7.失敗だったな

 とあるフレンチレストランに、不釣り合いな二つの人影がある。

 

 一人はピンクのスウェットの少女。なにが楽しいのか、身体をゆらゆら左右に揺らしながら笑っている。


 もう一人は、灰色のTシャツからはち切れんばかりの筋肉を浮きあがらせた偉丈夫。鈍色の髪をかきながら「大人しくできねぇのかお前は」と、しわがれた悪態をついている。


「だってだって! 面白いじゃん。お金ないのにレストランだよ?」

「うるせぇぞ、マグ。金が手に入ったから来たんだろうが」

「ストックって貯金できない病気なの? なのに!」

「そんな病気ねぇし、そう呼んでるのはお前だけだ」


 二人はローケンクロゼにひそむ影だ。

 ストックと呼ばれた男は殺し屋であり、マグと呼ばれた少女は、殺し屋と依頼人を中継するメッセンジャーである。本来は、このような光に埋もれた場所で生活する人間ではないが、殺し屋はきまぐれで、メッセンジャーの少女はわがままだった。


「そもそもお前がここに入ろうって言いだしたんじゃねぇか」

「だって、お腹空いたんだもん!」

「こんな高い店じゃなくてもよかったろ」

「でも、ここゼッタイおいしいよ!」

「そりゃそうだろ。美味くなかったら、ここにいる全員撃ち殺してやる」


 マグはそれにキャラキャラと腹を抱えて笑う。

 そこに軽蔑としか思えない笑顔を浮かべたウエイターがやって来た。

 追い出されないだけマシな店だ、とストックは下手くそな愛想笑いを返しておく。


「お待たせいたしました」


 テーブルに置かれたのは、なんだかごちゃごちゃしたオムレツだった。黄やら緑やら紫やら、やたらと派手なサラダを添えている。皿の端には、指でこすりつけたような少量のソース。


 ウエイターから説明があるが、とにかく贅沢なことしか解らなかった。


 ともかく、いよいよメインディッシュである。前菜は珍妙で、味に関してはよく分からなかったが、まあオムレツならオムレツだろう。やっと想像どおりのものを口にできそうだと安堵がこみあげる。


「レッツ、オムレツぅー!」


 シャレのような叫び声とともに、マグがオムレツを掬いとる。黄金の山がわれ、とろりと半熟の中身が流れだした。少女の大きな口がひらき、欠けた歯にスプーンが当たってカチと下品な音をたてる。


 一瞬のとろけるような表情があった。ところが、すぐにいつもの笑みが戻る。その口から「おいしい!」の一言はない。ただ「エヘヘ」と意味不明の笑いがこぼれた。


 ストックは嫌な予感を覚えながら、マグに続いてオムレツを含んだ。舌触りのいい上品な味が口中にひろがり、たちまち飢えを満たしていく。さすがは一級のフレンチレストランだ。


 しかしストックはグラスのなかの水を呷ると、懐かしい味を思い出しながら嘆息をついた。


「……銃を持ってこなかったのは失敗だったな」




                     〈夢はいつまでも夢のままで(了)〉

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