第二章 Ⅶ 風が吹く日

07 風が吹く日


 ぱたぱたツインズチョイスの開けた丘に腰を落ち着けた、俺達四人。人間体に姿を変えたシェリア達と一緒に少し早めのランチタイムだ。


 アンジェ姐さんが持たせてくれた弁当は朝食のオカズをパンに挟んだ簡素なものだったが、小腹を満たす分には十分過ぎるクオリティだった。生い茂る緑に囲まれてちょっとしたピクニック気分でパンを頬張っていると......


(やぁ、リート。聞こえるかい?旅路は順調かな?)


 懐に入れていたメイの通信紙から呑気な声が聞こえてくる。


「はいはい、聞こえてますよ。旅路も順調そのものだ。今、ディアッケ山脈でランチ中。」


「えっ、なになに?メイちゃんから?やっほー、メイちゃん。」


「「やっほー。。」」


(うん。みんな元気そうだね。......というか、もうディアッケ山脈なのかい?......進む方向、間違えてない?)


「いやー、ちょっとみんなではしゃぎ過ぎちまって。」


(そうか。まぁ、遅れるよりずっとマシかな。ジュンナは時間にはちょっとうるさいタイプだからね。早く着く分には問題ないさ。)


「さいですか。」


(君たちが出発した後ジュンナにも連絡したんだけど、どうやら今日のオルリディアの大気は大分安定しているらしい。寄り道せずにオルリディアに向かった方が懸命かもね。)


「ねぇねぇ、メイちゃん。オルリディアってどんなとこなの?」


 早くも自分の分を平らげてしまったシェリアは指先をぺろりと舐めながらちょこまかと動く人型に向けて目を向ける。


(そうだね。とても長閑ないい街だよ。山間部から吹いてくる風を利用した風車が立ち並ぶ穀倉地帯で、山合から流れる豊かな水源があるのも手伝って農業や畜産業を基盤とした生活が営まれている。)


「へー、なんだかのんびり出来そう!他には他には?」


(これはシェリア達には馴染みがないかもしれないけれど、今のオルリディアを造り上げた中心人物の一人が教えを広めた信仰都市としての側面も持ち合わせている。......と言っても胡散臭い感じのものでも他者を排斥するような教えでもなくてね。隣人を愛し、困った人には手を差し伸べるみたいな具合の牧歌的な教義の中でオルリディアの人々は生活をしているんだ。)


「うーん、よくわかんないけどみんないい人達ってこと?」


(そういうことだね。まぁ、行ってみればわかるさ。詳しいことはオルリディア支部でジュンナにでも聞いてみるといい。クセはあるけど悪い人間じゃないからね。聞かれたことにはきっちりと答えてくれるよ。)


「はーい。」


(それじゃあ、リート。三人のことをよろしく頼むよ。ボクはこれからアルに会わなくちゃいけなくてね。そろそろ出ないと。)


「おー、わかった。クレスにもよろしく言っといてくれ。連絡ありがとな。落ち着いたらこっちから連絡する。」


(そうだね。君たちがいない間はノーマン邸に滞在することになったから、その時はアンジェリカに声を聞かせてあげてくれ。それじゃあ、ジュンナによろしく。)


 それだけ話すと通信紙は役目を終えて、くたりとその場で動きを止めた。......信仰都市。そういえばこの世界の宗教観とか全然気に止めたこともなかったな。帰ったらシェリアと一緒に勉強するのも面白そうだ。......そう思いながら、残ったパンの一欠片を口に放り込み、立ち上がる。


「うーし、そろそろ行くか?チビッ子達も準備はよろしいですか?」


「準備...」

「...万端」

「「おーるらいと。。」」


 揃ってこちらにぐっと親指を突き立てるリンネとネルカ。吹き抜ける風が翠の髪を揺らす。


「ワタシもー!おーるらいと!!」


 腹を満たしたシェリアも元気のいい返事を返して俺の腕をとり、笑顔を向ける。


「それじゃあ行きますか。オルリディアまで一直線だ。」


「よーし、へーんしーん!!」


 澄みきった空気の中、シェリアの間の抜けた掛け声が山彦となりディアッケ山脈に木霊した。



『くん...』

『...くん』

『『くんくん。。』』


 小腹を満たした俺達は一路オルリディアへの快適な空の旅をゆっくりと進んでいたのだが、山頂を越えた辺りからリンネとネルカの様子に変化が見え始めた。


『どーしたの、二人とも?』


 シェリアが横を飛んでいるリンネとネルカに声を掛ける。


『ちょっと......』

『......風の』

『『元気がない。。』』


『しおしお......』

『......ふにゃふにゃ』


 まだ幼いとはいえ、風を司る幻神である二人の感覚は確かだろう。無視することは出来ない。


「......メイの話じゃ、安定しているって話だったけどお前達がそう感じるならちょっとの変化も見逃せない。なんか他に違和感があったら遠慮しないで教えてくれ。」


『『らじゃー。。』』


『ぱた...』

『...ぱた』

『『ぱたぱた。。』』


 元気がない......か。風が凪ぐ、みたいな感じなのか?そう、思案しながら進行方向に目を向ける。


『ねぇねぇ、リート。メイちゃんの言ってた風車ってアレかな?ゆっくりぐるぐるしてるやつ。』


 眼下の山々の勾配も大分なだらかになり、段々と平地が見え始めたタイミングでシェリアは右手の方向にぐるりと長い首をもたげ口を開く。


『ほんとだ......』

『......見える』

『『ぐるぐるー。。』』


 シェリア達の視線の先にある風景を水増しした視力で視界に捉える。徐々に鮮明になっていく広大な緑の平地。緩やかな風にさらさらとそよぐ一面の麦畑。そこから伸びる直近の河川から水を引くための水路や水車。その一角からぽつりぽつりと段々増えていく風車の数。


 ......どうやら間違いなさそうだな。


「ここがオルリディアか。」


『わー綺麗だね、リート!緑がいっぱいだよ。』


『うしさん......』

『......もーもー』


 穀倉地帯を抜けた先には、メイが語った通りに柵に覆われた牧草地も点在し、うしさんやぶたさんの姿がちらほら見える。


 ......そう言えばうしさんシュタウゼンは元気かな。実家に里帰りしてるって聞いたけど。脳裏に日に焼けたモヒカン頭のシルエットが像を結んで、シェリアとグリグランにやって来た日のことに思いを馳せていると、徐々に民家や商店らしき建物の数が増えていき、街の様相が明らかになっていく。


「よし、そろそろ降りるか。どっか適当な人気のないところを見つけてそこから徒歩でオルリディアに入るぞ。」


『『『はーい。』』』


 仲良く声を揃えたシェリア達はゆっくりと高度を下げて翼をゆるゆると動かしていく。


 さぁて、オルリディアはどんな感じの街なんだろうか。期待と好奇心が鼓動を高鳴らせる中、俺達は街の側にある小高い丘に降り立った。



「ふわー、グリグランとは全然違うねー。なんだかのんびりしてるー。」


 オルリディアに負けず劣らずの、のんびりふんわりとした感想を口にするシェリアを先頭にオルリディアの街中をゆっくりと進む俺達。グリグランの建築物は石造りがメインではあったが、こちらは対照的に木造建築が多い感じだ。


 カルメンさんの話ではここでとれた牛乳は絶品だとか何とか。ここまで付き合ってくれた幻神ガールズ達にも労いの気持ちを込めて、冷たい牛乳を奢ってあげましょう。ついでにオルリディア支部が何処にあるかも聞ければ尚良し。名産品なのだから、街中にそれらしい店は腐るほどあるはずだ。


 視線を巡らせながら散策していると、大変自己主張の強い牛柄エプロンを身に付けた大柄の男性を発見。アレは絶対に間違いない。こじんまりとした屋台に入っていく後ろ姿を確かめて、シェリア達の手を引いて店先に顔を出す。


「すいませーん。アイスミルクってありますかね?4つほど貰いたいんですけど。......いくらっすか?」


「いらっしゃいませー!アイスミルクですね!うちのミルクはオルリディア一で.........す...ので、」

 

 屋台の中で窮屈そうに背中を丸めながら満面の笑みで接客をしてくれたお兄ちゃんの顔が段々と強張っていく。......うん?アレ?どっかで見たことあるような......


「リ......リ...リート君にシェリアの姐さん...?どどどっどど......」


 童貞ちゃうわ。


「どうして、オルリディアに?!!」


 妙に裏返った接客ボイスから一転、彼本来の胴間声が街中に響く。そっか、髪を下ろしてるからわかんなかったけど......


「あー!!うしさんだー!やっほー!どーしたの、こんなところで?」


 そう、うしさんである。グリグランの暴れ牛こと、シュタウゼン・ミルキアイス君が屋台からその大柄な身体を捩らせながら、ここに奇跡の再登場を果たした。


「いやー、最近里帰りしたって話は聞いてたけど、シュタウゼンの実家がオルリディアこことはね。すげー偶然。」


「いや、リート君達こそどうしてこんなとこに?ってか、後ろのちっちゃい子達はアレっすか?リート君の......」


「いや、そのネタは聞き飽きたから。あと、諸事情でオルリディアに調査クエストの依頼があって、メイの指示でここまでやってきた。」


「あー、そういうコトっすか!流石は俺の心の師匠っす。舎弟として鼻が高いっす!」


 あの一件から、ひどくしょんぼりとしてしまったシュタウゼンを元気づけようと一声かけに行ったところ、妙に懐かれてしまった俺とシェリア。その結果が今の関係である。


「あー、そんでオルリディア一って言うミルキアイス印のアイスミルクを4つ貰いたいんだけど......」


「スンマセン!直ぐ用意しますんで!あと良かったら後ろのチビちゃん達にコレを。」


 ポンと手のひらに渡された包み紙にくるまれた小ぶりな乳白色の柔らかめのキャンディ。あっ...もしかしてコレは...


「俺の実家で作ってる牛乳と水飴を練り合わせて作ったキャンディっす。ゲロうまっすよ!」


 多分、子供が大好きなママの味がするヤツだ。手のひらでコロコロと転がるキャンディをリンネとネルカに渡す。


「ほら、あのおじちゃんにありがとうしてから食べなさい。」


「うしさん......」

「......ありがとー」

「「いただきます。。」」


 小ぶりな口に運ばれるママの味。......瞬間、ばっと背中に現れる翠の片翼。あー、やっぱこうなるか。


「甘い...」

「...とっても」

「「正にみるきー。。」」


 やや頬を紅潮させた双子達は身体を浮き上がらせながらグッとシュタウゼンに親指を立てる。幸いなコトに行き交う人々はリンネとネルカの翼にまだ気付いてはいない。


「お待たせしました!!アイスミルク4つです!お代は結構ですんで!!」


 いいタイミングだ。


「ありがと、シュタウゼン。それとオルリディア支部ってこっからどのくらい?」


「そうっすね、この通りを五分ほど真っ直ぐ行って右手にすぐっす。グリグラン程じゃないですけど、結構デカいんですぐわかりますよ!」


「ありがとー、うしさん!落ち着いたら、ワタシ達とご飯でも食べよーね。」


「光栄っす!!シェリアの姐さん!」

「ミルクご馳走様。そんじゃそろそろ行くわ、またな。」


「ハイっす!皆さんに!」


 ......ものすごく心当たりがある神様の名前を口にするシュタウゼンの店を後に、俺達はオルリディアギルド組合支部に向けて歩みを進めるのだった。

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