第二章 Ⅴ 空も飛べるはず

05 空も飛べるはず


 来客を含めたノーマン邸の朝食はそりゃあもう賑やかなものだった。


 ゲラゲラと大声で笑うカルメンさんを筆頭に、暴走気味のセレナちゃんやそれを諌めるルネッサさん。あらあらうふふと笑みを崩さずそれを眺めるアンジェ姐さんとマイペースに紅茶を口に運ぶメイ。シェリア リンネ ネルカの三人は目の前の食事をモリモリと平らげながらも、そんな喧騒に逐一反応してはまた話の中心になっていく。


 そんな賑やかに過ぎる食卓もようやく小康状態まで落ち着いて......


「んで、コイツらが噂のリートとシェリアの子供ガキってワケか......似てねーな。」


「わかっててボケてるでしょ?違いますってば。この娘たちは...」


「リンネ......」

「......ネルカ」

「「よろしく。。」」


 イチゴジャムをたっぷりと乗せたパンをもむもむ咀嚼しながら、目の前に座ったカルメンさんに自己紹介をするリンネとネルカ。


「おう、アタシはカルメンだ。よろしくな、ぱたぱたツインズ。」


「カルメン......」

「......なんだか」

「「変なにおい??」」


「おー、流石は未来の四幻神サマだな。違いのわかる女ってワケか。まぁ、アレだ。そっから先を突っ込むのはもう少し先にしといてくれ。」


「「わかった。。」」


 要領を得ないやりとりを打ち切るように、カルメンさんは淹れたての紅茶をズズっと啜る。


「シェリアちゃん、本当に行っちゃうの?私......私。」


「......セレナ。気持ちはわかりますが、貴女は貴女でやるべきことがあるはずですわ。友誼はとても大事なものですが、それだけに固執してしまってはいけません。」


「あら、ルネッサ。逆に貴女は張り詰め過ぎよ?[金獅子]を貰ったのが大変に名誉なのは間違いないけれど、それに相応しくあろうとし過ぎて視野が狭まっているんじゃないかしら?もっと肩の力を抜きましょう?......ねっ?」


「......アンジェリカ様。」


 アンジェ姐さんはルネッサさんの頬に優しく触れ、子供をあやすように微笑んだ。


「えへへー。心配してくれてありがと、セレナちゃん。でも大丈夫だよ。リートと一緒だし、あっちにいるのは一週間くらいだから。こっちに帰ってきたら、またいっぱいデートしよう?」


「うん......うん。絶対だからね、約束だよシェリアちゃん。」


 感極まったのか、横で丁寧に編まれた三つ編みを揺らしてシェリアに抱きつくセレナちゃん。そんな尊い二人の様子を見守っていると、


「いやはや、見送りに来ただけのはずなのにこんなに賑やかになるなんてね。......ほらリート、忘れないうちにこれを君にあげるよ。」


横からひょっこりと顔を出したメイは懐から数枚の御札のような紙きれを取り出す。


「うん?なんだこりゃ。見た感じ、メイのお手製っぽいけど。」


「ざっくり説明するよ。こっちの右から三枚はシェリア達に身につけさせてくれ。幻神に姿を変えたときのみ効果が発動する認識阻害の呪符だ。何も知らないオルリディアの人達がパニックに陥ってしまわないためのね。」


「それで残り一枚は?」


「君専用の呪符。......ってワケじゃないんだけど、にっちもさっちも行かなくなった時に破ってみてくれ。効果は一回限り。きっと力になってくれると思うよ。使ってからのお楽しみだ。」


「なんだそりゃ。まぁ、貰えるもんはありがたく貰っとく。ありがとな。」


 ポンと手渡された四枚の護符に視線を注ぐ。メイ直筆の梵字に細かく彩られた麻のような質感の紙。僅かに漂う幻素エーテルが見てとれる。


「あぁ、それと昨日アンジェリカから説明は受けただろうけど、オルリディアに着いたらギルド組合のオルリディア支部に向かってくれ。そこの支部長のジュンナが色々と便宜を図ってくれるはずだ。」


「ジュンナさんね。りょーかい。」


「あっちの冒険者君たちとも出来るだけ穏便にね。喧嘩を吹っ掛けられても大人な対応を心掛けること。いいね?」


「はーい。」


「よろしい。一応連絡用の式紙も持たせておくから、寝る前にでも連絡をしてくれ。定時交信ってやつだね。あとそれと......」


 世話焼き母さんのようにあれやこれやとこちらに注意を促すメイ。なんだかんだで心配してくれているんだろうか?親元を離れて久しい分、こういう感じはなんだかムズムズする。


「もしかしてメイも結構寂しいんじゃ...」

「ハイ!この話は終わり!ボクは全然寂しくないし、心配もしていない!いいね!!」


 かなり食い気味にリアクションを返すメイ。僅かに頬が赤い。愛い師匠ヤツめ......この前シェリアにも怒られてしまったし、からかうのは帰ってきてからのお楽しみにしておこう。


 そんなことを考えていると、唐突にリビングに鳴り響く柱時計の鐘の音が十回。


「リート君、シェリアちゃん。そろそろ時間よ。準備はいいかしら?」


 手をパンと打ち鳴らしたアンジェ姐さんは俺達二人を交互に見やる。その視線に応えるように、我らが家長のお姉ちゃんの前に進んで元気よくお返事。


「「はーい。」」


 俺達二人の返事を聞いたリンネとネルカもそれに続いてカタリと椅子を降り、トコトコとアンジェ姐さんの前まで歩みを進める。


 アンジェ姐さんは一つだけ短い咳払いをした後にいつもの笑顔で口を開いた。


「きっと細かい注意はメイちゃんが一通りリート君にしただろうから、細かいことは言いません。ただ一つだけお姉ちゃんと約束しなさい。必ず四人で笑ってこの屋敷に帰ってくること。いいかしら?」


「うん!」

「はい!」

「「りょうかい。。」」


「よろしい。それじゃあ、一人ずつ私の前に来なさい。先ずはリート君。」


 言われるがままにアンジェ姐さんの前に進む。ほのかに香るアンジェ姐さんの香水が鼻をくすぐって......ふわりと身体を抱き締められる。


「みんなをよろしくね、リート君。私の自慢の教え子で弟の貴方ならきっと大丈夫。困ったことがあったら直ぐに連絡すること。それじゃあ、行ってらっしゃい。」


 言葉の締めくくりと同時に額に感じる柔らかな唇の感触。団長としてでも戦神としてでもない、姉としての親愛のキスが僅かに身体を熱くさせる......


「行ってきます。」


 その一言を口にして、こちらもアンジェ姐さんの身体を抱き締める。どちらからともなく腕の力を緩めた後に


「はい、お次はシェリアちゃん。」


 アンジェ姐さんはシェリアに視線を向ける。


「これから先、リンネちゃんとネルカちゃんのお姉さんはシェリアちゃんに譲るわ。二人をお願いね。それと、リート君とのエッチは程々にすること。......待ってるわ、行ってらっしゃい。」


「うん!任せて、アンジェおねーちゃん。大好き!ぎゅー!」

 

 互いに頬にキスをし合う二人を興味深そうに眺めるリンネとネルカ。


「さて、最後はリンネちゃんとネルカちゃん。こっちにおいで。」


 膝をその場でついて双子の視線に合わせたアンジェ姐さんは二人をその腕で優しく迎え入れる。


「アンジェおねーちゃん......」

「......かあさまみたい」

「「ぎゅー。。」」


「しっかりとリート君とシェリアちゃんの言うことを聞いてね。知らない人には着いていっちゃ駄目よ。それと二人のお部屋はそのままにしておくから、帰ってきた時はまたいっぱいお話しましょ?......行ってらっしゃい。」


 リンネとネルカの頬にキスをして、そっと二人の頭を撫でるアンジェ姐さん。


「「行ってきます。。ちゅー。。」」


 双子達はシェリアに倣って、アンジェ姐さんを挟み込むようにキスを返す。それを見ていたシェリアが俺の手に指を絡めて、


「がんばろーね、リート。ワタシ達ならきっと大丈夫だよ。」


 その手をゆるゆる揺らしながら、いたずらっぽく笑う。


「さて、それじゃあ暫しのお別れだ。四人とも庭に出ようか。」


 腰に手を当ててふわりとスカートを翻したメイの一声で、俺達は見慣れた邸内の風景に一時の別れを告げることになった。



「リート、三人に護符は持たせたかい?忘れ物はないように。」


「あぁ、バッチリだ。あっちで洗濯するつもりだし、手荷物も最小限にしてある。」


「そうか、ならよし。ジュンナに会ったらよろしく言っておいてくれ。」


「あぁ。そんで、ジュンナさんってのはどんな人なんだよ?」


「......会ってからのお楽しみかな?」


......そう言うと思った。わかってて聞いたこちらもこちらだけど。


「リート!アタシの土産はなぁ...」


「わかってますよ、地酒でしょ?」


「よーし、わかってんじゃねーか。」


「リートさん!紫光の尖翼アメジスト フェザーの一員として、皇女殿下から賜った[黎明の金獅子]に恥じぬ立ち振舞いをお願いしますわ!」


「はいはい、わかってますよ。安心して下さい。」

 

「......イマイチ安心出来ませんわね。」


「それより、俺がいない間アンジェ姐さんのことよろしくお願いします。あの人、意外に寂しがり屋ですから。」


「言われるまでもありませんわ!」


 ―――――見える。ベッドの上でされるがままに翻弄され、汗だくになってアヘアヘ言っている剣姫の姿が......


 心底どうでもいいタイミングで龍神の加護が発動して、脳内に明確なビジョンが写し出される。一応、脳内フォルダに保存っと......


 セレナちゃんもシェリアに駆けよって何かしら話しているご様子。聞き耳立てるのも野暮かな。......よし、それじゃあ


「みんな、行ってきます!!!」


 後鬼じるしの小さなナップザックを肩に掛けながら、庭に出ていたみんなの顔を見回す。


 アンジェ姐さん、メイ、カルメンさん、セレナちゃん、ルネッサさん。ちょっとの間、お別れだ。一抹の寂しさを胸にしまって、庭の中央に足を向ける。


「シェリア リンネ ネルカ。準備はいいか?」


「おー!」

「「おー。。」」


 三人それぞれ手を上げて仲良く応えてくれる。


「よーし、それじゃあ変身だね。いくよ、リンネちゃん ネルカちゃん。」


 シェリアがの言葉にこくりと頷くぱたぱたツインズ。


「へんしーん!」


「へん...」

「...しん」

「「とうっ。。」」


 一人でも締まらない変身の掛け声が合わせて三人分。長閑に過ぎるはずなのだが......


 庭内の空間そのものがギシリと悲鳴を上げて、直後三人の身体から溢れ出す緋と翠の幻素の奔流。


 人の身に押さえられていた神気が極光と共にそのかたちを変えて、神成る威容が顕現を果たす。


 大気を震わせる深紅の翼。

 大気を切り裂く翠玉の双翼。


 その咆哮も、羽ばたきも、身動ぎ一つでさえも神威そのものであり、見た者の心を捕らえて放さない魔的な美しさをその身に纏わせながら四幻神の血族たちは真の姿を解放した。


『えへへ。みんなに見られるのはちょっぴり恥ずかしいな。』


 龍体化を終えたシェリアの声が脳内に響く。


「......あれがシェリアちゃんの本当の姿...なの?」


 その場で立ち尽くしながら、シェリアの龍体から視線を外さないセレナちゃん。


「......綺麗。リートさん、シェリアちゃんに触れてもいいですか?」


「ああ。触ってやってくれ。」


 ゆっくりと近づくセレナちゃんの姿を確かめたシェリアは長い首をくるりと回して地面に頭を下ろす。


『えへへ、びっくりさせちゃったかなセレナちゃん。』


「......リートさん、シェリアちゃんはなんて?」


「びっくりさせちゃったかな...ってさ。」


「ううん。とっても綺麗だよ、シェリアちゃん。とっても素敵。大好きだよ、シェリアちゃん。」


 そっとシェリアの鼻先に触れてキスをするセレナちゃん。


『リートリート!セレナちゃんからキスされちゃった!どうしよー!』


 シェリアのしっぽがヒュンヒュンと風を切る。


「あー、セレナちゃん。シェリアは...」


「だいじょうぶです。何となくだけどわかります。だって、どんな姿でもシェリアちゃんですから。」


「......そっか。ありがとな。」


「行ってらっしゃい。シェリアちゃん、リートさん。それにリンネちゃんとネルカちゃんも。」


 シェリアの横で大人しく翼を畳んでいるリンネとネルカの身体をそっと撫でたセレナちゃんはゆっくりと俺達から距離をとる。


『じゃあ......』

『......そろそろ』

『『行く??』』


「そうだな。あちらさんを待たせるのもアレだしな。......シェリア!」


『はーい。乗ってリート!!』


 天高く吼えながら翼を広げたシェリアの背中に一息で飛び乗る。あぁ、異世界ここに来たときのことを思い出すな。シェリアの鼓動が身体を通して伝わってくる。


「それじゃあ、みんな!!行ってきます!!!」


 その鼓動の高まるままに、眼下で見送ってくれる仲間達に元気よくご挨拶。


「「「「「行ってらっしゃい。」」」」」


 


 口々に送られた再会の約束に後押しされて、雲一つない晴天の空に俺達は三対の翼を広げて飛び立つ。


『よーし、オルリディアに向けてしゅぱーつ!!リンネちゃん、ネルカちゃん、教えた通りにいくよー!!』


 ......あぁ、そう言うと思った。


「アハハっ!お前本当に好きだな、ソレ。」


『えへへー、せーの』



『『『「ゴエツドーシュー!!!!」』』』


 蒼天を揺るがす俺達の声が昼前のグリグランに響き渡った。

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