第一章 ⅩⅨ 烈の瞬

19 another sight ????・????



「――――!!――――――――――――――っ!!!............。」


 これで何人目だったっけ?よく分からない言葉で僕を威嚇してくる野蛮人の衛兵モブを黙らせて、その場に跪かせる。まったく、相手を見てからケンカを売って欲しいもんだね。


「ふひっ、ひひひひ。」


 駄目だ、笑いが込み上げてくる。やっぱり異世界モノはこうでなくちゃ。僕が一番で他の連中は遥か格下。魔王を目指す僕の覇道はまだまだ途切れることは無い!


 どいつもこいつもまるで相手にならないじゃないか!僕が少しこの指を動かすだけで、騎士気取りのモブどもは僕の足元に無様に這いつくばるだけなんだから。ホント、楽勝過ぎるんですけど!!


 このチートスキルさえあれば僕はこの世界の魔王になれる!ホントは勇者になりたかったんだけど、この世界には魔王がいない。なら、僕自身が魔王になればいいじゃない!それだけの力を僕は獲ることが出来たんだから。剣も魔法も僕には必要無い。コイツさえ持っていれば、僕はこの異世界では最強の存在なんだ!!誰も僕の命令に逆らうことは出来ないんだから!!


「ひふっ!ふひっ、フフフ!」


 ......この先の展開を考えるだけで、もう興奮が抑えられない。あの綺麗な銀髪の髪を掴んで...泣き叫ぶ声を聞きながら...強引に...。いや、精神をジャックして......蕩けた顔でしゅきしゅき言わせて自分から跨がらせるかな?


 異世界こっちに来てから適当な女を拐ってきては手当たり次第に試して見たけれど、お姫様プレイはしたことが無かった。僕のハーレム建設計画の中核を担うお姫様ポジのクレスティナたんは必ずゲットだぜ!!


 取り敢えず念のために僕の兵隊の数を増やさなきゃ。


 手にとったスマホからスキルアイコンをタッチ。表示された衛兵達のリストに指を滑らせて、一括掌握。ハイ、これで僕の命令に絶対服従の手駒の完成だ。もしかしたら待ち伏せされてる可能性もあるし、適当に二 三人先行させてクレスたんの部屋まで案内させれば問題ないね。事が済んだら適当に自殺させて、後腐れなくクレスたんと城を抜け出せばいい。


 うはっ!やっぱり僕は、天才だったんだ。こんなスキルを使いこなせるのはこの世界に僕一人。何も怖いものは無い。僕のスキルの前には世界最強の剣士だろうが、賢者だろうが、全くの無力!みんな頭を垂れるしかないんだから!ムダムダムダムダムダムダ!


 優雅にスマートに僕はお姫様の待つ寝所まで歩みを進める。道中の衛兵たちは尽く僕のスマホの呪縛によって、頭を垂れながら僕の私兵へと成り下がる。この全能感はあっちの世界じゃ、絶対に味わうことなんて出来ない。チート、サイコー!!俺ツエー、サイコー!!


 何段もある階段をいくつも登って、巨大な扉に辿り着く。この先に待つクレスたんの発展途上の身体をどう可愛がってあげようか......待ってて、クレスたん。僕なしではいられない身体にしてあげるからね...。


 先行していた手駒に扉を開けさせて、さぁ僕のお姫様との対面だ!


 明かりが一切点いていない部屋の窓際に一人佇む僕のお姫様。


 月明かりに照らされた小柄で可愛らしいクレスたんのシルエットを確かめて、スマホのカメラの中にその姿をおさめる。これで、彼女は僕の虜だ。メンタルを弄って楽しむもよし。身体の自由を奪って楽しむもよし。


 まずはクレスたんの細い身体を抱き締めて、思う存分彼女の匂いを堪能した後に濃厚なディープキスを!今や僕のお人形さんと化したクレスたんの元に駆け寄ってその細い肩に手を掛ける。


「フひっ!お待たせ、クレスたん!黒翼の魔弾がお迎えに参りました!」


 さぁ、蜜月の時はすぐそこだ。クレスたんの細い身体をこの腕に抱き締める!


 ...ボフンッ!!!


 .........あ、アレ?...クレスたんの姿が消えた?彼女が居たはずのところに残されたのは一片の紙切れ。


―――――ぷっ!アハハハハハハハハっ!!聞いたかい?!リート!まだん君のセリフ!"黒翼の魔弾がお迎えに参りました。"だってさ!!ここまでボクの想定通りの動きをしてくれるなんて!―――――


「あんまし笑っちゃ可哀想だってメイせんせー。まだん君だって、一生懸命ここまでやって来たんだから。」


―――――はいはい。あと式の稼働が止まったから、ここから先の様子は音声でしか拾えない。何か起きたら、懐の通信紙で連絡をくれないか?それじゃ後は任せたよ、リート。―――――

 

残された紙切れから聞こえる女の声と、扉の向こうから聞こえてくる男の声。


 なんでだ!ここまでの道中に僕に向かってきた衛兵は残らず支配下においたはず!!それに邪魔者がいつ来てもいいように、手駒達にはオート迎撃のコマンドを設定しておいたのに!!おかしいじゃないか?!!!


 カツカツと響く足音と共に、声の主が僕の前に姿を現す。


「どーもまだん君、初めまして。俺の名前はグリグランギルド組合 [紫光の尖翼アメジスト フェザー]所属。無窮の召喚士ワンドレス・サモナー リート・ウラシマです!」


 こちらに来てから初めて耳にする日本語で、男は自らの名前を口にした。




19 烈の瞬



「どーもまだん君、初めまして。俺の名前はグリグランギルド組合 [紫光の尖翼アメジスト フェザー]所属。無窮の召喚士ワンドレス・サモナー リート・ウラシマです!」


とりあえず目の前にいるまだん君に元気よくご挨拶。一応、彼にもわかるように日本語で名乗りを上げる。


「まったく!リートさんが急にトイレに行きたいなんて言い出すから、少し遅れてしまったではありませんの!いかに皇女殿下の偽物とはいえ、そのお姿を辱しめられるなどあってはならないことでしてよ!!」


 俺のすぐ後ろからプリプリ怒りながら言葉を掛けてくるルネッサさん。


「すんません。どうやら、お茶飲み過ぎちゃったみたいで...」


――――なんなんだ?!お前ら!!どうやってここに来たんだよ?!おかしいだろ?ここまでに50人以上配置しておいたのに?!なんで平然と僕の目の前に現れるんだよ?!おかしいだろ?!!――――


 まだん君は想定外の事態に大変混乱しているご様子。まぁ、無理もないやね。


「さっきから、あの虫は何をギャーギャー騒いでおりますの?リートさん、わかりまして?」


「いや、ここまでどうやってやってきたんだーって。おかしいじゃないかー、って言ってます。」


「あぁ、衛兵の方達のことですわね。」


「あのさ、まだん君。アンタのご自慢の兵隊さん達には全員眠っててもらってるよ。......悪いこと言わないからさ、自分から出頭すれば、もしかしたら命だけは助けてもらえるかもよ?」


 一応、ダメもとで投降勧告をかけてみる。


――――ふざけんなよ!どうして僕が投降しなくちゃいけないんだ!!僕は誰にも止められないんだ。どこの誰だろうと!このスマホがある限り、僕は無敵なんだっ!!――――


 そう叫ぶと、まだん君はやや肉付きのいい身体を捩らせながら、素早くスマホをタップして、こちらに目掛けてその手を掲げる。スマホが光を放った直後、こちらに熱風を巻き上げながら迫りくる火球が10発。


「あら、そんな粗末なもので一体なにをするおつもりなのかしら?[絶氷の死棺コキュートス]!」


ルネッサさんがパチンと指を弾くと同時に現れた巨大な氷の棺が火球を一つ残らず遮り掻き消す。


――――たかだか、一撃防いだくらいでいい気になるなぁっ!―――


 続けて放たれる氷塊、土塊、風刃。その尽くを相反する属性の幻素エーテルを巧みに使い分けてワンアクションで迎撃していくルネッサさん。流石は当代随一と評される魔剣士マジックフェンサー。彼女が四光の剣姫と呼ばれるのも納得だ。やや踏み込みを深くしたのか、彼女の魅力的な尻がプルプルと揺れる。


「ちょっと、リートさん!何を腕組みしながらボーっと突っ立っているんですの?!とっとと賊の懐まで入り込んで、あの手に持っているチンケな魔導書を弾き飛ばしてしまいなさい!!」


 いや、ほんとすみません。てか、魔導書ってスマホのことですかね。


「りょーかいですよっ...と!」


 一息で踏み込み、まだん君との間合いを一瞬でゼロまでもっていく。さぁて、お仕置きの時間だよ。恐らく全力を出すと、普通にまだん君の上半身をフッ飛ばしかねない。龍神の加護をオフにしてその魔導書スマホに目掛けて右足を蹴りだした。だが...


――――ふひっ!ふっひゃっひゃっひゃっ!!――――


 気色の悪いまだん君の笑い声が、だだっ広い寝室に木霊する。直後、まだん君が握るスマホの液晶から、大人の胴体ほどの太さはある巨大な腕が出現し、俺の蹴りを受け止めていた。


――――あーさーはーかだっつーの!!僕のスマホは同時に何個ものタスクを実行できるんだよ!バーカ!!お前、サモナーとかほざいたよな?!僕が本当の召喚ってものを見せてやるよ!!――――


 その言葉を皮切りにスマホから幾筋もの光が放たれ、その光陣から現れた十体近い大型モンスターが唸り声を上げながら俺の元に殺到した......


「リートさんっ!!」


――――ふひゃっ!ふひゃっ!ふひゃっ!なぁーにがワンドレスだ!このクソザコがぁっ!魔王たるこの僕、黒翼の魔弾様に楯突くからこうなるんだ!!ぶひゃっ!挽き肉になった後で後悔しても遅いんだよ!!後は残った女の自由を奪って、ズタボロになったお前の目の前で―――――


 ミノタウロスの腹に一撃。ぶっ飛ぶ。轟音。すまん。

 コカトリスの顎に一撃。ぶっ飛ぶ。轟音。すまん。

 キマイラの牙をへし折りブン投げる。轟音。すまん。

 サイクロプスの目玉を抉って蹴り飛ばす。轟音。すまん。

 ワイトキングを、オーガを、ハーピィクイーンを、キリングメイルを一撃の元に粉砕する。


――――ふひゃ?えっ。うそ。なにこれ?冗談だろ?!こいつらを狩るためにどんだけ手駒を使ったと思ってんだよ?!ふざけんなよ!このザコがぁっ!!!――――


「てめぇ、いい加減にしろよ......胸糞悪いことさせやがって......。あんな奴等でもてめぇなんぞに操られるくらいなら死んだ方がマシだって言うから、俺が楽にさせてやったけどなあ!」


 あぁ、駄目だ。キレちゃいそう.........


「この世界でいい気になってデカい面さらしてんじゃねぇぞ!!この三下がぁっ!!!!」


――――ひうっ、ひゃあっ!!――――


 感情のままに龍神の加護を解き放つ。俺の身体から爆発的な勢いで漏れ出でる幻素の奔流が瞬く間に空間を埋め尽くす。


 ガチガチと音を立てながら、目の前にいるゴミグズの血を啜ろうと四肢の鬼共も胎動を始めた。


「おい。まだん君。アンタさっき何つった?」


 俺の大声に腰を抜かしてしまったまだん君に歩み寄る。


――――うえっ?あひぃ!――――


「ズタボロになった俺の目の前で、何をしようとしてたんだ?」


――――あひっ、ひうっ、あわ。あのおんなを――――


「まぁ、そうなることは絶対に無いから大目に見て上げようかなとか一瞬思っちゃったけど.........やっぱり駄目だ。今まで何人、面白半分にこの世界の人間の命を奪ってきた?怒らないから答えてみろ。」


――――に、じうにん。で...す...――――


「そうか......次の質問だ。今までそのチンケなスマホ使って何人の女を食い物にしてきた?」


――――さん...じゅうくらい...で...す――――


 想像以上のクズっぷりだった。この場で殺してしまってもいいんじゃないかな?コイツ。


「リートさん!!わかって......いますわよね?」


 そんな俺のどす黒い殺意を感じとったように、ルネッサさんが俺に声を掛ける。


「ふー。それじゃ、これが最後だ。...今から一分以内にアンタの支配下になってる人達、全員の意識も...身体も解放しろ。躊躇ったり、変な動きを見せた時点でアンタの頭を潰す。いいな?」


 俺のカウントダウンが始まるや否や、狂ったようにスマホにかじりつき液晶をタップし始めるまだん君。この怯えようなら、既に抵抗する意思は無いだろう。だが、油断も容赦もしてやらない。いつでも踵をヤツの頭に振り下ろせるよう準備はしておく。


――――でぎ......まじだ......――――


 顔面を涙と鼻水、下半身を粗相でびしゃびしゃに濡らしたまだん君がこちらに顔を向けてくる。


「それじゃ、これで本当の最後だ。そのスマホをこちらに寄越せ。拒否すれば頭を潰す。」


――――ひいっッ!!!!――――


 心が完全にへし折れたのか、スマホを慌ててこちらに寄越すまだん君。よく目を凝らしてみると、まだん君自身には幻素の欠片すら流れていない。...とすると異能の全てはこのスマホに集約されていることになる。


 こんなもんはこの世界には必要ないし、ぶっ壊してしまった方がいいだろう。手に取ったスマホごと拳を握り込み、パキパキパラパラと部品を飛び散らせながら限界まで圧縮する。


――――ああぁっ、ああッッッ!!僕はっ、僕の魔王のっ力がっ――――


 なんか言ってるけど、聞く耳持ちません。仕上げに、いつだったかシェリアが見せてくれたように掌から焔を走らせてスマホだったものの残骸を焼き尽くす。


 よし、これで完全決着だろ。......っと、いけね。忘れるとこだった。


「まだん君。一応けじめだけはつけなくちゃね。」


 常に開きっぱなしにしていた龍脈ラインを閉じて、俺自身の全力で思い切りまだん君の顎を拳で打ちすえる。


――――うぴゃあ!!!――――


 窓を突き破りバルコニーまできりもみにぶっ飛んでいくまだん君の身体。 これはクレスとディールさんの分だ。犠牲になってしまった人達の分も殴ってやりたいが、ここから先の贖罪はコイツ自身の身を以てあがなってもらおう。


(リート?ルネッサ?聞こえるかい?どうかな、首尾は?...といってもこちらにもほぼほぼ丸聞こえだったから、大体状況はわかるけど。)


 脳内に響くメイの声。


「メイ本部長、こちらルネッサですわ。状況は終了いたしました。賊の身柄を確保した後、ノーマン邸に帰還いたします。」


(はい、二人ともお疲れ様。早く帰ってこないと夕食がシェリアに全部食べられてしまうよ。"今夜はリートといっぱいふわふわするんだ"って言って凄い勢いでご飯食べてるからね。本当の闘いはこれからなんじゃないかな?リート?)


 声だけでも、メイがどんな表情をしているのか手に取るようにわかる。そうだ、本当の闘いはここからだったのだ。


 ずくんと重くのし掛かる決戦の予感を感じとった下腹部に力がこもる。バルコニーから覗く二つの月が放つ光はまるでおっぱいのようで。俺は拳を握りしめながら、心が落ち着くまでひたすら二つの月を眺めていた。

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