第二話 『母さん、この本なんて本』

次の日も俺は例の公園へ向かった。

 同じベンチで同じ本を読む。

 ショタっ娘アバターの子も同じ場所で広報活動をしていた。


 百万字もある文章を読破するとなれば相当な時間が必要となる。

 内容に関しては……驚くくらいに微妙な内容だ。


 ぶっちゃけ面白くはない。

 タイトルの『こんなファンタジーは嫌だ』というのは幾つかの物語の集合体となっており、その内の一つが……死んでも生き返る能力を持って異世界転生したは良いが毎日仲間に殺されて死ぬという物や、ゲーム世界から転生したのに俺ツエェェェェェ出来ないでステータスが初期化されている異世界転移。

 はたまた、元の世界で相当不幸な人生を歩んできた剣帝が別の世界で不幸の苗木を拾ってしまい、借金漬けの生活を送った挙句奴隷となり……苗木の少女に買われるという酷い物語もある。


 少しだけ面白かったのは俺のアバターと同じである、白髪むっちりの少女と青年のドキマギしながら異世界を冒険する話った。


 三十万字くらい読んでみて光るところも大いにあるのだが、全体的に人物描写が苦手な印象を受ける内容だ。

 俺の執筆していた作品である『ラブ・ラビリンス ~ドッキン! バッキン!! ズッドーン!!~』と面白さは大して変わらない。


「まっ、俺と同じで陽の目を見ない作品だしな……」



 ◆



 その日から数日、俺は毎日公園へと通っていた。

 向こうも毎日同じ椅子に座って本を読んでいる俺に違和感を感じたのか、チラチラと様子を見てきている。


 近日、生を持て余してしまった者達が参加者。ブルーエッグ主催で、フルダイブファンタジーのデスゲームが開催されるそうなのだが、俺には関係の無い話だ。

 ゲーム自体は大好きではあるのだが……まだ命を掛けるには時期早々と言わざるえない。

 一人目のクリア者に賞金が五千兆円出るそうなのだが、死にたがりの集まりのゲームで果たして何人がゲームを無事終えることが出来るのだろうか。

 参加費用二十万円だというのに、参加予定の者の合計は既に二百万人を超えているらしい。


「ったく……小説の読者が更に減りそうだな……」


 俺はようやく読破する事に成功した本を閉じ、背もたれにもたれ掛かった。

 何時の世でも不要な物は処分され、消えゆくのが定め。

 俺が小説を書き始めた切っ掛けなんかは割と不純なもので、最後には何も残らない俺の人生に、死後もほんの少しだけ世界に記憶を残したい、というのが文字を書き始めた本当の切っ掛けだ。


 読者の殆ど居ない俺の作品なんかは真っ先に処分され、先細って消えてしまうのが運命だろう。この百万字を超えている作品も、同じ定めにある。


「あの……」


 誰だよ……。

 若干の苛立ちを覚えながらも顔を上げてみれば、そこに立っていたのは俺が今手に持っている本の作者――岸薪 真帆。プロフィール情報から得た名前だとそうなっている。


「なんですか?」


「えっと……その本。面白かったですか……?」


 ここにきてようやく気付いた。

 この本を読むに至って、プライバシー保護設定を適用していなかった事に。

 つまり……俺が何の本を読んでいたのかこの岸田 真帆……ええい、面倒だ。真帆は覗き見ていたという事だ。


 正直に眠気を感じる普通の作品でしたよ、と言うべきなのだろうか。

 場合によってはそれが正解なのだろうが……俺を真帆の瞳を見てそれは言うべきでないと確信した。


 澄み切った碧眼からは期待の篭った眼差しを向けられており、ここで酷評しようものなら真帆の心は折れてしまうだろう。

 だが……嘘を吐いて絶賛するのは絶対に間違っている。

 いったいどうすれば……。


「あっ……その、綺麗な赤い瞳ですね……」


 目の前の真帆が顔を赤らめて目を逸らした。

 いけない。俺の癖で、考えている時は目に映っているものが全て見えなくなる事があって、それが結果的に目の前で顔を赤らめている真帆と目を合わせ続けていた事になるのだろう。


 超絶美少女なアバターをしている俺だ。真帆の中身が男であったとすれば、惚れさせてしまったかもしれない。

 美少女というものは存在しているだけで罪……じゃなかった。感想だな、感想。


「んー、ストーリ構成は悪くないですね。光る部分も多いように感じました。あとは……人物描写さえもっと上達すれば化けるかもしれませんね」


「……! あのっ! 人物描写の上達ってどうやれば……ッ!? ぁっ…………っ……」


 目の前で興奮したような表情となっていた真帆がパタリと倒れ、アバターが消えた。

 現実世界で家族にフルダイブ装置を取り上げられたのか……違う。今のはそういう消え方じゃあない。


 どちらかというば……フルダイブゲームの最中に空腹で気絶したプレイヤーの挙動によく似ていた。

 つまり……現在真帆は意識を失っている事になる。


 更に言えば今のご時世、十五歳を超えた一般人は一人暮らしをしている事が多く、お世話アンドロイドでも持っていなければ有事の際などは……。


「こりゃ大変だ……!」


 俺は彼女のプロフィールにあった電話番号に電話を掛けてみたが……何度電話を掛けても誰も出る気配が無い。

 これはいよいよ……と思い、俺はログアウトをして現実世界へと戻る事にした。

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