夢の続き ~読んでほしい少女と諦めた僕~

龍鬼 ユウ

第一話 『ここが限界だ』

 俺の名前は平賀龍一。

 極々平凡な……第百八食料プラント管理者の後継ぎとして生まれた男。最近では仕事の合間に……ただの趣味となってしまった、小説の執筆をしながら生活をしている。


 場所は電脳世界にある公園のベンチ。

 近代化によってもたらされた副産物、フルダイブ型のバーチャル空間が派生し、現在ではそれが一般化している世界。


「はぁ……」


 俺は手元のコンソールを弄りながら溜め息を吐いた。

 小説家としての活動を始めてそれなりの期間が経過していたというのに、いまいち誰にも読んでもらえていないからだ。

 数十話を投稿して読者が一人二人増えた日には仕事が少しだけ幸せな気分で始める事が出来ていたのだが……最近は駄目だ。


 執筆を終えた小説の文字数は百万字を超えており、ブックマークしてくれている人は三十人前後。俺は色んな意味で限界を迎えていたのだ。

 昔は普通に投稿作品を楽しんで読めていた筈なのだが……最近は駄目だ。数万文字の作品がランキングの上位を独占し、それに数万人の読者が付いているのを見ると嫉妬心からあまり楽しめない……。

 俺はこんなにも矮小で汚い人間だったのか……と思うと気分が更に萎えてくる。


 現実は小説よりも奇なりとは言うが――その通り。小説のジャンルはとうの昔に開拓が限界を迎えており、遥か昔に流行したファンタジーのジャンルでは才能の無い一般人が陽の目を見る事は無い。


 そもそも数百年以上も前に登場していたジャンルであるフルダイブ型のVRゲームや、電脳世界なんかは現実化し、更に複雑化しているのだ。限界を迎え伸びきってしまった小説にそうそう人気が出る訳が無い。

 それ以前に……起きている人類の数が昔と比べて圧倒的に少ないのだ。


 現在世界の大部分を管理しているのは《ブルーエッグ》というAIを管理者として据えている《パルデラレリック公国》という国だ。人類の殆どは幸福成分の接種と栄養の接種をして寝ているだけの生ける屍状態。

 管理者である《ブルーエッグ》は昔レチッドエッグ――狂った卵とも呼ばれていたそうだが……そんな彼らは現在この世に遺伝子を残してはいない。

 起きている人間はそれを良しとしなかった者達や、人の手が必要な役職に就いている俺のような人間だけ。


「そろそろ潮時……か」


 俺はベンチから立ち上がり、ふりふりのゴシックロリータなスカートに付着した仮想埃をパンパン払い落した。

 え……? 女装趣味があるのかって……? は……ハハァ……。


 俺は太腿上まであるオーバーニーソックスのゴム部分を引っ張り、手を離した。

 ぺちっ、と小気味よい音を立て、再び静寂が舞い戻る。

 確かに俺の好みドストライクなむっちり太腿ではあるのだが……自身の太ももで興奮出来る奴がいる訳がない。


 俺はコンソールを弄りながら赤のローファーをコツリ、と鳴らした。


「帰るか……」


 電脳世界において、各個人にはマイルームという一つの個室が用意されており、俺はそのマイルームにそれなりの課金をしていた。マイルームコンテストにも入賞した事がある自慢のマイルーム。

 俺は端末コンソールを弄り、そのマイルームに飛ぼうとした……のだが、遠くから聞こえてきた声にその手を止める。


「ファンタジー小説、投稿していまーす! 是非読んでみたくださーい!」


 声の出所を見てみると、そこは公園の出入り口。

 少しだけ通行の邪魔になっていそうな場所だ。


 その声の主であるアバターは金髪幼女だろうか? 俺はタブを開き、少女のプロフィール情報を閲覧した。これが非公開であったら早々に立ち去るつもり……だ……ッ!?


 ――なんだこれ……。


 そこには一般公開するには詳細過ぎる情報が書き込まれていた。

 住所、年齢、電話番号……etc……。

 情報によるとアバター性別は男。いわゆる男の娘という設定だ。プロフィールによるとリアルは十八歳の女性だそうなのだが……無論、アバターと中身やの性別、自己申告の性別が一致していないのは珍しくは無い。

 なんせ……俺のアバターがそうなのだから。


「小説家を目指して頑張ってまーす! 応援の程、どうかよろしくおねがいします!」


 痛々しい……と言わざる負えない。

 プロフィールに張られているURLをタップし、手元に仮想ブックスを出現させる。

 更にその本の情報を確認してみたところ、タイトルは『こんなファンタジーは嫌だ』というファンタジー小説作家にはしては奇抜極まりないタイトルだ。


 文字数は……ッ!? 二百万文字だと!?


 その閲覧情報を更に見てゆき、目を見開いた。お気に入り数……八人。

 俺はそのショタっ娘アバターで自身の小説をPRしている人に親近感を覚え、ベンチから遠目に見守る事に決めたのだった。


 無論……これなら嫉妬心無しで読めそうだ、と思いショタっ娘の小説を読みながら。

 俺は何の気無しにその作品をお気に入りへと入れたのだった。

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