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 都会でも田舎でもない、ただ道路と坂道がやけに多いこの街。朝は何かを運ぶトラックがこの街をたくさん通過する。夜空は排ガスでくもって星なんてほとんど見えない。社会にとってほとんど透明な、そんな故郷でぼくはなんとなく生きている。

 趣味は音楽鑑賞と人殺し。将来の夢は目下捜索中。目標は、二十七歳で死んで星になること。それまでに誰かに恋をしたのなら、なおよい。それは目の前に自らを宇宙人だと呼称する彼女があったって変わらない事実だ。


「宇宙人ってさ、きみ、おもしろいね」

「わたしね、愛を探しているの。でないと死んじゃうのよ」

「きみは詩人か何かなのかい」

「わたし、同じことを言うの、きらいなの。詩人なんてそんなつまらないものと一緒にしないで」

「痛みはないのに怒りは感じるんだね」

「愛ってきっとそういうものでしょ?」

「そうかな」

「そうだわ」言って彼女は欠伸をした。続いて伸び。そんな彼女はまるでこの惑星の女子高生みたいだ。

「どこの惑星からやってきたのさ?」ぼくは問う。

「この世界の上の上」言って彼女はこめかみのあたりを右手の人差し指でこんこんと叩いた。

「哲学の話かい?」ぼくが問うて、

「創作の話よ」彼女が応えた。


 ぼくは空を見上げる。同時に深く息を吸う。もう目を細めることもない。橙は鈍色に敷かれ、視線の先には星のきらめかない闇が煌々とある。橋の上からこちらを見下ろす人たち。橋の下のロボットたちの残骸。夕日の代わりにくるくると回る赤橙。ぼくは手持無沙汰にナイフを弄ぶ。騒がしい夜になってきた。

「ところでそろそろここから立ち去らないと。ぼくは自由を失うし、きみはきみの惑星に帰れなくなってしまうかもね」

「どこかの研究施設に送られて、わたしの身体はあちらこちらを切り裂かれ、覗かれるのね」身をよじるような素振りをし、彼女が言う。

「ありきたりな展開だね。けれど、きみが本当に宇宙人なら、もしかしたらそうなってしまうこともあるかもね」

「この惑星のあたまのよい人たちは、そうしたらきっとわたしのこころも見つけてくれるかしら?」

「こころってなに?」

「そんなことも知らないのね」彼女が声音だけで笑う。「『わたしそのもの』としかいいようのないものよ」

「きみそのものって、じゃあ、いまこのぼくの目の前にいるきみが『きみのこころ』なのかい?」

「そんなわけないじゃない」そしてまた彼女が笑う。今度は口角も上げて。


「膝をついて両手を挙げなさい」

橋の上から橋の下へ、拳銃を恋人にするみたいに両の手で包んだ警官たちが次々とやってくる。

「けっきょくきみは、なんなんだい?」と、ぼくたちは続ける。

「なんでわたしが女子高生だかわかる?」と、唐突に彼女。

「聞こえているだろ。はやく言ったとおりにしなさい」と、彼女の背後の国家権力たち。

「女子高生であることに理由なんかあるのかな?」と、ぼく。

「男たちに犯されるためよ」と、警官たちを背後にスマートフォンをいじる彼女。「性の象徴的な偶像なんでしょう? この姿ってこの惑星の」

「ぼくは、どちらかというと熟女モノが好きかな」

「うそつき」彼女が蠱惑的に笑う。


 ぼくは彼女の方へとだんだん歩いていく。

「止まりなさい。止まれ」と大人たち。

「あなたの性癖を聞いたつもりはないのだけれど。本当はね……」言って彼女は深呼吸をする。ひとつ、ふたつ、みっつ。吸った息を吐いてからのち、くるりと警官の方に振り返る。彼女の遠心力に隷従する長い黒髪。さあっと風が吹き、彼女のスカートが揺れる。


「あなたみたいな男の子と恋をするために来たの。それで物語が転がれば、それはとっても素敵でしょう?」

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