第二章 Ⅵ ファインド ユア ウィンド

06 ファインド ユア ウィンド



『ねー、リート。方角はこっちの方でいいんだよね?』


「ああ。グリグランから北北西に真っ直ぐ飛んでいって、ディアッケ山脈っていうでっかい山を越えた先にあるみたいだな。」


 出発前にアンジェ姐さんから預かったハンドサイズの地図と眼下に広がる大地の地形を見比べながらシェリアに返事をする。


『ぱた...』

『...ぱた』

『『ぱたぱた。。』』


 俺とシェリアのちょい後方からマイペースについてくるリンネとネルカ。俺とシェリアを中心に時には交差して、時にはジグザグに全く同じタイミングで綺麗な翠の軌跡を空に描きながら飛んでいる。


 そんなぱたぱたツインズは後方につくのに飽きたのか、シェリアの真横まで翼をはためかせて、


『ねぇ...』

『...シェリア』

『『ちょっと遊びたい。。』』


『昔みたいに......』

『......きょうそう』

『『しよ??』』


 唐突にシェリアに勝負......というか、彼女達の中では追いかけっこを持ち掛けてきた。


『うーん、ワタシ一人だったら大丈夫なんだけど......リートもいるし。』


『やらない......』

『......ダメ』

『『ざんねん。。』』


 しゅんとうなだれてしまうリンネとネルカ。まだまだ遊び盛りのコイツらの楽しみを奪ってしまうのは可哀想だな。


「シェリア、俺なら大丈夫だ。リンネとネルカに付き合ってもらって大丈夫だぞ。」


『大丈夫なのリート?だって、最初の頃は......』


「そう、だったらな。だけど今なら振り落とされないと思う。それに、万が一振り落とされても......」


 ひょいっとシェリアの背中から飛び降りて、身体を宙に投げ出す。......前々から試してみたいこともあったしな。


『え?......えぇー?!リートぉ!!!』


 シェリアの声を背にして、身体は重力に引かれて徐々に高度を下げていく。


 ......焔の幻素エーテルを両掌と両足に集中させて......任意のタイミングで......着火!!


 先ずは両足。極めて限定的な空間での小規模の爆発が俺の身体を重力のくびきから無理矢理に解き放ち、ぐいっと身体をシェリアの方に向けて押し戻す。


 よしよし、この調子で。次は横移動。右手を広げて掌から足と同じ要領で焔を巻き上がらせる。多少、高度を下げながらも俺の身体は狙い通り横に滑り出した。


『ふえぇ、リートが飛んでる。』


 いや、正確には跳ねているって感じだな、こりゃ。目を丸く見開くシェリアの背に戻るべく、両掌と両足のスラスターを同一ベクトルに向けて一気に噴射!


 結構なGが身体にのし掛かるけど耐えられない程じゃない。一気にグンと高度を上げた身体は少しだけ目測を誤ったのかシェリアの背中のやや上まで上がってしまうが、そこから先は小刻みに焔を噴射して微調整。


 無事にシェリアの背中に帰還する。......へへっ、やってやれないことはないですね。少しドヤってしまいそうになるが......


『んもー!危ないでしょ、リート!!そーゆーコトが出来るようになったのはスゴいけど、何の相談もなしにやっちゃ駄目だよぅ!心配したんだからね!!もー。』


 怒られてしまった。


「ごめんなさい。ちょっとした出来心で......」


『......反省してる?』


「反省してます。」


『なら、許してあげる。本当に危なくなった時以外、今の使っちゃ駄目だからね。リートを飛ばせるのはワタシのお仕事なんだから!』


 ......うん。やっぱり可愛いな、コイツ。あの頃より、一回り大きくなったシェリアの背中を撫でる。


『ひゃんっ。あんまりなでなでしないでよぅ......リート。エッチな気分になっちゃうからぁ......』


 ぶるぶると身を捩らせるシェリア。いかんいかん、幼女たちもこちらを見ている。


『それで......』

『......きょうそう』

『『してくれる??』』


 リンネとネルカは俺達のやり取りの意味も関係ないとばかりに期待を込めた視線を送る。


『えへへー、なんかリートも大丈夫そうだし、久し振りにあそぼっか。最初から全力で行くからねー。』


『やった......』

『......楽しみ』

『それで......』

『......ゴールは』

『『どこにする??』』


「あー、それならさっき言ってたディアッケ山脈でどうだ。結構高い山みたいだから、見れば一発でわかるだろ。」


『よーし、それでいこー!』


『どきどき......』

『......わくわく』



 一通りのルールを決めた俺達は、その場で滞空しながら互いのスタートラインを決めて位置につく。


『それじゃあ、リートお願いね。』


「おう、俺のことは気にせず好きに飛んでくれ。」


『はやく......』

『......はやく』


 ひんやりとした高空独特の空気を一息吸って......


「スタート!!!」


 紅蓮の焔龍と翠玉の双鳥は俺の掛け声と共に、翼を大きく広げて......初速にして音の壁を突破した。


「うわば、あばばばばば!」


 ヤバい、油断していた。まさか初速でコレとか、真面目に身体を強化しとかないと、以前の再現になりかねん。即座に龍脈ラインを開いて幻素を身体に循環させる。


『アハハハハ、気持ちいいーー!!なんか前より速くなってるー!!!びゅーん、びゅーん!!』


『むぅ...』

『...やる』

『『シェリア。。』』


 スタートダッシュは身体の馬力の差なのか、シェリアに軍配が上がった。頭一つ分のリードで先を進む。


『でも...』

『...まだ』

『『これから。。』』

ここは......』

『......私たちの』

『『領域。。』』


 リンネとネルカの翼を風の幻素が包み込む。イィーっと聞こえる耳鳴りのような音を置き去りに、その身を限界まで流線型にして、弾丸のような形状に変化させた双鳥は、空気を切り裂きながら爆発的な加速でシェリアを猛追する。


 シェリアの成長した身体はリンネとネルカと比較すると二回り以上の差がある。加速力と機動性ではあちらが有利か。だったらこっちは......


『すごーい、リンネちゃんとネルカちゃん。昔よりずっと速くなってるよ、リート!どーしよー、追いつかれちゃう!』


「よし、シェリア!まだリードはあるから、慌てずにちょっと下に向けて飛んでみろ。下に向けた方が身体がデカい分加速がつきやすい。そんでその勢いのまま、また上昇すればそれなりにこっちも加速をつけられるはずだ!」


 いつだったか......あっちの世界でやった戦闘機のゲームでそんな機動があったはずた。確かロー・ヨーヨーだったっけ...


『もー、デカいとか言わないでよぅ。ほんのちょっぴり気にしてるんだからね!......でも、面白そー!やってみる!!』


 長い首をピンと一直線に伸ばしたシェリアの身体がぐんと下方に沈み込む。その巨駆が地上に引っ張られる加速をギリギリまで乗せたシェリアは再び上昇を始め、その間に先を行っていたリンネとネルカの横に並んだ。


『こざかしい......』

『......真似を』

『『リートめ。。』』


 なんかキャラ変わってるー!!


『でも...』

『...とっても』

『『楽しい!!』』

『むかしより......』

『......ずっと』

『『でも、、まけない。。』』


『えへへー、こっちだって負けないぞー!行くよー、リート!!』


「おお!」


 確かにリンネとネルカの言う通り、これ...クソ楽しい!童心に帰るというか、知らずに大声で叫びたくなる。


 きっと同じ心持ちの俺達四人は、そろそろ迫るであろうゴール地点までケラケラと笑いながら、思う存分飛び続けた。



『ふー...』

『...あー』

『『たのしかった。。』』


『ねー。楽しかったね、リート!』


「あぁ。結局、勝敗とかは決まんなかったけどその過程で満足しちまった感じだな。はー、こんな世界があるなんてなー。病みつきになりそうだ。」


 ふと、視線を下げた先に広がる一面緑に覆われた山々。そう、ゴール地点であるディアッケ山脈だ。あちらの世界で言うならば、丁度初夏にあたる異世界こちらの季節。最も植物達が活気づく緑の季節だ。


『......ちょっと早く着きすぎちゃったかな?』


「うん。ちょっとどころではない感じだけどな。ここからさっきのペースでオルリディアに向かっても大分余裕があるな。」


 地図とにらめっこしている俺達の前にリンネとネルカはぱたぱたと翼を動かして、


『リート......』

『......シェリア』

『『ありがとう。。』』

『とっても......』

『......しびれた』

『『ちょうエキサイティング。。』』


 やや興奮気味に口を開いてお辞儀をする。......なんだか、出逢った頃より語彙力が上がっている気がする。シェリア同様に幻神というのは学習能力がハンパじゃないのかもしれないな。


「いや、こちらこそありがとうだ。すげー、楽しかった。帰りもまたやろーぜ。」


『いいの...』

『...本当に』

『わーい。。』


 揃って大きな翼を広げるリンネとネルカ。


『えへへー、リンネちゃんとネルカちゃんもすっかりリートと仲良しさんだ。』


 シェリアは心底嬉しそうに眼を細める。


『ねー、リート。いっぱい遊んだら少しお腹減っちゃった。ちょっと早いけど、お昼ご飯にしない?山の中なら、人目もあんまりないし、降りられるんじゃないかな?』


 腹ペコドラゴンの本領発揮である。あれだけ朝食を食べてもまだ入るのか。まぁ、アンジェ姐さんが作ってくれた弁当もあるし、それもいいか。


「そうするか。......リンネとネルカもそれでいいか?」


『異議...』

『...なーし』


「ただ、量はそこまで無いからしっかりと味わって食べること。よろしいですか?」


『『『はーい。』』』


「よし。それじゃあ、適当なところまで向かうか。お昼ご飯ポイントの選定は君たちにお任せします。なるべく見晴らしが良いところならさらに良し。」


『『『おー。』』』


 仲良く三人で翼を動かす幻神ガールズの声が山肌に木霊する。到着時間までは大分余裕があるし、のんびりまったり向かいましょう。


 シェリアの背に揺られ、徐々に近づいていく木々の彩りを眺めながら肺一杯に緑の空気を吸い込んだ。

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