第二章 風と雲  … 参

〈参〉

「なんだ、要救助者の一人か、驚いたぜ」

 未だに、完全には理解できていないようで、ヴァイスは薄ら額に汗をかいていた。

「それより、ヴァイスさん。早くヒヴァナさんのもとへ応援に行って下さい。私は彼女たちを先に、外へ避難させますので」

 ルーンの進言よりも、枕についた「それより」という言葉に引っかかったヴァイスであったが、気を取り直し、咳払いを一つした。

「その必要はない。先程ヒヴァナのところへ向かった仲間から連絡があった。無事、〝奴ら〟を捕まえたと。大したケガもなく、ヒヴァナも無事だ」

「そうですか、よかった」

 ルーンが安堵の表情をみせると、ヴァイスは少し困ったように頭をかいた。

「まぁ、捕まえたというより、相手が降参したっていう方が正しいみたいだがな」

「相手が降参を?」

「あぁ。剣術で勝負して、相手を三度負かしたみたいでな」

「さすが、ヒヴァナさん……」

 えりはこっそりルーンの袖を引っ張り、声をかけた。

「ん?」

「ねぇ、そのヒヴァナさんってどんな人なの?」

「剣術はもちろん、体術にも優れていてとても強く、その上洞察力や思考力、脚力、その他の何をとっても非の打ちどころがない人だ。私の憧れであり、目標だ」

 目を輝かせながら話すルーンの様子をみて、えりはまだ見ぬヒヴァナの姿を想像した。

(きっと体はガッチリしてるんだろうなぁ。眼光鋭くて、はっきりした目をしていそう)

 そこへ、女性の声と、何人かの足音が聞こえてきた。

「ふーん、ここかぁ。これはもはや芸術品だねぇ」

「お、噂をすればだな。ご本人のご到着だ」

 離れた場所から聞こえるその女性の声は、氷でできた鳥の巣に感心した様子だった。その声を聞いたヴァイスはニヤニヤと笑った。

「さぁ、人々を解放してもらおうか。氷の術を解いておくれ」

 ヒヴァナに促され、アイシアはこくりと頷くと右手を前に出した。それから、左から右へ掌をなぞるように動かすと、巨大な鳥の巣は上から消えていった。

「あ、鳥の巣が!」

「消えて、いく……?」

 静かに氷の鳥の巣を見守っていたヴァイスたちは、突如として空間に溶けていくように消えていく鳥の巣に驚き、特にヴァイスは、消滅していく氷の中から姿を現した一般人とみられる人影にも、また驚いた。

「一体、どういうことなんだ」

「ヴァイス。ことの顛末は後でたっぷり教えてあげるさ。その前に、一般人を解放してあげよう」

「わぁってるさ。ヒヴァナ」

 消えたばかりの鳥の巣の向こうから近寄ってきたその声は、ヴァイスに向かって話しかけられた。

 微かに感じる妖艶さとしなやかさ、そして、最後の方に強さを感じたその声に、ヴァイスは呆れたように返事をした。

 えりは、こちらに向かって来る二つの影の内、声が発せられた方、ヴァイスという男が近寄っていく先にいる人物、その女性を見つめた。

 その女性は、えりの想像とは違い、スレンダーな上に胸はやや大きく、スッキリとした目は優しさの裏にどこかミステリアスな雰囲気を隠していた。

「あの人が……ヒヴァナ、さん」

 ヒヴァナの隣にいた男とヴァイスが、氷の鳥の巣から解放された人々の対応をしに向かった。彼らはようやく気がついて、今自分たちの身に起きている状況に理解ができず騒然とし始めていた。

 男から予備のものを受け取ったのか、ヒヴァナは無線でどこかと連絡を取り始めた。

 小さなキューブ上の結界に入った、完全な形の中枢核(コア)を手に、眺めながら会話をしている。

「そうだねぇ、Lサイズかな。あぁ、もちろんコーラとポテトのオプション付きだ。よろしく頼む」

「ヒヴァナさん。これが、もう一体の者の核です」

 連絡を終えるのを見計らって、ルーンはヒヴァナに声をかけ、持っていたアクアの中枢核(コア)を手渡した。

「アクアという、水を操る〝奴ら〟です」

 すぐには返答せず、そしてルーンには目もくれず、ヒヴァナは渡された中枢核(コア)を眺めた。

「可愛い。ふふっ、食べてしまおうか」

「これから調査もありますし、食べては駄目です」

 ヒヴァナの言葉を真面目に受け答えするルーンだが、ヒヴァナはそれでも、どこか楽しげだった。

「ふむ、よくやった。ご苦労」

「ありがとうございます」

 頭を下げ謝辞を述べるルーンをにこやかに見ていたヒヴァナは、自分に向けられる一つの視線に気づいた。それはルーンに声をかけられる前から向けられていたものだが、ルーンが頭を下げた際に改めて気になったのだった。

 視線の先に目を向けると、一人の少女と目が合った。

「おや…………」

 顔をあげたルーンが、ヒヴァナの見つめる先を見て「あぁ」と声を漏らした。

「つきし……いえ、あの少女は、自分と容姿が似ていて、歳も近く……不思議です」

 ルーンのたどたどしい返答を片耳で聞きながら、ヒヴァナはポツリと独り言をつぶやいた。

「珍しいこともあるもんだ」

 キューブ状の結界をポケットにしまい、えりに話かけようと一歩踏み出した時、横からヒヴァナを呼ぶ声がした。

「ヒヴァナさんですね。お待たせしました」

 突然何の気配も物音もなしに声がしたので、間近にいたルーンは思わず飛び退き、ヒヴァナは肩をビクつかせた。

「まったく、毎度のこととはいえ、どうにかならないのかい」

「職業柄、難しいですねぇ」

 ヒヴァナは呆れ顔で声のした方を見ると、そこには数人のスーツ姿の男女が立っていた。

 列の一歩前に立っている男は、やや面長で、まるで子豚のようにも見える顔をしていた。先程から終始笑顔のままであったが、しかし、弧を描く目や上がった口角は、逆に気味の悪さすら覚えるほどのものだった。もはや、そういった表情の仮面をつけているのではないかとも思わせた。

 そんな男の後ろ側に立つ数人の男女は、不思議なことに、近い距離で見ているはずなのに顔がぼやけて見づらく、何とも表情や目鼻立ちなどがハッキリとしないのだ。尚且つ、皆パンツスーツを着ていて明瞭な男女差がなく、かろうじて肩のあたりの骨格や手の形などで男女がわかる程度だった。

「ヒヴァナさん、この方々は……?」

「あぁ、ルーンは初めましてだったね。彼らは、見た目こそ怪しいが悪い奴らじゃない。CS、掃除屋さ。私がさっき呼んだんだ、現場の回復のためにね」

 ヒヴァナのいうCSとは、クリーニングサービスの略で、彼らに会うのは初めてのルーンでも聞いたことがある、組織内でよく使われる隠語の一つだった。

 ルーンは、ヒヴァナから話を聞いて得心がいったのか、ようやく警戒を解き、頭を下げた。

「失礼しました」

「お気になさらず」

「掃除屋。こちら、ルーン・セスト・ドゥニエ。私の部下だ」

「よろしく」

「よろしくお願いします」

 簡単に挨拶を済ませると、「さぁ」とヒヴァナは切りだした。

「早速取り掛かっておくれ」

「畏まりました」

 掃除屋たちはヒヴァナに一瞥すると、後ろにいた数人は、四方へ散り散りに去っていき、前に立っていた男は真っ直ぐ、ヴァイスたちが収めていた群衆のもとへ向かった。

「ルーン、我々は戻るよ」

「あ、はい」

 ヒヴァナはルーンを連れて、群衆やえりたちには一切見向きもせずに歩き始めた。しかし、ルーンは後ろ髪引かれる思いがあり、何度かえりたちの方を見た。えりたちは他の群集とともに一か所に集められ、あの掃除屋の男からなにか話を聞かされているようだった。


 えりは去っていくルーンとヒヴァナの後ろ姿を目で追った。えりの個人的な感情かもしれないが、どこかルーンの背中が悲しそうに見えた。

「ルーンちゃん……ルーンちゃん!!」

 後を追いかけようと身体がはねた。その時、肩を強く掴まれ、男の声で呼び止められた。

「ちょっとお客さん!」

 えりは思わず声を出して尻餅をつく形で座り込むと、そこにはパイプ椅子があり、どうやら自分は初めからその椅子に座っていて、急に立ち上がろうとしたらしかった。

 肩をつかんでいた手は、いつからつけていたのだろうか、頭に装着した機器を持ち上げて取り外した。

 えりの目の前に立っていたのは、人の良さそうな小太りの男性で、困ったような笑みを浮かべていた。

「お客さん、ゴーグル付けたまんま動き出しちゃ危ないよ」

 自分の身になにが起こっているのか、理解が追い付かずフラフラとした混乱の中で周りを見回した。

 先程の男はすでに他のお客のところに行ってゴーグルの話を始めている。横からは友達の瀬里たちが心配そうに声をかけてきているが、具体的になにを言っているのか全く頭に入ってこなかった。

 なぜか人々や活気がもとに戻っており、いつものように何でもない時が流れていた。

「ルー、ちゃ……ん」

「ねぇ、えり。大丈夫?」

「ちょ、ちょっとごめん!」

 程なく遠くを眺めていたえりは、突然立ち上がると、なにかに憑りつかれたように人混みの中へ飛び出した。

 あれから何十分経ったのか、まだそれ程遠くへはいってないはずだ。モールの中はえりたちが訪れた時よりも人が増したように思え、よりごった返す人々の間をかき分けて、えりは必死に突き進んだ。

 ルーンやヒヴァナが曲がって行ったと思われる角に飛び込んだ時、えりは呆然とした。そこに彼女たちはおらず、あったのは、何でもない、ただの『普段』だった。



「あの、ヒヴァナさん」

「なんだい?」

 本部に戻ったルーンとヒヴァナは、仄暗い部屋の中にいた。その部屋は、別空間や別世界にいた者が本部へ帰還する時に、転送用魔方陣を接続する先、つまり出口として使う部屋だ。

 その部屋から出ながら、ルーンはヒヴァナに質問した。

「私に似た少女に話しかけようとしてましたが、良かったんですか? 結局お話になれていませんが」

「あぁ、そうだねぇ。でも、いいよ。大したことではない」

 ヒヴァナはあっけらかんと返すと、微笑んでみせた。意外と、本当になにも深い意図がない時には今のようにあっけらかんとした態度をみせると、ルーンはわかっている。

「そうでしたか……」

「ん?」

 ルーンがなにか言いだそうとしていて、ヒヴァナは少し気になったが、誰かが駆け寄ってくるのが視界の端に見え、ルーンもそれに気づいて視線を外したので、とりあえずそのことは脇によけることにした。

 見ると、モニター部に所属する交信士(オペレーター)がこちらに駆け寄ってきていた。

 その者は小さく尖がった耳を持ち、少女のような見た目をしている。しかし、歳をとるサイクルが人間と違うので、人間の年齢に換算すると三十から四十年近くは生きている。

「ヒヴァナ第八小団長、お待ちしておりました」

「ちょいと、やめとくれよ。いつも『ヒヴァナさん』と呼んでおくれと言ってるじゃないか」

「失礼しました、ヒヴァナ殿。早速ですが二点お伝えしたいことがあります」

 ヒヴァナは、呆れた表情をしたものの、深くは突っ込まず話の続きを促した。

「それで?」

「はい、まず一点。先程、CSより依頼を完了したとの報告がありました。ただ、一つ気になる点があったそうで」

「気になる点?」

「はい。それが、救助者のうち一人だけ時間のかかった者がいて、しかもその子が、ルーン殿に似た容姿の子だったらしいのです。こんなに手間取った一般人は初めてだ、とも言ってました」

「彼らが手間取った?」

 ヒヴァナは少し驚いた。ヒヴァナ自身、掃除屋とは二十年以上の付き合いがあり彼らのことはよく知っているつもりだが、それでも、今までなにか依頼の遂行中において手間取ったとか時間がかかったというのは聞いたことがなかった。

「あの少女自身になにか秘密があるんでしょうか。それとも、私となにか関係が?」

「うーん、まだ何とも言えないねぇ」

 二人が難しい顔をしていると、オペレーターが二人の様子など気にも留めず話を続けた。

「そして二点目です。第一小団及び総轄部が一同、ヒヴァナ殿をお呼びです。司令部室に来るように、とのことです」

 オペレーターの放った言葉にヒヴァナは顔を一気にしかめると、普段から綺麗で真っ直ぐな背筋がこれでもかと猫背になった。

「うぅ、そうかい。そいつぁ、全宇宙の全法則が歪みそうなくらい憂鬱だねぇ」

 ヒヴァナが一人暗い雰囲気を背負っていると、後ろの扉からヴァイスともう一人、先程彼とともに救助者をまとめていた、仏頂面の男が現れた。

「ここで失礼する」

「おう」

 仏頂面の男は一言言い残すと、会釈もなにもなく去っていった。

 ヴァイスは「相変わらずだな」とニヤニヤしながらヒヴァナたちの方へ向き直った。

「なんだ、どうした。ここだけ空気が重たいぜ」

 すると、ヒヴァナが腰を押さえて背筋を伸ばしながら答えた。

「なんてことないさ。あたしが総轄部に呼ばれたのさ」

「あぁ、なるほど。そりゃ、気分も自ら海底を目指す訳だ」

「もう、呼ばれる度に自己ベスト更新さ」

 ヒヴァナは一度溜め息を吐くと、「それとさ」と続けた。

「いつからあの会議室は『司令部室』なんてのになったんだい?」

「なんだ、なんだ。相手が相手だから強くは言わないが、会議室を私物化か? なに様のつもりなんだ」

 ヴァイスが話を合わせていると、段々とヒヴァナの鼻息が荒くなっていった。

「こいつぁ、許せないねぇ」

「あぁ、そうだな」

「ちょいと、行ってくるよ」

「おう」

 ヴァイスはお見送りの態勢に入り、ヒヴァナは乗り込んでやると意気込む。先程ヒヴァナたちが出てきた大扉の真上に踊り場があり、そこへ繋がるらせん階段の方へヒヴァナが踵を返した時だった。ルーンが彼女を呼び止めた。

「あの、ヒヴァナさん。自分も行きます」

「なに言ってんだい、呼ばれたのはあたしだけだよ。そうだ、ルーンにはこれを頼むよ。こいつを科学解析部に持っていって、渡してきてくれるかい」

 ヒヴァナは微笑むとポケットから例のコアを収めた結界を二つ、ルーンに手渡した。

「は、はい……」

 ルーンは押され気味に頷くと、渡されるがままそれらを受け取り、ヒヴァナを見送った。



 司令部室の前まで来ると、ヒヴァナは一度扉の前で深呼吸をした。ノックをして木製の大きめの扉を開くと、「ギィィッ」と重々しい音がした。

「失礼します。ただいま参りました」

 中に入ると、すでに総轄部の構成メンバー、五名がそろっており、みな、もとの会議室備え付けの大きな椅子に腰かけていた。

「来たか、ヒヴァナ。とりあえず座りたまえ」

 扉から入って正面、無駄に大きく長い長方形のテーブルの上座に座る、体格のいい強面の男がヒヴァナに声をかけた。

 ヒヴァナは内心ビクビクしながら、されど、指示通り座るのも恐ろしく、断った。

「いえ、あたしはこのままで」

 気をつけの姿勢で立ったまま首を小さく横に振ると、強面の男が小さく鼻から息をついた。

「まぁいい、早速本題に入ろう。今しがた、掃除屋から話を聞いた。君の小団に所属している、ルーン・セスト・ドゥニエに容姿の似た少女がいたらしいな」

 黙って話を聞いていると、先程まで一緒にいた者の名前が聞こえてきて、ヒヴァナはドキリとした。

「は、はい。あたしも視認しました。そのとおりです」

「そうか。では、なにか思うところはあったか」

「思うところ、ですか……珍しいとは思いましたが、それが彼女とどう」

 強面の男は、ヒヴァナの言葉には直接答えず、ヒヴァナの正面、机の上に置かれた書類を指さした。

「ヒヴァナ、その目の前にある資料を見たまえ」

「はい……(資料?)」

 言われるがまま机の上に乗った資料に目をやると、手にとる前からすでに遠目でわかるほど、一ページ目からギッシリと文字が書かれていた。

 内心読むのを躊躇ったが、目を通さない訳にもいかないので、渋々それを手にとり、斜め読みの要領で目を動かした。

 すると、その文章群の中で、ある一つの言葉に目が留まった。

「ん? デュプリ、ケート……?」

 改めてその資料を読んでいくと、それは『デュプリケート』というものに関して書かれた資料であることがわかった。

「これは……」

 初めて見る内容に言葉が出てこず、適切な返答を探しあぐねていると、ヒヴァナから見て右側の手前に座る黒髪の女性が話し始めた。

「御存じかも知れませんが、我々の部隊が所有する無限書庫を管理・運用するために、予てより試験的に活動していた『書庫管理部』という部門があります。このほど、その部門を本格的に始動させることとなったのですが、その『書庫管理部』に依頼して、優先的にその『デュプリケート』について調べてもらいました。その結果があなたの今手元にある資料です」

「『書庫管理部』……? なぜ、そこまでしてこれを」

 『書庫管理部』。その部門は、噂ではとある女性隊員、一人だけの部門というらしいが、仮設置当時よりその部門の噂は絶えず、本格始動よりも早く、部隊内で一目置かれるようになった部門だ。

(そんな部門に依頼をしてまでも知りたかったその理由は? そこまでして調べる、この『デュプリケート』って?)

 ヒヴァナが困惑する中、総轄部の面々は上座に目をやった。

 上座に座る男は、小さく唸ると、閉じていた目をゆっくりと開いた。

「今回の件は災いの前兆と思われる。そして、ルーンに似ているというその少女は恐らく、その前兆の象徴であり、使者。『デュプリケート』だ」

「そんな、まさか。あの子はなんのエネルギーも感じませんでしたし、第一、一般人です。なにかの間違いでは」

「驚くのもわかる。しかし、その少女自身がなにか能力を行使するとは限らん。いずれにせよ、その少女は注視しておく必要があるだろう」

「……了解しました」

 ヒヴァナは、未だ困惑したまま、資料を机に置くと礼をして部屋を後にする。

 少し行ったところで、後ろから小走りで近づいてくる靴音が聞こえ、立ち止まって振り返ると、同時に名前を呼ばれた。

「ヒヴァナさん」

 駆け寄ってきていたのは先程資料の説明をした黒髪の女性、イヴェール・ペスカドールだった。

「イヴさん、どうしたんです?」

「さっきの件で補足を……この話は、まだ他の隊員には秘密にしておいて下さい」

 申し訳なさそうに見つめるイヴェールに、ヒヴァナは微笑んだ。

「えぇ、わかってますよ」

「それから、この話はもともと、掃除屋から報告を受けた際に同時に聞いた話なんです。容姿の似た、二人の少女が登場する神話をどこかで耳にしたことがある、と」

「なるほど。掃除屋からの情報か」

 合点がいって納得した表情のヒヴァナに、イヴェールが声を落として話を続けた。

「ただ……」

「ただ?」

「無限書庫に貯蔵されていたその件に関する書物は、大半が古い言語で書かれていて、解読できた範囲から推測するに、良くないことが起こる前兆として現れる、ということに間違いなさそうなのですが、それが、必ずしも現れるということでもないようでして……」

「つまり、まだほとんどわかってないってことね」

「はい……」

 再び申し訳なさそうな顔になる彼女を見て、ヒヴァナは困ったように微笑んだ。

「了解しました。しばらくは黙ってますよ」

「感謝します。それでは、私はこれで」

 イヴェールはペコペコと頭を下げると、くるりと踵を返してそそくさと司令部室へ戻っていった。その後ろ姿を、ヒヴァナは思案の表情で見送った。

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