第17話

 部屋でミリィを休憩させて一時間ほど。

 ミリィが落ち着いたようなので、例の話をしよう。


「ミリィ、実は用事があってね。付いてきて欲しいところがあるんだけど……」

「ええ、レオン様。…………すみません、抱きしめたまま泣いちゃって……」


 ミリィは少し恥ずかしそうだ。流石に五歳の男の子に泣きつくのはな……

 別に僕はかまわんのだが。


 本題に戻ろう。

「大丈夫? 一緒に付いて来てくれるかい?」

「もちろん! お供します!」


 そう言ってくれたので、共に魔術で移動した。

「こんなの、アタシ聞いてないですよ!?」


 * * *


 魔導師団長室に着いた。


「失礼いたします」

 断ってから入ると、母上とクレア様が待っていた。


「坊や、遅かったじゃないかい?」

 クレア様からそう言われる。

「申し訳ございません。少々面倒に巻き込まれまして、陛下に報告しておりました」


 全く……あの馬鹿の所為でクレア様に怒られるのは運が悪い。

 まあ、ミリィ絡みだから失敗とは思わないが。


「まあ、いいさ。きっとその娘絡みだろう? その娘がどっかのゴミに襲われそうにでもなったのかねぇ?」

「まぁ、色々御座いまして……」

 幾ら王族とはいえ、全ての人物に話す必要はない。話すべきではない。


「おやおや。警戒させちまったかい? ………まさかあたしを疑っているのかい? だとしたら、坊やは相当な阿呆さね」

「はて、信頼と信用は意味が異なりますからね。立場上、そう気をもっておかなければなりませんから……」


 お互いに話しながら相手との間合いを調整する。

 まあ、あまりクレア様には意味ないとは思うが………経験の差が大きいからな。


「ふん。その歳でそこまで考えてるなら及第点だね。……ヒルデ、この子本当に五歳かい? 実は歳誤魔化してんじゃないだろうね、ん?」

 母上は苦笑いである。


 おっと、いい線をついてくるな。

 それはあながち間違っておりませんよ、クレア様。


「まあ、このくらいにしておこうか。…………さて、お嬢ちゃん。この坊やから面白いことを聞かれたろう? なんて教えたかあたしらにも話してくれんかね?」

 クレア様がミリィに話しかける。

 先代とはいえ王妃に話しかけられ、少し緊張しているようだ。


 ミリィがこちらを緊張した面持ちで窺っている。

「大丈夫だよミリィ。あの教えてくれたものの話を、母上とクレア様にして差し上げるんだ」


 そう言って僕はミリィに、話すように促した。

「実は、ワタシの地元では甘みのある根菜が作られています。といっても、個人的に煮物にするか、家畜の餌にするかどちらかなんですけど……それをレオン様に言ったら、興味を持たれまして」


 ミリィが少し緊張しながら話す。

 先ほど図書館で話したままのことを語ってくれた。

 さあ、母上とクレア様はどう反応されるか。


「う〜ん、それを砂糖の代わりに使っている訳ではないのね? ただ、甘い根菜があるってだけで。それをどうする気かしら、レオン?」

「そうさね、確かにこれじゃ力になれそうもないねぇ……」

 うーん、反応が鈍いな。というか、まだ可能性の話をしていたはずなのだが。


「クレア様、そして母上。確かに砂糖の話ではありませんが、僕はあくまで『砂糖が採れる可能性』の情報があると申し上げたはずです。そして、その情報元になるのが彼女な訳ですから。それが砂糖になるかどうかは、見てみなければ分かりません。……違いますか?」

 そう念押しをする。


「あら、確かにそうだったわね〜」

「ちっ、坊やに一本取られたね。……確かにそうだよ、あたしはそう言ったね。それで? あたしに何をして欲しいんだい?」

 さあ、ここからが交渉だ。


「まず、ミリィ……ミリアリアの言っていた根菜のサンプルを手に入れること。そして、砂糖を抽出する魔導具の作成。魔導具は私が考案したいと思いますが、素材の入手など、どちらも宮殿内で終わる話ではありません。つまり…………」

「つまり、何だい」


 深呼吸し、一拍おいて話す。


「今後の外出と、行動の許可をいただきたい。正式に、上級騎士として」


 * * *


 目の前に立つ、まだ五歳の坊やを見る。

 若い、いや幼い顔をしていながら、立ち振る舞いは精錬されている。

 そして、堂々とあたしの前に立ち、普通の子供には出来ないような読み合いをする。

 単に立場的、家柄的に騎士爵を与えられたと思っていたが、まるで実力で与えられたように感じる。


 ステータスについて情報を集めたが、中々見つからなかった。

 我が子ながら上手く隠しているようだ。

 それでもどうにか手に入れた情報によると、相当高いステータスらしい。


 これが、自分の一族から出た存在なのか。

 まるで、大人が幼児の皮を被っているような……


 おっと、いらないことを考える時間じゃないね。

 この坊や……いや、レオン卿はなんと言った?

 外出をしたいだって?


 下級貴族ですらこの歳では外出は許されない。

 それこそ、誘拐されてしまっては問題だし、子供は怪我や病気などしやすいのだ。

 だから基本的に、十歳のお披露目まではよほどのことがないと外出はさせてもらえない。

 それを許可して欲しいだと?


 母親であるヒルデは家族愛が強いが、特にこの子に対してはそれが顕著だ。

 下手なことがあれば、国を敵に回すんじゃなかろうかと思うほどである。


 ただでさえ、ヒルデにはあたしだって勝てないんだから。

 しかし……どうしたもんかね。


 ヒルデがどんな顔をしているか窺うと…………どことなく悪戯好きないつもの笑顔だった。

「まあ、確かにレオンなら誘拐の心配はないわね〜。もし危険ならそこそこの力を出して良いから。お母さん許しちゃうわ! ついでだから、エリーナちゃんと私も連れて行きなさいな♪ 三人ならどうにかなるもの〜」


 なんてことを言い出すんだい!?

 エリーナまでって……しかもどうにかなるのかい……


 ヒルデに認められる戦力って事は相当強いはず。

 こりゃ後で息子と相談しようかね…………


 * * *


 しばらくクレア様は悩まれていたが、母上が了承し、しかもエリーナと母上も付き合ってくれるらしい。

 これにミリィを加えて、四人か。

 おっと、もう一つお願いをしておかねば。


「クレア様、そして母上。もし今回の件で砂糖の製造が出来れば、ミリアリアについてお願いがあります」

「はぁ……今度は何だい?」

「何かしらん?」


「ミリアリアの功績を認めていただきたい」

「「…………」」

「ええっ!?」


 せめて何か反応していただきたいんだが。

 そんなアホの子を見るような目で見ないでいただきたい。


「申し上げたとおり、今回の件をクレア様に持って行ったのはミリアリアの功績を認めていただくため。それが大きな目的です。私が陛下に報告したのでは、父上などこちらに味方する貴族であれば問題ありませんが、頭の固い貴族は信じないかもしれません。そして私が報告したのを良いことに、手柄を奪おうとする者もいるでしょう。それから守るためでもあります。いかがでしょう?」


 こう言って正当性を強調し、釘を刺す。

 クレア様に出ていただくのはひとえにミリアリアの功績と保護のため。

 特に今回の事からすると、今後も面倒に巻き込まれるのは問題だろう。


「ふん…………まあ、分からなくはない理由さね。そういうことにしておこうか。いいね、ヒルデ?」

「ええ、問題ありませんわ。ふふっ、頑張って♪」

「はい」


 さて、前準備は整った。

 後は陛下のところに行くだけだ。


 そろそろ外出しないと、魔の森に行き損ねてしまう。

 例の約束もあるしな。


「んじゃ、これでお開きだね。できるだけ早めに結果が出るように息子と話をしておくよ。いいかい、レオン卿? それまでしっかり『二人とも』守るんだよ?」

「はい、王太后様」

「まったく……可愛げのない。ヒルデ、しばらくそのお嬢ちゃんを引き取るよ。いいかい?」

「ふふっ、いいですわ♪」

「ちっ…………」


 クレア様は舌打ちを一つ残してからミリィを連れて出て行った。

「あっ! ちょっと!? お待ちくださいぃ〜〜」




 さて、二日後。

 国王執務室に呼ばれた。


「お前というやつは……ちゃっかり母上様を取り込みやがって…………! 本気で俺の胃が崩壊するところだったわ!」

 こんな第一声からの謁見(笑)である。


「いえいえ。交渉やお願いの前には下準備や根回しが必要なだけですから」

 さらっと怒声を躱しておく。少々煽ったかもしれないが。

「はぁ……まったく。洗礼以後、お前には疲れるぞ…………エリーナまであんなにしよってからに……」


 何気にひどいな。人を疫病神みたいに……

 大体、エリーナは本人の努力があったからだ。別に僕は強制していないし、彼女が頑張っただけだ。

 どちらかと言えばアレクが伸び悩み(それでも五歳にしては強すぎるが)なのだから、気にかけてあげてくれ、叔父上。


 結局、叔父上からは自由行動の許可(エリーナ含む)と、砂糖に出来る可能性のある根菜の調達命令が下りた。

 エリーナにそれを知らせたら嬉しそうだったな。

 飛び上がって「これでレオンとデートに行けますわ!」というのが第一声だったが。


 さあ、母上と共に出かける……前に。

「レオンとエリーナちゃん、出かける前にちょっと来てくれないかしら〜」

 そう言われ、魔導師団本部にエリーナと二人でお邪魔する。


 通されたのは珍しく応接室だった。

 正面には母上と、またもやクレア様である。その横にはミリィも控えている。


「出かける前に、一応勅命が下っているから伝えるわね——本日付で、エリーナリウス・サフィラ・フォン・イシュタリアを宮廷魔導師団長直下、『熟達魔法士(アデプト)』階位に任ずる。また、レオンハルト・フォン・ライプニッツも同団長直下、『大導師(グランド・マスター)』階位に任ずる——よろしくね、二人とも」


 え、いきなり宮廷魔導師団所属という指示ですか。

「まったく、アンタたちの外出のためにはこうでもしないといけないのさ。あたしの苦労を考えて欲しいさね。まあ……レオン、アンタはヒルデと相討ちとはいえ対等に闘ったらしいじゃないか。強さに疑いは無いよ……息子、いや陛下も呆れてたがね」


 なるほど。

 外出をするにはそれなりの立場がいる訳か。

 しかしそこまで骨折ってくださったのはありがたい。

「ありがとうございます、クレア様。本当に感謝しています」

 そうお礼を言った。


 そうだ、ちょうど良い物もあるし、お渡ししておこう。

「お礼といってはなんですが、良かったら使ってください」

 皮に包んだ拳大の魔結晶を渡す。


「は? 何だいこれ…………冗談だろう!?」

 ん?どうされたのだろう。


「あ、アンタ…………こんな立派な物どうしたんだい!? こんなのは流石に頂けないよ!」

「いえ、せっかくのお礼です。そこまで骨折ってくださった訳ですから……」

 

 まあ、申し訳ないとは思っている。何せ手作りだしな……


「…………ま、まあ、アンタがそう言うなら。また力になってあげるよ、レオン卿」

「ありがとうございます、クレア様。これからもよろしくお願いいたします」

 そう言ってエリーナとお辞儀をすると、クレア様は席を立って部屋を出られた。


「さて。それじゃ二人とも。準備は整っているかしらん?」

「ええ、おばさま!」

「大丈夫ですよ」


 そう答える。ミリィはどうかな?

「う〜……重くて持って行けないかも……」


 案の定だな。

 仕方ない、「ストレージ」に入れて持って行こう。

「ほらミリィ、持って行くから。こっちにちょうだい」

 そう言って受け取ると「ストレージ」に収納する。


「羨ましいくらいの容量よね〜……あれ、エリーナちゃんも渡したら?」

「え? 私は使えますわ…………ああっ! そうすればレオンにか弱い女の子であることを見せつけられましたのね!? 失敗ですわ!」

 何を言っているんだか。というか見せつけるなよ。


「大丈夫、エリーナは僕が守ってあげる、大切な女の子だよ?」

「〜〜〜〜っ!」


 声にならない悲鳴を上げないでくれ。

 聴覚強化をしていたから聞こえているんだよ……




 こうやって、なんだかんだあったがようやく、外出許可を手に入れ、砂糖を簡単に手に入れるための第一歩を踏み出すことが出来るのであった。


「さあ、それじゃまずライプニッツ公爵領まで跳ぼう。母上、領都の屋敷で良いですか?」

「え? どういうことかしら?」

「え? こういうことです——『接続の門よポータム・アクセサ』。さあ、これを通れば領都の屋敷です。では、先に入りますね。皆もどうぞー」

 転移魔術で、転移用の空間門を出して、自分が入ってから三人に促す。




『これは聞いてない(です)わ!?』

「…………アタシはこの前経験しましたけどね…………」

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