第一章 Ⅲ ワンナイト カーニバル 前編

03 ワンナイト カーニバル 前編



「ねぇねぇ、リートリート!はやくはやく!!お祭りおわっちゃうよぅ!」


 たったかたったか、軽い足音を響かせながら長い髪を揺らして城下町のゲートまで続く石畳を走っていくあーぱードラゴン娘。


 森の中からここまで徒歩でやって来たワケだが、実際には途中で森を抜けるのをめんどくさがったシェリアが、俺を担いで森の中を跳び回り、結果力業のショートカットが成功した。


 その過程でわかったことは、人間体のシェリアの身体能力はドラゴン時のそれと同等なのだということ。


 それなりに動き回ったシェリアだが、その身体は汗一つ掻かずにニコニコとした表情のまま、俺達と同じ目的の旅人や行商人の行き交う様を目を輝かせながら、ちょろちょろ動き回り観察していた。


「あんまし遠くに行って迷子になっても知りませんよー、シェリアさん。少しは大人しくしてなさい。」


「だってすごいよ、リート!こんなに人間さんがたくさんいるなんて、ワタシ初めて見るんだもん!」


 そりゃ、無理もないか。


 俺だってこんなアニメやマンガでしか見たことの無い町並を見て、テンションが上がっている。


 そんなことを考えながらゲートまでの石畳を歩いていると、先の方でトラブルがあったのか、石畳を歩いていた人達の足が止まる。


 前の様子を伺っていると、不意に横から掛けられるおっさんボイス。


「なんだい、兄ちゃん達は旅人さんかい?えらく変わったナリをしてるが、どっから来たんじゃ?」


あの時選んだスキルの効果なのか、普通に異世界こっちの言葉が違和感なく理解出来る。


 俺達の横を進んでいた荷馬車の座席から、人懐っこそうなまんまるな目をしたヒゲのおっさんが俺達に視線を向けてくる。


 パッと見、トルネ○そっくりだった。


「そうだよー、ワタシ達は旅の途中でお祭りやってるの見かけてここに来たんだー。おじさんもそうなの?」


「ハハハ、ワシは商人をしていてな。武器や防具、薬やアイテム色々なものを取り扱っとる、言わばよろず屋じゃな。」


 ...想像以上にトル○コだった。


 ...待てよ。商人だというのなら、交渉次第で路銀を少し貰えるかもしれない。ここはダメ元でアタックしてみよう。


「あの、おじさん。俺達も地元から出稼ぎのために旅をしてて、母さんが作った地元の特産品なんだけど、どれだけの値が付くかちょっと見てもらいたいんだ...」


「ええっ、そうだったのリート?!ワタシ初めて聞いたよぅ。」


 俺も初めて言ったよぅ。よくもまぁ、こんな口から適当なあることないことをペラペラと...役者の才能があるのかもしれない。


「ふむ、特産品とな。少し興味があるわい。寄越してみなさい。」


 おぉ、意外とすんなり。

 おっさんに包装をひん剥いたピンク色の魚肉ソーセージを手渡す。


「おじさんおじさん、コレすっごくおいしーんだよ!!魚のすり身を固めたヤツなの!でぃえいちえーとかるしうむがスゴいの!」


 おぉ、ナイスアシスト!シェリアさん。


「ほぉ、そんなに旨いんなら一口...どれどれ。」


 目を閉じながらもぐもぐ魚肉ソーセージを頬張るおっさん。


「うむむむむむむ...」


 どうだ......いけるのか......どうなんだ?


 おっさんの目が......開いた!


「うんまいのぉー!!コレはなんなんじゃ!!魚のすり身にしては肉もきめ細かくて生臭くない!小骨も一切感じられない職人の繊細精緻な技術!!コレは十分以上に売り物になるぞ!」


 よし、イケる!


「おじさんだったら、どれくらいの値段で売りに出すかな?俺達、商売するのはコレが初めてで。家で寝たきりの母さんのためにも少しでも高く売りたいんだ!」


 なんだか楽しくなってきた。芝居の道に進むのもやぶさかではない。


「むむむ、そういうことならワシが買い取ってやってもいいのじゃが......そうさの、兄ちゃん。手元に商品はどれだけ持っとるんじゃ?」


 今、おっさんに渡した分を引いて残りは25本。

 シェリアがもしかしたら要求してくる可能性も考慮して、5本は手元に置いておく。


「20本くらい。どうかなおじさん?」


「なるほど。まだ世に出回っておらん極上の加工食品。それが20。美食家気取りのボンボン貴族に売り付ければ、一本10000Gギーム以上は固いのぉ。...よし、兄ちゃん、商談成立じゃ!一本で10000Gでそれを20本買い取ろう!」


 ...この世界の通貨はGギーム。日本円で換算してどれだけの相場なのかはわからないけど、雰囲気的に高値で取引出来たらしい。


「ありがとう、おじさん。これで故郷の母さんもきっと喜ぶ。本当にありがとう。」


 言いながら、貰った紐でソーセージを括っておっさんに手渡す。

ありがとう魚肉ソーセージ。お前には随分助けられた...


「なぁに、こちらもいい取引をさせて貰ったよ。ほら、お代だ。確かめなさい。」


 手渡された麻のずだ袋には、やや小ぶりの金貨が20枚入っていた。...というコトはこの金貨一枚で10000Gか。


 この数分間で所持金総額が20万G

 ......嘘だろ?マジで?こんなに上手くいくなんて...


 なんか後で揺り戻しがきそうで怖くなってきた。


 そんな俺の緊張をよそに、シェリアがあっけらかんとした声でおっさんにアフターサポート。


「おじさんおじさん!この魚肉ソーセージはね、火を通して焼いたり、炒めたりするとね、もっとおいしくなるんだよ!ワタシ食べたけど、すごかったの!!」


 うん。ボキャブラリーの問題だな。だがあの一生懸命な身振り手振りを見ているだけで、おっさんの顔も柔らかになっているので問題はないだろう。


 ここまで世話になったんだ。流石に名前を聞かずに、ハイさよならってワケにはいかない。


「ありがとう。本当に助かったよ。俺の名前はリート。そんで、こっちの赤いのがシェリア。これから少しの間、この町に滞在するから、見かけたら声でもかけて。」


「リートにシェリア嬢ちゃんか。覚えたぞ。わしの名前はの...」


 ト○ネコなのか?!


「トルネソじゃ。見かけたら店に寄っていくといい。サービスしてやる。」


 ...ニアピンだった。


「ありがとー!トルネソおじさん!」


 シェリアの言葉をうけたトルネソのおっさんは、俺達を交互に見やったあとに荷馬車の荷台を指差して、


「お二人さんよ、これも何かの縁じゃ。よけりゃあ、後ろに乗るか?すぐに先頭も動き出すじゃろうが、それまで中でゆっくりするといい。」


 やだ、このおっさんイケメン。


 俺達二人はトルネソ改めイケメソのおっさんの好意に甘えることにした。


 板張りの荷台の座り心地はそこまでいいものではなかったけれど、シェリアやおっさんと話していたらあっという間に時間は過ぎていって、気づいた時には俺達は城下町の入場ゲートまで到達していた。


 銀の甲冑に身を包んだ衛兵が荷台の中の俺達をじろりとねめつける。まぁ、あちらさんもお仕事だし仕方がないやね。


 視線をトルネソのおっさんに向けた衛兵は、


「後ろの二人はアンタの子供かい?」


 と問いただす。


「そうじゃ、グリグラン城下町の感謝祭は毎年忙しくなるんでな。ようやく仕事を覚え始めたせがれ達も手伝ってくれるようになって、多少は楽が出来るわい。」


「そうかい。ならせいぜい気をつけて商売するんだな。後ろのボウズ達も父ちゃんの言うことよく聞くんだぞ。」


 それだけだった。なんかもっとこう、身分証明書の提示をお願いします、的な感じかと思っていたんだが。あっさりだったな。


「リートとシェリア嬢ちゃんも一緒に入っちまった方が、あちらさんの仕事も減るしこの方が手間がなくていいじゃろ。」


 そう言いながら、おっさんは俺達にウィンクをしてくる。


「さぁ、見えてきたぞ。」


 石材で作られたゲートの向こうの風景が午後の日射しに照らされて...


「ここがグリグラン城下町じゃ。」


 一気に視界がひらける。


「わあぁーっ!!すごいすごいすごい!リート!!キラキラだよぅ!キラキラ!!いろんな人もいるー!!」


 俺の肩をがっしり掴みガクンガクン揺するシェリア。

 気持ちはわかる...わかるんだが...けっこう...揺れる


 正門を抜けた先の大きな噴水広場。視界いっぱいの人の波。普通の人間はもちろん、トカゲやオオカミが直立二足歩行している...たしか亜人とか獣人とかって言ったっけ。それにド定番かつド直球のエルフ。あの小さいのホビットかドワーフか...


 それら沢山の種族が入り雑じり、言葉を交わし、品物を交換し、笑ったり、言い合いになっていたり。そういった雑踏や喧騒、沢山の屋台から立ち上る食品の匂いが、俺達二人の五感を揺さぶり、圧倒する。


「あぁ、こりゃ、本当にすげぇな......。真面目に迷子になりかねない。気をつけろよ、シェリア。」


「ダイジョブだよぅ!リートの匂いはちゃんと覚えてるから、どんなに離れてても見つけられるもん!それにね...えへへ。いいこと考えたの!」


 俺の右手を握り、いたずらっぽい目をしてはにかむシェリア。


「こうやって手をつなげばね、リートはワタシから離れられないもん!」


 コイツのこういうところだ。無邪気に、何の遠慮も無しに、突然俺の懐に入ってきて好き勝手暴れて、あたたかい残り香を残していく。


 駄目だ。たぶん今、俺の顔は真っ赤になっている。早くどうにかしなくては...


「おい、リートとシェリア嬢ちゃんよ!イチャつくのは構わんが、ワシもそろそろ荷馬車を移動せにゃならん。ここらでいったんお別れじゃ。」


 おっさんがいいタイミングで茶々を入れてくれたお陰で、何とか平静を装おうことが出来た。


 色々ありがとう、トルネソのおっさん。


 荷馬車をゴロゴロ進ませるおっさんの姿を二人で見送る。


「トルネソのおじさーん!また会おうねー!!」


 大きく手を振りぴょんぴょん跳ねながらおっさんにバイバイするシェリア。


 ...さて、これからどうするか。まずは広場にある地図を見ながら今後の予定を......


 グイグイとシェリアが繋いだ手を引っ張ってくる。


「リート、リート!ふわふわして甘い匂いがする!!絶対おいしいヤツだよ!行こ行こ!」


 ......そうだな。難しいことは後回しだ。今は全力で楽しむ時のような気がする。


「わかった、わかりました!路銀も手に入ったし、まずは腹ごなしだな。」


 そういえば、異世界こちらに来てから水分をとっていない。自覚し始めたら、猛烈に喉が渇いてきた。


「よーし、出発だー!ゴエツドーシュー!!たくさん楽しんじゃうんだから!」


 俺の手を引いて笑いながら駆け出すシェリア。


 そういえばデートらしいデートってしたことなかったな、俺。

進んでいくに連れて、俺の鼻にもシェリアが言っていた甘い匂いが漂ってきた。


 この匂いは嗅いだことがある。たしかネズミの国の...


「ここだー!とうちゃーく。リート、早く早く!」


 見れば、屋台に白と茶色が混じりあったお菓子が紙の容器に詰められパチパチ音を立てながら並べられていた。


 ...どこからどう見てもキャラメルポップコーンにしか見えない。


 シェリアに急かされるまま、店員さんに値段を尋ねる。

 一個400G。うん、相場も日本円とほぼ同じみたいだ。


「すいません。じゃあこのキャラメリゼを二つ。あと、飲み物でなんか冷たいものを二つ。お金、おっきくなっちゃうんですけど、大丈夫ですか?」


「リート、リート!ひとつでいいよ。一緒に食べよ?はんぶんこ!」


 ニシシと笑うシェリア。


「すいません、やっぱキャラメリゼは一つで大丈夫です。はい。飲み物は店員さんにお任せしちゃいます。」


 異世界での初めてのお買い物。

 キャラメルポップコーン一つ。なんかアイスティーっぽいヤツ二つ。旅の思い出プライスレス。


 屋台のそばにあったベンチに二人で腰を下ろす。

 そわそわし始めたシェリア。...わかったっての。


「ほら、シェリア口開けなさい。あーん。」


 ポップコーンを二 三個摘まんでシェリアの口に投入。


「~~~んんーー!!あまーい!すごいすごい!おいしーよ、リート!」


 シェリアの足がジタバタ

 俺は喉の乾きを潤すためにちゅうちゅう。


「大体、味の想像はつくけどな。それでも俺もそいつを初めて食った時は衝撃的だったな。そうなる気持ちはスゲーわかる。」


「ほらー、リートも食べなよー。あったかい方がおいしーよ?」


 ニコニコしながら俺の目の前に摘まんだポップコーンを差し出すシェリア。


 まぁ、そういうことだよな。


「ワタシだけっていうのはふこーへーだよ?リートも口を開けなさい。ほら、あーん。」


 抵抗は無駄だろう。大人しく口を開ける。


 目の前に迫ってくるシェリアの指が何だかとても艶かしくて、視線が吸い込まれてしまう。俺の上唇にシェリアの指が触れて...

気を取られているうちに口の中に広がる香ばしい甘味と歯触り。


「どーお、おいしー?」


 シェリアが上目遣いでニコニコ聞いてくる。


 サクサク、ポリポリ。うん、うまい。茶色のカスが歯に引っ掛かるのはご愛嬌だ。


「うん、やっぱ旨いな。どれもう一口。」


 ドリンクのアイスティーもウーロン茶に似たさっぱりとした飲み口でキャラメルの甘さとバランスが取れている。


 シェリアは一回で満足したのか、マイペースに二人の間に置いてある容器に腕を伸ばし、ポリポリ食べ始める。その度にコロコロ表情を変えて、足をバタつかせる様が非常に可愛らしい。


 紙の容器が空に近付いてしばらくすると、シェリアはこちらに身を乗り出して口を開く。


「ねぇ、ねぇ、リートこの後はどうするの?」


 正直これから先のことを考えれば無駄な出費は避けたいが、それ以上に俺はシェリアのコロコロ変わる表情をもっと眺めていたかった。


「決めた。今日は夜まで羽目をはずして遊び倒す!異論は認めん!好きなだけ食って、好きなだけ飲んで、好きなだけ遊ぶ!」


 腕を組んで立ち上がる。


「えへへへへ。やたっ!まだまだリートといろんなもの見て遊びたい!じゃあ、もっともっといろんなところに行こっ!ゴエツドーシュー!!」


 そんな俺の腕を立ち上がって無邪気に掴んでくるシェリア。


 腕から伝わるシェリアの体温を確かめて、知らず俺の鼓動が早まる。


 初めて来た異世界での長い長い1日。隣にいる赤髪の少女と過ごす初めての1日。骨の髄まで楽しみ尽くして、お互いに忘れられない思い出にしてやろう!


 そう心に決めて、まだまだ人でごった返す町並に足を踏み出す。


 まだまだ祭りの夜はこれからだ。


 どこからともなく花火が弾ける音と、漂ってくる火薬の匂いが俺達二人の体を包んでいた。

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