第一章 Ⅱ ダイブ トゥ ブルー

02 ダイブ トゥ ブルー



「はぐはぐ。むぐむぐ。んんー、やっぱりおいしいねー。リート!なんてゆーの?コレ!」


 口いっぱいに魚肉ソーセージを頬張りながらシェリアはその目を輝かせる。いつの間にか復活したしっぽがあぐらをかいた彼女の後ろでパタパタと旋回を始めていた。


「コレは魚肉ソーセージって言ってな。魚のすり身を固めて作った万能食品だ。これ一本でタンパク質はもちろん、DHAやカルシウムその他もろもろ、色々な栄養素をとれるまさにパーフェクト健康食だ!」


「でぃえいちえー?かるしうむ?...何ソレおいしいの?」


「旨いかどうかはわからんが、大体身体にいいもんなんだよ。それに生のままでも十分旨いが、火を使って炒めたりすればさらにパワーアップする。」


「なになに?!もっとおいしくなるの、コレ?!凄いぞー、魚肉ソーセージー!!」


 その手に食べかけのソーセージを握って、天高く掲げるあーぱードラゴン娘。


「たっべたいなー!たっべたいなー!ねぇ...リート...」


「うーん、そうは言ってもなぁ。俺もここにほぼ手ぶらで来ちまったしなぁ。キャンプ用品も全部あっちだし。」


「ねぇ、ねぇ。リート!火が出せればソーセージを焼けるんだよね?!ねっ?」


「まぁ、そうだが。俺はライターなんて持って...」


「えへへー、それっ!」


 シェリアがおもむろに差し出した手のひらからメラメラと炎が立ち上る。


 おぉ。すげぇぞ、異世界。すげぇぞ、ドラゴン。


「むふー、これならソーセージ焼けるよね?ねっ?ワタシはこのまま炎出し続けるから、リートはソーセージをくるくるやって、焼けばいいんじゃないかな?」


 そういうことであれば、やらないわけにはいかないだろう。なによりずっと目を輝かせっぱなしのシェリアの顔が曇る様を、俺は見たいと思わなかった。


「はいよ。くーるくる、くーるくる。」


 シェリアの炎の上でソーセージの両端を持ちながら回転させ、ソーセージを炙っていく。丁度いい焦げ目がピンク色のソーセージにさし、香ばしい匂いが煙と共に立ち昇る。


 この匂いはヤバい。すでに一本分おさめたはずの腹が、また音を鳴らし始める。


「まーだかっなー、まーだかっなー。」


 残像を残しながら、ヒュンヒュン風を切り始めるシェリアのしっぽ。


 そろそろ食べ頃か。炎のそばで炙り続けていた俺の指先もこのままだと一緒に焦げていきかねない。


「よし、こんなもんかな。いいか、シェリア。俺が合図をしたら一緒に叫ぶんだ。上手に焼けました、って!いくぞ、せーの」


「「上手に焼けましたー!!」」


 ......自分で言うのもなんだけどアホ丸出しだった。


 早速半分に割って、シェリアに火傷を注意しながら手渡す。......するとシェリアが予想外のことを口走り始めた。


「ねぇねぇ、リート。食べさせて、アーン。」


「うん?さっきまで普通に食べてましたよね?」


「えへへ。なんか楽しくなってきちゃって、そーゆー気分なのです。食べさせて。ほら、アーン。」


 俺の方に無防備に口を開けてくるシェリア。その口内はとてもキレイなピンク色で、少し長めの舌がソーセージを催促するようにチロチロとうごめく。


 なんだか、うん。とても、うん。...えっちだ。

 これ以上はいけない。

 迅速に事を済ませなければ、今晩あたりが非常に難儀なことになる。


「ねぇ、はやくぅー。もう我慢できないー。」


 コイツわかっててやってるのか?!

 

 だが、いや、まさか。ありえない!


 動揺を押し殺しながら、自分の手にある湯気が立ち昇るソーセージを彼女の唇にあてがう。


「熱いからな、気をつけろよ。」


 シェリアの艶かしい口内に飲み込まれていくピンク色の先端。


「ンっ!アふっあつっふぉれコレ...うンっ。じゅるっ、やふぇろやけどひりゃうよぅしちゃうよぅ。ンくっ。」


 なんだ...コレ。


 いつの間にか両手を自身の開いた両足の間におき、器用に口だけで、はふはふモゴモゴ咀嚼していくドラゴン娘。


 見れば恍惚とした表情で、ペロリ自分の唇を舐めとるシェリア。

 

...どうやら完食したらしい。


「んふー、あーおいしかったー!!凄いね、リート!焼くだけでこんなに味が変わるなんて!ふぃー、満足満足。」


「そりゃ、よーございました。」


 シェリアはこちらの気も知らずに無邪気な笑みを浮かべ、ごろんと地べたに寝転ぶ。そして空に浮かんだ雲を目で追いかけながら口を開いた。


「あのねワタシねー、旅をしてるんだー。...っていっても、まださとを出て二時間ちょっとしか経ってないんだけどね。えへへ。」


俺もシェリアに倣ってごろんと横になる。時刻は丁度昼間なのか、太陽の光が目に刺さる。


「へー、なんでまた。シェリアって話聞く限りだと、なんかお嬢様っぽいじゃんか。」


「だからなんだよ。ワタシ達四幻神よんげんしんの血族はね、この世界に生きる全ての生命の源にあたる[地][水][火][風]の四幻素よんげんそをそれぞれ統括管理してるんだー。それで今現在、[火]の幻素エレメントを治めている一番エラい人がほむらの龍神...ワタシのママなの。」


「それでシェリアのママさんに、一人前の後継ぎになるために世界を旅して色々なことを学んで来なさい、みたいな感じで旅に出されたと......」


「スゴいねー!リート。なんでわかっちゃったの?」


 シェリアは横たえていた身体を起こして、俺の顔をまじまじと覗きこんだ。


「何となく、話の流れ的にな。あと俺の故郷に古くから伝わってる言葉にさ、可愛い子には旅をさせよってのがあってな。まんま今のお前の状況とそっくりだろ?」


「ホントだねー。でもね、旅に出るのはワタシ全然イヤじゃなかったの。ずっと郷の中で暮らしてて、人界に興味はあったし。ママやばあやと離ればなれになるのは寂しかったけど、飛んでるうちにリートがいつの間にかワタシの背中に乗ってて、色々おしゃべりしたりごはん食べたりしてたら、楽しくって色んな弱気がどっかいっちゃったの!」


眩しい。太陽がではなくシェリアの笑顔が、仕草が。


「そりゃ、俺もだ。最初はどうなることかと思ったけど。ここに来て、最初に出会ったのがシェリアで良かった。」


「えへへー。照れるなー。もっとほめてもいいんじゃぞ?」


「ちょーしにのるな。このあーぱードラゴン娘。」


 立ち上がって周りを見渡す。少し高台気味になっている岩場からみる景色は茶色い大地が目立つものの、生い茂る緑の匂いや息吹を十分に感じることが出来た。


「ねぇねぇ、リートはこの後どうするの?」


 そう、それが問題だ。何しろ装備品が、黒のノースリーブと短パン、スニーカー。あとトランクス。所持品に至っては魚肉ソーセージ×26。これで何とか出来るほど、世間は甘くはないだろう。

ここが異世界というのなら尚更だ。


 とりあえずはどこか大きい街に行って路銀を得るための情報収集。別に魔王討伐に行くわけではないし、ある程度自分の身を護れるくらいの装備を整えれば十分だろう。


「そうだな。ひとまずどっか近場の街まで行って、色々見て回る。んで、そこで少し腰を落ち着けながら、今後の身の振り方を考える。」


「あははー、じゃあワタシとおんなじだねー。ならさ、ならさ、しばらく一緒に行動しない?人間さんの郷に行くのはちょっと不安だけど、リートがいれば安心だもん!」


 俺はいつどこでお前に安心を与えられるような行動をとったのか?背中の上でみっともなく喚き散らし、コンビニ袋から魚肉ソーセージを引っ張りだして、一緒にもちゃもちゃ食っていただけなのだが。


 それでもシェリアから少なくとも信頼を寄せられているという事実だけで、この先もなんとかしてやる、というヤル気がふつふつと湧いてくるのは我ながら現金なもんだ。


「よっし、そんじゃ一緒に行くか!呉越同舟。旅は道連れ、世は情け。シェリア、また背中に乗っけてもらっていいか?空から街っぽいところを探して、良さそうなところで降りてみよう。」


 俺の返事を受けたシェリアはしっぽを使ってぴょんぴょん跳ね回る。


「やったー!リートがなかまになったー!それじゃあ張り切っていこー!へんしーん!」


 日曜朝8時のバッタマスクなヒーロー達から説教を食らいそうな間の抜けた変身の後、再び目の前に紅い鱗を身に纏ったドラゴンの威容が現れる。


『ほら、リート!乗って乗って!はやくはやく!』


 嬉しそうに目を細めるシェリア。


 それを眺める俺の身体はシェリアのしっぽにす巻きにされ、その背中に運ばれた。


 シェリアの背で目覚めた時と同じように、二つの小ぶりな突起に掴まり体を固定する。


「シェリア!なるべく安全運転で頼むわ!」


『リートこそワタシの背中でおしっこしないでねー!それじゃあ、飛ぶよー!ゴエツドーシュー!!』


 若干発音が怪しげな号令と共に、紅の巨躯がその翼を広げ大空に舞う。


 日の光を浴びた翼が風を掴み、俺とシェリアの身体を運んでいく。どこまでも続く蒼い空はまるで凪いだ海のようで...身体に感じるシェリアの鼓動とリンクして俺の身体の熱も次第に高まっていった。




02 another sight シェリア・サラマンデル・ユーツフォリア



 ワタシが初めて出会った人間さん。ウラシマ リート。


 ばあやはこの姿のままじゃ人間さん達とお話できないから、ってワタシに人間体になる方法を教えてくれた。


 でもね、リートは違ったの!この姿のワタシとお話してくれた。ごはんだってご馳走してくれたし、お友達になってくれた。


 それがとっても嬉しくって、なんだか胸のところがとくんとくんってなる。


 ママやばあやはこの姿で人間さんの前に出ちゃダメだって言ってたの。人間さんはワタシ達を怖がっているからって...


 ずっと昔は人間さんといっしょに暮らしていたんだ、ってばあやがお話してくれたけど、なんで今は別々になっちゃったんだろう?


 まぁ、いっか!そんなことより、リートといっしょに旅をするってことの方がずっと楽しみなんだもん!


 いつもより大きく翼を動かして、風を切りながら進む。びゅうびゅう ごうごう


「シェーリアー!シェーーリィアーー!!もうちょいスピード落としてくれー!ヤバい!落ちる!!落ちちゃう!!」


 ワタシを呼ぶリートの声に振り返る。


『アハハハハっ!!リートすっごい変な顔してるー!』


「笑いごとじゃねー!!いいからスピードもっと落としなさい!」


『はーい。ゴエツドーシュー!』


 翼にかける力をちょっとだけ抜いて、パタパタパタパタ。


「おぉ、これくらいがジャスト!シェリアは出来る子、元気な子!そういや、ソレ気に入ったのか?ゴエツドーシュー。」


『うん!なんか元気になる!ゴエツドーシュー!!』


「元気になるのは構わんけど、スピードだけは気をつけて下さいお願いします。」


『はーい、わかったよぅ。』


 危ないから前を向いてパタパタ


 ふぇ?あれっ?......なんか聞こえてくる。ドーン、ドーンって。


 ......翼がピリピリする。


『ねぇ、リート。なんか聞こえない?ドーンドーンって?』


「シェリアにも聞こえたか!大砲みたいな音...いや、これは大砲じゃないな。多分、花火だ。」


 先の方になんかおっきな建物が見える。周りにはちっちゃな建物も!いっぱいある!色んな色の丸いのがぶわーって飛んでる!


『ねぇねぇねぇ、リート!アレってもしかして人間さんの郷かな?!見える?リート!?』


 リートが体を乗り出してワタシといっしょの方向を見る。


「たぶん...いや、間違いない。あのでっかいのは城だ。周りは城下町か。シェリア、あそこに行ってみよう!あそこなら色んな話が聞けるかもしれない!」


 だんだん人間さんの郷が近づいてきて、そばにあった森もいっしょに見えてくる。


『じぁあさ、じぁあさ、あの森で降りて、変身して歩いて郷に行けばいいんじゃないかな?どう?リート!』


「それで問題無さそうだ。そのプランで行こう。あの感じだと、祭りか何かやってるな。」


『えっ、お祭り?お祭りやってるの?!行きたい!はやくはやく!』


「わかった!わかったから、あんましビュンビュンしっぽ動かすな。揺れる。酔っちゃうから!」


 お祭り!ワタシの郷でもやってた、おいしいものがいっぱいでキラキラしてるヤツだ!


 なんだかリートに会ってから、とっても楽しいことがいっぱいで夢みたい!


『楽しみだねー。リート!おいしいものいっぱいあるかなー?』


「まぁ、間違いなくあるだろうな。食べれるかどうかは別にして、色々見て回ろう。あと、人間体になったら服はちゃんと着なきゃダメだからな。」


『わかってるよぅ。なんだかリート、ばあやみたい...よーし、そろそろ降りるからしっかり掴まっててねー、リート!』


「りょーかいりょーかい。」


 もう目的地の森はすぐそばにあって、そこに降りるために広げた翼をちょっとずつ畳んでいく。


 あとちょっと。あとちょっとでお祭りだー!

 リートといっしょに初めてのお祭り。絶対楽しい!まちがいない!


 なるべく広い地面に後ろ足からゆっくり近付いていって、無事とうちゃーく。

 

 ちゃんとリートも背中にいるし、大成功だ!


 リートが背中から降りたのを確認して、ワタシも変身。


 これで準備万端だ!待ってろー、お祭り!めいっぱい楽しんじゃうんだから!

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