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「いやこれ、ちょっと意味不明すぎねえか?」

「デボチカ、おもしろい話をしてあげるよ。 宇宙の星の配列って知ってる? それらはね、人間の脳の細胞とそっくりだそうだよ」

「俺らも誰かの物語ってか? ちっともおもしろくねえよ」

「きみが毎晩「あの娘」を想って耽るキモイ妄想だって、どこかの世界の『リアル』なのかもしれないよ」

「まったく意味がわからねえし、それはナッド、おまえだって同じだろ」デボチカがため息をつく。

「つまり、僕らはみな、等しく世界の創造主ってことさ」

「くだらねえ。そも、読み物としてどうかってところだが、俺はこういうものをあんまり読まねえから正当な評価をすることができねえな」言って彼はひと息入れ「もっとこうさ、あれだ、派手にできねえか? ほら、ニヒルな野郎がホームレス風情殺すとこ、あそこはよかったぜ。ああいうシーンをもっと増やすとか」

彼のつまらない提案に今度は僕が落胆する。僕の倦怠がそのまま質量になり、ミシミシと椅子が悲鳴を上げる。

「趣味じゃない」これだからポルノばかり見ているトリガーハッピーは困る。精子の無駄撃ちが命取りになることもあるんだぜ。

「趣味じゃないって、ナード、おまえなあ……」

「僕の名前はナッドだ。そのクソみたいなユーモアはやめてよ。おかしすぎてクソが漏れそうになる」

「だからって、じゃあこれを文化祭でやんのか? それこそてめえ、こんなオナニーみたいな台本書いたのは誰だってなるぜ」彼があきれ声で言う。「平等主義を標榜する最も面倒な差別主義者にボコボコにされちまう」

「だったらほか当たってくれよ。僕はきみみたいに暇じゃないんだよ。さっさとこんなビニールハウスみたいなところ、おいとましたいんだよ。帰ってシコシコ有意義にやりたいのさ。人生は有限だぜ? それぐらいデボチカ、きみでもわかるでしょ?」言って僕は席を立つ。「それじゃ、さようなら」。ニスの剥げたクリーム色の床と椅子とが擦れて不快な音を鳴らす。

「おいおい悪かったって。ごめんよナッド。待ってくれよ。なあ」教室を出て、つかつかと歩く。だんだんとフェードアウトしていくデボチカの情けない声。

「だいたい文化祭だって? そんなの馬鹿が堂々と騒ぐための安い口実だろ。まったくつまらないよ。馬鹿が馬鹿ばかりで集まってする馬鹿騒ぎを「青春」と呼ぶことに異論なんてないさ。でもね、それに僕を「まぜてあげる」ような親切は食えないよ。僕のそれは僕が決める。それぐらい許してくれよ、なあ、僕の親愛なるデボチカ」


 家に帰ると、まずは靴を脱ぎ、それを靴入れに収納。ルームシューズに履き替えてのち洗面台で手洗いとうがい。清潔なタオルで手を丁寧に拭く。それからキッチンに向かい気に入りのマグカップにカフェオレを入れる。黒と白の比率は、この惑星の海と陸の比率と同じ。これが僕にとっての黄金比率だ。

 カップの中身を啜りながら二階へ。自室の扉を開け、閉める。世の中にはこの扉の仕組みを理解しない輩が多い。「開けたら閉める」、これができない人間と僕は会話をしたくない。それはたとえば母親であり、姉であり、その他ハイスクールの有象無象たち。

「神経質はモテないわよ」これは僕の愛する姉の名言。今度はぜひ自らの姿が映る鏡に向かって言ってほしいものだ。彼女はそこで言葉の暴力と矛盾が提供する滑稽を味わうことだろう。

 パソコンの電源を入れ、文字を打つ。誰かの物語を紡ぐのだ。好き放題に語るのだ。「彼」や「彼女」の人生を僕が好きなように演奏する。生きたり死んだり笑ったり苦しんだり悲しんだり泣いたり狂ったりつまずいたり立ち直ったり長いものに巻かれたり大きな巨悪に立ち向かったりエトセトラエトセトラ。ほとんど現実に起こり得ない波乱万丈を彼らは見事に乗りこなしてみせる。もちろん僕の意のままに。この全能感がたまらないのだ。


『物語も構成も稚拙。結局作者は何を読者に言いたいのか。それがまったくわからない。キャラクターも、よく言えば個性的だが、ほとんど彼らの感情の動きに共感できない。ありていに言えば、登場人物に現実感がない。血の通った台詞がない。きっと作者は歳の若い方ではないだろうか。特にあの国語教師を呪い殺す場面、あれは非常に不快。年上に対する敬意というものをまるで欠いている。文章に経験が、迫力が、まるで足りない。ネットに数ある駄作のなかでも指折りの駄作。もう書くのをやめた方がよい』


 これは僕の作品に対するとある感想だ。きっとこの感想をくれた人間は、この作品の主人公が呪い殺した国語教師みたいな人なのだろう。ちゃんと届いているじゃないか。あなたみたいな層が読んでくれるなんて思ってなかった。これは僕ら世代が読んだとき、きっと胸が空くような作品を目指して書いたものだ。僕が普段「苛ついている人間」がきちんと僕の悪意を向けられたことに勘付き、気分を害されている。ぼくは、この「僕の書いたものが現実の何らかに干渉する瞬間」に自己承認の欲求がみるみる満たされていく。それに未だネットなんて旧世代のものに目を通して、あまつさえ読書をする人間がいるなんて。この「ルドヴィコ」とかいうやつ、相当な変わり者だ。彼がまだ肉体を持つ、僕と同じ『旧人類』なら、ぜひ一度物質的に会ってみたい。息遣いや眼球の動き、そんなものを観察しながら文学について語りたい。脳波の直接介入による情報共有は相手の思考が何もかもすべて「わかってしまう」からつまらない。人は他者に「わからない」という念を持つからこそ、他者を愛せる、否、愛せたのではないか。そんなことを僕は思う。

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