第26話 がちがち文化祭


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 受付をしていて、外部の人や、クラスメイトの親御さんらしき人を目にする機会が増えてくる。内部の人はどこかでお昼を食べているのか、それとも午前で見てしまったのか、来訪者はそこまで多くない。忙しすぎず暇過ぎないちょうどいい客入りで、僕は沼と話しながら受付をこなしていた。


「ケイの親は来るのか?」

「どうだろ。一応、招待状は渡しておいたけど。沼は?」

「来るそうだ。片割れの姿を見ておきたいらしい」

「沼の親、あれ見たらびっくりしそうだなぁ」

「俺も見に行ったが、なかなか凝っていたな。なぜかあいつには怒られたが」と沼が髪をわしゃわしゃとかいた。

 僕は笑いながら云った。「見られるの、恥ずかしかったんだろうね」


 僕らは廊下を通る人たちに聞こえないくらいの声で話していたら「うーっす。お疲れ」とシャツの上にえんじ色の法被を羽織った若藤がやってきた。何個かしろいビニール袋を持っていて、近くに寄ってくると、ソースのいい香りが漂ってくる。


「浮かれた格好だな」

「うるせえわ。風紀委員はコレ着ねーといけねえ決まりなんだよ」と若藤が法被を見せるように腕を広げた。

「いまからお昼?」

「おう。やっと午前中のゴタゴタが片づいたところ。あ、そうそう、ほれ差し入れ」


 若藤が袋を漁り、映画館で使われているような大きめの紙コップを受付の机においた。変だったのは、真っ黒い紙が張り付けられていて『?』としろいペンで書かれていること。なんかヤバそうだったけれど、僕はおそるおそるストローを指して、人目に入らないようにしながら軽くすすってみた。


「マンゴージュー、ス?」と僕は首を傾げた。「に、たぶんなにか混ざってるっぽい……後味が、なんか違うけど、美味しいかな?」

「その黒い紙はがしてみ。なにが入ってるか裏に書いてあるんだと」


 僕はセロハンテープを取った。女子っぽい丸みを帯びた字で『文化祭を元気に乗り切ろう!』と一言あり、その下にマンゴージュース+エナジードリンクと書かれていて、云われてみればそれっぽいかもと納得する。


「ぼふっ……んぶっ……んふっ……」と沼が噎せた。「あー、ぶなかった。なんっだこれ……おそろしい味がするぞ……」

「マジ? ちょ、ひとくちくれ」と若藤がストローをすすった。「んっぶふ!? まっず、んだこれ!? ヤっベえな!?」

「ほんと? 僕にもひとくちちょうだい」と僕は若藤からコップをもらった。「んっぅ……っ、……ぃーなにこれ。まっず……」

「裏、なんて書いてあるよ?」


 僕は黒い紙をはがしてふたりに見せるように広げると、払いが尖った荒れた字で『クククッ。我が血をその身の糧とし、眷属となるがいい!』とあり、その下に不浄の毒水(コーラ)+狂乱の魔酒(コーヒー)+黒龍王の血(トマトジュース)とあった。


「だれがなるかバカタレ。はいこれアウト。あーっと。たしか1‐Dだったかな」と若藤が胸ポケットからボールペンをだして手の甲になにかを書いた。「それもらうわ。委員長にこれだすの禁止させるように云わねえと」

 僕はコップを渡した。「そういうのも風紀委員の仕事なの?」

「まあな。ちょっと前、いろいろ混ぜたたこ焼き作って、大量に捨てられてた年があったんだと。まあネタで作ったんだと思うけど、金払わせてさすがにっていろいろな声があったらしくてな。でそれ以降、風紀委員が見回って、そういうの禁止させるようにしてるんだと」

「俺で毒味させるな……」

「悪い悪い。まさかこんなん入ってると思わなかったからよ」と若藤が云った。「おまえもうすぐ受付終わりだろ? これ渡したらまた戻ってくるから、あとでいっしょにどこか行こうぜ。そのときなんかおごるからよ」

「いや、いい。おまえが悪いわけじゃないからな。いっしょにまわるのはかまわん。はやく行って来い」

「おっけ。んじゃあとでな」


 若藤が小走りで去っていく。風紀委員も大変そうだなと思いながら、僕は沼に「よければあげる」と飲みかけだったけれど、もらったジュースを渡した。

「いいのか?」

「うん。口直しになればいいけど」

「助かる」


 沼が頬をへこませて、思いっきりストローを吸い上げる。僕は不味いと知っていたので、ちょっとしか口に入れなかったけれど、沼は知らずに思いっきり飲んでいたから、僕たち以上にダメージを負っただろう。これですこしでも回復してくれたらいいな、と僕は思った。


 そのとき、ポケットに入れていたスマホが震えた。下を向きながら画面を見ると、満水さんから『もうすぐそっち着くよー』とメッセージが表示されている。僕は『了解』と返事をしてから、キャラクターが踊っているスタンプを送った。


「満水か?」

「うん。もうすぐこっち来るって」と僕はスマホで時間を確認した。「あとちょっとで交代だけど、次の人、まだ来ないね」

「そうだな」


 沼と交代の人を待っていると、満水さんがやってきた。弓峰さんと腕を組み、にこにこと機嫌良さそうな笑みを浮かべながら「お疲れさまー」と云ってくる。髪が普段よりもさらさらしていて、疎い僕でも化粧をしているとわかるくらいに目のあたりに力が入り、唇の色が濃く見えた。


「お疲れ。ごめん、まだ次の人が来なくて。もうすこし待ってもらっていい?」

「うん、いいよ」

「いやダメでしょ。マユ、行ってきていいよ。来るまで私が受付いるから」と弓峰さんがするりと腕を引き抜いた。

「え、いいの?」

「いいよぜんぜん。あーでも、アレだなー、私そういうお人好しキャラじゃないしなー」と弓峰さんがにやにやしながらわざとらしく云った。「マユ、ちょっと」

「ん?」 


 耳打ちすると、満水さんが口元を隠して「やだーもー。ねー」と顔を赤らめながら弓峰さんの肩を触る。すると弓峰さんが「なにーもー」と笑いながら云い返した。沼がこちらに顔を向けると『なに盛り上がってるんだろうな』と云いたげな顔をしている。僕もきっと似たような顔をしているだろう。


「俺も若藤が来るまでここにいないとならん。気にせず行ってこい」

「そうそう。小暮、行く準備して」

「あ、はい」と僕は立ち上がった。「じゃあごめん沼、あとよろしく」

「おう。愉しんでこい」


 僕はポケットに財布とスマホがあるかを確認して、受付の机のなかにしまっていたパンフレットを取りだした。


「じゃあ、行こう」

「うん……」と満水さんが小さな声で云った。「ユコ、ありがと」

「ん。じゃねー。待ってるよ」と弓峰さんが笑顔で手を振ってきた。


 僕はパンフレットを片手に、満水さんと並んで廊下を歩いていく。窓から正面玄関前を見下ろすと、内部と外部の人が入り交じって異様な活気が満ち満ちていた。大きめの展示物が飾られていたり、部活が主体でだしている出店が並んだりと、その賑わいを眺めているだけで自然と気分が高まってくる。


「あの」

「ん?」


 満水さんが声をかけてきたので振り向くと、なにやら緊張した面持ちで、下を向きながら手をいじっていた。


「あとでいっしょに、写真、撮ってもいい?」と満水さんが小さな声で云った。「交代してくれ――件、ってユコが、――大といっ――って」

 ごにょごにょとはっきりしない声で話していたので、廊下を歩いていた人たちの声にかき消されてしまう。僕は一歩そちらに近づき「なに?」と耳を近づけてみた。


「ねえー。絶対聞こえてたでしょー」と満水さんが腕を触ってきた。

「いやほんとに。途切れ途切れで」と僕は云った。「えーっと、写真撮るんだっけ?」

「ほらー。聞こえてる。そういうことすると」


 満水さんがわき腹をぷすっと指でつついてきた。


「あちょ、待って」と僕は笑いながら腰を引いた。「ちょ、と、待っ、ごめん、謝るから攻撃やめてくださいお願いします」

「わき腹弱いんだ」と満水さんが笑いながら云った。「弱点発見」

「弱くない人っているの?」

「わたしぜんぜんきかないよ?」

「ほんとに? じゃあ片手上げてみて?」

「やだー、こんなところで」と満水さんが身体を抱きながら云った。「あ、ねえ、あそこで写真撮ろ?」


 満水さんが立ち止まる。階段の付近には一年生の教室でなにをやるのかわかるようにポスターが貼られていた。うちのクラスは『Alice in wonderland of the Right and Dark』と白黒でアリスの絵が描かれたポスターが張ってあり、他のクラスが派手な色使いなものが多いせいか、逆に目立っている。


 記念にもなるしちょうどいいかもしれない。僕はポスターをバックにして立つと、満水さんがスマホを取りだして内側のカメラを起動させながら腕を伸ばした。


「入りそう?」

「んー。ちょっとはみでちゃう」

「僕やろうか?」

「うん、お願い」と満水さんがスマホを渡した。

 僕は腕を伸ばした。「ぎりぎりかな。いくよ」


 シャッターを押そうとしたとき、満水さんがわき腹に手を添えてきた。身体が勝手に反応してしまい、僕は「ちょ、待って。このタイミングは反則でしょ」とシャッターを押せずに笑ってしまった。


「違う違う、いまのはそんなつもりなくて」と満水さんが云った。「もっとくっつかないと、入らないかなって……」


 顔を赤くして目をそらす。僕はてっきり、わざと笑わせようとしているのかと思っていたので、予期せぬ返事にきゅっと胸が締めつけられてしまった。


 僕は満水さんのわき腹に手を添え、ぐっと身体を引き寄せる。


「ほんとだ。きかないね」と僕は云った。「いい? 撮って?」

「ち、ちょっと待って……いま無理……」と満水さんが手で口を隠した。「ユコに送らないとだから。いまの顔見せたくない……」

「じゃあ、これは僕に送って」


 満水さんがちらっと人目を気にするように目線を動かし、そのあと上目遣いでこくこくと小さく首を縦に振った。画面にポスター、その前に僕らがしっかり収まっていることを確認してボタンを押すと、カシャッとシャッター音が鳴る。


 手を離してスマホを返すと、満水さんは「あっついー」と頬に手を添えながら操作して、さきほど撮った写真を見せてきた。僕は自然に写っていたけれど、満水さんはぎゅっと唇を結び、目尻が下がって、にやけているのを堪えているような顔をしている。


「これでいい?」

「うん、最高」

「削除」

「えっ、ほんとにした?」

「うそうそ。でも変な顔だからやだなー」と満水さんがスマホを差しだしてきた。「今度はふつうな感じで撮ろ?」

「わかった」


 僕はスマホを受け取り、腕を伸ばした。さっきよりも自然に身体を寄せ合うことができて、肩と肩をぎゅっとくっつけていると、満水さんのさらさらとした髪が頬に当たる。


「いい? 撮るよ?」

「いいよー」


 画面のボタンを押し、ふたりで撮った写真を眺める。どっちも自然にほほえんでいて、満水さんはいつものにへーっという感じの笑顔で、僕もまあ、自分で云うのも変だけど、いい顔をしているんじゃないかと思えた。


 ふたつの写真を見比べて、どっちの満水さんも好きだったけれど、二枚目のほうが僕たちらしい気がして、それも頼んで送ってもらうことにした。


 

 ふたりで相談しながら校内をいろいろ巡っていき、そろそろ行くところもなくなってきた。廊下を何気なく歩いていると、僕はとある人を見つけて、満水さんの肩をたたく。


「あれ、マチさんじゃない?」


 窓に手をつきながら、中庭を見下ろしている小柄な女の子がいた。前髪はセンター分けで、長さは肩を越えるくらいの髪を胸のあたりに垂らしている。見るからにダボダボのグレーのスウェットを着て、小さめのサコッシュを下げ、黒いスキニーパンツをはいていた。中学生にしては落ち着いた服装で、色味がすくなく、来客用のグリーンのスリッパがよく映える。


「どこ?」


 指をさして満水さんに知らせると「ほんとだ」と少々驚いた声で云ってから駆け寄っていく。


「マチ?」

 マチさんが振り返った。「あ。おねえちゃん」

「来てたの? え、もしかしてひとりで?」

「んーん。お父さんとお母さんもいる。いっしょだと恥ずかしいから別行動してる」とマチさんがこちらに顔を向けた。「あ。こんにちは」

「こんにちは」と僕は軽く頭を下げた。

「まあ、なんとなく気持ちはわからなくもないけど」と満水さんが云った。「来てるなら、連絡してくれればいいのに……」

「ねえ」

「なに?」

「お金ちょうだい。お腹空いた」

「あげるわけないよね」と満水さんが云った。「お父さんとお母さんのところ戻りなよ。なにか食べさせてくれるでしょ」

「いまどこかわかんない。スマホないから連絡取れないし」

「どこで合流するか決めてないの?」

「三時に下駄箱」


 僕はスマホで時間を確認した。落ち合うまでまだまだある。文化祭といってもタダでなにかをしているところは以外とすくなく、お金を持っていないと時間まで暇つぶしをしているのは少々厳しいかもしれない。


「その時間までいっしょとか無理だから。お母さんに連絡するよ?」

「えー」

「えーじゃない。わたしもそんなにお金持ってないんだから」と満水さんがスマホを耳に当てた。「あ、もしもしお母さん? うん、お疲れさま。いま文化祭来てるでしょ?――いや、いまマチと会って」


 満水さんがすこし離れたところで電話をしているあいだ、僕とマチさんは無言で立ち尽くしていた。何回か会ったことがあるのに、まともに会話をしたことがないので、どのように接したらいいのかわからない。


「なに見てたの?」

 マチさんがびくっと肩を上げた。「え、っと。あれ」


 ちらりと下を見ると、小さめのステージの上でギター片手に引き語りをしている人がいた。ぽつぽつと来訪していた人たちが立ち止まっていて、ガラス越しにその声と音色が聞こえてくる。僕はパンフレットを開くと、体育館とは別に中庭でもパフォーマンスを披露できる場所が用意されているらしい。


「さっきは、漫才やってました」

「そうなんだ。おもしろかった?」

「ふつうでした」

「そっか」


 あちらも緊張しているのだろう、窓の向こうを見たまま顔を合わせようとしてこない。あんまり話しかけるのもな、と僕は察して、電話が終わるまでだれかもわからない人の歌をいっしょに聴いていた。


「ごめん、お待たせ」と満水さんが戻ってきた。「お母さんたち食堂で休憩してるみたいだから、そっち行くよ」

「はーい」


 マチさんが僕から逃げるように満水さんのところへ。姉妹で並んでいると、なんだか入りこみにくく、僕もついて行ったほうがいいのかな、と思いながらその場で待っていた。


「恵大も来て」

「あ、うん」


 僕はふたりのうしろを歩きながら一階にある食堂へ向かった。階段を一歩降りるごとに、身体がかたくなっていく。満水さんのお母さんには会ったことがあるけれど、お父さんはまだ会ったことがない。どんな人なのだろうと想像を巡らせ、なにを話せばいいのだろうと考えていたら、緊張で足がすくんできた。


 廊下を進み、食堂が見えてきた。文化祭中は休憩スペースとして利用され、どこかで買ってきたものを食べてもいいことになっている。なかに入ると、衣装を着たままの人や制服姿の人、私服の人などがごちゃ混ぜになっていて、話し声がそこらで飛び交っていた。


「あ、いたいた」


 満水さんとマチさんが窓側にいた両親のところへ。僕は家族の団欒を邪魔しないように、すこし離れたところに立っていると、満水さんのご両親がこちらに目を向けてきた。


「ちょっと。こっちおいで」

「あ、はい」


 満水さんのお母さんが手招きをしてくる。窓から入るあたたかな日の光を浴びて、化粧をしている肌が輝き、髪色が余計に明るく見えた。ネイビーのコートをさらっと羽織り、なかにライトブルーのデニムジャケットを合わせている。下は張りのあるグレーのスラックスで、来客用のスリッパは使わずに、自前のしろいスリッパを履いていた。


 そのとなりに、満水さんのお父さんがいた。すこし癖のある髪は野暮ったくない程度に整えられ、べっこう色のフレームの眼鏡をしている。痩せ型でブラウンの太畝のコーデュロイジャケットに、水色のシャツ、モスグリーンのニットを合わせ、下は濃紺のデニムをさらっと着こなしていた。


「ほら、この子が小暮くん」と満水さんのお母さんが口を開いた。「夏に枝豆持ってきてくれた子」

「ああー。あ、と、真癒子の父です。ええっ、と、あいさつが遅れて申し訳ない」と満水さんのお父さんが立ち上がった。「枝豆ありがとう。美味しかったです。すみません、来たときお礼ができなくて。運転疲れで寝てしまってて……」

「あ、いえ、ぜんぜんだいじょうぶです。こちらこそ」と僕は頭を下げた。「ま、真癒子さんと仲良くさせてもらってます」


 がちがちで、もう永遠に頭を上げたくないと思ってしまう。でもそういうわけにもいかない。僕はこの人と、しっかり向き合わなければならないんだ。


「お父さん。この人、わたしの彼氏」


 さらっと、それこそ『いってきます』くらいの軽さで紹介される。僕は突然のことに驚き、ばっと頭を上げると、満水さんが真顔でお父さんと向き合っていた。


「ああ、まあ、お母さんから、いろいろ聞いてるよ」と満水さんのお父さんがちらっと目線を横へ向けた。

「ちょっと前に、小暮くんの家に行くとき手土産持たせたでしょ? あれ、実はお父さんが買ってきたやつだからね」と満水さんのお母さんが頬杖をつきながら笑った。「ま、恥ずかしがって、私からってことにしておいたけど」

「え、そうだったの?」

「なんでいま云うのかなぁ……」と満水さんのお父さんが首を触りながら云った。

「別に隠すことでもないじゃない。ほんと、変なところにこだわるんだから」と満水さんのお母さんが云った。「まあこういう感じの人よ。見てわかると思うけど、悪い人じゃないからね。あ、悪い人だったら結婚してないか」

「ねーちょっと、困るからそういうのやめて」と満水さんが云った。「あ、そうそう。マチお腹空いてるみたいなんだけど」

「クレープ食べたい」

「自分からいなくなったくせに勝手だねーほんと。まあいいや。行こっか」


 満水さんのお母さんがのっそりと立ち上がった。マチさんといっしょに、先にすたすたと食堂をでてしまうと「それじゃあ、自分も行くから。文化祭愉しんでおいで」と満水さんのお父さんがにっこりと笑いかけ、横を通過していく。


 そのとき、ぽんと肩に手をおいてきた。


「真癒子のこと、よろしくお願いしますね」


 言葉にならない重さが肩にかかる。振り返ると、やさしげでやわらかな雰囲気をまとった人なのに、うしろ姿は大人の男の風格を漂わせており、それを見て、ぞわぞわっと頭からつま先にかけて、鳥肌が駆け巡っていった。


 この肩で、真癒子を背負ってみろと、語らずに訴えられたようで、僕はぎゅっと拳を握った。


「かっこいいね、満水さんのお父さん」

「そうかな? やさしいけど、あんまりそんな風に思ったことないかも」


 ああ、そうかもしれないな、と僕は思った。たぶんきっと、同性だから感じ取れるのかもしれない。高校生になったばかりの僕と、家族を持つ男の違いのようなものを。


 その差は、まだまだ埋めることができないけれど。


 きっといつか、なってやろうと思った。あの人に認めてもらえるような大人の男に。

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