物の暴走であり、魔物のテリトリーにそれ以上に強力な存在が現れ、テリトリーを侵し続けると起きると言われている。


 その場合には、通常人里には現れない魔物が出てくることが多いのだ。

 当然個体数も増えるため、近隣の都市にとっては迷惑なものだ。

 しかも、その強い個体が都市を襲う前触れともいえるので、非常に厄介な話である。


 今回はどちらかはっきりしていないので、確認が必要だ。

 そう考えながら母上の元に到着する。


 …………するとそこには、意気揚々と魔法をぶっ放す母上の姿が。


「さあっ、早くおいで〜! まあ、来なくても逃げられないわよ〜!」

 なんか危ない。


「母上! 遅くなりましたが、フィリアに応援を依頼しましたので! 誤射しないでくださいね!」

「はいは〜い♪」


 ちゃんと話を聞いているのだろうか。

「レオン、お前の母親は大丈夫か……?」

「うーん………」

「あんなおばさま、初めて見ますの……」


 冷静に見ていると不安が拭えない感じがするな……

 とはいえ、必要な戦力である以上、フィリアには入ってもらう。

「むぅ。こうなったら…………レオン、例のブツができたら、考慮してくれ。それと……私を囲う話もな」

「はぁ……砂糖は元々考慮するつもりだったが……そっちも考慮するよ、よろしくな」


 やれやれ、面倒なことになった……

 そうは思いながらも、少し楽しみにしている自分を感じる。

 やはり、周りに人がいるというのは嬉しいものだな。


「むう…………わたくし以上に他の女の人にデレデレしないで欲しいですの!」

「ごめんごめん」


 さあ、こちらも行動開始だ。

 支援を任されたからには、十分に果たして見せよう。

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