第14話 ストーカー

「働け」

 親父はいつも通り酒をかっくらい、ゴロンとだらしなく横たわりながら居間でナイターを見ていた。

「娘に働かせて恥ずかしくねぇのか」

「ないね」

 親父は完全に開き直っていた。

「てめぇ~」

 以前の父は、仕事が趣味みたいな人で、家にも殆どいない人だった。

 兄が殺され、経営していた工場も傾き、父は変わった。以前殆ど飲まなかった酒を飲み、酔っぱらっては「俺は終わった」をことあるごとに呟いた。

「息子が死んで、俺は終わったんだ」

 父は全てを吐き出すように、そう言っていたのを思い出す。

「父親としてのプライドはねぇのか」

「ないね」

 ブゥ~ッ

 親父は屁までこいた。

「て、てめぇ~」

 私はその臭い親父のケツを蹴り上げ、出勤するため家を出た。


 まただ。私は後ろを振り返った。なんだか最近、いつも誰かに見られている気がした。それはねっとりとした粘着質な何とも言えない不気味な視線だった。出勤途中は特によく感じた。その視線がいつも影のように私についてくるような気がして、何とも言えない悪寒のような嫌な感じが私を苛んだ。

「なんだか、最近いつも誰かに見張られている気がするんですよね。つけられているというか・・」

 いつものようにビルの屋上でタバコを吸っている時、私はマコ姐さんに相談してみた。大抵休憩の時、天気の良い日は、職場のビルの屋上で私たちはタバコを吸っていた。

「気のせいじゃないのか」

 マコ姐さんはタバコをだるそうにふかしながら、他人事だった。

「う~ん、そういうのとは違う感じなんですよねぇ」

「だったら、ストーカーだな」

「ストーカー?」

「うん、間違いないな」

 マコ姐さんは一人納得している。

「多いんだ。そいうの」

 ビルの屋上はそこだけが煌びやかな街から隔絶され、浮き上がったように静かで落ち着いていた。

「この業界は特にな」

「・・・」

「あいつらはどこまでも追いかけて来るぞ」

「あいつらって?」

「あいつらはあいつらだよ」

 マコ姐さんはめんどくさそうにぞんざいに言った。

「そういえばこの前も、うちの若い子がストーカーに刺されたとかいうのあったなぁ」

「ええっ!」

「確か犯人は客だったとかなんだとか」

「やだぁ」

「変な奴多いからな。最近は」

 マコ姐さんは屋上のヘリから、下に見える街の明かりを見つめながら、タバコの煙を無気力に吐いた。

「ほんと気をつけろよ」

「どう気をつけるんですか」

「まあ・・、気を付けるんだよ・・」

 タバコをふかしながらマコ姐さんはやはりどこか他人事だった。

「・・・」

 私の中には、なぜか元少年の顔が浮かんでいた。

「まさかね」

 それでも、私はなんだか薄ら寒いものを背中に感じていた。

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