第一章 ⅩⅩ ジレるハートに火をつけて

20 ジレるハートに火をつけて



 俺の一撃で完全にノビてしまったまだん君の身柄を王城の警護統括責任者に預け、王城を後にしてから街灯に照らされた石畳を徒歩で20分ほど。他愛もない談笑をしながらルネッサさんと一緒に帰宅。ノーマン邸から漏れ聞こえる喧騒を確かめ、門をくぐってエントランスの中へ。


「ただいまー。」

「ただいま戻りましたわ。」


とっとっとっとっ、とリビングから聞こえる軽やかな足音。うん。これはシェリアの足音だ。


「おかえりなさーい!リート!!」


 駆けてきた勢いそのままに、俺の首に腕を、おまけに長い足を腰に絡ませたシェリアはがっちりと俺の身体をホールドしつつ、


「えへへー。リートの匂いだ。......くんくん。ふわー、安心するよぅ。」


 と言いながらほにゃほにゃと表情を崩す。


「ただいま、シェリア。」


 シェリアの柔らかな髪の匂いに包まれながら、その頭を軽くポンポンと撫でた。


「オホンっ!リートさん、シェリア、早く進んでいただいてもよろしいかしら?後がつかえていてよ?」


 昼間のシェリアの暴走を思い出したのか、顔をやや赤くしながらこちらに声を掛けるルネッサさん。


「あー!ルネッサちゃんもお疲れ様!ほら、ルネッサちゃんもお疲れ様のぎゅーっ!!」


「こらっ!およしなさい、シェリア。今は少し汗を掻いてますから、その......あっ!そんなところを嗅いではダメ......」


「えー、でもでもルネッサちゃんも凄くいい匂いだよ?アンジェおねーちゃんとおそろいのいい匂い!」


 俺から離れて、新たにターゲットにしたルネッサさんにドラゴン式だいしゅきホールドを実践するシェリア。うーん、この組み合わせもなかなか......


「やぁ、お帰り。リート、ルネッサ。お疲れ様。よくやってくれたね。君たちの分の食事も今アンジェリカが用意しているから、物騒なものを外してシャワーでも浴びてからリビングに来るといい。......それに皇女殿下もお待ちだしね。」


 いつものメイド服に着替えたのか、ヘッドドレス装備のメイが労いの言葉を掛けながら、ひょこりとリビングから顔を覗かせる。


「と・く・に、リートはよーく身体を清めておいた方がいいんじゃないかな?これからあと一戦控えているだろうからね。」


 通信越しに想像した通りのニヤニヤいじわる顔をこちらに寄越すメイ師匠てんてー。くそっ、完全に遊んでやがる。忘れないうちに通信紙を燃やすなりなんなりしておかなければ、この後の戦闘記録をデバガメされかねない。


「それじゃ、先にルネッサさんどうぞ。俺は後からでも大丈夫ですから。」


「あら?しっかりと女性に気を使えるのは貴方の美徳ですわね。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますわ。」


 そう言いながらやや足早に浴場へと足を向けるルネッサさん。おそらく早くアンジェ姐さんに任務達成の報告をしたいんだろう。その後ろ姿を見送って、


「そんじゃ、メイ。俺、一回部屋に戻って着替えてきちゃうから、アンジェ姐さんとセレナちゃん、それにお姫様クレスにもただいまって伝えておいてくれ。」


 ニヤニヤ顔のメイに言葉を掛けてから階段を登って自室へ向かう。

「ふー、ただいま戻りましたよっと。」


 明かりの点いていない無人の部屋に響く乾いた俺自身の声。なんとか今回も犠牲を出すことなく任務を達成することが出来てよかった。.........いや、ウソだな。


 手足に張り付いたままの装備を一つ一つ外していく。その都度あの時......モンスターの命を奪った時の感触が記憶に、肉体に甦る。自分の命と、敵対する者の命。どちらを優先するかなんていうのはわかりきっているけれど、それでもやりきれない気持ちになるのは、この異能を背負った宿命......と言うのは大袈裟過ぎるか、......責任なんだろうなぁ。


 気分を切り替えるために大きく息を吐きながら相も変わらず赤黒い色合いの胴着を脱いでいく。すると、不意に扉がノックされて......


「リートよ。その......よくやってくれたな。誉めてつかわすぞ。」


 若干、しおらしいクレスの声が扉越しに耳に届く。そうだ、ちょっと気分を変えてみるか。


 がちゃり


 パンツ一枚の姿でドアを開けてみる。


「ふわっ?!〰〰〰〰〰〰!!そなっ、そなたはっ!なんて格好で......妾の前にっ......妾をっ......妾までもっ手籠めに......するつもりかっ?!!」


 耳まで真っ赤にしながら、それでもチラチラとこちらに視線を注ぐクレスの姿を確かめて、ようやく一心地着いた気になる。


「アッハハハハハッ!悪い悪い。ちょっとからかいたくなっちまった。でも多少はさ、殿方の裸体にも免疫つけておかなきゃな。いざという時、困っちまうぞ?」


「ばッ、バカモノー!そんな事態に陥る予定なぞ、今後一切ないわ!この痴れ者がーっ!!よしんばあったとしても......その......アレだ。相手は......決めておる...しの...」


 まぁ、そりゃそうだよな。王族なんだから許嫁の一人や二人いるだろ。


「おい...リート。そなっ...そなたも......良く働いてくれた...しの...。褒美を...えと、その......くれてやる...ぞ?だからの...妾のもとに、......えと。...跪くがよいぞ。あっ、あと目もっ閉じるが...よい。」


 メイド服の裾をぎゅっと掴みながら、言葉を途切れ途切れに繋ぐクレス。流石にここで茶々をいれる気にはなれず、素直にその言葉に従って目を閉じ跪く。


「よいか。その......妾がよいと言うまで、目を開ける...なよ?」


 なんか声が震えてるな、ダイジョブか?コイツ。


 ...その瞬間、唇の側に感じる柔らかな感触。キメ細やかなさらりとしたクレスの髪が俺の頬を撫でる。


「んっ。」


 僅かな吐息と共に離れていくクレスの唇に合わせるようにこちらも目を開ける。


「こ、これがっ......そなたへの褒美だ!その、妾の初めての......せっ...接吻だ!光栄に思いっ、墓場の下までこの栄誉を持っていくことを......許可するぞっ!我が友、リート・ウラシマよ!!」


 顔を朱に染めながら、しどろもどろになるクレス。あぁ、あんなゲスにコイツをさらわれなくて本当に良かった。


「そっか、ありがとな。お前を守れたこの栄誉は墓場まで持っていくことにする。絶対に忘れないからな!」


「うむ。...うむ!そうだな。今日のこの瞬間を、妾も忘れぬぞ!だから......だからの.........。」


 うん?何だ?まだ何かあるのか?


「とっとと服を着ろーーー!!この下郎がぁーーーーっ!!!」


 まさかの下郎にスピード降格だった。



 ルネッサさんが浴場から出た後に、俺も一風呂浴びて汗を流し、お肌がしっとりした状態で少し遅めの食事にありつく。なんか全体的に料理が赤い。


「どーお、リート君。おいしい?」


 テーブルに両手で頬杖を突いたアンジェ姐さんがニコニコ顔で一纏めにした金髪を揺らしながらこちらに問い掛ける。


「やっぱ、いつ食ってもアンジェ姐さんの料理は最高っす。しかもなんか今日のメニューは、なんかこう......ガッツリ系でやたらと力が溢れてくるというか......バフもりもりというか。」


「ええ。だって、このメニューはリート君だけの特別メニューだもの。凄いわよー、このメニューの効果は。今のリート君には必要ないかもしれないけれど。持続力、回転力、固さ、長さ、その他もろもろ色々なものが三倍まで膨れ上がるもの。」


 俺の息子にツノでも付けるつもりなのか、このおねーさんは。そもそも長さ三倍とか歩くのすら困難になりそうなんだが......


「この後、私はメイちゃんとルネッサと一緒に皇女殿下とセレナちゃんをおうちまで送りに行って、そのまま今晩は帰ってこないから、好きなだけシェリアちゃんとイチャイチャなさい。」


 なんだろう。この感じ。部屋に隠してあったエッチな映像作品が掃除に入った母親の手でジャンル別に整理整頓されているような感覚は......


「リート、リート......ごはん食べ終わったらね、ワタシの部屋に来てほしーの。待ってるからね♪」


 突然後ろからきゅっと首筋に腕を回したシェリアが俺の耳元で囁く。その返事をする間もなく、階段を登って自室に戻るシェリアを二人で眺めて、


「あらあら。シェリアちゃんはもう準備万端みたいね。頑張りなさい、リート君。お姉ちゃんも応援してるからね。......あと、お部屋に行く前にしっかり歯は磨いておくこと。いいかしら?」


「......はい。」


 なんだか今のシェリアの息遣いがずっと耳に残ってしまい、アンジェ姐さんの言葉が上手く頭に入ってこない。


「......さてと、それじゃあ私達もそろそろ行くわ。...ルネッサ、皇女殿下をお連れして。」


「はい、アンジェリカ様。その......リートさん、あくまで紳士的になさってくださいまし。」


「リート、それじゃあよい夜を。式を飛ばすなんてことはしないから安心してほしい。」


「リートさん、シェリアちゃんが痛がったりしたら、すぐに止めて下さいね?もし無理矢理にでも続行しようとしたら......わかっていますよね?」


「それでは世話になったな、リートよ。後日、正式な場でそなた達に褒美をとらせるゆえな。その時まで...息災にな。......あと、守ってくれて......ありがとう。」


 みんなが口々に俺の肩を叩いたり、手を握ったりしながら玄関まで向かっていく。


 その度にのし掛かる緊張、不安、興奮、色々な感情がとぐろを巻きながらぐるぐると俺の脳内を埋め尽くしていった。ここで躊躇などするようでは、先が思いやられるというものだ。


『転移した先の世界でキミに子供を作ってほしいの!』


 いつかのレイズさんの声が甦る。上等だ、やってやろうじゃないか。唾を飲み下し、じわりと滲む手汗を乱暴に拭き取り、両手で頬をパンパンと張る。さあ、決戦の時だ。


 そんな決意を胸に閉まって、俺は歯を磨くべく洗面所に足を向けるのだった。

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