14 逆説的実存のティータイム

 アーチに吊り下げられた同心円の簡素なシャンデリア、柱頭の上、柱の四方。無数の電球に照らされた聖堂の内壁が蜂蜜色に染まっていた。エウドキア・ロプーヒナは自分が翼廊の一端に立っていることに気づいた。自分の手を見下ろす。そこには自然な皺が刻まれ、皮膚の継ぎ目もなく、薄緑色をした細い血管がささやかに脈動している。ふと手首を握る。手には手首の骨や脈の感触、手首には掌の肉の柔らかさや温もりを感じる。でも彼女は手の感覚と手首の感覚とを上手く区別することができない。集中するとむしろどちらがどちらの感覚なのか分からなってくる。手近な石の柱に近づいて腕を押し当てる。冷たい。どうやら全身に皮膚感覚があるようだ。身につけているのは舞子に貰ったセーターとジョガーパンツ、それにスニーカーだった。

 翼廊には背の高い書架が並んでいる。その間からタリスが顔を見せる。エウドキアは翼廊の中心線に沿って開いている通路まで出ていく。

「やっとおいでになったわね」タリスが手を差し出す。袖のない白いワンピース。首元や肩の仕立てはレジ袋を連想してしまうくらい簡素だ。両者を比べるとエウドキアの方が遥かに背が高い。

「この体は?」エウドキアは差し出された手を無視して訊いた。

「あなたの体そのもの」タリスは答える。

「イメージではなくて?」

「そう。あなたの中にある自分自身のイメージの本質」

「違うと思う。これはあまりに生身だ。それにこの領域はあなたが掌握している」

 タリスは少し残念そうに一度手を下ろす。その程度のことを気にするのか、と思ったのか、あるいはそんなことより目の前に現れたタリス自身の像に疑問を呈してほしかったのかもしれない。

「あなたは私を人間として扱うことはしない」とエウドキア。

「私は?」

 エウドキアは首を傾げる。「違う?」と言うように。

「碧や要もあなたの自意識をそれなりに理解していると思うけど」

「彼らもまだ私が自分たちと同じ基準で生きることを望んでいる。少なくとも無意識のうちには」

「そう。紛れもなくあなたは人間。でも体を持たない」タリスは相手の目を捉えたまま顔を少し俯ける。手近なテーブルの縁に寄り掛かり、膝の内側に巻き込んだワンピースの裾を手で払って伸ばす。

「体ならある」エウドキアは言う。

「いくつかあったし、今もある。取り替えてきたのね。でもそれは同時に単一の身体感覚を持ったためしがないということも意味する。あらゆる身体の間を行き来するなんてことは現実の存在に基づく生き物にはできない」

「私は現実世界には存在しない?」

「いいえ、存在する。でも現実に存在する身体があなたの本質ではないということ。それは影に過ぎないということ」

「まあいい」エウドキアは手を差し出す。

 タリスも改めて握手に応じる。そして差し出された腕の肘のあたりを左手で軽く掴んだ。右手は放す。

「私が触れている感触がわかるでしょう? あなたの義体には部分的に皮膚感覚が備わっている。肘や腕にはないけれど、でも想像することができる。全く皮膚感覚を持たなかった頃に比べて遥かにリアルに」

 エウドキアはタリスの目を見ながらゆっくりと半歩下がった。その右腕がタリスの手に支えられて少し持ち上がり、滑り落ちる。

「あなたは生身という義体にも適応することができるのではなくて? 人間であることを認める必要などない。しかし人間になることを受け入れる余地はある」タリスは続けて言った。

「一時的に?」

「ええ。そのあとでまた何にでもなればいい。肢闘にでも、イルカにでも」

 エウドキアとタリスは身廊と翼廊の交点まで歩く。エウドキアは正面のファサードの方へ体を向ける。柱の列、アーチの列、消失点までまっすぐに伸びていくようなトリフォリウムの水平線。圧倒的空間の広がり。ファサードの中心、大玉の花火のようなバラ窓。エウドキアは頭上を見上げる。目を細めて険しい顔をする。

「どれくらいの高さがあるんだろう」エウドキアは言った。

「私たちのこのイメージの縮尺だと六十メートルくらいにはなるでしょうね」タリスは答える。スカートの左右の端を摘んで尾羽のようにちょっと広げる。「そういえばここはあなたにもカテドラルのイメージで見えているのね」

「そうらしい」

「九木崎の子供たちが初めてここへ来る前からそのイメージをある程度共有している、というのは理解できる。歳上たちから話を聞いたのでしょう。でもあなたは違う。誰かから聞いたのかしら」

 エウドキアは横にいるタリスの顔を見て、また正面のファサードへ目を戻した。少し体を左右に振って列柱の重なりから距離感を確かめる。

「それか、子供たちが共有しているイメージをあなたもまた自分の中に取り込んでいる。あなたが人々に対してそのように見せている。自覚がないなら、無意識のうちに」エウドキアは言った。

「面白い説ね」

「ここ全体があなたの内側なんでしょう?」

「そう。内側、というのも微妙な表現だけれど」

「あなたはこの空間そのもの。じゃあ、なぜあえてヒトのイメージを出現させているの? それともこれも私が無意識のうちに見たいものを見ているだけだというの?」

「いいえ。これは確かに私が出現させているの。人間のイメージを借りているのよ」タリスは微笑する。エウドキアがやっとそのことに言及してくれた。「だって、こうでなければ話しづらいでしょう。人間の感覚の次元に合わせるには結局このやり方が一番なの。文字だけでなく、声だけでなく、相手の表情を見て、手振りを見て、面と向かって話すのが完璧なコミュニケーションだと、人間の社会は長らく信じてきたのだもの」

「それに合わせている」

「ええ。そんな怪訝な顔をすることはないでしょう。私とあなたは別の存在なのだから、嗜好が違うのは当然。簡単なことよ、私は人間のことが嫌いではないの。少なくとも、嫌いではない人間がそれなりにいるの。私は彼らのことをもっとよく知り、見守っていかなくてはいけない。だから合わせる。それはとても自然ななりゆきだと思わない?」

 エウドキアはうっすらと頷く。少し顎を上げてバラ窓を見上げている。夜中なので日光は入らない。ところどころ照明の光が映っているだけだ。

「あなたはその姿を選び取った。でも私はもとからこの姿だった」エウドキアは言った。

「私のように選びたかった?」とタリス。

「いや。でもまだもとの機体の方がしっくりきたんじゃないかな」

「F12」

「そう」

「身体シェーマの拡大余地。おそらく、そう。現実において今のあなたは与えられた義体の外部に身体感覚を広げていく余地がない。義体のコンピュータを経由してこうして私の中に像をつくり、そこで得た感覚を自分の神経系に返すことはできる。でもそれは自分の身体の領域そのものを本来の身体の外側へ広げていくのとは違う」

「つまり、現実の身体の領域に縛られている。今ここで経験していることも現実の身体感覚に置き換えるしかない?」

「そう。身体の内と外がはっきりと線引きされている、という言い方もできる。ここに長居しても迷うことなく帰ることができるでしょう。それもまた才能なの」

 エウドキアとタリスは内陣まで身廊の真ん中を歩き、半地下に掘り下げられた周歩廊から小部屋に入る。そこはちょうどアプスの真下にあたる。天井が低い。エウドキアは首を屈める。壁面はほとんど書架と食器棚で占められていて、ちょっと体を傾ければ端から端まで手が届きそうなくらい小さな空間になっていた。その真ん中に対面掛けがせいぜいくらいの小さなテーブルが置いてある。タリスはテーブルの上で紅茶を淹れる。インペリアル・ポーセリンのブルースピンクネット。文字通りミカン網に白磁を入れて模様を焼きつけたようなティーセット。

「ここではあなたも食事をすることができる。ケーキを食べ、紅茶を飲む」タリスはポットを傾けながら訊く。

 エウドキアはタリスの差し出したカップを自分の方へいくらか引き寄せ、持ち上げて鼻を近づけ、それからほんの少し口に含んだ。その仕草だけは少しばかり野性的な振る舞いに見えた。

「なぜあなたはものの味を知ることができるのかしら」タリスは訊いた。指先をカップの上に翳し、湯気で炙るように動かす。

「私にも嗅覚はあった。味というのは嗅覚に依るところも大きいんでしょ?」とエウドキア。

「なら、舌触りや喉越しはどう?」

「うん。イメージに過ぎないけど。なにしろ多くの人間による表現を見てきたし、あるいは、読んできた」

「本当に?」

 エウドキアはやや斜めに小さく頷く。言い直すまでもない、といったふう。

 タリスは少し俯いて微笑する。もしかしたらエウドキアのことを疑っているのかもしれない。本当に初めから肢闘として生きてきたのか。人間であった頃の感覚の記憶が残っているのではないか。

「ねえ、話は変わるけど」エウドキアはカップを置きつつ言った。「あなたが呼んだのは私だったの? それとも私たちの中の誰かだったの?」

「呼んだ? 私があなたに初めて接触したのは――」

「そういう意味ではなくて。九木崎や、あるいは樺太電信の手回しなのか、それともあなた自身が独自にそうしたのか、ちょっと判断がつかないところもあるのだけど」

「人間のスケールで生活してみるのもなかなか面白いでしょう?」

 エウドキアは黙ってタリスを見つめる。タリスもまたその目をじっと見返している。状況は動かない。カップから湯気が立ち上っている。一分くらいそうしたあと、エウドキアは諦めて紅茶に口をつけた。

「確かに、ここに来られてよかったと思うこともたくさんある。だけど、ナゴフ博士が少しでも不幸になるようなことがあったら、私は何かを恨まなければいけない」

「もし私があなたならその手の質問に答えは期待しないわ。もしそう考える確かな根拠があるなら、わざわざ言葉にして確認する必要などないもの」タリスは紅茶を一口飲み、カップの縁についた滴を拭って指の腹に馴染ませた。「イヴノ・ナゴフ。彼と連絡を取りたい?」

「できるの?」

「いいえ。今はできない。今、サナエフ研究所はあらゆるネットワークから遮断されている。Eメールも、電話も」

 エウドキアは溜息をつく。「警察の捜査が入ってる。あの一帯を丸ごと取調室にしてるんだ」

「それだけではない。あらゆる次元、あらゆる程度の非難から中にいる人々を守っている」

「人々と、そして私たちの仲間を。わからない、どうなっているんだろう」エウドキアは深刻そうに首を振った。

「彼はあなたにとって特別な存在なのね?」

 エウドキアはまたしばらくの間答えない。なぜ自分だけが質問に答え続けなければならないのだろう。座る位置を少し前にずらして背凭れに肩を預ける。でも仕方がない。

「私たちを創り出したのは博士だから」とエウドキア。

「では彼が特別なのは、あなたにとって、ではなく、あなたたちにとって」

「そう」

「あなたたちはいつ彼のことを尊重するようになったのかしら」

「いつ?」

「自らを創造した存在である、だから慕う、というのは因果関係として飛躍していると思うの。それだけでは宗教だわ。私のもとに生みの親を嫌う子供がいるのと同じように、そこには経験や記憶としての嫌う理由、好く理由があるのではなくて?」

 エウドキアはタリスの手を見ながら少し考える。その手はテーブルの上で軽く重なり合っていた。

「私たちは軍人にとっては兵器であり、科学者にとってはケースであり、あるいはもっと浅薄な者たちにとってはキメラという魔物に過ぎなかった。博士にとって私は私だった」

「それこそ人間扱いではないの」タリスは相手の目を覗き込むように少し眉を上げ、片手を立てて頬に当てる。指先が目の横で髪を挟む。

「博士は他の人間とはほとんど交渉を持たなかった。その孤独を癒せるのは私たちだけだった」

「つまり、自分の嫌う側面を取り払った理想的な人間像をあなたたちに求めたのよ」

「なぜそう思うの?」

「孤独を癒す、というのはそういう意味でしょう」

「違う。それは違う。博士のことを知らないあなたにそんなふうに断言される筋合いはない」

「そう。あなたの方がずっとよく彼のことを理解している」タリスは姿勢を正しながら言った。「私は可能性を示唆しているに過ぎないのよ。あるいはそれは妄信であって、こういう考え方の方が本質を射抜いているのではないか、と。気を悪くしたなら謝るわ」

「いや」エウドキアは重たい息をつく。

「でも顔色が悪い」

「顔色?」

「そこに鏡がある」タリスは壁を指した。

 座ったまま首を伸ばしても顔が映る位置ではない。かといって席を立つのも癪だったのだろう、エウドキアは手元の紅茶を少し覗き込む。でもそこにはいささか下方から見上げたエウドキアの顔が赤茶色の色調になって映っているだけだった。顔色など窺いようがない。

 タリスは肩の前に出した髪の毛先を両手で撫でていた。

「正直なところ、確かに私はサナエフの研究に大きな関心を抱いていたの。あなたたちと博士の関係に、といってもいい。でもそれはいささか閉鎖的で、そのままでは私にとって価値のないレベルで終わってしまうかもしれなかった。もっと多くの理論を取り入れ、もっと多くの状況に接するべきだった。だから私は九木崎とのより親密な交流を辛抱強く提案していたのよ。あなたがここへ来てくれたのはとても貴重なことだけど、それがこんなふうにサナエフにとって破滅的な形でなされることを望んでいたわけではない」

「博士が九木崎を頼るように言ったのはそういう事情があったからなのかな」

「おそらくは」とタリスは口元に優しく微笑を浮かべた。

 それでもエウドキアはまだタリスのことを信じていないようだった。右手が左手の袖を握っていた。上下の顎を強く噛み合わせていた。不安だ。この義体に移るという決断は本当に正しかったのだろうか。そんな迷いがぐるぐると頭の中で回っているような様子だった。

「カーベラのAIの調教、見事だった」ふとエウドキアが言った。まだ不安な顔をしている。目は食器棚のガラス戸の中を見ていた。「あれはタリスが書き直したんだってね」

「ええ」

「私を今の義体に移すためにプライドをへし折らなきゃいけなかった。あのF12は紛れもなく私の体だった。どう動かせばいいか知りつくしていた。だからたかが数日でできあがったようなプログラムに負けるなんてことはあってはならなかった。でも現実はそうなった。私が肢闘として生きてきた意味はそこでまんまと否定されたんだ。そういう意味ではあなたの試みは成功だった。ほとんど完全に」

 タリスは浅く頬杖をついてエウドキアの話を聞いている。右手で左手を隠すように包んで、その指の方に頬を当てている。唇で小指の背を触っているようにも見える。

「森の中で鉢合わせた時はあのカーベラのAIがそんなに高等なものだとは思えなかった。だから私が来てから書き直したんだね。私にぶつけるために書き直した。それはたぶん合ってる。自意識過剰じゃないと思う。ただ書き直し自体にかけた時間は大したものじゃない。自分の機体から学ぶように仕向けただけだ。あのインファン・ゲッコーと同じように。あるいはインファン・ゲッコーを手本にしたのかもしれない。だとしたらあなたにも謙虚というか、なりふりの構わないところがあるんだと思うけど、まあいい。問題はそこからで、何度も何度も機体を動かしたんだ。ただ実際にじゃない。タリス、あなたは一種のスーパーコンピュータだ。広大な演算領域を持っている。そこで機体の動かし方を学ばせればいい。いわゆるイメージトレーニング。それは私にもできないことはない。でもコンピュータの性能が違いすぎる。私が数年かけたことをあなたは数日でやってのけた。そうしてある程度のところまで来たらようやく何度か実際に機体を動かして、演算空間との違いを擦り合わせればいい。その段階はさして時間はかからない。最終的にAIはカーベラを扱うことができるようになった。私と同じだ。動きを見ればわかる。機体の性能を出し切っていたし、とてもしなやかだった。そうなるとF12よりカーベラの方が軽くて小さいし、電磁サーボの分だけ関節も速い。それが勝敗を分けた。それでも私は私。そのくらいのハンデはあっていい。ハンデで負けてもプライドは十分傷つく。取り返しのつかないほど十分に」

 タリスは頬杖のまましばらく目を伏せた。でも何も言わなかった。事実と合っているとも違っているとも言うわけにはいかないし、慰めやはぐらかしはエウドキアの気分を損ねるような気がしたのかもしれない。

 少ししてタリスはポットにカバーを被せる。エウドキアを連れて部屋を抜け、エウドキアが入ってきた翼廊の先へ伸びる渡り廊下を進んでいく。夜空の下に乳白色の聖堂の外壁が見える。窓の近くは中の蜂蜜色の明りに照らされている。飛び梁と控壁の輪郭がそこにくっきりとしたコントラストを落としている。小さな中庭を挟んだ向かいに下宿のような建物があり、中へ入ると左右に分岐した廊下の両側に小部屋の扉が並んでいる。

「ここ」とタリス。

 ドアの表札は工場の床にあるスポットの番号に対応していた。そのドアの番号はドルフィン8が繋がれている端子のものだった。

「リーザがつながっているの?」

「こちらからアクセスはしていない。私もしていないし、他の誰にもさせていない。それはおそらく彼女という存在の保持に必要なことでしょうから。彼女が自分から入ってくるならそれは拒まないけれど」

「リーザの領域は侵していないんだね?」

「そう。あなたなら呼び起こせるのではなくて?」

 エウドキアはドアの前に立って「リーザ」と呼びかけた。決して大声ではない。

 廊下に響いた余韻もすぐに消える。

 返事はない。ドアの向こうからは何の動きの気配も感じられない。

 それからエウドキアはドアノブに手をかけようとしてやめ、そのまま今度は指を丸めてノックの形にしたが、結局叩かなかった。手を下ろす。

「この先には私の認識できない何かがあるような気がする。扉を開けた時、その霧のようなものは扉の隙間から逃げ出して、きっと元には戻らない」

「なぜ?」

「なぜ?」エウドキアは質問をオウム返しにした。

「霧のようなものとは何なのか、なぜあなたはいけないと思うのか」

「なぜだろう。そう感じるのだけど」エウドキアはドアの表札を見つめる。自分のこめかみにゆっくりと指先を当てる。「たぶん、それは私たちにとって正しいコミュニケーションの形ではないから」

「どういうことかしら」

「十日くらい前にリーザが九木崎の工場に移されてから、私は色々な方法でリーザに呼びかけていたの。まずは音声、次にレーザー、それから無線とか、光通信とか、あらゆる。返事はなかった。ただそれは全部私たちがもとから、ロシアにいる時から使っているコミュニケーションの手段なの。人間が声と文字を使うのと同じように、イルカが超音波を使うのと同じように。だけどこれは違う。お互い九木崎の投影器を介して、タリスの中のネットワークを通じて呼びかけるなんて、きっと間違ってる」

「いつもと違う方法で呼びかけることは本当に取り返しのつかない結果を招くことにつながるの?」タリスは首をやや斜めに俯けて左の頬にかかる髪に枝毛がないか見て確かめている。

「わからない。でも強くそう感じる。今まで通りここの外から呼びかけて、あとはただ待つ。リーザに任せよう。その方がいい」

「本当に?」

「本当に」

 タリスはもう少しエウドキアの言葉が続かないか待ってから踵を返しし、満足そうに廊下を戻りながら首筋にかかる後ろ髪を手の甲で払った。タリスは別にどうしてもエリザヴェータを目覚めさせたかったわけではないのだ。それよりもエウドキアがリーザの眠りについてどう考えているのかを聞きたかっただけなのだ。

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