第5話〖とてつもない魔物の正体とは?〗
その後、女王の命令通り兵士達数人が奴隷達の前にやって来て、一人一人の足枷を外そうとした。
その時に、兵隊長のイグナースィオ・ガルスィアがふと思った。
❪奴隷達は我々の事を憎んでいるのではあるまいか?
彼等の足枷を外した途端に、彼等が逃げ出したり暴れたりしないだろうか?❫
ガルスィアは、奴隷達への不信感と恐怖から不安に思い、女王に向かって訪ねた。
ガルスィア💂『御不興を被る事も
御無礼を御許し下さい。
本当に、奴隷達の足枷を外して宜しいのでしょうか?
法を守るだけならば、この者達を宮外へ連れて往かば済むことで御座います』
イサベル女王👸『良いのだ。
この場で外してたもれ。
イサベル女王は再び聖書を開いて述べた。
イサベル女王👸『“主人たち、同じように奴隷を扱いなさい。
彼らを脅すのはやめなさい。
あなたがたも知っているとおり、彼らにもあなたがたにも同じ主人が天におられ、人を分け隔てなさらないのです”』
❨エフェソ信徒への手紙 6:9❩
とのう。
天の
人間は己の保身・己の都合の為に、勝手に人の身分制度を作ったのだ。
人は、人に束縛されぬ方が良い。
﴾夢ある人生に未来有り、未来ある人生に夢有りき﴿
じゃ。
人は神に支配されつつも自由に生きるべきである』
【※28】
ガルスィアは脱帽し、舌を巻きながら言った。
ガルスィア💂『じょ、女王様………!』
❪イサベル女王様の、なんたる器の大きさよ!
それに比べて、私は………………❫
ガルスィア💂『申し訳御座いません!
これは、御見逸れしました!
女王様の、山より高く海より深き御慈愛精神を汲み取る事
もう差し出がましい事は申しません』
ガルスィアは奴隷の足枷を外しながら思った。
❪ああ、私はなんて愚かなのだろう。
彼等は犯罪者でも囚人でも無いではないか。
彼等は誘拐されたのだ。
それをやったのは我等の同胞人だ。
自分が同じ事をされたら、一体どんな気持ちになるだろう?❫
その時ふと、奴隷の体の傷が目に入った。
生肉裂け、痛々しい。
それを見たガルスィアは、
ガルスィアの頬に涙が伝った。
兵士達が足枷を外し終えると、奴隷達は
❪信じられない!❫
という悦びの表情を表しながらお互い抱き締め合い、涙した。
そこへ、執事達がやって来て、優しそうな顔で言った。
執事『さあさあ、こちらへいらっしゃい。
傷の手当てと食事の用意を致しますから』
奴隷達は執事達の後に続いて、別室へと案内された。
イサベル女王は、手を組み、彼等を見送りながら言った。
イサベル女王👸『﴾夢ある人生に未来有り、未来ある人生に夢有りき﴿かな!
主よ、聖霊の導きにより彼等を此の地へ無事送り届けて下さり、誠に感謝します。
彼等を束縛から解放するに至る事が出来ましたる所以は、主よ。
貴方様の御知恵と御言葉と愛で御座います。
願わくば彼等を再び元の地に戻らせ、家族と再会し、幸せの内に一生を過ごせる様お計らい下さいませ。
父と子と聖霊の御名によってアーメン………………』
執事達の後に続いて歩いていた奴隷達の最後の者が間を出て、扉を閉めた途端、イサベル女王の顔は青ざめ、そして
❪………遠くで、何かが起こっている………何か、とてつもない魔物が、平穏な村を荒らしているのかもしれない………………だが、その魔物の正体とは一体何なのだ………………………❫
イサベル女王は、奥歯にチシャの葉が挟まった様なスッキリしない気分になっていた。
そこへ、エルナンド・デ・タラベラ(大臣兼大司教)が近付いて来て言った。
タラベラ大臣👴『女王様………。
女王様の、その神々しい御知恵!
その胆力!
その寛大なる御慈愛精神!
………………この大臣、誠に感服致しました。
感慨の極みに御座います。
貴女様こそ欧州で一番の、まさに女王の中の女王です!
イサベル女王様!!』
この時イサベル女王は、表情を変えずにそっと大臣に目をやった。
タラベラ大臣👴『それにしてもコロンめ!!
総督に据えてやればやりたい放題しおって!!
ベルゼブルに魂でも売り渡したか!!!』
【※29】
これを聞いてイサベル女王は怒りの表情を現し、大臣を
イサベル女王👸『口を慎めエルナンド!
新大陸総督を中傷誹謗するとは何事か!
言うて良い事と悪い事があるぞ!
不愉快じゃ!』
タラベラ大臣👴『現実はもっと不愉快で御座います、女王様。
その結果、彼奴はこの国で受けた恩を仇で返し、新大陸先住民達に対して欧州人は野蛮且つ横暴な人種だと知らしめ、恥を
大至急手を打たねば、取り返しのつかぬ事態となりますぞ!
その点をどうか御考慮下さいませ』
イサベル女王👸『なんじゃと!!!
コロンが奴隷商人にでもなったとでも申すか!!
何処にそんな証拠があるというのだ!
そんなものはコロンを
タラベラ大臣👴『ほう。
誰です?
それは』
イサベル女王👸『なんじゃと………』
タラベラ大臣👴『何者ですかな?
それは。
イサベル女王👸『………………………』
タラベラ大臣は、私は薄らトンカチですと言いたげな表情をしながら発言した。
タラベラ大臣👴『この大臣、生まれながらにして白痴且つ無知蒙昧な暗愚者でして、女王様の言われるコロンを
それは一体誰なのかハッキリと仰って下さいませんか?』
イサベル女王👸『はははははは(笑)。
分かった分かった、妾の負けじゃ(笑)。
そう責めるな。
して、何をどうせよと言うのだ』
それを聞いて、タラベラ大臣はキリッとした表情をして言った。
タラベラ大臣👴『はっ。
イサベル女王👸『何っ!!!
査問会じゃと?!!
コロンを拘束尋問せよと申すか?!!!』
タラベラ大臣👴『左様で御座います』
イサベル女王は両方の掌を顔に当て、俯いた。
それを見てタラベラ大臣は哀れみの表情を浮かべて言った。
タラベラ大臣👴『女王様………。
女王様の御気持ち、この大臣よく解ります。
コロン企画を採用する方向性に導いたのは、女王様。
コロンが新大陸総督に就任出来たのも、女王様の決定があってこそです。
コロンがカスティーリャ王国に与えし貢献度も、
誰も成し得なかった偉業を達成しおった………………。
………………………。
しかし、コロンも一人の人間です。
人は、時に間違う事が
コロンとて、例外では御座いますまい。人道を踏み外す事も御座いましょう。
間違えし
来させる理由は、何でもよい。
コロンが本国領に着き次第、直ぐに捕らえて査問会を開催し、尋問するのです。
イサベル女王は、大臣と逆の方へ顔を向け、目を瞑ったまま遣る瀬ない表情を浮かべ
イサベル女王👸『直ちに新大陸へ向け
尚、この件に関しては
査閲団が戻り、事態が把握出来し時まで、あの献上品の事等は決して他言はせぬように』
大臣は
タラベラ大臣👴『女王様!!!!!』
イサベル女王👸『………………………………………………………』
タラベラ大臣は
タラベラ大臣👴『………………………。
仰せの通りに致します故、直ちに着手します。
査閲長官には、ホァン・デ・アグアドが適任であると存じます。
彼は公明正大且つ迅速な仕事振りで定評が御座います。
【※】
しかしながら………査閲期間についてです。
これはおそらく、彼の実力を持ってしてもかかる事でしょう。
仮に、査閲団の移動を迅速化する為に性能の良い高速船を用いたとしても、新大陸での査閲を開始してからそれが終了する迄の間、どうしてもある程度の時間を割かねばなりません。
半年程、御時間をいただきたく存じますが宜しゅう御座いますか?』
イサベル女王は、口を
タラベラ大臣👴『はっ!
では、仰せの侭に』
大臣が一礼をして去ると、イサベル女王は悩み出した。
❪どうした事であろうか………………。
あのコロンが、あの誰よりも聡明かつ勇敢で頼もしきコロンが、統治下の先住民達を奴隷化するなぞ有り得ん事………………………。
これはきっと、きっと何かの間違いじゃ………………。
何者かの陰謀に因って謀られたのであろう!
そうであろう!
そうであってくれ………❫
………………………第6話へ続く
第5話 注釈解説
【※28】
▷政略結婚が嫌で恋愛結婚した………イサベルが23歳になった1474年、隣国ポルトガルの王子との結婚話が持ち上がった。
この時代、王家の政略結婚は当然でありカスティーリャも例外に漏れなかった。
しかし、イサベルはその縁談を断り、
『自分の運命は自分で決める!!』
と言い、周囲の反対を押し切り自分の好きなアラゴン王フェルナンド2世と恋愛結婚した。
【※29】
▷ベルゼブル………聖書に登場する蠅(はえ)の形をした悪魔。
別名サタン。
【※】
▷ホァン・デ・アグアド………………
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