5.サービス業

「言いたいことはそれで全部か?」


 殺し屋は言い、太ももの大口径リボルバーを覗かせた。

 シンディは何も答えない。銃には一瞥もくれず、虚空を仰いだまま、細く長い息を吐きだす。十五年間、溜めこんできたものを吐きだした、その感慨も一緒に。


 いま死ねば、きっと楽だ。


 シンディはそう思う。

 けれど気持ちが軽くなって隙間ができると、そこに巣食おうとするのが欲だ。

 彼女はうっかり、それを口にしてしまった。


「もう一度、あのひとに会いたいわ……」


 案の定、視界の端で影が動いた。

 シンディは慌てて死神をふり仰いだ。

 彼が殺しの対価に求めるのは金ではないという。

 依頼人の一番大切なものこそが、ゆいいつ彼にもたらされる報酬……。


「ふん」


 つまらなそうにソファに埋まっていた体躯が、のそりと起き上がる。ウエスタンハットが傾いて目許が隠れる。死神はそのまま、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。何らかの宣告のように。


「そのアレックスとかいう男。会わせてやろうか」

「あの世で、とか言わないわよね」


 冗談めかした台詞に、死神はくすりとも笑わなかった。


「それが望みなら望みどおりにしてやる」

「とんでもないわ!」


 シンディの横たわった身体がはね上がった。

 互いの視線が真っ向からぶつかった。

 しかし、先に目を逸らしたのはシンディだ。萎れたように項垂れて、胸に手を当てた。そこに怒りと焦りが鼓動を打っていた。だが、それだけだった。


「……たしかに、あの人はわたしの大切な人だった。でも、今は違うの。あなたに話してみて分かったわ。もうあの頃みたいな気持ちはないんだって」

「なのに会いたいのか」


 ソファの背もたれに頭を預けて、シンディは自嘲的な吐息をもらす。


「いまさら、あの人とどうにかなりたいなんて思わない。復讐心だってない。でも、あの人と過ごした日々が一番しあわせで……なんて言えばいいのか。向き合いたくなったのかもしれないわ」


 死神はなにも答えない。代わりに窓がカタカタと鳴った。シンディが上目に見ると、死神は鼻からふんと息を吐いて立ち上がった。腰を浮かした依頼人を、彼は不敵な笑みで見下ろした。


「なに、どうするつもり?」

「あんたの望みを叶えてやるんだよ」

「え?」

「連れて来てやるって言ってんだ。その思い出の男」


 不思議と先程までの殺気めいたものは感じられなかった。それどころか目の前の彼は、死神でも殺し屋でもないように見えた。まるで、ひとりの、ただの男。お付きの少女が呼んでいた、ストックという男に見えた。


「どうして、そこまでしてくれるの? あなたは殺し屋でしょう」

「殺し屋はサービス業なんだよ」


 乾いた笑いを吐き捨てると、彼はアレックスに関することを話せと言った。

 そこに突然、甲高い声が割って入った。


「それ、あたしにやらせて!」


 ひゃっと悲鳴をあげ、飛び上がったシンディとは対照的に、ストックは玄関を鋭く見やった。小柄な影が駆け寄ってきた。シンディを導いてきた、あの少女だった。


「あたしにやらせて!」

「ダメだ」


 くり返し訴える少女に、にべもなく告げた。彼の顔つきは死神のそれに戻っていた。


「どうして!」


 はり付いた例の笑みもなく少女が詰め寄る。あとにしろと言われても、少女は頑として譲らなかった。死神の目はますます鋭く、剣呑な光を帯びた。


「今回の依頼は特別だ。タイムリミットがある。底に溜まった砂を返してリセット、ってなわけにはいかねぇ」


 だよな?

 死神の目が同意を求めるようにシンディへ向いた。シンディはその気迫に気圧され、曖昧にうなずいた。少女は下唇を噛んで俯いてしまった。とっさに何か言いかけて、シンディはきゅっと目をつむった。すると、瞼の裏に過去の情景が浮かび上がってきた。


『どうかした?』


 アレックスの肩に額を押しつけ、本心を韜晦してみせた十五年前の記憶。テーブルの上を整理する彼の横顔が、少女の浮かべた表情とちょうど重なった。


「あ、あの……!」


 シンディはたまらず声を発した。

 そして、少女ではなく死神に目を向けた。


「殺し屋っていうのは、サービス業なのよね?」

「それがどうした」

「なら、もうひとつ要望を聞いてくれるかしら」


 怪訝そうにした死神に、シンディは悪戯っぽく笑ってみせた。


「アレックスは、あの子に探してもらいたいわ」


 少女が弾かれたように顔をあげ、死神は不可解そうに眉をひそめた。


「間に合わないかもしれないぜ」

「なら、わたしの人生そんなものってことよ。でも、殺してもらわなくちゃ本末転倒だし、また発作が起きたら、その時は……」


 相手が言い終えるのを待たず、巨体がソファを軋ませた。死神は懐から煙草をとり出した。が、すぐに目の前の女が病人なのを思い出したのかテーブルの上に置いた。諦めたように目を伏せると、一服とはいかぬ様子で溜まったものを吐きだした。


「……客の要望を無下に断るわけにはいかねぇ」

「いいの!?」


 たちまち少女がソファにとび乗り、死神の目を覗きこんだ。ストックはその肩を押しやって答えた。


「やるからにはちゃんとやれ」


 喜色満面、少女がシンディを振り仰いだ。


「なら、手紙のひとつでも書かなくちゃいけないわね」


 シンディはウインクを返した。

 胸を張る少女を見ていると、何故だかすこし心が軽くなった気がした。

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