第4話〖ライオンクイーン〗

大扉が開くと、そこから人がぞろぞろと何人も入って来た。

だが、彼等は欧州人ではなかった。


足に鎖付きの枷が掛けられていた。

二人一組で、片側の者の右足と、もう片側の者の左足が繋がれていた。


肌の色は浅黒く、髪は黒色で剛く短かい者も居れば柔らかく長い者も居た。


服らしい衣装は身に付けておらず、薄い腰巻き一つで陰部を隠していた。


その者達は全員若い男で、均整の取れた体付きであった。

総勢30名15組であった。


その者達は皆、イサベル女王を前にひざまずき、こうべを垂れた。

その背中には焼き印を押された様な痕が見える。


イサベル女王👸『なっ!!!!

なななな、なんじゃな?!!

この者達は?!』


サラマンカ『新大陸に住む原住民から、選りすぐりの奴隷を集めて参りました!』

【※24】


イサベル女王👸『どれい………………………?』


イサベル女王がその奴隷達を見下ろすと、その者達は次の様な特徴があった。


まず、全員痩せこけていた。

食事を満足に与えられてないのであろう。


そして、眠そうにしていた。

寝る暇もなく強制労働させられてるのだろう。


表情は疲れきっていた。

生きる気力も活力もないのであろう。


中には、顔や体にあざや傷のある者までいた。

殴られたり、鞭で打たれたりしたのであろうか。


サラマンカは悪魔的な笑みを浮かべると目を緑色に光らせ、低く不気味な声で語った。


サラマンカ『コロン総督はかねてより、女王様から受けた御恩を形で返したいと思い、


“イサベル女王様にこの上ない、素晴らしい奴隷を献上するのだ!”


と、我々部下達に命じておられました。

この者達は現地の原住民の中でも最上級の、大変素晴らしい奴隷達で御座います。


どうぞ御好きに御使い下さいませ。

クックック………………………』


周りに居る兵士や執事達一同は、奴隷達を見て思った。


❪可哀想❫

❪気の毒に❫

❪運が悪かったのだな❫


その時であった。

金の冠を被った美しき雌獅子が儼乎げんこたる相貌そうぼうで立ち上がり、沈黙している羊の群の前で吼えた。


イサベル女王👸『皆の者に告ぐ!!!!!!』


美しき雌獅子の突然の咆哮ほうこうにその場に居た羊達は皆、畏怖いふし背筋を伸ばした。


イサベル女王👸『今、其の使者より申し出があった!!


新大陸総督府総督クリストバル・コロンより、妾に捧げし献上品を預かっておるので納めたい。

との事である!!!


遙々はるばる新大陸からの海運、先ずは大儀である!!

これは有り難く頂戴しようではないか!!!』


サラマンカはその言葉を聞くなり一先ず胸を撫で下ろしたものの、表情は引きり、驚く事はなはだしい様子であった。


イサベル女王が突如として声を荒げたので、一体どうしたのかと思ったからである。


イサベル女王👸『そうか!!!

この奴隷達を妾に捧げると申すか!!!!

相分かった!!


では、此奴等をどのように扱っても良いと申すのじゃな!?


何しても構わぬと申すのじゃな!!?

良かろう!!!!』


イサベル女王の凄烈な怒号に、その場に居た全員が肝を冷し萎縮した。

震え怯える者も少なからずいた。


イサベル女王👸『では、爾等よ。

妾の言うことを聞いて貰おう。


………………ただ、しばらく。

命令する前に近習の者に命じて置かねばならぬ事があるでのう』


イサベル女王は一呼吸置いてから周りをゆっくりと見渡し、最後に奴隷達を見て再び厳(いか)めしい表情をしながら述べた。


イサベル女王👸『見よ!!

この奴隷達の中に怪我をしている者がおるではないか!


剰(あまつさ)え、対での足枷もしておるな。


ここは、宮殿内である。

カスティーリャ王国の法律書にはこう記(しる)されてある。


❰アランブラ宮殿内に於いて人の鮮血及び枷はキリストの処刑を連想させるが故にこれを禁ず❱


我がカスティーリャ王国は立憲君主制である。


立憲君主制は、例え王族であろうと法には従わねばならぬのだ。

足枷を外してやれい!!!


無論、血の一滴すら床に付けてはならぬ。


それに、だ。

抑(そもそも)、怪我をしていては満足に働けまい!


素晴らしい奴隷だと申した割には品質管理が出来ておらぬな!!


早急に手当てをしてやれ。

手厚くな!


 見よ!

この奴隷達を!


目を擦り欠伸(あくび)をし、うつらうつらとしておるではないか!

睡眠時間の管理を怠っていたのか?!


今にも眠り落ちてしまいそうな状態で強制労働させるというのか!

無理に決まっておろう!


存分に働かせる為、睡眠不足の奴隷はすぐに横にさせ、十分に寝かせよ。

清潔なベッドとふかふかの枕でな!


 見よ!

この奴隷達は一見した処、随分と痩せておる!


しかも、疲れて窶(やつ)れておる様にも映る。


牛、馬、駱駝とて餌を満足に与えねば本領を発揮出来ぬのは其方等も存じていよう。


また、無理をして使い続ければ、口から泡を吹き倒れてしまうが故に、頃合いを見計らい、適度に休ませるが道理である。


直ぐに食事の支度をせい!

そうじゃな、豚肉と鶏肉とひよこ豆と野菜を煮たスープに加え、焼きたてのパンを出してやれ!


チュロも添えてな!

【※25】


そして奴隷達が元気になり、体調が万全になった曉(あかつき)には、だ』


イサベル女王は、峻厳(しゅんげん)たる表情で奴隷達に向かって言った。


イサベル女王👸『爾等よ。

妾の述べる次の命令に従って貰おう!

それはだ!!!!』


………………………玉座前に暫しの静寂が敷かれた。

固唾を飲んで見守る者、緊張のあまり手に汗する者、女王の次の発言まで息を止める者も居た………………………


イサベル女王👸『各々(おのおの)の故郷へ帰り、長老達の世話をし親孝行せい。

モーセの十戒の中に次の様にある』


イサベル女王は、側に置いてある聖書を開いて述べた。


イサベル女王👸『“あなたの父母を敬え。

そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。

❨出エジプト記 20:12❩


とな。

帰る手段の無き者は船を貸し与える。

船頭と水・食糧と幾許(いくばく)かの土産物付きでな。


これが、命令である』


サラマンカはカッと眼を見開いた。

目頭、鼻、耳、尻………………体に在る穴という穴から液体の様な物が迸(ほとばし)ると同時に歯の浮くような感覚が使者を襲う。


ゾォと血の気が引いていき、全身の虚脱感を覚えた。

膝がガクガク震え、クラクラしてまともに立っていられなくなった。


そして目の前がまともに注視出来なくなったと同時に、その場でペタリと崩れ落ち、蹲(うずくまり)りながら哭き声を上げた。


サラマンカ『びゃあ~~~~~~~~っびゃっびゃっびゃっびゃっ………………………………………』


   «遠回しに完全否定された»


 周りに居る一同(兵士や執事達)は、ヒソヒソと話し始めた。


『この御方(女王)は一体どんな御方なのだろう?』


『こんな話は聞いた事もない』


『他の国であれば、きっと彼等【奴隷達】は酷い扱いを受けていただろう』


唯一、エルナンド・デ・タラベラ大臣(大臣兼大司教)だけが、何か面白い物でも見る様な目で一部始終を見ていた。

【※26】


イサベル女王は美しい笑顔で奴隷達に言った。


イサベル女王👸『爾等は妾の奴隷じゃから、故郷の家族に会いに行け等という嫌な命令でも受けてくれるのじゃろ?』


この時のイサベル女王の笑顔は、聖母の様であったと後の世に伝わる。

【※27】


イサベル女王は再び儼(げん)たる表情をし、周りを見渡してから言った。


イサベル女王👸『以上の事は、我、イサベル・デ・カスティーリャ【イサベルⅠ世】が、カスティーリャ法に基づいて述べた事であり、此(これ)、カスティーリャ法に接触せず、又、此を行使す事に何等問題無き事を明言す。


ここ、カスティーリャ王国に於ける国王及び女王の命令は、絶対である!!!

良いな!!!!!』


一同『ははーーーーー!!!!!!!!』


サラマンカ『ゥ………ゥ………………ゥゥ………………………』


サラマンカは、女王に完全否定された事により悔し涙を流し、蹌踉(よろ)めき転びそうになりながら大扉まで何とか辿り着き、女王の間を出ていった。


一同は、ただ一人を除き全員冷やかな目線で使者を見送った。


唯一、タラベラ大臣だけが愉悦に入る表情をし

“ざまあみろ!!”

と、さも言わんがばかりに、サラマンカの去りし後ろ姿を篤(とく)と見届けた。


………………………第5話へ続く


第4話 注釈解説


【※24】

▷原住民………この言葉は、現代では基本的に遣われない。

差別用語である。


『先住民』という表現が一般的である上に、言葉の用法としても実際に人が先に住んでいたのだから『先住民』で間違いない。


原の字は明らかに住民を侮蔑しているのだ。


この使者の性格上、敢えてこの表現にした。


蛇足だが、東京ディズニーシーのアトラクション『タワー・オブ・テラー』では、ストーリー上の都合で、この差別用語の表現がある。


▷奴隷………奴隷(どれい)とは、人間でありながら所有の客体即ち所有物とされる者を言う。


人間としての名誉、権利・自由を認められず、他人の所有物として取り扱われる人。


所有者の全的支配に服し、労働を強制され、譲渡・売買の対象とされた。

奴隷を許容する社会制度を特に奴隷制という。


1948年に国連で採択された世界人権宣言では、次のような宣言がある。


何人も、奴隷にされ、又は苦役に服することはない。奴隷制度及び奴隷売買は、いかなる形においても禁止する。(第4条)


日本には奴隷制なんて無いから安心して暮らせると考えてしまいがちだが、実は、日本ではある奴隷数は世界で一番多いのである。


それは、『人材派遣』という名のピンハネ労働奴隷である。


日本の人材派遣会社の事業所数は83000を軽く超えて断トツの世界一位。

二位はアメリカでそれでも2万程度である(2015年~2018年のデータ)。


【※25】

▷肉・野菜・ひよこ豆のスープ………おそらく、カスティーリャ地方煮込み料理コシード(スペイン版ポトフ)の事を指しているものと思われる。


栄養満点で、旨い。

後に材料の中に芋も入るのだが、それはこの時代のもう少し後の話になる(まだ欧州に芋が輸入されてない)。


▷チュロ………揚げ菓子。

テーマパーク等でお馴染みのチュロス。

チュロスの単数はChurro(チュロ)である。


カスティーリャが発祥地である(一部ポルトガル起源説あり)。


カスティーリャの羊飼いが長期に渡る野外生活の中で始めた簡易にできるパンの代用として、チュロが作られ始めた。


チュロという名前もヒツジのナバホ・チュロの角にこの揚げパンが似ていることから名付けられた。


【※26】

▷エルナンド・デ・タラベラ………カスティーリャ王国きっての知恵者であり、凄腕参謀。


大臣であり、カトリック大司教でもある。

賢者といって良い。

別名カスティーリャの懐刀。


カスティーリャ王国を陰で支え、その後の大繁栄へと導いた功労者である。


国王、及び女王の信頼も厚い。

元々、イサベル女王にコロンブスの提案を話したのはタラベラ大臣であった。


【※27】

▷聖母の様………事実、イサベル女王は、遺言にてこう伝えてあった。


«神と聖人の名に於いて


これは妾、イサベル・デ・カスティーリャ(一世)の言である。


妾の御霊は、神に捧げたもう。


妾の滅び行く肉体は、地に捧げたもう。


妾の葬儀は、断じて盛大にしてはならぬ。


喪服も不用じゃ。


妾の遺体に飾りを付ける等、以(もって)ての外(ほか)じゃ。


ただ、3本の蝋(ろう)だけで良い。


妾の為、蝋を無駄にしてはならぬぞ。


その分を貧しき奴隷達の衣に、そして貧困に喘ぐ教会の運営資金に換えてたもれ»

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る