第一章 Ⅳ ワンナイト カーニバル 後編

04 ワンナイト カーニバル 後編



 駄目だ...もう食えん。まさかこれ程とは......


 シェリアの食欲は想像を絶するものだった。キャラメルポップコーンから始まり、オーブンサンド 鳥の串焼き ドーナッツ フライドポテト アイスクリーム シーフードの鉄板焼 グリグラン名物の水牛のトマト煮込み


 そして今、俺は伝説の誕生を目の当たりにしていた......


 テーブルでひたすらナイフとフォークを動かすシェリアの目の前にうず高く積まれた大量のステーキの山。


 参加者は総勢5名。しかしすでにシェリア以外の参加者のナイフとフォークの動きは完全に止まっていた。


(飛び入り参加の紅一点!シェリア選手はこのまま独走体勢だぁっっっっ!!記録はどこまで伸びるのかぁっ!すでに歴代チャンピオンのレコードは遥か後方!!!止まらない止まらない!残り時間はあと5秒!4!3!2!1!)


 ドラのような打楽器が打ち鳴らされる。


(しゅうーりょおーだぁッッッッ!!新たなクイーンがここに誕生したぁっ!!その名は紅の女帝!シェーリーアー!!!)


 実況の盛り上がりっぷりに呼応するようにギャラリーから大きな歓声とどよめき、そして拍手の嵐。


 そんな中、最後の一切れを口に放り込んだシェリアがナプキン片手に俺のところにまで駆け寄ってくる。


「あー、おいしかったー!タダでお肉ごちそうしてくれるなんて、ここはやっぱりいいところだ!ねぇ、ねぇ、リート。ワタシの口汚れてるかな?」


 そう言って俺にナプキンを手渡す。確かに見れば口元にステーキソースが付いている。


 ......これは大勢のギャラリーの前で口を拭えと...そういうことなのか?


「ねーえ、早く拭いてよぅ。うー。」


 唇を尖らせ顎を突き出してくるシェリア。


 ギャラリーの目が俺に集中する。


 もうすでにポップコーンの食べさせ合いっこを経験している身だ。何を恐れる必要がある!


 ...シェリアの口元を優しく拭ってやる。


 瞬間、ギャラリーから歓声 悲鳴 口笛 拍手 その他もろもろ悲喜こもごもがわき起こる。


(なんということでしょう!!クイーンがイチャつきだしたー!彼女の可憐な魅力にファンになってしまった方々は私も含め御愁傷様だーッッッッッ)


 ...この実況してる人、ちょっと面白いな。


 そんなものはどこ吹く風で、シェリアは俺の腕をとってニコニコした顔を崩さない。


(涙をこらえて優勝者のクイーンシェリアに優勝賞金の贈呈です!)


 スポンサーであろう肉屋の娘さんがシェリアに賞金とメダルを手渡しにくる。メダルがシェリアの首にかけられた瞬間、改めてどっと巻き起こる歓声と拍手。


 ここにグリグラン大食いクイーン シェリア・サラマンデル・ユーツフォリアの伝説が幕を開けるのだった。



 そろそろ日の光が落ち始めた黄昏時。


「~~~♪♪」


 繋いだ手を大きめに動かしながら、鼻歌混じりに選手権会場を後にするシェリア。


「ごきげんですね、シェリアさん。」


「それはそうだよー。おいしいものいっぱい食べれたし、手品やお芝居でしょー。それとねー、あのちっちゃい子たちの合唱もスゴい可愛かったしー、あとねあとね...」


 シェリアは目を輝かせながら、指を折り今日体験した様々なことを反芻する。


 外界に初めて出てきたシェリアにとって、このグリグランの人々の活気に溢れた営みは、見るもの全てが新鮮で輝きに満ちたものだったんだろう。


「でもねでもね、きっとワタシ一人でここに来て、同じものを見たとしてもね、ここまでドキドキすることはなかったって思うんだー。...リートといっしょだったから。リートがとなりでいっしょに笑ったり、遊んだりしてくれたから。だから、すっこい楽しいんだー。えへへ。ありがと、リート。』


「それには俺も同意見だ。ありがとな、シェリア。」


 微かに繋いだシェリアの手から伝わる力が強まるのを感じる。それに応じて、俺も少しだけシェリアの手を強めに握る。


 その手から伝わるぬくもりを心地よく感じながら、少し歩いていると何かの催し物なのか、妙に荒ぶった歓声と大勢の人だかりが目に入ってくる。


「ねぇねぇ、リート。何かな何かな?見てみたいよぅ。行ってみよ?ねっ?」


 大勢のギャラリーが集まる輪の手前に、入場受付らしい係員の褐色の肌をしたエルフの姿を確かめ、そこに向かうシェリアと俺。


「あのーお姉さん。なんか妙に盛り上がってますけど、ここって何やってるんですか?」


 尋ねたエルフ姉ちゃんはあからさまな不機嫌オーラを隠そうともせずに俺達二人を眺めたあと、眉根にしわを寄せながら口を開いた。


「あん?あー、ここでやってんのは各ギルドからの代表者を集めたトーナメントマッチ。それの一回戦。...なんだけどさー、見ててあんま気持ちのいいモンじゃないぜ。今やってるのは衆人観衆の中でのただの弱い物イジメさ。ホント、ムナクソ悪い。」


 入場口だけは人がはけているせいか、中央で闘り合っている選手の様子を伺うことが出来る。


 ......一方的な試合だった。そもそもの体格が違いすぎる。なすがまま、相手に殴られ続けている選手はもう既にグロッキーにも関わらず、それを許されずに身体を無理矢理起こされ、なぶられ、その顔を赤色に染めていく。


 確かにこれは試合なんてもんじゃない。ただのリンチだ。


 シェリアもその様を見て目を背けているのかと思ったが、そうではなく、


「ねぇ、リート...これはあんまりだよね?私のパパは焔龍えんりゅうの戦士でとってもつよかったけど、みんなには優しかったの。ワタシはそんなパパが大好きだった。パパが戦ってるところは何回か見たことがあって、とってもこわかったけど、こんなに胸のところがイガイガってなったことはなかったの。ねぇ、リート......あの人を助けてあげたいって思うのはいけないことなのかな?」


 出会ってから初めて、僅かだがシェリアはその身にその眼に怒りの色を覗かせた。


 先程とは違った意味で、俺の手が強く握り締められる。


「いけないワケねーだろ。それはごく当たり前の感情だ。」


「ならね、ワタシが...」


 その先は絶対に言わせてはならない。


 例え、俺より数段シェリアの身体能力が高くても、絶対にそんなことを言わせる訳にはいかない!


「俺が行く。なあ、エルフの姉ちゃん。このトーナメントって飛び入りって大丈夫かな?ちょっと乱入したいんだけど......悪いシェリア、ちょっと行ってくる。お前の分もあの筋肉ダルマにキツいお仕置きしてくるわ。」


 エルフの姉ちゃんは一瞬切れ長の目を見開いた後に、


「アンタがアイツをどうにか出来るってのか?笑わせんな!あのクソ野郎は一応グリグランのギルド組合に登録されてる中でも、それなりの実力者だ。アンタみたいなのが行ったって...」


「たぶん大丈夫だと思う。俺、鍛えてるから。それにムナクソ悪くなってるのは俺もアンタもだろ?だったらこの場を盛り上げる演出として、この試合をどんな形にでも御破算に持ってった方が都合がいいんじゃないかな?」


 目を丸くしていたエルフの姉ちゃんが吹き出し、手を机にバンバン打ち付ける。


「アッハッハッハッハッ!!わかった。オーケー。やれるってんならアタシに見せてみてな!ただし、一応選手登録はしてもらう。この登録書に手をかざして名前と職業ジョブを言ってみな。それで手続き完了。あとのこまけーことはアタシの方でやっとく。」


 俺の目の前に、外枠に妙な刺繍が施された赤い布が突き出される。この刺繍の形...なんか見たことがある...気がする。


 それに手をかざして


「リート・ウラシマ 格闘士グラップラー


 自分の名前を告げると、赤い布が光に包まれ......


 なかった。


「あん?アンタ何ふざけてんだ?!アンタは格闘士なんかじゃねえ!アンタのジョブはねぇ......」



 怒号と歓声、どちらに対する賞賛とブーイングなのか......どっちでもいいか。


(おおっーと、ココでアクシデント発生の模様ですッッ!!何やら有志の勇気ある乱入者バカ野郎がフィールドに姿を現したーーッッッッ!!)


 どよめくギャラリー。一瞬の空白。行き場の無くなったエネルギーが再び熱を持って会場を揺らす。


 まずは目を閉じて深呼吸。その場で軽くステップを踏んで、いつものワン・ツー。左足をその場に残して、右足を徐々に頭の上まで持っていく。


(暴虐を尽くすグリグランの暴れ牛の伸びた角をへし折らんと、ここに二年ぶりの乱入者の登場だーッッッッッ!!そのバカ野郎の名前はぁーー!!)


 身体はいつも通り。動く。闘れる。......目を開ける。


(召喚士サモナー!!リィーートォっ!!ウルァーシマーーッ!!!)


 目の前にいるうしさんの姿を確かめる。典型的な筋肥大のゴリラか...いや、うしさんだった。


 てか、実況の人。大食いの時の......


「なぁんだ、テメー?乱入者だぁー?召喚士サモナーだぁー??笑わせんなよ、クソ餓鬼がぁー?!杖使ってポコポコ殴ってくるってのか!ヒャハハハハ!!」


 胸ぐらを掴んでいた相手選手を乱暴に下ろすうしさん。


「いやさ、俺もずっと格闘士グラップラーだと思い込んでたんだけどさ、召喚士サモナーらしいんだよね。なんでだろ?あと、ちょっと待ってて。」


 意識が消えかけている青アザだらけの選手に駆け寄って状態を確かめる。うわ、こりゃけっこうヒドイな。意識を繋いでるのが奇跡的だ。


「救護班早く来てくれ!結構ヤバい!早く!!」


 慌てて救護の人達がガッツ溢れる選手を運んでいく。


 これでよし。


「あーごめん。お待たせ。なんの話ししてたっけ?杖でポコポコ?あぁ、要らない要らない。そんなもん。アンタみたいな筋肉ダルマはコレで十分です。」


 うしさんをおちょくるように右手をかざして指をちょいちょい。


 にやけ面のうしさんの顔が氷ついて、みるみる赤くなっていく。よしよし、素直ないい子じゃないか。


「ほら、いつまで顔赤くしてんだよ?闘牛だったらヨソでやってくれ、う し さ ん。」


「ブッ殺す!!!」


 気合い烈迫。うしさんが全速力で俺に闘牛よろしく突っ込んでくる...!



...遅ェよ...バカにしてんのか?


 掴み掛かってくる左手をパーリングの要領で回避。流れで手の死角から顎に向けて右ハイを見舞う。


 ごしゃり。

 うん、いい手応え。いやまぁ、蹴りだけど。


 俺の身体をすり抜けて、うしさんの目玉がぐるりと上に。そのまま顔から地面にキスをする。


 油断も容赦もしない。


 左手をやや下ろして、右手は顎元に。重心を落として下半身は半身。いつものファイティングポーズ。


(なんてコトだぁーーっ!!ハイキック一閃!!グリグランの暴れ牛!その角をへし折られて地面と御対面っーーー!!)


 静まり返った会場が熱気に包まれ歓声が起こる。


 ...やっぱり実況の人面白いな。


(おおっと!ただでは終わらない!!暴れ牛が生まれたての小鹿の如く足を震わせながら、執念で立ち上がったーッッッッ!!)


 おぉ、中々のガッツ。いや、たぶんプッツンしてるだけだな、ありゃ。


「ゴロズ!ゴロジデ!!」


 牛型ゴロズbotと化したうしさんが腰のベルトに掛けてあった短刀を腰だめに構えて突っ込んでくる。


 その長さで腰だめに構えて何すんのさ......,?


 目の前に迫ったナイフを避けながら、伸び切ったうしさんの腕をとって、手のひら側を上に向ける。そのまま掴んだ手首を起点に肘を極めて背負い投げ。この体勢だと受け身はまず取れない。


「げぁっ!」

 今度は背中で地面にキスしたうしさんが苦悶の声を上げる。


 うしさんの胸ぐらを掴みあげて、耳元でささやく。


「弱い物イジメはホドホドにしときなよ。でないと次は本気で折るからね......あくまでこれは祭りの一環なんだろ?ここはアンタのウサばらしの場じゃないんだ...楽しくやんなきゃね。」


 うなだれるうしさん。お仕置きタイムはここまでだ。


 とりあえずこのタイミングで勝ち名乗りを上げとけば、周りがどうにか収拾してくれる。


 うしさんに背を向けて、右手を掲げながらその場を去る。


(イレギュラーの乱入戦!!ここに決着だーッッッッッ!!とんでもないバカが現れたっーーー!!その名は無窮の召喚士サモナー リート・ウラシマぁ!!!!)


 ギャラリーにもみくちゃにされながら、受付まで辿り着く。

ただい...


「リィぃトォー!!!大丈夫?!ケガしてない?!どこもいたくない?!ふえぇぇん、心配したよぅ...」


 全身をドラゴンの膂力そのままに抱き締められる。内臓...ないぞうが...でちゃう。


 それでも鼻先に薫るシェリアの髪の匂いはとても心地よくて...


「心配させちまって悪かったな。シェリア。大丈夫、どこも怪我してないから。」


 手のひらを背中にまわして、ぽんぽん赤子をあやすように取り敢えずシェリアを落ち着かせる。


「ふえぇぇ、よがっだよぅー!!よがっだーー!!」


 緊張の糸が溶けたのかシェリアが泣きじゃくり始めた。


 しばらくされるがままになっていると、


「ハイハイ、お楽しみんトコ悪いんだけどさ、ここでイチャつかれると控えの選手に影響出ちゃうから、ヨソでやってくんないかな?」


 受付のエルフ姉ちゃんがニヤニヤしながら、こちらに声を掛けてきた。


「イヤー、やってくれんじゃねぇか!リート・ウラシマ!適度に容赦がないクリーンファイト!楽しませてもらった!ザマァみろだっつーの!あのクソ野郎!」


「あの...俺もさっきは生意気言っちゃって。えーと...」


「カルメン。アタシの名前。カルメン・グリアーナだ。グリグランのギルド組合で受付をやってる。」


 彼女の褐色の手が差し出される。応じて俺もその手を握り返した。


「それでリート、アンタはこのままトーナメントに出る気はあんのか?」


「いや、出ないっす。そろそろ日が落ちてきたし、今夜の宿を見つけないと...」


「あん?宿だぁ?...そうか、アタシん家は家族で宿屋やっててな。......今回の礼っつーか、アタシの名前出せば、それなりの部屋をオフクロが用意してくれるハズだ。噴水広場に並んでるピンクの壁の宿屋だ。行ってみりゃーわかる。」


「それによ、」


カルメンさんが顎をしゃくってシェリアの方を見る。


「その赤い嬢ちゃんもお疲れみたいだしな。」


 泣き疲れたのかシェリアは俺の体にもたれ掛かりながら、穏やかな寝息を立てていた。



 シェリアをおぶりながら、街頭がちらほら灯りをつけ始めた街を歩く。


 長かった1日もようやく終わりを迎えようとしていた。

 あぁ、うん。楽しかったな。


 本心からそう思える1日だった...


 噴水広場が見えてきて、カルメンさんの実家だという宿屋を探す。


 ピンク、ピンク、ピンク...何故ピンク?


 思案に暮れながら見渡していると、程なくしてその宿は見つかった。


 ここだ、間違いない。

 壁面が全てピンクに染まり、ところどころにはハートの意匠。


 見上げた看板にはでかでかとこう書かれていた。


 [逢い引き宿屋 グリアーナ]


「ラブホじゃねーかっ!!!」


 まだまだ、俺とシェリアの1日は終わらないのかもしれない。


 これから始まるであろう決戦の予感を粘つく唾と共に飲み下し、俺は目前の宿屋の戸を叩いた。

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