第四章 鳴と物 … 弐
〈弐〉
司令部室に向かう途中、ルーンたちは数人の男女とすれ違った。
その内の一人が、ルーンと月島を見て「あっ」と声を上げた。
「あれ、もしかしてあなたが月島えりさん?」
「は、はい。そうです……あの、あなたは?」
唐突に握手を求められ、戸惑いのままそれに応じる月島。相手の勢いに流されながらも名前を尋ねると、朗らかという言葉がいかにもしっくりくるような調子で、まっすぐ月島を見て答えた。
「私、天満(てんま)みどり。第二小団隊所属の隊員なの。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
改めて挨拶をする二人。その横からヒヴァナが意地悪そうな笑みを浮かべて、月島たちにも聞こえるような声で天満に茶々を入れた。
「みどりは隊員に見られないことが多いからねぇ」
「もう、ヒヴァナさん。そういうこと言わないでください」
「おい、天満。何をしてる」
業を煮やしたのか、向こうの方から男が天満に声をかけた。月島はその男を見て、どこかで見覚えがあることに気づいた。
男も見覚えがあったのか、月島を見て小さく目を見開いた。
「東(あずま)先輩。今、月島えりさんに挨拶してるんです」
「月島……あぁ、あの」
男は何かを呟くと、そのまま何も言わずに踵を返して、元々進んでいた方向へ再び歩き始めてしまった。
「あれ、先輩!」
天満が東を呼ぶが、男は振り返らず、廊下の奥へと消えていく。その後姿をしばらくの間見つめていた月島がヒヴァナに尋ねた。
「えっと……あの方は?」
「あいつは東通路(あずまとおじ)。昔色々あってね。それ以来、ちょいと人付き合いが下手くそになっちまってさ」
「そうですか……」
「あっ。ごめんなさい、足止めしてしまって。私ももう行くので、失礼します」
天満はペコペコと礼をすると、挨拶も程々に、慌ただしく男が行った方へ走っていってしまった。
「なんだか賑やかな人でしたね」
「みどりも普段あんな感じさ。だからこそ通路と上手くやっていけるんだろうねぇ」
再び歩き始める三人。先頭を歩くヒヴァナの後ろで、月島がルーンに顔を寄せて内緒話をするように尋ねた。
「ねぇ。さっきの天満さんって、お幾つくらいの人なの?」
「確か八つ年上だと言っていたはずだから、二十七歳くらいだ」
「え、そうなの? 思ってた以上にお姉さんだった」
月島が目を丸くするのを見て、ルーンは口元を薄く緩ませた。
「同感だ。私も初めて会った時は、もう少し年が近いのかと推測していた。まったく同じように」
二人は目を見合わせると、クスリと笑いあった。
「さぁ、着いたよ」
ヒヴァナの少しトーンを落とした声に顔を上げると、二メートル以上は優にありそうな木の扉がそこにあった。
「うわぁ、大きい……」
「この扉の向こうはおふざけ厳禁の、厳格な場所だよ。だから、十分気を引き締めていくよ」
「はい」「はい」
ヒヴァナが先行し、グッと押し込むように扉を開いた。
中に一歩足を踏み入れると、月島は改めて背筋を伸ばし、思わず唾をのんだ。
そこには黒を基調とした軍服に身を包む、五人の人物がすでに立って待っており、その上彼らは、それぞれが独特の雰囲気を漂わせていた。
「お待たせいたしました。定刻通り、ルーン・セスト・ドゥニエ、月島えり、当二名、参りました」
「ご苦労だった。ではさっそく本題に入ろう。楽にしてくれ」
「ハッ」
ヒヴァナの挨拶に対し、奥の席にいるカエルレウスが返事をした。
彼の指示に応え、ヒヴァナとルーンは肩幅に足を開き、後ろ手に組んだ。月島は見よう見まねで同じ体勢を取る。
奥の男が座ると、それに合わせて他の総轄部のメンバーが席に着いた。
男は月島を見ると、少し優しげな表情を見せて話し始めた。
「君が、月島えり君だね。私は第一小団隊隊長、及び総轄部長、カエルレウス・ライトだ。この度は我々の仲間になってくれてありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます。力になれるよう頑張ります」
腰をほぼ直角に曲げ、深く頭を下げると、辺りから笑う声が漏れ聞こえた。すかさず、隣にいるルーンがこっそり月島の腕をつついた。
恥ずかしそうに上体を起こしチラリと横を見ると、なんともないかのように目をつぶってはいるものの、同じく恥ずかしそうにしているルーンの横顔が見えた。
「そう気負わなくていい。厳しいことも当然あると思うが、君の隣にいるルーンやヒヴァナ、それから勿論、我々に気兼ねなく質問したり、頼ったりしてくれて構わない。その過程で、自分なりに答えを見つけ、成長してくれればいい」
「はい」
カエルレウスは、月島の返事に小さくうなずくと、前置きを挟み自身の右から、順に自己紹介するよう促した。
「じゃあ、まずは我々の名前を覚えてもらわねばな。ではグルナ君、頼む」
指名されたその男は、小さく零れ落ちるような声で返事をすると、立ち上がり、縁のない細身の眼鏡を外して月島の方を見た。
「初めまして。総轄部参謀、及び剣術技能長のグルナ・マレドナだ。剣術指導は長らく受け付けてないが、まぁ、タイミングがあえば応えよう」
男は気まずそうに口をつぐむと、そのまま静かに席に着いた。次いで、グルナの向かいに座る猫背気味の男が、のっしりと立ち上がった。男の顔はどこか浅黒く、また、何かを憂いているような表情をしていた。
「私の名前は、ハイレン・アストロロゴス。こう見えて、体術の技能長ってのを担当している……トレーニングで気になることがあったら、第五に行くより、まず私を尋ねに来た方がいいだろう」
ハイレンが徐に座り始めると、斜向かいに座っている月島たちと同い年くらいの、金髪をツインテールにした少女、ティエラが待ってましたとばかりに顔をパッと明るくして、その場にいる誰よりも元気な声でしゃべり始めた。
「え、もう終わり? 私の番早くない?☆ て言うか、みんな声が小さすぎるよぉ、もっと声出していかないと」
ティエラは自己紹介もそっちのけで身振り手振りを交えながら無邪気に話し続ける。
すると、間隙を縫うように横に座るグルナが口を開いた。
「お前が元気すぎるんだよ。むしろ俺たちが普通なくらいだ。それより、自己紹介をしろ」
グルナに突っ込まれ渋々月島の方に向き直るが、彼に見えないようにティエラはわざとらしくベッと舌を出して見せた。
「私、ティエラ・ズナーニエ。肩書は銃器技能長。銃に詳しくて、しかも扱いにとっても慣れた人だよ☆ あ、あと一応弓矢も得意。それとね、自分で言うのもなんだけど私グルメだから、ここら辺で美味しいお店いっぱい知ってるの。今度歓迎会も含めて行こうね」
相変わらずふんだんに身振り手振りを絡めて話をして、最後に月島の両手を握って小さく左右に揺らした。月島は照れ臭そうにそれに応え、「はい」と返事した。
彼女の返事に満足したのか、嬉しそうに頷くと満面の笑みで席に着いた。
「はい、私の自己紹介終わり☆ 最後、イヴちゃんどーぞ」
最後バトンの回ってきた、「イヴちゃん」と呼ばれた女性は、腰まで伸びた黒い髪をかき上げてそっと耳にかけると、大人しそうな見た目に違わず静かに立ち上がった。
月島がその女性を改めて見た時、思わず「ヒッ」と小さく声を上げてしまった。ここまで、緊張のために視野が狭まって見えていなかったが、なんと女性の体に大蛇が巻き付いていたのだ。
突然の悲鳴に隣にいたルーンが驚いた顔で彼女の方を向く。
「月島、どうしたんだ?」
「へ、ヘビ……ヘビが……」
小さく震える彼女の肩を抱きよせながら、ルーンはその彼女の目線の先を見て合点した。
「大丈夫、怖がることはない。あの蛇はイヴェールさんの分身なんだ。人を襲うことは決してないから案ずるな」
ルーンにそう言われ肩を擦られるものの、そもそも蛇自体が苦手な月島にとっては、どう説明されても目が離せるものではなかった。
一方ルーンは、周りから不思議そうな顔を向けられるのが気になった。
戸惑いながら誰にともなく尋ねると、イヴェールがそれに答える形で口を開いた。
「どうしたんですか?」
「いえ、元から憂慮はしていたんです。初対面の方に、説明もなしに突然姿を見せたら怖がらしてしまうだろうと思って、それで姿を隠していたのですけど、それが見えたんですね」
イヴェールが自分の胸のあたりの空間を撫でるような動作をした。するとみるみる内に蛇の姿が鮮明になり、まるで空間から現れたかのようにそこに姿を現した。
それを向かいから見たティエラは、目を丸くした。より近くで見ていたヒヴァナも、月島とイヴェールを交互に見た。
「うそ、連れてきてたの? 気付かなかったんだけど」
「私たちでも見えなかったのを、二人には見えたのかい?」
周りから驚きの目で見られ、当の月島は蛇の怖さよりも気まずさが勝ってしまい、むしろ蛇がいることは気にならなくなってしまった。
苦笑いをただ浮かべるしかない月島をよそに、イヴェールは不敵な笑みを浮かべた。
「とても面白い子が入ってきましたね。初めまして、イヴェール・ペスカドールと言います。過去には、この身に授けられた『幻惑』の能力で奇襲や暗殺などを行ってきましたが、今はこの総轄部で書記係をしています。ちなみにこの蛇は、ルーンさんの仰った通り私の分かれ身です。幼い頃、『幻惑』の能力を授かった時に精神や記憶はそのまま身体のみ分かれ、一方は人の姿、一方は幻惑の象徴である蛇の姿となったのです」
イヴェールが自己紹介を終え、カエルレウスの方を向くと、彼は小さく咳払いをした。
カエルレウスはグルナに目配せをすると、グルナは小さく頷き、手元に置いたスイッチを操作した。
するとカエルレウスとハイレンの間にホログラムが現れ、そこにスライドが映し出された。
「さて、それぞれ自己紹介が済んだところで、我々組織についても触れておくとしよう。もう薄々理解しているかもしれないが、我々の活動目的として最たるものは、他国や異世界に対し侵略・破壊行為を行う組織の監視、或いは壊滅だ。ちなみに、対象となるそのような組織を、我々は暫定的に〝奴ら〟と呼んでいる」
カエルレウスの説明を聞きながら、月島は頭の中でアクアやアイシア、先日現れた狼男たちを思い浮かべた。
スライドが切り替わり、今度は組織図が映し出された。
「また、我が軍は『小団』といういくつかの部隊に分かれていて、我々第一小団隊を含め、七つの小団が存在している。それぞれ別々の特性を以て活動していて、順に、五名のリーダーが集う第一小団。主に剣術に優れた者を中心とする第二小団。別名アサルト部隊とも呼ばれる、その名の通り奇襲を専門とする第三小団。肉体を武器とし、武闘に励む者たちの部隊、第五小団。潜入や諜報活動を旨として発足したが、今は所属隊員が一名となってしまって単一行動は現在していない第六小団。銃器専門の部隊を立ち上げたいとの声があってできた部隊、第七小団。それから、ここまで紹介したどの小団よりも若い部隊、ルーン君も所属する、ヒヴァナ・マレドナ率いる第八小団。以上、計七つが現在活動中の小団だ」
説明を聞きながら、月島はすぐに疑問を感じた。話が途切れたタイミングで質問しようと見計らって、カエルレウスが彼女の方に向き直ったのを見て手を上げようとした時、男はすぐに話を続けた。
「そして、月島えり君にはその第八小団隊に入ってもらう」
「は、はい……! え?」
「何か質問はあるかね?」
月島は、突然自分の所属先が決まったことへの驚きやルーンたちと同じチームになることの喜び、そして解消されてない疑問が解消されないまま言いそびれてしまったことへのモヤモヤ、それらが絡まって頭が真っ白になってしまった。
結局月島は言葉が出ず、そのまま出かかっていたものを飲み込んだ。
「いえ、何もありません」
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